『花の名前 かんひざくら・序』
桜が咲いた。
今宵は月が明るい。
待ち焦がれた月。 望月を銀時は見上げる。 静かな春の夜であった。
夜桜というものは、なんと人を酔わせるものか。
弥生に咲き誇るは、寒緋桜だ。 枝垂れ桜よりも、俯き気味に、 染井吉野のよりも、艶やかな緋色にて。 月光に透けていながら、幾重にも重なった花びらが、光の総てを通すこともなく。 一木にて、その存在を立ち示していた。
幾重にも幾重にも
様々な人が、 様々な事象が、 様々な季節が 折り重なる様にも似て。 華が、地上に月を導くかのように、ただ存在する。
「綺麗だな」
どの季節の花も、己が時を、季節を全うするために凛と立つ。 まるで、隣に座る男のように。 まだ、肌寒さを残す春の夜に、花は一段と栄えている。
「綺麗だ」
酒を口元に運び、銀時はもう一度呟いた。
『花の名前 かんひざくら・序』 了
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