うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Story without the name−dormancy−』




※注意事項

 拍手で書いておりました『fresh verdure』から始まった3Z設定の二人です。
 卒業式の話。
 ご注意いただきたいのはバッドエンド、とは言えないまでも、
 ハッピーエンドともいえない終わり方になっている点です。

 上記が気にかかる方はどうぞバックくださいませ。

 





「アオゲバ トウトシ ワレガシノオン…」

土方十四郎は口ずさむ。

春の空だ。
唐突に青く晴れわたった空を見上げて土方はそう思った。

変哲のない澄みきった、少し霞んだ春の空。

それでも、土方は今日の空を
高校の卒業式、その当日の空を忘れないと思った。





卒業式。
土方たちも高校生という身分から、今日みんなそれぞれ別の道を歩み出す。

大学に進学する者。
就職し社会人となる者。
予備校に通って志望校をもう一年かけて狙う者。
家業を継ぐ者。
単位や出席日数が足りずに留年する者。

中学校という義務教育を終え、
この銀魂高校に入学した時から3年、時間を共有した友たち。

式で代表が受け取った卒業証書を、今度は教室に戻り
クラス担任の手が手渡していく。

ひとりひとり、名前を呼ぶ。
ひとりひとり、教壇に向い受け取っていく。

担任は淡々としていた。
普段からやる気のない、まるで死んだ魚のような眼をしている教師ではあるが、
それはこんな晴れの日も変わらない。

冷たい、というわけではない。

一人一人に態度はともかくもそれぞれに適した言葉をかけている。

この1年で知った。
「心は少年」だと少年漫画雑誌を片手に授業をする男だが、
表向きはともかくも、「大人」だった。
当たり前の話ではあるが。

仕事をする「大人」。
大人とも子どもともいえない高校生相手と同レベルにいるように見せて、いつだってもっと広い視野で自分たちを見てくれていた。

大学生になってもすぐにあんな「大人」になれるわけではない。

生きてきた年月。
体験した苦楽。
出会いと別れ。

『テメェのケツ、拭けるようになったら…つうか他人に迷惑かけねぇで生きていけるようになったら、じゃねぇか?』

そう、担任は、坂田銀八は土方に去年の誕生日に大人とはという質問について話してくれた。

あの初夏にはまだ知らなかった。
自分はあまりに幼かった。

子どもから大人へ

ただ、あの時から、あの誕生日から少しずつ、坂田という大人が土方の中で大きなものになったのだと思う。

大きくなった。

熱中症になった熱い夏がすぎ、
枯れ葉を積もらせる秋がすぎ、
霙交じりの風が吹きすさぶ冬がすぎ、

そして、土方がこの場所を出ていくころには、もうどうしようもないほど大きくなっていた。




「土方十四郎」

坂田の耳に心地よいテノールが土方の名を呼んだ。
フルネームで呼ばれるのはこれが最後だろう。

「…はい」

がたんと立ち上がった椅子が思いのほか大きな音を立てたような気がした。

一歩一歩がもっと遅くなればいいと思った。
教壇までの距離がもっと遠ければ良いと思った。

卒業する。
明日からこの教室には来ないということ。
受験はまだ残っているが、もう3年Z組の、この教室で坂田を見るということがなくなるということ。

どんなに時間を引き延ばしたいと願っても、
教室の一番後ろの席からだろうと、
ほんの数メートルしかない。

「ま、オメーはまだ本命残ってたんだっけか?
 大丈夫だろうけど決ったら一応電話しろよ学校に。わざわざ来なくてもいいからな」
「先生…」
「あ?」
「…そんな追い出すみたいな言い方すんだな…」

最後の最後まで線をひかないで。

「土方、オメーは志望校県外だろうが?
 決まり次第引っ越しやらなんやら慌ただしくなんだろう?
 初めての引っ越しでわかんねぇかもしんねぇけど、あっちで新しい家速攻で決めて、
 契約書作って、荷造りして…大体こんな時期だ。
 引っ越し屋とか車借りんのも結構大変なんだぞ?
 おいおい、土方がそんなのんびりなんじゃ、
 他の奴ぁもっと状況わかってねぇってことか?頼むから卒業してまで先生の手ぇ
 煩わせんなよ」
「わかってっよ。言ってみただけだろうが」

土方は返事と舌打ちをして息苦しさを誤魔化した。

「舌打ちすんな!最後の最後までオメーは…」
「うっせ」

『オトナ』と『子ども』。
『教師』と『生徒』。

そんな線引きが曖昧になろうとしている、この土壇場にきても
胸をきしませているのは何故だろうか。

「ま、そんな場面にぶち当たらねぇとなかなかおもいつかねぇんだろうけどな。
 兎に角、オメーはすぐ自分過信してつっ走っから、身体だけは大事にしろよ」
「…わかったよ」

あら、素直と苦笑をされた。
銀縁の奥の瞳は柔らかいようで、どこか硬質な光が見え隠れしている気がする。

「卒業、おめでとう」

受け取った紙の重さに愕然とした。

サヨナラなのだ。
それが土方に気がつかせた。

目の前の紅い瞳のことが好きなのだ。

教師として、尊敬しているというのではなく、
大人としての見本としたいわけでもなく、
ただ、好きなのだと。

そんな単純なことだった。
こんな今際になって形が見えた。

じんじんと証書の端を掴んだ指先が悴んだように強張っていく。

重たい、離したくない。

「土方?」

分かっている、離さないわけにはいかないことぐらい。

そして、少し力を入れて引けば、片端をもつ銀八の指にも力が入っていることにも気が付いた。

ほんの一瞬の期待。
ほんの一瞬の。

一瞬すぎて、引けば、あっさりと抜けていく銀八の指に土方は失望すら感じることができなかった。

当たり前なのだ。
担任はこれを卒業生に渡し、また次の新しい生徒たちに目を向けていく。

一教え子、一男子生徒。
覆ることのない、それ以上でもそれ以下でもない事実のみだ。

「なんでも…ねぇ…」

芽吹いて、しかし開くことのないカタイカタイ蕾のまま。

サヨナラなのだ。

「ありがとうございました」

深く深く。
クラスメイトがざわめくほど
銀八が目を丸くするほど、
深く深く
頭を下げる。

土方十四郎は恋心と、好きな男に礼とサヨウナラを告げた。

自覚した途端に全てが終わり、凍結した。




級友と再会の約束や打ち上げの話をし、後輩に花束や別れの言葉を交わしながらと校門に向かう。
桜はまだ満開ではなかった。
まばらな枝振りから見上げる春の空はあまりに青い。

青く、しかし霞んで高い。

「さよなら」

振り返り、視界に拡がる校舎もやはり春の空で縁取られて、枝とは対照的に浮き上がってみえた。
幼い自分に決別を。
好きだったセンセイが言ったように。

まだ、だ。
今の自分では自分自身のことですら、手一杯で『迷惑』事ばかりだ。

ほころび始めた感情をぶつけるだけ、玉砕するだけなら容易い。
だが、臆病な子どもにはそれが出来そうにもないと、ストラップを軽く握りしめて笑った。


だから、自分は置いていく。
恋心をこの場所に。

いつかまた、
いつかまた
あたらしい恋に会えたなら
またここに来ることが出来るだろうか。

強がりでも何でも、
今は笑って手をふろう。
顰めっ面ばかりだったけれど、最後ぐらいは笑顔で。

涙さえ流すことの出来なかったこの胸のきっとずっと留まり続ける、
それは確信に近かった。

溢れそうなのは涙なのか、想いなのか、痛みなのか。



春の空だ。
唐突に青く晴れわたった空を見上げて土方はそう思った。

変哲のない澄みきった、少し霞んだ春の空。

それでも、土方は今日の空を
高校の卒業式、この空を忘れない。

この先、どんな人と出会い、別れ、好きになって、嫌いになっても忘れない。

想いを口にする間もなく、
諦める、などというレベルにも到達することなく春の空で空中分解した土方の恋。


「今こそ 別れめ いざさらば…」


せんせい
時折、ひっそりと思い出すことだけは許してください。


土方十四郎は18の春、想いをそっと眠らせる。

空に、そっと赦しを乞うたのだった。




『dormancy―休眠―』 了







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