『Sweet×Bitter』「ねぇ、どれがおすすめ?」 高校を卒業し、都内の大学に進学して2年。 コンビニの深夜シフトでバイトを始めて1年。 土方十四郎は陳列棚に届いたばかりの商品を補充している最中に、そんな声を初めてかけられた。 深夜の、しかも繁華街から少し離れたコンビニで話しかけられる機会はあまりない。 煙草の銘柄。 惣菜の温めに対する回答。 極々まれにお疲れさんと帰り際にかけてもらう程度の会話とも言えないやりとりが精々だ。 「はい?」 イレギュラーな事態に少々上擦った声で振り返る。 しゃがんだ体勢から見上げた先は思いの外、眩しくて、思わず目を細めた。 気だるげな声からは想像していなかった金色のふわふわした髪が蛍光灯の光を写しこんで煌めいている。 土方の上に影を落とし、男はにこりと笑った。 「だから、」 金色のきらきらした男は土方を手元を指す。 「新作スイーツ、おすすめはどれ?」 握りしめたままのプリンと男を交互に見遣る。 そこで、ようやく繰り返された言葉の意味を土方は理解した。恥ずかしさを誤魔化すべく、土方は慌てて煌々と蛍光灯で照らされる冷蔵ケースに目を移す。 少し迷ってから、並べたばかりの商品の中から、一つを指した。 「え、と…これなんてどうでしょう?」 「へぇ、テリーヌショコラ?」 立ち上がると土方と金髪の男の身長はほとんど変わりなかった。 パッケージに記載された説明書きを読んでいる男の横顔を盗み見る。 髪と同色の睫毛から、金色は染色ではなく、生まれながらの色であることがすぐにわかった。 淡く透けそうな金髪は柔らかそうに重力に逆らって舞っている。 あまりに無造作すぎるヘアースタイルではあるが、奔放な有様はけして野暮ったく見えない。 その向きに跳ねていることが予定調和であるかのように自然だ。 学生の土方に社会人の職業など当てられほどの経験も知識もないが、光沢のある黒っぽいスーツに臙脂のシャツの色から、サラリーマンではないことぐらいは察することが出来た。 水商売にも見えないことはない。しかし、不思議と下卑た風はなく、洗練されている。 モデルか芸能人だろうか。 ふるりと睫毛が上下して、赤みかかった瞳が土方に向いた。 「あの、はい。期間限定なんで…たぶん」 美味しいんじゃないかと言葉の最後は小さくなってしまった。 普段から土方は甘いものを好んで食べるほうではない。 入荷数と本部が推してきていたような気がした為に選んだにすぎない。 男はまっすぐに土方を見てきた。 金色で縁取られた目は垂れているわけでもないのにどこか甘い雰囲気を醸し、鼻梁もすっと通っている。 外国人のような色彩ではあるが、顔だち自体は日本人規格からそう離れていない。 不思議な男の視線を正面から受けて、土方はきゅっと唇をかんだ。 ぶしつけに見つめてしまった。 もっと端的にいうならば、見とれてしまった。 男の土方に見惚れられても、気持ちよいものではないに違いない。 かといって、自分も同様に見られているのだから、謝るというのも違う。 黙って検品に戻るか、どうしようかと迷っていると、男はレジへ足を向けた。 「おすすめ、なんでしょ?」 「あ、はい」 慌てて、レジに戻る。 レジを開放し、テリーヌショコラ二つをスキャンして、一番小さなレジ袋を引っ張り出す。 「あとマシュマロラテも頂戴」 カフェメニューの追加も打ち込んで、合計金額を告げると、季節限定の商品を作るべく、まずはカフェラテをカップに注ぎ始める。 「大学生?」 「え?」 「君、ひじかたくん?」 ネームプレートを指差しながらの人懐っこい笑みに、また、話しかけられたのだと手元が揺れた。 「バイト、長いの?」 「え…と、一年ぐらいです」 湯気のたつカフェラテの上にマシュマロとストロベリーショコラのパウダーを載せつつ、答える。 最中から店内に拡がっていく甘い香りにきっと甘いものが好きな彼女さんにお土産なんだなと納得し、同時に何故だか寂しさを感じた。 「そっか。俺、結構、常連さんのつもりだったけど、初めてだね」 「そうですね」 客一人一人を覚えているわけではないが、これだけインパクトのある人間であれば覚えていないほうがおかしい。 「…こ…いいよね」 「は?」 しまった、お土産用であったなら、マシュマロは別に添えるべきだったと気が付き、男の言葉を聞き逃した。 「いや、ひじかたくん、カッコいいよね。モテるでしょ?」 「いえ、そんなことは…ないです」 確かに、土方はよく告白されるにはされる。 土方とて、年頃の男子だ。恋人がほしくないわけではない。 それでも、どんなに美人であろうとお試し感覚で付き合う気持ちにはなれず、ずっと断り続けてた。 ドSな幼馴染に運命の相手でも待っているんですかぃ?きっと土方さんの相手はあの世にいまさぁ。さっさと死んで会いに行って下せぇなどと冗談とも本気ともわからない顔で言われようと、その気になれないものは仕方ないではないかと思っている。 「彼女の一人や二人…」 「彼女が二人も三人もいてたまるか!ってか!彼女いねぇよ!悪かったな!」 「え?そうなの?」 冗談だとはわかっていた。 しかし、『二人も三人も』という発想が出てくる目の前の男は普段そういう付き合い方をしているのだろうかという想像に繋がった途端、むかむかと胃が不必要な活動を始めた。 胃のむかつくままに、接客を忘れ、大きな声で返してしまったのだが、男は怒るでもなく、やけに嬉しそうな顔で小首を傾げる。 「土方くん、どうかしたの?」 「あ、店長」 大きな声が控え室に詰めている店長の長谷川の耳にまで聞こえたらしく、のっそりと夜なのに決して外されることのないサングラスを正しい位置に持ち上げながら店内へとやってきた。 「よ」 「あれ?金さんじゃないの。この時間帯に珍しい」 長谷川は金髪の男の姿と見るなり、安堵とも呆れともつかぬため息をついた。 どうやら、『金さん』というらしい。 見た目通りの名前の男は本人の申告通り、常連は常連であるようだ。 「今、人手不足でさぁ。ケツ顎が休ませてくれないんだよ」 「いいことじゃない。お客さんがそれだけ来てくれるってことでしょ? あ!まさか!金さん、勘弁してよ。いくら土方くんがカッコいいからって 引き抜かないでね」 「違う違う。綺麗な子だなーって思って話しかけていただけ」 ただの常連客と店長よりも気安さを多分に含んだ空気で続いていた会話の矛先が土方に戻ってきた。 「そうだ。土方くんは初めてだっけ? こちら、金さん。こう見えて、この町一番の売れっ子ホスト」 「え?え?ホスト?俺、モデルさんか何かかと…」 むかついていた胃のことも忘れ、目をしぱしぱとさせて、『金さん』をもう一度観察する。 夜が似合うといえば、似合うが、水商売の括りにいれてしまうには規格外に思えた。 「長谷川さん、こう見えては失礼でしょ!それに土方くんに余計な情報入れないでよ。 俺はただ…」 「ただ、なんだよ?」 「んー、なんだろ?」 しばし、赤い瞳はレジカウンターを挟んだ反対側で顎に手を当てて、思案顔になった。 少しだけ小首を傾げた、その様子は幼いしぐさのように見えて、大人の艶を損なわない。 観察していた方であった筈が、今度は逆の立場に立たされ、どくりどくりと土方の心臓が大量の血液を体内に巡らせ始めた。 何を言われるのか。 期待と不安。 初見の客に何を言われようと気にする性質ではないはずであるのに、ひどい緊張が襲い来る。 「土方くん」 おもむろに、『金さん』はレジ袋の中から、買ったばかりのテリーヌショコラ2つのうちの1つを取り出した。 そして、土方にぐいっと押し付ける。 目の前のスイーツと白く長い指をひとしきり見つめた後で、『金さん』を見た。 「あの…?」 「あげる。土方くんって甘いもの普段食べないんじゃない? たぶん、これ、そんなに甘くないと思うし、いい機会だからおすすめ食べてみて?」 「…その…」 ちらりと長谷川を見ると、サングラスの上に見える眉尻がぎゅっと下がってはいたが、商品売り上げに貢献していないから、というわけではなかったらしい。 「みんながみんな金さんみたいに甘党なわけじゃないんだから。 土方くん困ってるじゃない」 「あの、甘党…なんですか?」 「すごいんだよ、この人。コーヒーなんて、溶けきれないぐらいの砂糖入れるしね。 ミルクなのかわからないくらい」 「へぇ…あれ?じゃあ、これも彼女さん用じゃなくて?」 長谷川のフォローに握り締めたままであったカップの存在を思い出す。 「そ、俺の。残念ながら金さんはみんなの金さんだから、彼女さんはいないんです」 レジカウンターの向かいから長い指が湯気のたつカップを土方の手から奪い取り、口元に運ぶ。耐熱素材のカップの中で、マシュマロがカフェラテの上で大きく揺れたことが土方からも見えた。 「まぁーた、またぁ」 「本当だって!まぁ、運命の相手が現れたらわからないけどね」 かぷりと器用に一番上に乗せたハート形のマシュマロを歯で掴んで、持ち上げる。 薄いピンク色のハートは、金時の唇に一度支えられから、音もなく口の中へと消えていた。 それから、じゃあ、またねと自動ドアへと向かって行ってしまった。 「あの…!」 「ん?」 何故、呼び止めてしまったのか、土方自身にも一瞬わからなかった。わからず、焦って、なにか、なにかと理由を探す。 『金さん』を落ち着きなく、上から下までもう一度見渡した末に、テリーヌショコラが一つだけ入ったレジ袋に気が付いた。 「あの、ありがとうございます」 自分の手元に残された一つを掲げて見せて、礼を口にする。 そんなアワアワした土方を笑うでもなく、『金さん』はやはり優雅に笑った。 「また、次に来た時に感想聞かせてね。そうそう、土方くんのシフトって、 大体この時間枠?」 「金さん、金さん、ナンパみたいになってるよ?」 「や、だって、俺、土方くん気に入っちゃったんだもん」 「土方くん、金さん悪い人じゃないけど、無理に教えなくても…」 「あの!朝イチ講義がない火曜と木、金土!」 長谷川の声などもはや耳に入っては来なかった。 気に入ってくれた、らしい。 世辞でも、社交辞令でもいい。 土方は身を乗り出して、答えてしまっていた。 「金時です」 「はい?」 「坂田金時っていいます」 きんときさん。 さかたきんときさん。 あだ名ではない、フルネームに足元の感覚がふわりふわりとしている気がした。 「あ、あぁ、あの…土方、十四郎です」 「十四郎くん、ね」 似合ってる、そう言って金時は笑った。 「じゃ、また、ね?十四郎くん」 「は、い。金時さん」 あららと長谷川が首をすくめたが、土方にそれを気にする余裕はなかった。 高校を卒業し、都内の大学に進学して2年。 コンビニの深夜シフトでバイトを始めて1年。 バイトと大学の単調な生活の中に突如現れた金色。 彼がごちそうしてくれたテリーヌショコラは甘く、でも、ほろ苦く、赤ワインの風味が口の中に拡がるチョコレート菓子だった。 バレンタインデーも終わった冬の夜。 土方十四郎は思わぬ甘く、苦い恋を見つけてしまったのだ。 『Sweet×Bitter』 了 拍手、ありがとうございました!! 少なくとも、表面は王子っぽいホスト金時さんを書こうとして失敗しました(;^ω^) (59/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |