うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Flowers in full bloom 』




冬はゆっくりと遠退き、春の気配を忍ばせ始めていた。

都会の四季はカレンダーのイベント、ファッション誌の宣伝通り。
実際の気候天候とは微妙にずれてるよなと客を見送りながら、ぼんやり金時は感じた。


すでに春物のコートに明るめにスーツ。
春の装い。
だが、きっとインナーは保温効果の高いものを利用して防護しているのだろう。

「また来るね、金ちゃん」
「待ってる。あ、そうだ。サトミさんはホワイトデー当日は仕事?」

金時の生業はホストだ。
口から生まれたと呼ばれるその話術を売りにお陰さまで、勤めている店ではトップを走っていた。
天職だとは言わないが、かぶき町の水があっている気は自分でもしている。

「そうなの。なぁにイベントでもするの?」
「店をあげてやっちゃうみたいよ。今年は。
 だから、折角来てもらってもゆっくり、サトミさんとお話できないからさ。
 前日とかどうなのかなーって」
お返しのこともあるし、と金時は内緒ごとのようにそこだけ、客の耳元で小声で続ける。

「フフ、バレンタインデーは私が贈りたいから贈ってただけ。
 ホワイトデー期待してないわよ。でも…でも、そうね、前日なら来れるかな」

そうして、頬を染める女に嬉しい、待ってると手を振って本日の最後の客を送り出した。



「期待…ね…」

ホワイトデーは三倍返し。
ただ、それをホストがやっていたら商売にならない。そのあたりは客の方も理解はしているはずだ。

不況不景気と連日叫ばれてはいるが、金というものは有るところには有るもの。
客によっては金時に似合いそうだと派手なスポーツカーを贈ってくるものもいたし、小さなものでも金時がどこそこのブランドが気になるといえば、最新モデルの時計や服がプレゼントと携えて店にやって来た。

金時からそれらを直接強請ったことはない。
サトミも言ったように彼女たちが少しでも金時の視線を独り占めしたくて『自主的に』行っているのだ。

客は対価として『物』ではなく、金時の言葉を、愛情を求める。
仮初めのものだと知りながら。
それでも心の安定を図るために通ってくる彼女たちを可愛いと金時は思う。

思いはすれど、金時が同じ感情を彼女たちに持つこともない。
これはビジネスなのだ。
『夢』を、『愛』を囁く商売。

「そういや、まだ今年何返すか決めてなかったな…」

店からはクッキーのセットがテーブルにサービスされるとマネージャーの新八が言っていた、気がする。
被らないように、金時の上客へはマカロンかキャンディにしようかと安易に思っていたのだが、少し勢いを失った花瓶の花を手入れしている黒服の姿をみつけて気が変わった。

造花の類を拒否するオーナーのこだわりで店の花はいつでも生花だ。
生花は費用も手もかかる。
少しでも痛んだ花を客に見せるわけにはいかない。
ここは夢の空間なのだから。
眼鏡のマネージャーがこまめに花柄を摘み、整えている。

客たちと同じ。
弱った部分をここで摘み取って、活力に変えて、また咲き誇るために彼女たちの日常という戦場へと向かう。

今年は趣向を変えてみることにした。



そんな風に本当に思いつきだった。
店に出入りする花屋の場所を聞き、金時が次の日、出勤前に寄ることになったのは。




金時とて、客の機嫌をとるためにごく偶に花を買うことぐらいないこともなかったが、
ネットでも電話ででも注文配達してもらうことができる。
つまりこれまであまり花屋というものに寄りつく機会はなかった。

だから、店の前ではなく、店内に足を踏み入れたのはほぼ初めての経験だったのだ。
通路に切れ間なく並べられたバケツには切り花が入れられ、棚や飾り台をつかって贈答用の定番の蘭や季節の鉢植えが所狭しと飾られている。
さらに壁に設置された証明つきのガラスケースにも、またそれらとは異なった花が切り花のままのもの、アレンジメントとしてもう出来上がったものと仕舞われていた。

「花屋、つうより…植物園?」

色とりどりの花が立ち並ぶ中、観葉植物の比率も少なくはない。

店はそして静かだった。
BGMはどうやら有線放送の鳥の鳴き声のようなものが控えめに流されるだけ。
それがまた、店を植物園じみて見せていたのかもしれない。

「あ」

漸く、店の中で植物以外の物体を見つけた。


シンプルなビジネススーツをきた金時とは対照的な黒い髪の男。
年のころは金時と同じかと思われる。

金時の洩らした声に気が付いたのか男が振り返った。

華やかな色彩の中に無彩色。
その手にはピンク色の花が握られていた。

幾重にも折り重なる花びらは濃いピンク色から先端に向って白くなっていた。

見たことがあるようで、初めて見るような不思議な花。
どこにでもいそうで、どこででも出会ったことのない雰囲気の男。

ただ、金時は目を見張る。


現実に引き戻したのは、店員の声だった。

「お決まりですか?」
「今日はこれで」

愛らしい苺ミルクを思わせる色合いが、緑色の鬼のような顔をした店員の手に渡った。

その様子に金時は首を傾げる。
如何にも容姿端麗と形容するに相応しい見た目から彼女へのプレゼントだと疑っていなかったのだ。
しかし、店員は慣れた様子で一本だけを自宅用のシンプルな包装に包んでいく。

金時の視線が自分から動いていないことに気が付いた男がもう一度振り返り、軽く睨んできた。
日本人にしては灰色かかった吸い込まれるような瞳と強い視線に再び息を飲む。

「あんだ?人のことジロジロみやがって」
「いや、別に…」

瞳孔の開いた視線が金時を真っ直ぐに捉えた。

「そんなに男が花買うのが日本じゃ珍しいってか?」

花の間に立っていた時には予想だにし得なかった口調に金時は調子が狂う。
『日本では』と言った男は海外住まいでもしていたのだろう。

海外では花を飾る、贈るという行為が日常生活に密着している。
『生ける』とか『アレンジ』だとか形に捕らわれず、
ざっくりと、誰もが身近に花を置く。
彼の言い方から察するに、彼の日常にはそれがあるということ。

「俺の周りにそんな奴がいねぇだけ。悪く…ねぇ」

悪くないどころか、むしろ、その男への興味が湧き出てくる。
目の前のチンピラ然とした男がどんな部屋にどんな花を飾るのかと。

「なら、ジロジロ見んな。気持ちいいもんじゃねぇ」
「あー、ごめんごめん。ついお兄さん綺麗だから見とれちゃ…」

言葉は最後まで聞き届けられなかった。
店員から釣りと花を受け取り、男は完全に無視とばかりに、店を出ていってしまった。

「あの…yorozuyaの金時さん、ですか?ご連絡下さってた…」
「新八?」

不思議な男の出て行った扉をいつまでも見ていれば、おそるおそると顔に似合わぬ遠慮がちな声で店員が声をかけてくる。
一度は夢からさめて、現実に引き戻されていた筈であるのにまた二度寝してしまったかのような感覚のまま、首に手をあてて揉んでみる。

「えぇ、今日お越しになるかもって今朝お電話がありましたんで。
 14日のホワイトデーのご相談だとか?」
「あぁ、そうなんだわ。日持ちして、見栄えしそうな感じの…」
「そうですねぇ。お客様にお渡しするのにミニブーケではちょっと、小さいです?
 でも、花束となるとお持ち帰りにお困りになる方もいらっしゃるかもしれませんし…
 日持ちしたほうがいいんですよね?」
「持って帰ってもらって直ぐに萎れんのもアレだろ?予約だけじゃなくて
 飛び込みの可能性もあるから多少のロスあっても予備取っておくつもりだし…」

『ヘドロの森』等と可愛い店名だが、店員はまるで鬼瓦かと思われる強面だ。
その顔を歪めるように笑い顔らしいものを浮かべながら、店内を回りつつ、いくつか予算に条件に合いそうなものを提示してくれる。

「そうだ、いっそプリザーブドフラワーというのはいかがです?」
「プリザーブドフラワーって何年もそのままでもつってやつ?」
「そうです。ガラスケースにいれてる奴ものならお持ち帰りも保存も楽ですし」
「ふーん…なるほどねぇ」

それなら一人暮らしの女性も後処理に困らないかもしれない。
有閑マダムも勿論いるが、いたって普通の一般企業に勤める女性やホステスも客にはそれなりにいるのだ。

それでいいかもしれないと決めかけて、金時は立ち止まった。

「あのよ、さっきの一輪だけ買って帰った奴いただろ?」
「ヒジカタさん?自宅の一輪挿し用にと時折お寄り下さるんです。
 鉢物だと出張だとかで家に帰れないときに面倒見られないからだそうですよ」

同じ空間にいたのは、ほんの5分も経っていなかっただろう。
それでも、男の顔など覚える気があっても覚えることが苦手な金時の記憶に色濃く残る。
それこそ、焼き付けられたかのように。

花の散るまま。
咲き誇るまま。

ふと、そんな言葉が彼を思い起こすうちに浮かんできた。

「あぁ、そうそう、今日あの方が選ばれたケープランドギフト、
 八重咲きのチューリップなんです。チューリップって「春」って感じしますよね。
 最後まで楽しめるお花なんで、私も大好きなんです」
「それにする」
「え?あぁ、開き始めから開き切るまで長く楽しめるお花ですからこれをメインにしたアレンジにしますか?」
「いや、そのまま」


ヒジカタはすらりとした肢体をシンプルなビジネススーツに身を固めていた。
飾ってなどいなかった。

だからこそ、花を、本人を活かしてみせていた。

「そのまま?」

そう問われて考える。
彼は稀有だ。

皆があんな風に一輪で立てるわけではない。

「あの一輪挿しとセットならおかしくない?」
「それなら大丈夫でしょう。お取り寄せしておきましょう」

壁に並べられていたシンプルなガラスの花瓶を指させば、強面がまた歪んだような笑みを浮かべた。

「じゃあ、数と日程だけど…」

打ち合わせをしながら、金時の心はすでに別の場所に向っていた。

客でもない人間に、しかも偶々出会った男に。
記憶にやけに残った男。

また、逢いたいと思った。
もっと知りたいと思った。

「あのさ、ついでと言っちゃなんなんだけど、お願いが…」

だから、次に来た時に渡すように花屋に無理やり頼んだ。
彼のイメージに合いそうで、あまりもらっても気負いしない価格で、長持ちする花を。
花屋は彼の住所もフルネームも知らないというが、次に来た時で構わないからと。

「アイツが次に来店したその日、もっとも旬な花を」

俺からだと男に渡してほしい。


金時は急速に育ち始めた感情の花を散らすつもりも、諦めるつもりもなかった。

花の散るまま。
咲き誇るまま。

想いのままに、初めて金時は花を贈ったのだ。





『Flowers in full bloom―咲き誇る花―』 了





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