うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Be My Valentine.』




二月十四日。
祝日でも連休でもない普通の平日。
土方十四郎の勤める私立銀魂高校も通常通りの日課で一日が過ぎていく。
ただ一つ、生徒たちの浮ついた空気のみがこの日が恋する者たちにとって特別な日なのだと告げていた。

「今日はここまで」

もう少しだけ進めておきたかったが、落ち着きのない生徒たち相手に続けても効果はない。
そう判断し、チャイムと共にチョークをケースへ放り込んで、土方は資料をさっさと片づけた。
わっと一気に教室にざわめきが拡がり、銘銘思いのままに散らばっていく。
予想通り、質問する者もいない。

「あの…土方先生」

シックな包装紙に包まれた箱が土方の目の前に突き出された。
授業開始時からずっとそわそわしていたのは、これが原因か、と小さな小さな息を吐く。

「悪ぃな。受け取れねぇ」
「えー?!先生甘いもの苦手そうだからって、すっごい迷いながら久美選んでたんだから!」
「いいでしょ先生!貰ってあげなよ!可哀想じゃん!」
「いや、そういう問題じゃなくてな…」

チョコレートを差し出した生徒の後ろについてきていた他の生徒が一斉に口を開く。
いわゆる、付き添いというやつだろうと土方は気が重たくなる。

「里美!由利!もういいっって!」
「だって!」
「土方先生、絶対受け取らないって聞いてたのに、もしかしたらって私が勝手に思っただけだから!」
「それでも、こんな教室の真ん前で恥かかせなくても…」
「いいの!選んでた時間が楽しかったから、いいの!」
「悪いな。中里。気持ちだけもらっとく」
「はい…」

女子の群れはやはり苦手だ。
存外早く引いてくれたことに感謝して、もう一度謝罪する。
チョコレートの箱は土方の指に触れることなく、少女の胸元に戻っていった。

「土方、サイテー」

落ち込む少女を庇うように離れていく同級生の捨て台詞に苦笑する。
そして、受け取らないと宣言した自分の方をまだ物言いたげにみている他の女生徒集団を素通りして、足早に数学課準備室へと歩を進めた。



廊下でも沢山の生徒達が一喜一憂していた。

土方はその中に一際目立つ男子生徒を見つけた。
日本人には珍しい銀色の髪。
重力を無視して、自由奔放に跳ね返る天然パーマ。
普段、やる気の破片も見当たらず、死んだ魚のような目をしてくせに、いざという時には頼りになる不思議な生徒。

坂田銀時。

なんだ、と土方は口端を持ち上げた。
下ネタに走りすぎるきらいがあるためか、いつもモテないモテないと愚痴をこぼしているというのに、しっかりと女子に囲まれているではないか。

しかも、それなりの数のチョコレートが腕の中に見て取れる。
彼が皆に慕われていることは一目瞭然だった。
甘党だと自他ともに認める坂田は落とさないように気をつけながら幸せそうに笑う。まだ幼さのどこか残る横顔が土方の心をじわりと焼いた。

土方はいわゆるゲイと呼ばれる人種だ。
昨今、世論は性的マイノリティーに対して理解を示す方向に動き始めてはいるが、実際問題としてはまだまだ風当たりが強い。
坂田はその上、未成年。
自分の受け持つ生徒の一人。
同性同士という問題を別にしても、土方と坂田の間には高い高い壁がある。

坂田という少年のことを自然に目で追っていると自覚してから、ずっと自分にブレーキをかける努力をし続けている。
にもかかわらず、時がたてばたつほど、知れば知るほど坂田銀時という人間に強烈に惹かれて仕方がないのだ。

もはや土方に出来ることといえば、この片恋を絶対に勘付かれぬまま、坂田を卒業させて物理的に遠ざかることだけ。

これまでも同性愛者であることは周囲に隠しおおせてきた。

ゲイであるということを隠したいと思った時にただ「自分がゲイ」だということだけ否定すれば済むわけではない。
人との付き合いの中でどうしても持ち上がるありがちな話題、例えば、好きな子のタイプ、ファッション、趣味等々、諸々において用心深い回答が必要になる。
それを土方はずっと己に叩きこんで、周囲と自分を騙して生きてきた。
だから、今回も大丈夫だと自分に言い聞かせる。
隠し事は得意だ。
得意であるから、二十代後半になっても今だ、土方の身近にいる人間でその嗜好について気が付いているのは、ドS属性の幼馴染だけで済んでいる。

「…簡単だ」

周囲の音に十分に紛れる音量で呟く。
相手は子供だ。
隠すなんて簡単。

しかも相手は3年生で、今は2月。
自由登校の彼と顔を合わせるのはあと僅かだ。

あと少しの時間。
担任の立ち位置で眺める。
それだけで十分だと自分に言い聞かせる。




「土方!」

あと数歩で数学教師が資料室として使っている部屋にたどり着く、そのタイミングだった。

「おいって!ちょっと待ってって!土方!」

振り返らずとも声の主が誰かなんてわかり切っていた。
思考のほとんどを彼に使っていたのだから。
高鳴る心臓の音を抑えつけて、渋い顔を作って振り返る。

「坂田。先生つけろってんだろうが」
「チョコは?」
「は?」
「土方、チョコ貰った?」

思い起こせば、数日前にやたらと土方はいいよなモテるもんなと絡まれた。
甘いに目がない彼はきっと土方が食べることの出来ないチョコレートのおこぼれをもらう為の前振りだったのだろう。

「貰ってねぇから、分けてやれねぇぞ」
「いや、土方宛てのなんていらねぇ。B組の松平からは?」
「とっつぁんの娘か?貰っちゃいねぇよ。あー…」

そういうことかと演技ではない深い深いため息で、きゅっと不自然な動きをした心臓を宥める。

「俺はガキに手ぇ出すほど暇でもねぇし、相手にも困ってねぇよ。安心して…」
「なんか勘違いしてね?別にあの子の事が好きとか、んなことじゃねぇからな。
 あのマフィアみたいな親馬鹿教師に睨まれたら、やべぇんじゃねぇかと…」
「心配してくれたのか?」
「まぁね。でも…相手には困ってねぇ、か。そっか…そうだよね」
「おぅ、だから、馬鹿言ってねぇで、さっさと帰れ」

土方が準備室の戸に手をかけても坂田が動く気配はなかった。

「んだ?まだ、なんか…」

少し俯いて、少年は己の後頭部を掻き毟る。
一頻り、天然パーマを掻きまわした後で、先ほどと真逆の質問をした。

「…土方はさぁ、俺にチョコくれないの?」
「何?」
「アンタ、俺のこと、気に入ってるでしょ?」
「は?」

気に入っている。
事実だが、贔屓したことはない。
むしろ叱ることの方が多い。
万が一にも気持ちが零れ落ちることを恐れ、必要以上に話しかけもしなければ、クラスの用を頼むこともない。
ばれている筈はない。

「あー大丈夫大丈夫。俺、偏見ねぇから」
「いや、話がわから…」
「んー?俺ん家ってさ、かぶき町にあるから、そういうヒト結構集まるとこって知ってるんだよねー。土方ってさ…」

ゲイなんでしょ?
耳元で囁かれた言葉にばれていないという自信はあっけなく崩れ落ちた。
土方は坂田への恋情を自覚してから、早く彼を忘れようとかぶき町の「お仲間」が集まるスポットに数度足を運んでいたのは事実だ。

「中で話そっか?センセイ?」

停まっていた土方の手の上に坂田の手が重なり、扉が横にスライドした。
校内で唯一土方が喫煙出来る場所でもある準備室は煙草と埃、古い紙特有の匂いが染みついている。

「へぇ、この部屋、こんな感じだったんだ」

戸惑う土方に構うことなく、坂田はきょろきょろと物珍し気に部屋を観察しながら奥へとすすみ、土方が仕事をする椅子に勢いよく腰かけた。
戸を後ろ手で閉めながら、背もたれに寄りかかり、椅子を回転させて遊ぶ坂田を観察する。

「坂田…」
「そんなに構えなくて大丈夫だって」

ゲイ自体に偏見はないとは言っても対象が坂田自身に向かっているのなら別かもしれない。
気持ちが悪いと罵られるのか。
土方の知る坂田銀時という少年は世間を斜に構えた見方する、少し捻ねた性格をしてはいるが、性根は真っ直ぐだった。
脅しという可能性は限りなくゼロだと思いたい。

「あのさ、俺、チョコ欲しいんだけど」
「あ?なに?」

心臓を極限まで緊迫させていた土方は坂田の言葉を一瞬聞き取れなかった。

「そう!バレンタインチョコレート。え?まさか、これから彼氏に会いに行ったりしねぇよな?」
「か、か、彼氏なんざいねぇ!つうか!待て待て!」

想像とはまったく違う方向すぎて、一度フリーズしてしまった頭はなかなか再起動しない。
わかることは、断罪されたわけでも、軽蔑されたわけでもないということだけだ。

「ま、いるならいるで別れてもらうけどね」
「待てって!なんかてめェ勘違いしてねぇか?」
「何?しらばっくれる気?」
「しらばっくれるも何も…」

精神安定剤代わりの煙草をスーツのポケットから取り出して、口にくわえる。
カマを掛けられている。
その一点に賭けて、土方は悪あがきした。
気を利かせた坂田が机に置いてあったライターを投げて寄越す。

「言ったでしょ?俺ん家ってかぶき町にあんの!
 土方が男連れて歩いてんの何回か見たことあんの!」
「それ…は…たぶん、大学の同期とか…知り合いだとかと
 飲みに行った時のことじゃ…」
「ホテル街近くで?」
「…俺が…どこで飲んでようと…関係ねぇだろ」
「関係ない?」

坂田の空気が変わった。
しかし、何がそうさせたのか土方には分らなかった。

「これからは関係なくはないからね?あんな熱い視線送ってきといて本気でばれねぇと思ってたの?」
「し、せん…?」

怒っているらしい。
立ったままの土方を見上げる少年の目にいつも見ている死んだ魚のような濁りはない。
燃えるような強い強い光は彼の虹彩を赤みがかってみせる。
魅入られて再び固まった土方に坂田は眼光はそのままに口調だけ和らげてみせた。

「俺も土方に興味あるし?」
「きょうみ…?男同士に、って意味でか?」
「そんなとこ」

土方にとって、坂田への恋情は興味本位で暴いて欲しいものではなかった。
それが坂田本人であれば尚更だ。

「…てめェ、チョコ結構もらってたじゃねぇか…
 馬鹿言ってねぇで、彼女作ってこい」
「義理チョコばっかだし」
「嘘つけ」
「俺、積極的な女苦手なんだよね」

ぎいっと背を逸らした為に負荷がかかった椅子が悲鳴をあげる。

「先生」

びくりと肩が揺れるのを土方は抑えられなかった。
何度注意しても、「先生」と呼ぶことのなかった坂田の声の効果は絶大だった。

「これは脅し、と受け取ってもらってもいいんだけど?」
「っ!」

黙って両手で拳を作る土方に、坂田は椅子から立ち上がって、ゆっくりと近づいてくる。

「そうだ!予定ないなら、チョコパ食いにつれて行って」
「…今日…これから…?」
「おう!仕事残ってるなら、俺、お利口に待ってるからさ」

甘えるような口ぶりと拳をなだめるように擦る坂田の手は優しいが、否定は受け付けないと目は語っている。
振り払いたいのに、振り払えない。

「………一回だけ、だ…」
「それは土方次第」

少年の手が土方の拳を持ち上げ、恭しく唇を寄せる。
契約成立、という言葉と同時だった。




『Be My Valentine.−大切な人になって−』 了




拍手、ありがとうございますm(__)m
久々のぜっさんでバレンタイン小話でした。

皆さま、Happy Valentine's Day!



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