うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『a quirk of fate 2』




side G

検察庁をでて、顔見知りのまるでダメなオッサンがバイトしている居酒屋に開店前から押しかけた。
それから個室でかれこれ3時間。

相変わらず、法律の解釈論でしか盛り上がれないことを残念に思いながらも、それでも、強気な瞳が挑戦的に突っかかってくる様を見ることが楽しくて、ついつい意地悪く、のらりくらりと攻撃を躱しながら、長居をしてしまった。
さすがにこれ以上はと店を出たが、金曜日の九時前といえば、まだ宵の口だ。
1件目で別れるには名残惜しかった。
坂田は、そろそろ把握できてきた土方の性格を利用して、彼を挑発することにする。

「わたしは、まだまだ大丈夫なんですけどね。
 土方検事は酒に飲まれる前におかえりになった方がいいですよね?」
「そんなわけないですよ。まだ1升は飲めますよ?」

乗ってきた土方に内心ほくそ笑みながら、白々しく続ける。

「いえいえ、ご無理なさらず。まぁ、私は3升はいけますけど」
「あぁ、すみません。まだ1斗はいけそうですよ」
「わたしも、1石は…じゃあ、もう一軒、今度は飲み比べで行きましょうか」
「望むところです」

売り文句に買い文句。
負けず嫌いの土方。

法廷でのクールな様子の下に、粗野な部分も持ち合わせていることが徐々にわかってきた。
担当事務官や検察官同士といった親しい人間との会話にもそのことが窺える。
気取ったバーよりも、先ほどのような適度にくだけた場所の方が土方もリラックスしているように見えた。
かくいう坂田も気取った場所はあまり得手ではない。
なにより、寒空の下を移動しているうちに土方が冷静になってしまう可能性を考慮して、近場のおでんの屋台に少しふらつく土方の体を押し込む。

そうして、二人は終電が終わる時間まで、親父に呆れられながら、賑やかに飲み明かしていたのだった。




「うお〜い、大丈夫ですかー?土方くん〜」
「うっせぇ!おらぁは大丈夫なんだよ!っと」
本来あまり酒には強い方ではないのかもしれない。
土方の元々白い肌は、アルコールで朱に染まり、少し舌足らずな典型的な酔っぱらい状態になっていた。

「ほら、足元気を付けろ!」

坂田も同じように飲んでいるのだが土方ほどは酔えていない。酒量の問題というよりも、自分よりも酔っ払っている人間がいると酔えない、いわゆるそんな現象だなと分析しながら、よろける土方の腕を肩に回させ、腰に手を回して身体を支えた。
アルコールの香りより、強く煙草の匂いが鼻をかすめる。

「おおい!お前ん家、どこだ?もう終電終わっちまったぞ」
「う〜」

昼、法廷に立っていた時と同じスーツであるのに、同一人物とは想像もつかないような幼い唸り声が返ってくる。可愛いなんて感想に浸っている場合ではない。

「だから、家!」
「あぁ?」
「襲いますよ〜」

合コンでお持ち帰りだの、目が覚めたら隣に知らない女がなんてパターンを思いつき、過去に土方がされていたり、経験してたらと想像して喉の奥にじわりと苦いものがこみ上げてきた。
同時に、坂田から見れば、絶好の『据え膳の喰わぬは』の状況なのだとも気が付いてしまった。

「ホントに犯すぞ。コノヤロー」

もともと坂田にそちら側の趣味はない。
女の子の柔らかい身体は大好きだ。
それでも、土方限定で襲える自信も止まれない確信もあった。

「あ〜、強姦罪は刑法…」
「……そこだけ、ちゃんと答えるわけね、おめェは…」
「負けねぇ…」
「はいはい!俺の負けでいいから!」

惚れたほうが負け、そういう意味では負けは確定している。

「ふ〜」
「あ〜もう!」

顔のすぐ近くでアルコール臭い呼気を出した口元が嬉しそうに持ち上がる。
対照的にうぐぐと奇妙な音が坂田の口からこぼれた。
警戒してほしいわけではないが、意識されないということも癪さわる。
少し乱暴に、目に入ったバス停のベンチまで運んで、腰を下ろさせ、自分もその隣に座ると携帯を取り出した。

そして、腹立たしいが聞いてはいたものの、今までかけたことのなかった近藤の携帯を鳴らした。

『はい?』
「あ、ゴリラ?」
『へ?どちらさん?』
「俺だ、俺」
『いや、だから…あ、表示見ればいいのか?なんだ、坂田か?どうしたこんな時間に』
登録してるのであれば、先に通話相手を確認してから出ろよとツッコミは、とりあえず引っ込める。どうやら、ガヤガヤと受話器から聞こえてくる雑踏の音から察するに、近藤もまだ金曜の夜を満喫中で自宅に帰っていないようだった。

「土方検事って官舎住み?」
検事は一応『公務員』であるから、住宅補助を兼ねて官舎に希望すれば入ることが出来たと坂田は記憶していた。それを踏まえての質問であったが、あっさりと否定されてしまう。

『トシ?いや、アイツ官舎は気づまりするからどうのって、
 自分でアパート借りてたはずだけど?』
「そうなんだ。お姫様、潰れちゃったんですけど〜」
『え?トシが?珍しいなぁ。外ではあんまり酒飲まない奴なんだが。
 あ、ちょっと待てよ…確か手帳に住所…あれ?すまん。町名しか控えてない』

ガハハハハと携帯から耳を遠ざけねばならないほどの音量で笑われ、眉を顰める。

『俺が迎えに行こうか?』
「いや、ストーカーゴリラはまだ歌舞伎町だろ?こっちでどうにかするわ」

どうせ、この間、鬱陶しく熱く語っていたキャバ嬢を完全なストーカーになって追い掛け回しているに違いない。
近藤が犯罪者として捕まっても、坂田の痛手にはならないが、土方を彼に預けるということにも抵抗がある。

『そうか!じゃあ頼む。でも!俺は愛の狩人だからね?
 ストーカーではなく愛しのお妙さんをお守り…』
「はいはい」

適当に返事をして、坂田は通話を一方的に切る。
隣で軽い寝息を立て始めた黒髪は吹き抜けた冷たい風に少しだけ身を震わせた。

「あー…」

伊達メガネをはずし、スタイリング剤で押さえつけなければ、重力を無視しまくる銀髪をかき混ぜて元に戻す。

「俺の理性、試しても無駄ですからね?めっさ細いから!
 ついでに細くて脆くて切れやすいんですよ?」

先にいいましたからね!と聞こえているはずもないと知りつつも、宣言する。
そうして、タクシーと呼ぶために立ち上がって、手を挙げたのだ。





「着きましたよ〜」
ぐったりとした土方を自分のマンションに連れて帰り、兎にも角にもソファの上に降ろした。
多少荒っぽかった感は否めないが、この際勘弁してもらうことにする。

「…ん…」

流石に震動で目が覚めたのか、うっすらと色素の薄い瞳が、緩やかに開いた。

「起きた?水でいいよな?」
「あ〜」

幸いなことに、今のところ嘔吐するということもなく、ただ、力なくソファにしな垂れかかっている。
台所で自分用にイチゴ牛乳と、土方用にミネラルウォーターを調達して、テーブルの上に置いてやる。
半分寝ぼけたような状態なのか、腕は、コップに向かって持ち上がるものの、身を起こしてまで取りに来る気力はないようだった。
紙パックに直接口を付けて飲みながら、その様子に苦笑した。
先ほど、近藤も普段は外ではあまり飲まないと言っていたが、あれしきの酒で、この状態というのも如何なものなのだろうと再び考える。
公判の準備で疲れがたまっていたとはいえ、自分のような付き合いの浅い人間の前で迂闊すぎるとしか言いようがなかった。

「さかたぁ…みず…」

息苦しかったのか、ネクタイを緩め、眼鏡を床に放り投げてしまった土方に手招きされた。
名を呼べるということは、今の状況を全く把握できていないということでもないのだろう。
単純に、気を許してくれていると判断するには、曖昧過ぎる距離だ。

「はいはい」

横に腰を降ろし、コップを目の前に持っていくと坂田の手ごと引き寄せて、コクコクと、嚥下していく。

(ちょっと!なに?なんなの?この可愛い生き物は!)

普段の怜悧な空気は全く失われてしまっていた。
坂田よりは年下なはずだが、20代後半の男の仕草とは思えない。
一気に、水を飲んでしまうと、土方は、そのゆるんだ顔のまま、ふわりと笑う。

「なななな…なに?」
「うまいな…」

法廷で、予想外の証拠品を提出されたときよりも、意義ありを連発してしまいそうになった。
ぺろりと口の端に溢れてしまった水分を舐めるとか止めてほしい。
しかも、じっと見ないでほしい。
眼鏡を外した土方の顔が、間近にあるとか、勘弁だ。
不意に手が持ち上がり、坂田の髪に触れた。

「ん〜、やっぱ…毛質、やわらけぇンだな…」
「ちょっ!ちょっと待って待って!
酔っぱらいだから!これ酔っぱらいだから!おもっくそ、距離近いから!んでもって、エロすぎるんですけど!勘弁してください。土方検事ぃぃ!もうこんな美味しいシチュエーション二度とこないかもしれないけど!今回ばかりは、爛れたお付き合いとか、なしでって思ってるアラサー煽らないで下さいぃぃ!」
「うるせェよ。てめェ」
「げ!声に出てたぁぁぁぁ??」

心の中でわめきたていたつもりだが、口からダダ漏れていたようで、土方が痛そうに眉をしかめて抗議する。

「あ…」
「こ、今度は何?!」
「てめェ…なんか甘ぇ匂い…」
くんくんと、犬のように匂われてはたまらない。
「だから!ダメだって!うお!
 ここは六法でも最初から暗唱したら、銀さんの銀さんは落ち着いてくれるか?!
 えええと…総則・・・・・・・・・・・・・・」
呪文のように、毎日嫌という程お世話になっている飯の種を並べ立てる努力をしてみるが、一向に文頭から続きが出てこない。

「さかた?もう…」
一杯水…と言いたかったのだと思う。
だが、小首を傾げてこちらを見られて時点で、坂田の中で何かが、部屋に連れてくる直前に宣言した何かプツンと切れてしまっていた。





side H

くぐもって聞こえるアラーム音が土方の意識を浮上させた。
毎朝6時にセットした目覚まし機能は土曜の今日も例外なく鳴っている。
アルコールの抜けきれない脳はぼんやりと止めなければと指令を出すが、疲れ切った身体は、枕元よりもっと遠い場所にあるらしい携帯まで動きたくないと駄々をこねた。
そうしている内に、音は消えた。
けれども、スムース機能を有効にしている携帯は設定どおりにまた五分後になり始めるだろう。
大きく目元まですっぽりと埋めている布団の中で、ふぅと息をつく。
暖かい羽毛の内側の空気が嗅覚を刺激し、土方は違和感を感じた。
嗅ぎなれた匂いではない。洗剤やフレグランスとはどこか違う甘い香りがする。
顔をもぞりと出して、数度瞬きをした。
鼻先に冬の冷たい空気が触れて、外気との差を認識すると同時に横向きの体勢から動けないことに気が付いた。

「ん?」

見慣れぬ部屋。
後ろからガッチリと腰にまわされた土方のものではない腕。

「なんだ…?これ…」

肌色の、どうみても成人男性のそれとわかる二の腕が背後から、土方を抱き込んでいて、動きを制限している。

「ぅん…ひじ…か…た?」

首元に、背後で眠る男がむずがるように吐いた息があたる。
そうして、懐くように鼻先を土方のうなじに擦り付けてきた相手は掠れた、色を含んだ男の声で土方の名を呼んだ。

「マジでか…?」

一気に夕べの記憶と現在の状況がつながり、意識と体温が急上昇した。
自分を抱きすくめたまま、機嫌よく眠る銀色は紛れもなく、弁護士坂田銀時だったのだ。





夕べは検察庁をでて、居酒屋、おでんの屋台と梯子して、随分とアルコールがまわってしまったことまでは、はっきりと自覚も記憶もある。
普段は外出先で一定量以上は飲まない。
弱い方だとも思わないし、酔うと暴れるとか『酒癖』が悪いわけではないのだが、とにかく眠たくなってしまう体質なので気をつけていたのだ。
だというのに、昨夜はピッチをセーブ出来ず、目の前にある酒を口に運んだ。

眠たくて眠たくて。

「うお〜い、大丈夫ですかー?土方くん〜」
「うっせぇ!おらぁは大丈夫なんだよ!っと」

売り文句に買い文句。
坂田のワザとらしい挑発になぞ乗らないで、さっさと帰れば良かったと後悔しても後の祭りだ。

「ほら、足元気を付けろ!」
よろける身体を坂田が支えてくれる。

ただでさえ、睡魔が襲う体に、自分よりやや高いらしい坂田の体温が心地良いことに腹が立ってくる。

「おおい!お前ん家、どこだ?もう終電終わっちまったぞ」

眠たい。
坂田に答えることさえ、面倒臭い。

「襲いますよ〜」
妙な脅し方だと思った。

「ホントに犯すぞ。コノヤロー」
「あ〜、強姦罪は刑法…」

また、同じような脅し方をするから、それは法を取り扱うものとしてどうなのだと、抗議した。

「いや、もうそれは良いから!」

なにが楽しくて、こんな決して華奢でも、特別若くもない成人男性にそんなネタばかりかけてくるのだろう。
案外、本気なのだろうか?
そんなことを頭の隅に浮かべ、おかしくなる。
お付き合いしたいだか、抱かれたい弁護士だかのナンバー1は坂田だと受付の女子職員が騒いでいると悔しがっていたのは山崎だったか、近藤だったか。
どちらにしても誰がそんなランキングを付けたのだとツッコミを入れて、切り捨てたけれど、噂半分だとしても選り取り見取りであることには違いがない。
からかわれているのだ、きっと。
本気にしたら馬鹿をみる。

「負けねぇ…」
「はいはい!俺の負けでいいから!」

悔しい。
眠たい。
寒い。

その辺りから記憶が一度途絶えてしまった。




少しだけ、だが、深く眠っていたらしい。

「…ん…」

ソファーらしきところの降ろされた振動で、目が覚めた。
寝ぼけた頭で、辺りを見回し、知らない場所なのに、なぜか知っている場所であるかのような奇妙な感覚に襲われる。

「水でいいよな?」
「あ〜」

ペタペタと素足がフローリングを歩いてきて、土方の前で一度水の入ったコップを軽く振って見せた後、テーブルに置いた。
足の主は先ほどまで一緒に酒を飲んでいた坂田だ。
ここは坂田の自宅なのか。
坂田から、悪意は感じない。
それだけ判断すると力が再び抜けてきた。
少々の睡眠では抜け切れなかったアルコールがこめかみを脈打たせるような頭痛を呼んで、喉は乾いているのに、体を起こしてコップを手に取る動作すらを億劫にさせてしまう。

「さかたぁ…みず…」

もう面倒だと、ネクタイを緩め、右手で手招きしてみた。

「はいはい」

反発するかと思いきや、意外にも坂田は、おとなしくコップを口元に近くにまで運んでくれた。
面倒見がいい奴だな。
一気に、水を飲んでしまうと、土方は、そのゆるんだ顔のまま、笑った。

「うまいな…」
「土方くん?」

水道水ではなく、きちんとミネラルウォーターらしい。
自然と目で追ってしまったコップ越しにキラキラしたものが映り込んできた。
乱反射したような光の正体は坂田の銀髪だった。
土方は手をのろのろと持ち上げ、坂田の髪に触れる。

「ん〜、やっぱ…毛質、やわらけぇンだな…」
「ちょっ!待って待って!
酔っぱらいだから!これ酔っぱらいだから!おもっくそ、距離近いから!んでもって、エロすぎるんですけど!勘弁してください。土方検事ぃぃ!もうこんな美味しいシチュエーション二度とこないかもしれないけど!今回ばかりは、爛れたお付き合いとか、なしでって思ってるアラサー煽らないで下さいぃぃ!」
「うるせェよ。てめェ」
「げ!声に出てたぁぁぁぁ??」

なんだか、良くわからないが、正直な感想を述べただけなのに、坂田の動揺するのが良くわかる。それが、なんだか、よくわからない優越感をもたらした。

「あ…」
「こ、今度は何?!」
「…なんか甘ぇ匂い…」

何の匂いだ?
苺?
そういえば、糖分とか書いた扇子持っていたぐらいだから、甘党なのか?
鼻が詰まっているのか、よくわからなかった。

「だから!ダメだって!うお!
 ここは六法でも最初から暗唱したら、銀さんの銀さんは落ち着いてくれるか?!
 えええと…総則・・・・・・・・・・・・・・」

一人騒がしい男よりも、また喉の渇きの方が気になって、土方は、坂田の手にあるコップを指さそうとした。

「さかた?もう…」

発した言葉は途中で塞がれた。
塞いでいるものが、坂田の唇なのだと認識するまでに時間がかかった。

「ち…ょ…さか…」

幾度も幾度も角度を変えて、重なり、歯列を割って舌が腔内に忍び込んでくる。
丁寧に土方の中を探るように。
合間でなんとか体を離そうと思うのに、がっちりと後頭部を抑えられていて、それも叶わない。
くちゅくちゅと水音だけが、静かな部屋に響いた。
舌を絡められ、吸い上げられ、どちらのものとも分からない唾液が顎を伝わり落ちていく。

「土方…」

徐々に腰の力が抜けてくるのが、呆けた頭でも良くわかった。
酔っぱらいだから、というよりもこれは…

(やべ…)

至近距離で見る坂田の瞳が意外なほど、真っ直ぐで、普段とは全く違う色を、艶を持っているのが見て取れる。

(あぁ、なんだコイツこんな顔出来んだな)

坂田の高い体温が手のひらから、唇から、伝わってきたから。
抵抗することなく、力を抜いた。
本気でなくても、坂田が自分を呼んでいたから。

もうなんだか、それでいい気がしてしまったのだ。

「土方…」

意識の遠くで坂田の焦った声を聴いたのが昨夜の最期の記憶だ。





そこまでを一気に思い出して、恐る恐る土方は横になった体勢のままで、己の状態を確認する。

シャツは着ているが、ボタンは全開。
スラックスははいていないが、下着ははいている。
自分の体に痛みも違和感も、二日酔いの症状以外はない。

男同士の睦みあいの知識などない上に、半端な証拠すら見つけられず口をへの字に曲げた。
仕方なく、判断材料を相手に探すために、そうっと、肩越しに振り返ると、ひたり、笑う坂田の赤い瞳に遭遇した。

「おはようございます」
「あ…あぁ…」

腰に回っていた腕が持ち上がり、出来た隙間に冷たい空気が入ってきた。
土方は再び前を向いて、坂田が起き上がる気配を背中で感じる。

「土方検事」

何を言われるのか見当がつかず、改まった声に身体を固くした。

「結婚を前提にお付き合いしてください!」
「ばっ…結婚なんざ出来るか!憲法24条1項の解釈はともかくな!」
「法解釈がどうのってことじゃなくて、それくらい本気だってことでしょうが!
 コノヤロー!」
「キコエネー」

色々、飛び越えてきたセリフに、思わず布団をかぶった。

「じゃあ、昨夜のことも覚えてないとかいうんですか?
 まさか、無理やりだったとか持ち出して強制わいせつ罪とか強姦罪とか
 無粋な言い訳、持ち出す気なのかよ?」
「ご、強姦とか言うな!アホ」
「ほら、どう見ても合意だったよね?お前も応えてたよね?」
「………」
何処までを合意と認めるのか。
確かにキスぐらいまでは意識があったし、最後は諦めてしまった。
抵抗しなかった。それは認める。

「って!いや待て!どこまで…」
どこまで、昨夜アレがアレして、どうなったというのだ?と混乱した土方は布団の中で頭をかかえた。
記憶はなくとも流れ的には、そのまま最後まで致してしまっても、おかしくはない。
無理やりだったなどと立証はできない。
起訴どころか、示談交渉にさえ持ち込めないだろう。
判例的にも、男性が男性から受ける性的暴力については訴訟数が…

「何?まさか、覚えてないの?あれだけ盛り上がった仲なのに?」

布団をはぎ取られるでもなく、坂田は同じように潜り込んできて覗きこんできた瞳は、普段の坂田からは想像できないような弱気と不安が垣間見えた気がした。

「お前…」

再び土方を抱き込んだ腕の暖かさと、表情に土方の心臓をぎゅっと痛む。
酔って、世話になって、さらに、その先があったかもしれないというのに自分だけ記憶がない罪悪感なのか。
流されていても構わないと思ってしまったことに関する水面下の感情からなのか。
傷つきたくないと同時に傷つけたくないと思った。

土方は覚えていないことを否定した。

「覚えてんに決まって…」
「覚えてるなら、同意ってことで、問題ないですよね?」

間髪入れずに返った喜々とした声色と言質をとったとばかりのドSの笑みに土方は言葉を失う。

「これから、よろしくお願いします」

耳の後ろにちゅっとリップ音に、ぎゅっと土方は目をつぶった。
次に起きた時にはマヨネーズ王国、でなくとも、せめて、自宅のベッドの上というオチを期待しながら。


『a quirk of fate』 了





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