うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『after dark』




「メシ、食いにいくの?」

土方十四郎が今宵は出かけようかとコートを手に取ったところで声がかかった。

「てめェか…」

土方は人の世でいうところの吸血鬼と呼ばれる生物だ。
夜に生き、夜に住まう。
神からも人からも疎まれる存在。
人よりも長い年月を生き、ほとんど歳を取らず、人よりもずっと丈夫な体を持っている。
また、生命維持の為に血液が必要であり、日の光に弱い。
その点では映画や小説になっている「吸血鬼」のイメージと大差はない。
だが、実のところ、得意でないだけで日中も活動出来るし、人の血液以外のものからでも栄養を摂取することは可能だ。
それに単に血を吸っただけは人間は同族になったりはしない。

しかしながら、ヒトとは異なることには違いない。
ヒトは自分たちと違うものを排除しようとする。

土方は古くからの仲間たちと転々と各地を彷徨いながら生きてきた。
ヒトと、主に教会から、その正体を隠し。

「俺の血、飲ませてあげるっつってんのに」

はぁとわざとらしいため息が土方のすぐ後ろで聞こえる。

「断ると言っただろうが」

ため息の主は神父の格好をしていた。
コスプレでもなんでもない、紛れも無くかぶき町を教区とする教会の神父だ。
土方はまず名前で呼んだことはないが、名を坂田銀時といった。
日本でも珍しい銀髪な上に、酷い天然パーマである銀時はかなり目立つ風貌をしている。
そして、神父にあるまじき、死んだ魚のような目で一見何者か知れない。
土方を滅するでもなく、本職の悪魔祓いを呼ぶでもない。
逆に、土方に自分の血を飲めという。

「他の奴の血なんか吸うなよ」

土方にわかっているのは、変わり者であるということ。
油断ならない男であるということ。

「てめェの教区内で悪さぁしねぇっつってんだろうが」
「いや、そういう意味じゃなくて、ね?」

土方の顎に銀時の指が触れた。
体温の低い土方の身体に銀時の指はひどく熱く感じる。
視線も同様だ。

奇妙な神父。

塒を変えても、行動範囲を変えても、どこかしらで銀時に見つかり、銀時を見つけてしまう。
けして、そんなつもりはないのだけれど、銀時に追われているのではなく、土方が追っているような錯覚に時折陥ることがある。

奇妙だと土方はいつも思う。




神父と出会ったのは、数日もすれば霜が降りるだろうかという秋の深夜のことだ。


「お妙さぁぁぁぁん!今日こそ、俺の花嫁にぃぃ…」
「このストーカーゴリラがぁぁぁぁ!」
「ぐほぉぉぉぉぉっ!」

比較的古い家が立ち並ぶ閑静な住宅街に突如雄々しい雄たけびと、重なる破壊音、そして、うめき声が盛大に辺りに響いた。

「お妙…さ…ん…」
「その顔を見せるのはお店だけにしてください」

庭に転がったゴリラを彷彿とさせる体格の良い男に、それを縁側から見下ろす女がきっぱりと言い放つ。

「お妙さんしかいないんです。どうぞ、俺の血を受け入れて永遠の伴侶に…」
「だから、私にその気はありません」

淡々とお妙と呼ばれた女は男をどこからともなく取り出した布団で簀巻きにしていき、一見華奢に見える身体のどこにそんな力があるのかと信じられないような力で塀の外に投げ飛ばす。

「お妙さぁん!」
「何やってんだ?近藤さん」

もごもごと女の名を呼びながら、簀巻きの束縛から逃れようと道路をのたうつ男に影になって顛末を見ていた土方は声を掛ける。
「トシ?」
「おぅ」

近藤はするりと霧になって縛から逃れると、太陽のような笑顔で土方に笑いかけた。

近藤は土方の旧友だ。
それまで群れることのなかった吸血鬼たちをそのカリスマで統率し、尊敬を集めているのだが、いかんせん、女に目がない。
最近はかぶき町のキャバクラ嬢に熱をあげ、付きまとっていた。
しようと思えば、いつでも誘拐できるだけの能力を持っているにも関わらず、無理強いはしたくないと日々ストーカー行為に励んでいる。

「アンタもめげねぇなぁ…」
「お妙さん、照れてるだけだから。大丈夫!本気で嫌がってるわけじゃないから」
「いや、もういい加減にしろよ。ちょ!近藤さん、まだ、話が…」

本来、土方は話があって探しにきたというのに、近藤はいつものお小言だと思ったのか大柄な身体に似合わぬ軽快な動きで塀を再び乗り越えていってしまった。

「ったく…あの人は…っ」

土方は背後で急に濃くなった気配にぼやくのと止めて、振り返った。
気配は欧州で出逢った異形とも、この国で見かけた物の怪とも違った。

「…なんだ?」

けれども、人の気配には違いない。
じっと立っていた男は神父の格好をしていた。
ただ、どこか得体の知れない部分を土方の本能に訴えてくるものがある。

「神の御名において、悪魔よ立ち去れ…ってか?」
「は?」
「あれ?効かねえ感じ?」

胸にかけた十字架を前に差し出しながら、発した声は予想とは異なる随分と緩い声であった。

「ま、そうだよなぁ…吸血鬼って何に何の?」
「何…って?」
「ほら、カテゴリーとしてさ。神さんが作った生き物ってわけでもなさそうだけど、悪魔が人を堕落させるために遣わせた眷属っつうわけでもねぇんだろ?」
「さぁ…?」

神父もどきの尋ねてきたことなど、むしろ土方の方が聞きたい。

対応に迷った。
目の前の男は確かに土方を吸血鬼だと知っているらしいが、最近、この近辺の妖を狩っている人間とは別人なのだろか。

「さぁって、おめェなぁ…俺らよりずっと長生きしてんだろ?そんくれぇわかんねぇの?」
「はぁぁぁぁ?わかってたまるか!てめェ、吸血鬼狩りに来たんじゃねぇのかよ?!」

うぅんと神父は顎に手をあて、じろじろと無遠慮に土方を眺めた。

「まぁ、そうなんだけどよ。ぶっちゃけ面倒臭ェ」
「ハイ?」
「うちの教会に手伝いに来てるメガネの姉貴に頼まれて来るにゃ来たけどよ。
 俺、神父だもん。悪魔祓いじゃねぇもん。
 やっぱ、これ、俺の仕事じゃないよね?多串くんもそう思うよね?」
「誰が多串だ?!」

気が付けば、思いの外、神父は土方の近くまで寄ってきている。
土方は近藤の事が気になって、後ずさりも撤退も出来なかった。
神父が排除を頼まれたのは、おそらくお妙にストーカーしている近藤だ。

「それよりも…ものは相談なんだけどよ…」
「あ?」

拳二つ分ほどしかない距離にまで近づいてきた神父はにぃぃと口端を上げて、己の喉元をさらけ出した。

「俺の血、飲まねぇ?」
「だから、俺の血飲んでくれね?」
「何、企んでやがる…?」

祭服に包まれている時には分らなかったが、首から鎖骨にかけての筋肉はしっかりとついている。
鍛えているらしい身体に牙は立てにくそうに見えなくもないが、脈打つ動脈は空腹ぎみの土方にはとても魅力的だ。
それでも、そうですかじゃあとご馳走になれるはずもない。
胡散臭い。
そして、この男はやはり危険すぎる。

「企むだなんて、失礼な奴だな。俺ぁ、ただ………」
「てめェが、何だ?」
「ただ、吸血鬼に血ぃ吸われっと、この世のものとは思えねぇ気持ち良さを味わえるって…」
「は?」

土方は完全に固まった。
そういう伝承があるにはある。
あるのではあるが、自ら名乗り出る人間にこれまで土方はあったことがなかった。
まして、相手は神父だ。
繰り返しになるが、どんなに胡散臭くとも神父、なはずだ。

「イヤイヤイヤ、別に銀さん、モテねぇわけじゃねえのよ?単に神さんに仕える身だしぃ?みんなの銀さんだしぃ?でも、神父でも溜まるもんは溜まるからさぁ…教区のみんなを吸血鬼の脅威から守りがてら、ちょこっと役得、みたいな?」

そこで、土方はようやく胡散臭いだけだった神父の中に一つだけ納得できる理由を見つけ、冷静さを取り戻した。

「断る」
「まぁまぁ、そういわず…銀さんの血、きっと甘くて美味いから…」

耳元で囁かれた神父の声に、ぞわりと腹の奥が疼いたが見なかったふりをする。
他を護りたいという神父の言葉は100%嘘ではないのかもしれないが、企みが含まれていないという保証もない。

「断る…って!おい!何、てめェのだけじゃなく、俺のボタン外してやがるっ?!」
「え?まぁ…うん?寛いで貰おうと思って?」
「んな道端で寛げっか!」
「あー…青姦で処女喪失ってのもオツかと…」
「こんのエセ神父がぁぁぁぁぁ!」

土方は拳を神父の顔にめり込ませたのだった。




「土方?」

銀時の声に、我に返った。
土方の少しとがった耳を擽っていた銀時の手を払いのけ、廊下に出る。
あれから、それなりの時間が過ぎたが、土方は銀時の血を吸ったことはないし、銀時が土方や仲間を滅する気配もない。

「てめェの血ぃ吸って、天パが感染したら困るんだよ」
「はぁぁぁ?人の天パどんだけ呪い認定してくれてんの!え?これ呪いなの?祓ったらストレートになんの?マジでか!?」
「……なんねぇよ」

今宵は月が満ちていた。
月が煌々と照っているとはいえ、否、照っているからこそ月の光に作られた闇は重たく、面積を大きくする。

「オイ、腐れ神父」
「ん?」
「てめェ、本当は俺を殺せるだろ?」

電気を消した部屋の中にいる神父の影は普段より濃い。

さぁ、ね。

銀時の声はそう鼓膜を響かせた。
音ではない声も土方には伝わりはした。

「てめェからは血はもらわねぇ」

死んでもな。

土方は銀時に向かって笑ってみせる。


夜に生き、夜に住まう。
土方は自分がそういう生き物であることを知っている。





『after dark』 了



拍手ありがとうございましたm(__)m




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