うれゐや

/ / / / / /

【短篇】 | ナノ

『a quirk of fate 1』




※お願い
 いつも以上に、なんちゃって弁護士と検事です。
 法解釈や舞台についての設定は正確なものではありません。
 ふわっと読んでやって下さい。





side G

寺田法律事務所に所属する弁護士・坂田銀時は、自分用に宛てがわれているオフィスに座していた。
足は行儀悪くデスクの上に投げ出され、手元には六法全書でも、案件のファイルでもなく、今週すでに何度読まれたか分らない少年向けの週刊漫画雑誌が開かれている。
ただ、本人の視線は開かれた誌面ではなく、貴重な冬の日差しが差し込む窓の外に向けられていた。

静かな金曜の昼下がり。

坂田は、おもむろに立ち上がると、鏡に向かった。
ズレ落ちかけていたセルフレームの眼鏡をかけ直し、趣味が悪いと評判のネクタイも締め直す。
そして、応接スペースのソファに置きっぱなしにしていたコートを手に取る。
少々皺が寄っていたそれをパンパンと振って、気持ち伸ばすと坂田は袖に腕を通した。

「銀さん?」
バソコンから顔を上げて、メガネー志村新八が声をかけた。

「どちらに?」
「ち、ちょっと糖分を…」
「イチゴ牛乳なら買い置きが冷蔵庫に入ってますよ」
「いや、別の…どぉ〜〜しても、摂りたい糖分が、な」

坂田は聞く耳を持たず、畳みかけるように申し付け、手早くマフラーを巻き付ける。

「確かにアポイントの時間、予定より遅れてますけど今日はこの後ないんですから、
 もうちょっとだけ待ってく…え?銀さん?!」
「指定の時間に来ない奴が悪い。また週明けに出直してくるよう言っておけ」

受付兼事務机に座るメガネの脇を足早に通り抜け、ドアノブを握った。

「そんな!」
「じゃ、頼んだ!」

志村の制止を振り切って、事務所を飛び出す。
坂田が『糖分』摂取を目的に向かったのはコンビニでもケーキ屋でもなく裁判所であった。





目当ての公判は、世間からの注目度が低いためか、傍聴席に空きがあった。
すでに、被告人も入廷し、担当検事が最終答弁に入るところだった。
間に合ったことに息を吐き、前から3番目の席に腰を下ろす。
本日の担当は半年前に東京検察庁に配属された土方検事だ。
低く、だがよく通る声が法廷内に響き渡る。
白熱灯の下で、やけに整った顔と、すらりと延びた姿態が場を支配する。
語る瞳は、強い光を持って、被告人と弁護士を射貫いていた。
土方な青灰色の瞳は少し瞳孔が開き気味だ。
物騒だが、魅了する深い色合いをより見たいと眼鏡のブリッジを上げた。

(楽しそうだねぇ…)

難しい案件ではないと思う。
証拠、状況、事件の背景、どれを取っても検察側の優位は揺るがないようにみえるのだが、土方に手を抜く様子は見当たらない。
論旨を展開し、相手をたたきのめす。
直球ばかりかと思えば、変化球も使いこなす。
今日、同じ舞台に立つベテラン弁護士も、けして無能な訳ではないはずだが、完全にのまれている。
答弁の当初の情状酌量による罪の軽減に重きをおこうとする被告側の主張はどんどんとか細いものに変化していった。

「…ぁ」

答弁が裁判長へと戻ったところで土方の強い視線が、傍聴席にいる坂田に動いた。
それだけで、心臓が跳ねた。

人が嫌いなわけではないし、それなりの男女の経験もある。
むしろ、坂田は、自分が銀色の跳ね返った髪であるにも関わらず、女受けが良い。切ろうと思わなければ、相手には困らない。
弁護士なんて肩書を背負ってからは、更に名前に寄って来る女もいる。
ただ、深い仲になりたいと思った人間はいなかった。
まして、一目ぼれなど信じていなかった。
そんなものあったとして、単なる錯覚、瞬間的な流行り病でしかなく、長続きするものではないと。
何故、同性の、検事なんてぶつかるだけの職種の男に惹かれるのか。
理由など、わからずとも、裁判所で初めて会った日から強く惹かれた坂田に迷いはない。


青灰色の瞳が少し細くなって、検事の口許が形だけで伝えてきた。

『ヤ・ロ・ウ・ゼ』

ぐっと、気管に空気の塊がつまり、噎せそうになった。
本当に坂田のガラではない。
法廷で対面しているならば、こんなことで動揺など絶対にしない。
けれど、あの挑戦的な笑みは、坂田の中心を揺さぶる。

『オカスゾ、コノヤロー』

同じように口の形だけで返し、握った拳の間から親指を突き出させてみる。
神聖な法廷でどうなのだというジェスチャーではあるが、幸いにも皆の関心は新たな証拠の提示に向けられていたために、気が付いたものはいない。
土方も眉間に深い皺を寄せて、凶悪な目で不敵に凄んだだけで、再び法廷の中心へと向き直ってしまった。

糖分よりも、摂取したい相手であり、獲得できていない男。
台詞だけ見れば、成就していそうではあるが、実のところ、初回に失敗して以来、坂田は口説ききれずにいるのだ。

一度目は、坂田とは同期であり、土方の先輩でもある近藤をダシにして、飲みに行った。
お近づきにはなれたものの、この時は、いつの間にか近藤の問題行動の話から、ストーカー規制法の定義について口論になり、お開きになった。
これが、失敗だったと坂田は反省している。
完全に土方は坂田を「好敵手」と認識し始めてしまった。
言質を取ってなんぼの世界で、言葉を駆使した仕事場だというのに、オフの時間までも、好戦的な検事さまは、自分と論旨を戦わせたいらしい。


二回目は、偶然を装い退庁直後のところを捕まえて、感じのいいダイニングバーに連れていった。
ゴリラもとい上司兼幼馴染のいないところで、仕事を離れた会話を目標に。
にも、関わらず、ついつい零してしまう下ネタ的な会話から、いつのまにか、民法709条、および715条で、セクハラの判例についてやり合う羽目に陥った。
しかし、そのどちらも坂田が一足先に土方を言い負かすというか、煙に巻くような決着だったのだが。

そして、今日だ。
近藤が首ったけな志村妙をネタに得た情報を元に裁判所に足を運んだ。
土方が担当している案件も片付く金曜。
リベンジをはかりたい土方のことだ。
三回目は土方の方から誘ってくれると踏んでの傍聴だった。

勿論、土方をこてんぱんにやり込めたい訳ではないし、まだまだ土方と坂田の熱の向きが違っていることは承知だ。
土方との討論は楽しくないわけではないが、坂田が望むのは一人の弁護士としてではなく、もっと先の、一人の男としての、もっと原始的なお付き合いだ。

お互いのプライベートなんてまだどれほどもしらない。
どう駒を進めて、どう落とせばいいのかなんて、今までのスキルを総動員しても出てきそうになかった。

笑い事ではなく、法律から恋愛話に話題を動かそうと話術を駆使しても、いつの間にか流されてしまう。
天然なのか
確信犯なのか

いっそ、「好きなんでヤラセて下さい」と直球を投げたほうが土方のような人間には早い気もする。
恋をするとき、人は原始に帰るとかなんとか言わなかっただろうか。
今まで、そんな闇雲な行動を取ったことはないが。

「主文、被告人黒田平八郎は、求刑通り…」

裁判長の判決が読み上げられ、坂田は我に返った。
どうやら、誰もの予測を外さず検察側が勝ったようだ。

「さて、じゃあ、今度こそ、私が私の勝ちを取りに行きますかね」

『糖』と描かれた扇子で口許を隠し、弁護士は検事と再び視線を絡め、ニヤリと笑った。






side H

東京検察庁・土方十四郎検事は、担当していた案件が本日一件片付き、彼にしてはのんびりとした歩みで自身のオフィスに足を運んでいた。

半年前に、この東京に戻ってきてから、ずっと走り続けている。
それは異動に関して骨を折ってくれた先輩の為でもあり、自分を買ってくれている首席検事正の期待に応えるべくという理由もある。
土方は、特に目立つ法廷でなくても、そうやって恩返し的なことができて、更に自分の智への欲求を満たすことが出来ていれば、それで満足できていた。

ただし、極々、最近まではと続く。
チラチラと自分の前に現れる銀色の毛玉の存在が土方を刺激するのだ。
毛玉と言っても犬、猫の類ではない。
やり手で有名な寺田法律事務所の看板弁護士・坂田銀時。

異動前に挨拶に出向いた裁判所で、近藤に紹介されたのが、初めての出会いだった。
死んだ魚のような目をしているくせに、一度法廷に立つと、目を煌めかせ、途端に場を征してしまう。
ハチャメチャな、人を煙にまくような話運びで論旨を展開させつつ、最後には彼が求める方向に綺麗に纏めて、勝ちを持って行ってしまうのだ。
坂田が、シナリオを即興で書き上げ、アドリブを交えていく。
その様は、無造作に見えて、底に綿密なる計算と証拠を積み重ねているように土方には見えた。

あの坂田相手に、自分ならどう戦うのか?
考えているだけで、興奮していたのではあるが、機会はなかなか訪れてはくれなかった。
何故ならば、彼は主に企業相手の民事訴訟をメインにしていたからだ。
検事である土方と向かい合う場がない。

口惜しくも、接点がない弁護士。
その彼が『何故』頻繁に姿をみせるようになった上に、なんのメリットもなさそうな土方のような無名検事を構うのか。

理由が土方にはわからなかった。

近藤を交えて、一度飲みに行った時も、先輩の問題行動の話から、ストーカー規制法の定義について、居酒屋の親父に追い出される寸前まで口論した。

二回目は、退庁直後に捕まって、半ば引きずられるように、小洒落たダイニングバーに連れて行かれた。
また、下ネタというべきか、セクハラというべきか微妙な話の流れで、民法709条、および715条で、セクハラの判例についてを振ってくるので、大人げなく怒鳴り合うように喚いた。

法廷で争ってみたいと確かに思っていた。
腕は認めてもいる。
論議出来るのは正直楽しい。
が、坂田との論戦は楽しいと同時に、苛々もする。
比重としては後者の方が大きい。
言い負かされることも口惜しいが、とにかく、奥歯に挟まったような物言いを挟んでくることが土方のストレスを増させる。
二度の論戦でそれを学んだはずである。

それなのに、今日は『何故』自分の方から誘ってしまったのだろう。
しかも、法廷で、だ。

いくら前回、口論に負けたような形で終えてしまったとはいえ、プライベートな時間を使って、これ以上疲れたくはない。
坂田相手だと無駄にエキサイトして感情を抑えられなくなる。
仕事の鬼なんて言われているが、庁内をでたら頭は切り替えるようにしている。
だから、法廷外で検察庁以外の法曹会の人間とだなんて、わざわざ会ったことはないのに、『何故』?

『何故』ばかりだった。

弁護士の緩い視線が鋭く捕食者のものに変わり、真っ直ぐ見つめ返してくる様を思い出し、背筋がぞくぞくとした。
やはり、都合が悪くなったと断るべきかと迷い始めた時だった。



「土方さん、どうかしましたか?」
「あ゛?」
デスクにコトンと熱いコーヒーが入ったマグカップが置かれ、顔を上げる。

「圧勝だったと思うんですけど、まさか…まだ何か気になる点でも?」
「んなわけねぇだろうが」
「なら、今日は帰って、ゆっくり休んで下さいね」

事務官の山崎が盆で口許を隠しながら、情けなく眉を寄せて尋ねてきた。週末合コンだかバドミントンだか、カバディだかの集まりがあると言っていたから、また何か追加調査を命じられてはたまらないと心配なのだろう。
今回の公判に関してはこれ以上はないのだが、別件の仕事がないわけでもない。
手元に積んであったファイルに目を向けた。

「だが、まだ資料…」
「えぇぇぇ!勘弁してく…「え〜、私とのデート、すっぽかすつもりですかぁ?」
「ひぃぃぃぃ〜さ、坂田弁護士?!」

山崎の悲鳴にすがすがしいほどワザとらしい抗議の声が重なった。
この場にあるはずのない姿が部下の背後にあることを認識して、土方はゴトンとマグカップをデスクに落とす。
幸いなことに、それほど量の残っていなかったコーヒーはカップの中で大きく揺れて、水平に戻った。

「な、な、なんで、てめェがここにいやがんだ?!」
「え?近藤が今日は土方くん定時に帰らせるから、中で待ってて良いって言われたんですけど?」
「あの人は…」
おおらか過ぎる…、そう思い、土方は項垂れた。
秘匿情報満載の職場に部外者の、しかも弁護士の入室許可を簡単に出すとは。

「と、いうことで行きましょうか。土方検事」

「あ、そ、そういうことなら、あの、俺も定時になりましたんで…」
そそくさと、触らぬナントカにたたりなしとばかりに地味が取り柄の部下がオフィスを出ていこうとする。

「山崎!次の分、調査資料出来てんだろうな?」
「えぇぇ?来週中でいいじゃないですかぁ!お迎えも来ていることですし…ね?」
「ね?じゃねぇぇ!またどうせ作文みたいな文章、手直ししねぇとならねぇんだから、
 早く終わらせとけ」
「自分はデー…」
「山崎ぃ!」
「はいぃぃ!」
実は、山崎とは同じ大学であり付き合いが長い。
土方の八つ当たりに慣れている山崎は一見腰が低く、控えめに見えるが、存外神経が太い。
これ以上難題を押し付けられないようにデスクへと戻っていったが、きっと土方が帰り次第、ラケットを取り出して帰るに違いないのだ。

そんなやり取りを、坂田は勝手に来客用のソファに寛いで黙って見ていた。

「坂田先生」
「お、急にガラの悪さが潜みましたね。ジミー相手みたいな口調でかまいませんよ」
ジミーじゃねぇ、山崎だとツッコミを入れたくなる時点で、彼の地味属性を認めているようなものなので、スルーしてやる。

「ガラが悪くて申し訳ない」
「いえいえ、私にも、もっと心も身体も開いていただいて構いません。
 むしろ開いてください」
「サラッと不穏な言葉混ぜてきましたね。
 今日もセクシャルハラスメントについての判例で展開しますか?」
「ゴリラのストーカー嫌疑についてでもいいですけど?」
「近藤さんはゴリラじゃないと…」
今度は、つい突っ込んでしまい、心の中で舌打ちした。
やはり、坂田は鬼の首を取ったように、追い打ちをかけてくる。

「誰もゴリラが近藤だとも、ストーカーだとも言ってませんよ?」
「誘導尋問ですか?」
「まぁ、ゴリラのことはさておき、先ずはここ出ましょう」
「わかりました」

どちらにせよ、上司に定時に帰るように言われてしまえば、急な残業を理由に断ることは不自然になる。
自分自身に諦めるよう、そう言い聞かせ、手早く退庁の仕度をして、土方も立ち上がった。

「では…」

弁護士も腰をあげ、一歩前に進み、オフィスの扉を開けた。
さりげなくエスコートされていることに苛立ちながら、山崎の残るオフィスを出たのだった。





『a quirk of fate 1』 了





(81/85)
前へ* 短篇目次 #次へ
栞を挟む

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -