うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『a quirk of fate -bookshelf-』




土方十四郎は盛大にため息をついた。

立て込んでいた案件がようやく片付き、久々に定時に帰ることができた金曜日。
自宅の鍵を開けてのため息だが、ほっと息をついてものではない。
玄関に自分のものではない靴が存在していることに対しての。

知らない靴ではない。
元々は高価なものだったのだろうが履き潰されている上に手入れがされていないために古びた感を拭えない革靴。
その靴の持ち主を土方は知りすぎるほど知っていた。
しかも、合鍵を渡している以上、不法侵入を攻めることは出来ない相手。
土方は自分の靴を脱ぎ、軽くブラシをかけて靴箱に片づけるとリビングへと足を進めた。





予想通りの人物はリビングのソファに寝そべって本を読んでいた。
土方が玄関から入ってくる気配に気が付いていたのだろう。

「おけーり」

驚く様子もなく男は身体を起こした。
日本人には珍しい銀髪。
さらに跳ね返った纏まりのない天然パーマ。

「テメ…何してやがる…」
「何って、本読みながら夕食作って…」
「んなことは、見りゃわかる。なんでここにいるのかって聞いてんだろ?」

何故、土方の休みや退庁時間を把握しているのかと問う。
どうせ事務官の山崎辺りを口先三寸、もしくは脅して土方の進捗状況を聞き出したに違いないのだが、一応だ。

「そりゃ、根詰めて働いてきた恋人をお疲れさんて迎えるためでしょーが」
「っ!」

土方の職業は検事。
昨年、訳あって飛ばされていた地方から東京へと戻ってきた。
そして、運命のいたずらか。
好敵手だと思っていた目の前の男がいつの間にか「恋人」と世間一般的な基準で呼ばれるポジションに収まってしまっている。
大変不本意ながら、何故か男の、坂田銀時という弁護士が。
本当に不本意ながら、流されるように始まったというのに、今では別れるという選択肢が浮かばない程度には土方の中に居座っていた。

「お疲れさん」

正面に回ってきた坂田の手が土方の鞄を取り上げて床に置き、背に腕を回してきた。
11月に入って急に冷え込んできた外界から帰ってきたためか、余計に土方の身体には坂田の体温が心地好く伝わってくる。
寒かったからだと、己に言い訳をしつつ、今日は撥ね退けることをしないで同じ身長の肩に顎を乗せた。

「夕飯、なんだ?」
「ボルシチ」

言われてみれば、トマトベースの香りがする、気がする。

坂田は寺田法律事務所という大手の弁護士事務所に所属する弁護士だ。
同じ法曹界に住んでいるとはいえ、もともと接点があったわけではない。
弁護士、とはいっても坂田は民事訴訟を中心に活動していたために法廷でぶつかることは皆無であった。
唯一の共通項といえば、土方の先輩検事にあたる近藤と坂田が司法研修所で同期であったことぐらい。

いまだに良くわからない。
売れっ子の弁護士である坂田がなぜ自分のような駆け出しの検事に注目をして、
自分のような体格の変わらない同性に執着するのか。
公務員の自分よりも所得が高く、跳ね返った髪を覗けば意外に整った顔もしている。
女受けは良いはずだ。

赤いプレスチックフレームの奥で普段は死んだ魚のような目をしているくせに、一度法廷に立てば、煌めかせ、胡散臭い扇子を振り回しながら場を征してしまう。
ハチャメチャな、人を煙にまくような話運びを展開させながら、最後には彼が求める答えに綺麗に纏めて、勝ちを持って行ってしまう。
坂田が、シナリオを即興で書き上げ、アドリブを交えていくる。
その様は無造作に見えて、底に綿密なる計算と証拠を積み重ねているのだ。

多少のアクの強さは否めないが、そんな引く手数多な男が土方の恋人らしい。

土方も坂田も元々同性愛好者という訳ではない。
本当に何が起こるか人生解らない。

「土方?」

思考を飛ばしていた土方に坂田が囁くような声で窺ってくる。
耳元で囁かれる声にぞくりと中枢を刺激され、それを誤魔化すために話題を作り出す。

「今日は何読んでいた?」

坂田と過ごす時間が増えて、口で言うほどジャンプばかり読んでいる訳ではないことを知った。

「ん〜小説?」
「なんでクエスチョンついてんだよ?」
「いや、映画のノベライズっていうの?小説っちゃ小説なんだろうけど、
 あの辺の分類がよく分かってねぇ」

小説からエッセイ、自己啓発本に、歴史ムック、果ては全く職業上関係ありそうもないハウツー物まで。
ジャンルを問わない。
お陰で土方のマンションにまで坂田が持ち込んだそれらが山積みになっている有り様だ。

「要はフィクションてことだな」
「そりゃざっくりしすぎでしょう」
「小説って括りで表現したテメーも変わんねぇだろ」
「そりゃ、おめェに事細やかに話したって興味ねぇだろ?」
「まぁ…な…」
ブックレビューをこと細やかに述べられようと、土方が読もうとも思ったことはあまりない。

「おめェも偶には読んだ方がいいぜ?おめェがいうところのフィクション?」

するりと坂田の身体が離れて、ローテーブルに載せていた新書本を手に取って土方に押し付けてくる。
まるで漫画のような絵柄の表紙。
けして厚いとは言えないページ数。
ぱらぱらと捲ると、文字の大きさに思わず顔を誌面から離してしまった。

「老眼?」
「違うっ!」
本を押し返して、寝室兼書斎で着替える為にネクタイを緩めながら鞄を持ち上げる。

「結構バカになんねぇよ」
「必要ねぇと思うけどな」
再び押し付けられて、受け取るだけ受け取る。

「情報は何にしても多い方が処理するときに役に立つって俺は思うけどな」
「そうかよ」
「ま、土方検事みたいに調書隅から隅までは読まねぇけど」
「読まねぇのかよ!」
「依頼人の話と希望が一番、調書はそれを前提に読んで、論旨の大筋をまとめっから俺」

坂田が自分の手法を話すことは珍しい。
土方は思わず足を止めて振り返った。

法解釈自体について議論することは恋人だなんて甘ったるい関係になってもよく行う。
(傍から見ると、まるで喧嘩をしているようだと、言われるがあくまで討論の域だ)
だが、坂田はどちらかというとプライベートにまで持ち込むことを好まないのか面倒臭がって途中から煙に撒いてくることが多い。

「ほら、私民事の取扱いの方が多いじゃないですか。
 心理描写だとか、感情の機微だとか、言い回しといったもの一つで心証が
 違ってきてしまうんですよ。
 示談にしても、裁判官相手にしても。
 相手の心理を察して先を読むって点でフィクションも大変参考にもなります」
単純に活字を追うのが嫌いじゃないってこともありますけどね。
そういって、くつりと坂田は笑った。

急に話し方を変えた坂田に、なるほど、と思う部分もないことはない。
今でこそ、二人の時間には砕けた話し方をするようになったが、元々は今のようなけれんに満ちた、胡散臭さ満載の丁寧語を使う男なのだ。
話し方、一つ、言い回し一つ、計算して法廷の流れを自分のペースに巻き込むと言いたいのだろう。

「相変わらず、詐欺師臭いです。坂田先生」
「まぁ、騙されたと思って。土方検事」

あまりに強引に押し付けてくるので、一先ず土方は新書を持ったまま自室へと移動した。




重たい荷物をデスクに置く。
仕事の資料はいつも持って帰らない。
持って帰りたいのは山々だが、万が一のことを考えると、個人情報や審理の内容が窺えるものは危険だと思っているのだ。
鞄に入っているのは、法律雑誌や論文の類、心理学や医学書だ。
土方も坂田に劣らない程度には活字を読み込む。

ただ、ジャンルが一定しているだけだ。

「…本…なぁ…」

机に置いた新書を眺めながら、スーツをハンガーにかける。

坂田の法廷はなんだかんだと言って、見事だ。
あんな風に場を支配できたらと思わなくはない。
いかれた扇子を振り回しながら答弁するスタイルはごめんだが。

最初のページをぱらりと繰った。





コンコン

部屋をノックする音に土方は気がついていなかった。
遠慮がちに扉が開き、銀色のふわふわした頭が覗きこんできたことに気がつくのも遅れた。

「土方?」

ぐすっと抑えようとするのだが鼻が鳴るのを、涙が溢れるのを止められない。

「土方?オメ泣いて…」
「なんだよ…この主人公…」
「面白かった?」
「ニートでマダオでその上、天パなんて救いようのない…とか…ねぇよ」
「そこなの?え?泣いてるポイントそこ?!」
「オマケに過去の自分呼び寄せて、未来の自分と更に過去の自分殺させるとか…
 一体どんだけ…」
それ以上は言葉が続かなかった。

わかったわかったと宥める様に暖かい体温が背中から覆い被さってくる。

「土方検事って法廷じゃ法規と証拠根拠に、あれだけバッサバッサ血も涙もなく
 鬼のように斬りまくるのに映画本1冊にそんなに感情移入するタイプだったんですね」
「…うるせぇ…」
ゴシゴシと目元を乱暴にこすり、本を坂田に突き返した。

「メシ」
「食事も良いですけど…ね?」

坂田の指が目尻に溜まっていた涙を拾い上げ、土方の唇に塗りつけてくる。
指が下唇を割って入り、歯茎を一撫でし、土方の舌の上に乗せられた。
その指を舌で持ち上げ、上の歯に当てるとぎりりと強めに噛みしめ、シャツの裾から入ってきた少し冷たい手を制す。

「今のは行為は、合意と見做すに足りる行動と受けとったんですが?」
「違う…俺の要求は食事だという意思の表示だ」
噛んだ行為を自分の良いように解釈したのかと、眉間に皺を寄せる。

「こんなに性的なニュアンスを含んだ行為が食事?」
「含んでいない」
「方法の錯誤であろうと寝た子を起こす行為であったことは否めませんよ」
「いや、それ何か違う気が…」
「涙目で人の指を甘噛みなんて、どう考えても煽っているとしか
 考えられないでしょう?」

そうは思いませんか?

仕返しとばかりに今度は土方の指を拾い上げられ、坂田が己の口に運んだ。

放った弾丸が本来の狙った相手と別の相手に当たってしまった、という方法の錯誤に例えるのは少し違うと真っ向から反論しようとして口を止める。

「何誤魔化してやがる?」

煙に撒くつもりなのだと、それなりの付き合いの中で学んだ。

「誤魔化してなんていませんけど?」
「ここで、客体の錯誤だの因果関係の錯誤だのテキスト通りの話を
 持ち出したいわけじゃねぇだろうが?」
「単純に土方先生を先に喰いたいデスって話で」

かしかしと指先を甘噛みされ、爪の間を舌で嬲られたならば、じわりじわりと脊椎が刺激され、土方は顔を反らした。

「…今読んでた本になんかあんのか?」

盛っているにしても、どこか甘えているような気配が拭えない。
最初こそ酒に酔った土方を自分のマンションに連れ込んでも、キス止まりで何もしなかった坂田だが、土方に完全拒否の意思表示がない限り、発情したなら有無を言わさず、場所など構わず押し倒してくる男だ。

「別に?」
「今更、指噛んだくらいで発情するほど坂田先生も若くないと思いますが?」
「ちょ!誤解されるような言い方止めてくれませんか?
 いつでも土方先生相手ならいつ開廷してもいいぐらい臨戦態勢ですけれど!」
「ふぅん…」

坂田に咥えられていた指を引き抜き、そのまま額に突き付ける。
額から眉間。
眼鏡のブリッジで一度指を止める。
唾液が蛍光灯の光でぬらりと光った。

マーキングという言葉がふと脳裏に浮かび、まさかなと心の中で否定する。
ブリッジから鼻先に再び指を動かせば、不機嫌そうな顔の奥に照れくさそうな坂田の内側が透けて見える。

土方の家に増えていく坂田の本の山と、聞かされるレビュー。
ようやく、土方が開いた坂田の本。
確かに本棚がその人物像を得るに有効は手段ではあろうけれど、まさかと。

「坂田…」
「ん?」

自分のことを語ろうとしない男が遠まわしに自分のことを知ってもらいたいなんて、まさか。
三度目のまさかが浮かんできた時点で土方の中でそれは現実味を帯びてくる。

「…土方?え?なんで真っ赤?」
「ウルセェ…恥ずかしい奴だな…」
「は?俺が恥ずかしい感じになっての?え?土方じゃなくて?」
「テメーが、だよ?」
「異議あり。一体私の何処を、どう…」
「ウルセェって言ってんだろ?ヤんならヤるで、さっさとテメーを食わせろ」

坂田の顔から胡散臭さを増幅させている眼鏡を抜き取り、口を己のモノでふさぐ。
応える様に、舌が掬い取られ、土方の眼鏡も相手の手によって取り除かれた。

絡まる舌。
蕩ける脳は己たちの商売道具であるのに、肝心なところでうまく機能しないだなんて。
上ってくる身体の熱はワイシャツを剥ぎ取られても醒めることが無い。

一歩一歩、交わす言葉で、情で知っていることを増やしてきたつもりだが、本棚から相手のことを覗いてみるのも確かに面白い。
けれど、一先ずは、本のことは栞を挟んで保留。



ゆっくりと今度こそ背中に布団の感触を直に感じながら、互いの不器用さに苦笑したのだった。





『a quirk of fate -bookshelf-』 了










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