うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『はじまりのはじまり−Beginning of opening−』




「好きだ」

言葉の意味は理解出来た。

「土方?」

誰何するような口調になってしまったのは、少年がその言葉をつげたという事実が信じられなかったからだ。

「先生のことが、好きだ」

準備室に差し込む茜色がぎゅっと閉じられた口元の陰影を深め、学内でも一二を争う端整な少年の顔立ちを酷く不機嫌に見せている。
繰り返した少年は土方十四郎。
今、銀魂高校国語科教員・坂田銀八に告白しているのは受け持ちの男子生徒だった。

へぇ、そうなんだ。
ありがとう。
教師として、担任として、慕われていると解釈して礼をいう。
もしくは、冗談の類と流してしまえばいい。
お前、また沖田くんに罰ゲームでもやらされてんの?と。
男子生徒からの告白なのだ。
そう答えることが正解だろう。

但し、『坂田』の前に立つ少年が『土方十四郎』でなければ、の話だ。

一見、粗暴に見えるが、面倒見の良いフォロー体質、ハチャメチャな3年Z組の苦労人。
器用なようで不器用。
彼の性格、そして、現在の彼の様子から冗談でも、罰ゲームでもないことは明らかだった。

なにより坂田は真っ直ぐに向かってくる情熱をずっと前から知っていた。

天然パーマ(が可哀そう)な死んだ魚のような目をしたやる気のない教師。
それが、大多数から見た坂田の印象であるし、坂田本人もあながち間違ってはないと思っている。
憧れる要素など見当たりそうにない十近くも年上の、しかも男性教師に、学校一のモテ男と呼ばれる少年が恋をする。
誰も想像しないであろうし、少年が信頼している近藤ですら知らないだろう。

しかし、あり得ないと自分に言い聞かせつつも、憂いと行き場のない熱を帯びた視線に気づかぬはずもなかった。
坂田もまた同じ熱をもって、彼が銀魂高校に入学してからずっと見てきたからだ。

「先生…」

何度も呼ばれずとも自分が何者か知っている。

どんなに似つかわしくない死んだ魚のような目をしているといわれようが、勤務評定が最悪だろうが確かに坂田は『先生』であり、聖職者と呼ばれる仕事を生業にしている。

『生徒』に対しての『教師』の返答は本来一つしかない。
女であろうと、男であろうと。
気持ちは嬉しいけど、とありふれた台詞、やんわりと、でも、確固たる拒絶。

「本気、だよなぁ…?」
「あぁ。こんなこと冗談で言えるわけがねぇ」
「そうか…そうだよなぁ」

好きだ。
それは、告げられるはずのない言葉だと思っていた。
家庭環境の複雑さからくるものなのか、土方は年齢の割に現実主義者だ。
だからこそ、告げられることも、告げることもないと思っていたのだ。

土方もまた知っているのだ。
わかっているのだ。
何を求めてはいけないのか。

その上で言の葉を生んだ相手を見つめ返した。

玉砕覚悟、そんな言葉が指紋で汚れた眼鏡ごしに掠めていく。
きっぱりと告げて、フラれて、最後のインターハイ、それから大学受験に向けて走っていく。

坂田は古い校舎の天井を仰ぎ見た。

何も言わずに卒業してくれていたならば、彼の幸せな未来を望んで送り出せたであろう。
されど、すんと初夏の風と声は共に耳に届いて、染み込んでいってしまった。
聞いてしまったら、手放したくなくなってしまった。

「先生?」

黙り込んでしまった坂田を訝しんだ土方が少し眉をひそめて首を傾げている。

先生ではない。
教師ではない。
目の前に在って、手を伸ばせば捕まえることの出来る狂おしい存在をただ独占したい、捕まえておきたい衝動を抑えることが出来ないただの馬鹿な男だ。

「卒業まで」

待って欲しい。
あと一年。
手を伸ばすことを許してくれるなら。

「卒業まで?」

坂田の言葉を復唱する土方に、ひゅっと空の声しか出せなくなった。

彼は今日、告白して諦めるつもりだった。
年若く、けれども、賢明な彼は先を見据えている。
見据えることが出来る少年なのだ。
『今』の気持ちに疑う余地はない。
でも、三か月後は?半年後は?
待つと答えてくれても、他の誰かに心が移る可能性はゼロではない。
さほど遠くない未来、生産性の乏しいこの恋に絶望し、坂田の手を一度も取ることなく去っていくかもしれない。

たった一年。
正確には十か月と少し。
僅かでも触れられる機会は『今』しかない。

坂田はある種の強迫観念に捕らわれてしまっていた。

「秘密に…出来るか?」

誤った道に引きずり込むと知りつつも、坂田はわがままを掠れた声で滑り落としていた。

「…誰にも」

でも、土方を傷つけたいわけではけしてない。
坂田のわがままの為に、土方の一生に傷をつけるわけないはいかない。
駄目な大人の駄目な決意。

「誰にも?」
「あぁ」

せめて、卒業まで。
教師と生徒でなくなるまで。
その先、彼が自分をまだ望み続けてくれるなら、誰に明かしても構わない。

「先生?本気か?」
「あぁ…」

こんなこと冗談で言えるわけがねぇ。
苦笑いする坂田をよそに土方は静かに扉に向かった。

呆れたのか、腹を立てたのか。
このまま、この国語科準備室を出ていくのか。

「先生、俺、今月5日に18になった」
「あぁ?」

土方の行動は坂田の予想を裏切った。
扉の前で振り返った土方の顔はやや藤色がかった夕日に照らされていた。

「俺は先生が思っているほど、子どもじゃねぇ」

泣かせたいわけではないのに、泣きそうな土方の顔が坂田の心臓を激しく動かす。

「他には?」
「あ?」
「付き合う条件」

失敗した。
坂田は強烈に感じた。
『何か』は明確にはわからないが、間違いなく『何か』失敗した。
そう思った。

「いや…それが最優先、だ」
「じゃあ…」

後ろ手で鍵をかけたのだろう。
古い金具ががちゃりと鈍い音を立てる。

「契約成立」

拙い拙い。
わかっている。
この行動はどうしようもない誤りで、間違いで、悪行。
後悔する。
わかっているのに、差し出された土方の手に向かって坂田は踏み出す足を止めることが出来なかったのだ。




『はじまりのはじまり−Beginning of opening−』 了




拍手ありがとうございました!!
全ての土方さんに幸あれ\(^o^)/





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