『FAKE-5/5-』「ホストってのは役者みてぇだな」 かぶき町でも一、二を争う人気ホストクラブ、『gold soul』に最近勤め始めたバーテンダーが氷を削り終えて、ぽつりと呟いた。 バーカウンター近くには手の空いた黒服が数名、フロアを見渡しながら立っていたが、その小さな小さな呟きに気が付いたものはいなかった。 ただ、予約の波がようやく切れて一息ついていたナンバー1ホストの耳だけがその声を拾い上げたらしく、口に運んでいたいちご牛乳のグラスをコースターに置いた。 「役者、ねぇ…」 バーテンダーは聞かれていたとは思っていなかったらしく、切れ長の目を少しだけ見開いて、顔をホストに向ける。 「悪い意味じゃねぇ」 「ま、そうだろうね」 しばし、無言で見つめ合った後、バーテンダーは答え、ホストは肩を竦めてみせた。 「土方くんは…この仕事、長いんだっけ?」 「…アンタは?」 「ん?」 土方と呼ばれたバーテンダーはカクテルグラスを用意し、ステイした琥珀色の液体を注いだ。 流れるような動きで、そこにパールオニオンを飾る。黒服に出来上がりを合図してから、首を傾げるホストに問いかけ直した。 「ホストになる前は何やってたんだ?」 「あれ?土方くん、金さんに興味あるの?」 「別に…なんとなく、だ」 金さんと自らを呼んだホストは名の通りの色、豪奢な金色の髪を額から後頭部に向かって撫でるように掻き上げる。天然パーマの髪はフロアに比べ、落とし気味の照明の下でほんのわずかな時間、後ろへ流れて、元の位置に戻った。 「役者」 「なに?」 「なんて、な」 バーテンダーは聞き返しながらも、今度は冷やしたフルート型シャンパングラスを出して、緑色のリキュールやワイン、ソーダを注いでいく。 「言う気はねぇ、ってか」 「土方くんこそ…」 ミントをグラスの縁に飾ると柔らかいマスカット色のカクテルが一気にきりりとした配色に仕上がった。 「俺はただのバーテンだ」 「へぇ…」 炭酸が次々と登っては消えていく酒が運ばれると、土方は金時が飲み干したグラスへ手を伸ばしてきた。 その手に金時は指を滑らせる。 「ただのバーテンねぇ…」 「やめろ」 水に触れる仕事をしている土方の手は冷たい。そこに、アルコールの入った高めの体温がほんの少し移された。 「なぁ、土方くん」 するりと手の甲を撫でていた指が手の平側に移動し、救い上げる。 土方に抵抗はない。 けれど、大きな反応もなかった。 じっと両者は再び見つめ合う。そして、先に吐息をつき、諸手を上げて見せたのは金時の方であった。 「金さん、吉田様、お見えですよ」 「へいへい。お仕事してきましょうかね」 眼鏡をかけたマネージャーに大きくも小さくもない声で呼ばれ、ホストはカウンターに手をついて気だるげに腰を上げる。 「おい」 「んー?」 今度は土方の手が金時の方へと伸びてきた。切り揃えられた爪先が奇妙な方向へと折れていたポケットチーフを整え、ぴんっと弾いて見せる。 「ありがとさん」 金時が礼を言った時には、土方の手は金時のグラスをカウンターの中に隠れてしまっていた。 フロアがやや賑やかになった。 「土方」 一組の客が帰り、また新しい一組が入店したらしい。金時は呼ばれていることを知りつつも、もう一度、バーテンダーに呼びかける。 「おめェも大した役者だよ」 しばしの間を開けた後、土方はほんの微かに口端を持ち上げた。 「……褒め言葉と受け取っておく」 「珍しい。素直じゃん」 「別に…」 今までいちご牛乳の置かれていた場所に、金時は小さな鍵を置いた。 「素直になった土方くんに誕生日プレゼント、入れておいたよ」 「っ!オイ、これ…」 『14』の数字が書かれたプレート付きの鍵に土方は見覚えがあった。慌てて、ポケットを確認すると、入っているはずの鍵がない。 土方のロッカーの鍵だ。 思わず、悪態を浴びせようとしたが、対象はすでに華やかなフロアの中心に戻ってしまっていた。 土方は舌打ちして、鍵を握り締める。 履歴書に書いた誕生日は五月三十一日。 だが、今日、五月五日が本当の誕生日である。 経歴に偽りがあると知った上で、土方を大した役者だと言ったのだ。 「ちょっと外します」 ざっと自分でなければ熟せないオーダーが入っていないことを確認すると、黒服に声を掛けて、控室へと足を運ぶ。 何を仕込んできたのか。 どこまで土方の正体と目的を知られているのか。 金時の正体と本心はどこにあるのか。 手の中の鍵を空に跳ね上げて、キャッチする。 それから、土方は大きく息を吐いて、好戦的な笑みを浮かべたのだった。 『FAKE』 了 【作中のカクテル】 琥珀色のカクテル―キャロル(賛歌)― マスカット色のカクテル―エメラルドスプリッツアー― (62/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |