うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『空の隙間』




「土方さん…」


小さく小さく呼びかける。
聞こえるか聞こえないかの小さな声で。

自室前の縁側で、柱にもたれかかり、土方は庭を眺めていた。
珍しく、口元には煙草が挟まれていない。

物憂い顔で、今にも泣き出しそうな空をみている。

「降り出すかもしれねぇな…」
それは山崎の声が聞こえた上での呟きだったらしい

少しだけ視線を部下に向けて、またすぐに空に向き直った。



「そういえば、天気予報では雪の可能性もあると言ってましたね」
話し掛けてよいらしい。
そう判断をする。

「そうか…」
元から土方は言葉が多い方ではない。
必要があれば、語るし、言葉も飾るが、そうでなければ黙している。



旦那となにかありましたか?


そう聞くのは野暮なことだと百も承知だ。
ちりりと胸が痛い。
真選組副長であり、直属の上司である土方は、かぶき町でよろず屋を営む坂田銀時と付き合いがある。
昨日の非番に外泊届けを出していたにも関わらず、深夜に土方はひっそりと屯所へ戻ってきていた。
何かあったことは明白だった。



あなたにそんな顔はさせるなら…


いっそ、別れてしまえば良いではないですか?
口を出すべきことではないこともわかっている。
だから、何も言わない。
何も言えない。



けれども…



「ヤマアラシのジレンマってご存知ですか?」
世間話をするように、何気なくを装って、口にする。


「ハリネズミみたいな奴か?」
瞳孔の開いた瞳が少し揺れた。

旦那と土方さんのようですね
そこまでは言わないが、きっと伝わったのだろう。


お互い惹かれ合っていても、近づけば近づくほど、お互いを傷つける。
似通った二人だからこそ、解り合える部分と己の内をも見ることになりかねないというジレンマ。

一番通じ合えるかもしれないが、その分消費するエネルギーの半端ではない。

身喰いとも言えるかもしれない。



土方はやはりなにもいわない。

いつの間にか降り出した雨は、みぞれ混じりの冷たいものだった。



「あ…」


思わず、声を発してしまう。
土方の手の平が軒先に手を伸ばし、雨を受け止めたからだ。
雪もなるほどの寒さでもないが、みぞれとなるくらいだから、氷のような冷たさが、指先を冷やしているはずだ。

「土方さん」

もう一度、小さく小さく呼びかけるが、やはり視線だけで、いらえはない。


「俺はここにいますから」
やっと、土方の口角がほんのりと持ち上がった。
ゆっくりと青灰色の瞳を瞬きさせ、重苦しい空に戻っていく。



「…当たり前だ」

呟きが辛うじてバラバラと屋根を打つ雨音に混ざって、山崎の耳に届いた。

その言葉で十分だ。
自分は、土方の影で良い。
いざという時に、瞬間だけでも、楯に、軒になれればそれで良い。



だから、共犯者でよいのだ。

「副長」
呼び方を、声のトーンを改める。



「そろそろ…」
「あぁ」

こちらに向き直った顔には先程までのせられていた憂いは微塵も見つけることができない。


いつか、それが土方を追い詰める時が来るかもしれない。



けれども
自分はここにいます


夜半には、みぞれは雪に変わるだろう。
山崎は小さく息を吐き出した。






『空の隙間』 了



※お詫びと訂正

 2013.5.9 ご指摘いただきまして訂正いたしました。
 なぜか…『ヤマアラシのジレンマ』を『ハリネズミ』と書き続けていたという…
 お恥ずかしい誤りで申し訳ないです;;;


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