『ある如月の夜』ある2月半ばの夜のことである。 上旬はもう春が来るのかと思わせるような暖かい日も数日あるにはあったが、 冬将軍は直ぐに勢いを取り戻し、江戸の町を冷たい木枯らしで震えさせていた。 今日は俗にいうところのバレンタインデー。 天人の文化であろうと、たくましい江戸の人々はすぐさま己たちの解釈で飲み込み、吸収し、新しい行事を作り出す。 菓子メーカーが作り上げたこの行事はすっかり受け入れられ、一つのお祭りとして広く認識されていた。 そして、ここにも一人。 愛する人にチョコレートを届けるために夜の町に繰り出し、タイミングを計ろうとする男がいた。 こんばんは あぁ、お湯割りな、あと大根と…卵、頂戴… え?俺?うん、今日初めてです。 オヤジさん、この場所に店出して長いの? ふぅん。 え? ぐち? 暖簾に書いてる?そのまま『ぐちりや』なんだ? へぇ…ここで話したことは一切外に漏らさない? そうか… じゃあ、そうだな。 折角だから俺の親友の話を聞いてもらおうかな。 俺の親友ってのがさぁ これがまた見た目良し、立ち姿も良し、多少気性は荒いバラガキなんだが… あ、バラガキってさわると棘で怪我をする危ないヤツみてぇな意味。 中身はいいやつなんだ。 親友で、部下で、フォローの鬼でさぁ。 俺が頭使うの苦手なもんだから何でもかんでも頼っちまって。 まぁ、そんな男の話だよ。 そうそう、さぞモテるんだろうって? 勿論勿論。 大抵、町歩いていてもチンピラ然としてるくせに女性からの秋波受けるのはいつものことだし、遊び方がスマートで、ストイックな顔してるから飲み屋でもチヤホヤされてさぁ。 でもさ、田舎から江戸に出てきたときに好いて好かれた相手を置いてきたってこともあるのか、浮いた話もなけりゃ、そんなそぶりさえないんだよ。 自分は組で手いっぱいだとさ。 だけど、そんなの悲しいだろ? 親友の俺としてはさ、そいつにも幸せになってほしい。 結婚だとか恋愛だとかじゃなくてもいいんだ。 組織のこと以外にも目を向けて、楽しんでほしいなー。 自分のことを後回しにしてばっかりの不器用な男の息抜きになってくれる誰か、いないのかなーってさ。 仕事場も住んでるところも同じだから、なおさら外にそんな相手、出来たら同年代の気兼ねしない奴。 と、常々思ってたわけですよ。 そしたらさ。 ある日、ふと一人思い当たったんだ。 俺の運命の女性の弟が勤めてる店の主人なんだけどね。 そいつと親友は寄れば口げんかは当たり前、普段冷静な親友がそいつの前では感情むき出しにして意地の張り合いをするんだよ。 本人たちは絶対認めないけど、似た者同士っていうのかな。 まぁ、銀髪の天パだし、だらしないところもあるし、収入安定しないし、いい歳して風来坊みたいな男だけど、芯は一本通ったサムライだからさ、 一度掛け違ったボタンが留めなおされたら、気が合うかもなんて。 予測は正しかったね。 お妙さ…じゃなかった、俺の運命の女性が働いている店ってのがかぶき町にあるんだけどそこに通う途中だったり、自宅に遊びに行って庭先に隠れ… え?違うよ!親父! ストーカーじゃないって!愛の狩人であって、けして… あ!ついでに、おかわり。 って話がそれたな。 まぁ、その界隈でちょこちょこ二人を見かける機会があってさ。 傍から見てたら、最初は同じ飲み屋に行ったら椅子2つ分開けて座っていたのがさ、 別の日に定食屋で見かけたときは一つ分になってて、 その次には隣で飲み比べして、二人そろってグロッキーだったり、 肩並べて夜道帰ってたりするの見かけるようになったんだよ。 相変わらず、いつもお互い険しい顔突き合わせてはいたけど。 良かったよかった。外にも友達ができてって… え?心配性の親みたいだって? 酷いな、せめて兄にして。 でさぁ… うん、続きがあるんだよ。 ちくわとはんぺん入れて。 ほら、今日2月14日バレンタインデーだろ? 普通女性から男にチョコレート贈るって江戸じゃなってるみたいだけど、他の星じゃ決まってないらしい。 愛を贈る日であって、男からプレゼントしてもいいっていうんで、 俺は張り切って今年は手作りチョコレートなるものに挑戦した。 ちょ! 親父!笑わないで! この後、店が開店したら持っていこうと思ってたんだから! 行く前から縁起がわるい… でも笑われるのもわかる。 こんなデカい図体した野郎が朝から厨房であーでもないこーでもないってレシピと材料こねくり回してるんだから。 田舎で道場やってる時には自分たちで飯ぐらい作っていたけど、菓子なんて勝手がわからな過ぎて。 で、親友にも手伝ってもらって作ったわけです。 厨房ひっちゃかめっちゃかにして、賄いのおばちゃんたちにはこっぴどく怒られたし、 どうにもセンスなのか、見本通りにうまく俺出来なくてさ。 いっそ、バナナにチョコかけたのじゃダメかなって思ったんだけど止められて… 結局、ほとんど親友が作ったようなもんだけど、気持ちだから。 そうそう、これ。 実は最初自宅に持っていこうかと思ってたんだけど、途中でその万事…あー銀髪サムライと女神さまの弟とチャイナさんに会ったら、ご不在だというんだ。 買い物から、そのまま店に出勤するって教えてもらって。 なら、チョコはお店にって話したらさ、銀髪サムライが聞いてきたんだ。 親友は今日は仕事なのかと。 だから、普通に答えたんだよ。 非番だったから、朝からこのチョコ一緒に作るの手伝ってもらったって。 そしたら、びっくりするくらい食いついてきてね。 このチョコは親友が作ったのか アイツも誰かに女にやるために自分の分も作ってたのか サラサラストレートのくせに、まだモテようとしてんのか 元々弁のたつ口の達者な男だけれど、まさに捲し立てる様に聞かれて… 一緒にいた子どもたちもびっくりしてて。 我に返った銀髪サムライが頭を、これがもじゃもじゃの天然パーマなんだけど更に自分で酷い状態にしながらさ、別にどうでもいいけどー糖分にマヨネーズいれるとかして女にひかれたら面白れぇなってちょっと思っただけでーとか言い訳しやがる。 そこでようやく気が付いた。 なんてことだろう。 愛の伝道師、恋のスペシャリストである自分が読み違えていたってことに。 そうなんだよ! 銀髪は親友のこと、友人って見てなかったんだって。 驚いた。 普段から下ネタばっかり絡めてくるし、女性の着替え覗いた容疑で逮捕されるような奴だから女好きだって疑ってなかったし。 え?別に男同士だとか、俺偏見ないつもり。 お互いに想いあっていればさ。 なんだかんだで銀髪のことはすごいやつだって認めてるしな。 それに、なんか爛れた噂ばっかり聞いてたわりに、余計なこと言ったって目の前で俯きがちになってる男のつむじ見てたら、真面目に親友のこと好いてくれてんだなって判ったから。 けど、大事な大事な無二の親友のこと、ってなるとちょっと考えるよね。 は? 今度は嫁にやりたくない父親みたいだって? だから、兄でお願いしますって! でもよくよく考えてみたら、 というかね、よくよく、そういう目で見てみたら、 親友にもそんな素振りがなかったわけじゃない。 親友にも渡したい相手がいるなら、その分も一緒に作ろうって言っても頑なにそんな相手はいねぇって眉を潜めたくせに、残った材料かき集めて、もったいないからって小さなチョコ作ってたし。 本人甘いもの好きじゃないくせにアレ、どうすんのかなって考えて…。 最近、なんだかんだと親友が組以外で過ごしている人間は一人しか心当たりがない。 親友が甘党の銀髪サムライのことを特別視していることは明白で…。 もしかしたら、似た者同士の二人のことだから、とね。 結局、オヤジさん、兄の願いは一つなのです。 幸せになってほしいんだよ。 そこに尽きる。 だから、漢、近藤勲は背を押してやりました。 チョコを他の人間から貰うつもりがないなら、親友のところに行ってみろと。 眼鏡くんもチャイナさんもなんのことやらって顔してましたけどね。 銀時の奴には通じたみたいで… これがまた、見ものだった。 普段の死んだ魚のような目を、零れ落ちるんじゃないかってぐらい見開いてて。 大きなお世話かもしれないが、意地っ張り二人がいくら行っても平行線だろうから。 あのヒントで少し近づいてくれりゃなぁ… まぁ、どっちにしても複雑な気分には違いないけど。 勿論アイツらは嫁とって、子ども作って、って、一般的な幸せも選べる。 でもさ、バラガキが、悪ガキが、型にはまって縮こまって生きていくより、 己の矜持曲げないで、好いた相手と意地張ってつかず離れず生きていくってのもアリだろう? そんな感じで…うん… と、あれ?もうこんな時間か! うっかり話し込んでいたら、すまい…彼女の店が開店しちまってる… オヤジ、ごちそうさん。 釣りはいらないよ。 聞いてくれて、ありがとな。 ぐち、じゃないが、話したことで落ち着けた気がする。 え? 2人がうまく行ったかどうか良かったらまた話に来い? あー、どうだろう。 次は俺と女神さまの話じゃダメかな? そいつは完全なぐちになりそうだ? ひでぇな! あぁ、また寄らせてもらうよ。 じゃあ… 豪快に笑いながら、真選組局長・近藤勲は暖簾をくぐり、目当ての店へと向かう。 破亜限堕津1ケースじゃないんかぃと殴り倒されるのは数分後。 それでも不器用なラッピングと小さな花束を突き返されることはなかった、 …らしい。 (本人はノックアウト状態であったから予測でしかないが) そして、真選組の屯所からやってきた迎えの隊士に副長・土方十四郎が銀髪の不法侵入者に引き摺られるように出かけていったとの報告を受けるのは更に数時間後のことである。 『ある如月の夜』 了 拍手、ありがとうございましたm(__)m (39/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |