うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『新禧』




師走も師走。
大晦日の晩である。

「銀さん…」
「あ〜?」

かぶき町、スナックお登勢の二階に看板をかかげる万事屋銀ちゃんの一室で社長である坂田銀時は漸く大掃除を終えて、漸く何度目になるか分からない年末の合併号を開いたところだった。

「銀ちゃん…」
「だから、あんだよ?」

こたつの反対側にあらたまった様子で志村新八と神楽が並び、交互に顔を誌面からあげない銀時を呼ぶ。

「何か僕たちに報告することはないですか?」
「ないアルカ?」
「報告?」

そこで銀時は何かただの小言や愚痴を言いたいわけではないらしいと顔を上げて二人に向き直った。

「1年アル」
「水臭いです」
「だから、何がだよ?」

向き直ったものの、二人が何を言いたいのか見当が付かず、首を傾げる。
一年、確かに今日は一年の終いの日であることは銀時とて知っている。
だが、水臭いだの、報告しないだの言われる覚えが咄嗟に出てこないのだ。

「銀さんが自分のこと、あんまり話さないことぐらい知ってますけどね」
「それでも、私たちは家族アル。どんなことでも助け合うヨ。
 米を振り撒くなんて勿体ないことしてでもネ!」
「ちょっと待て待て待て!米がなんだって?」
更に、神楽の発言で会話の方向が迷走を始めたと、ジャンプをコタツの上に放り出し、慌てて割って入った。

「神楽ちゃん!詐欺って決めつけたらダメだって言ったじゃないか!
 純粋に気がきく、面倒見の良い女性なのかもしれないって…」
「だから、新八はいつまでたっても眼鏡アル!こんな天パの!
 下ネタばっかりで稼ぎのない!足の臭いオッサンを、
 そんなキリョーヨシよしが相手するわけないネ!絶体裏があるヨ」
「けど、万事屋が儲かっていないのはかぶき町みんな知ってることだよ?
 第一、詐欺なら1年近くも引っ張らないとおもうんだけど…」
「じゃあ、銀ちゃんの強さを利用しようとしてるネ!ただで用心棒させてるアル!
 とんだ雌狐に違いないヨ」
「だ〜か〜ら!オメーら!話が見えないんですけどっ!
 何?何なんだよ?銀さんが詐欺にあってるって?」

神楽のみならず、結局新八まで唾を飛ばし合いながら話を進める様子に銀時は声量をあげて、今度こそ本気で止めに入った。

「ネタはあがってるネ!さぁ吐くアル!
 このロクデナシ、どこのアバズレに骨抜きにされて、騙されて、搾り取られてるネ?」
「ハァァァァ?」
「だから、神楽ちゃんが言いたいのはですね、銀さんの様子が変わったのは
 お付き合いしている女性が出来たんじゃないのかってことでして…」
「時々そわそわしたり苛々したり、
 急に張り切って依頼入れて飲みにいったら大抵朝帰り。天パのくせに」
「でも…実際に女の人の気配なんて感じないから神楽ちゃんも僕も
 聞きづらかったんですけど、この年末に大掃除してて去年の暮れのこと…」
「あ〜なるほどね…」
そこまで言われて、銀時は状況を理解でき、深いため息をついた。

確かに銀時には昨年の年末から、恋仲と呼べるような相手が出来た。
互いのことを認めつつも、ついつい喧嘩ばかりしていた相手のことをひょんなことから憎からず想っていたのだと自覚し、そして結ばれた。

「あれだけ酷いゴミ屋敷になっても頓着なかった銀さんが急に心入れ換えて
 掃除するわけないですからね。訪ねてきた特別な誰かの為に銀さんが張り切ったか、
 その人が頑張ってくれたかって考えるのが自然でしょう」

新八の推理はかなり良い線をかすってはいる。
昨年の万事屋はひどい有様だった。
炬燵マジックというべきか、ついつい炬燵の心地よさにそこから離れないように離れないように生活した結果、炬燵から手の届く範囲にすべての生活用品と、ごみがあふれかえっていたのだ。
それを見かねた志村妙に年末から三が日ぐらいは従業員二人を清潔な恒道館へと連れ帰るから、汚い万事屋で一人過ごすようにと言い渡されたのだ。
初詣でどうせ顔を逢わせることにはなるだろうとは大して気にも留めず、久々に出かけた飲み屋でその人物と飲み比べをした末、潰れてしまった相手を万事屋に泊めた。
翌朝、あまりの惨状を見かねた想い人は大掃除を買ってでてくれ、そのまま銀時と共に年越しを、姫はじめにまで雪崩れ込んだ。

そんな出来事があった。

戻ってきた新八と神楽にはあまりの部屋の片付き様に目を丸くされたのだが、詳細を話すでもなく、煙に撒いていたのだ。

それは唯、隠しておこうだとか、そういった思いからの行動ではない。
単に照れ臭かっただけだった。
だが、それが二人に妙な勘繰りと心配をさせることになっていたとは、と天然パーマを掻き毟る。

「…銀ちゃんは家族ネ。家族が悪い奴に騙されてないか心配するのは悪いことアルカ?」
「そんなことはないけどな。根本的な所がな、心配する要素が違うつぅか…」
「じゃあ、やっぱりコレはいるアルナ!」
立てられた神楽の小指に、銀時は頭をかき、新八はもうっと怒った表情をしつつも、
銀時に向ってはで、どうなんですか?とやはり追求する態度を弱めることはなかった。

「あ〜…いやコレ、じゃない」

小指を少女と同じように立ててみせ、それから銀時は一度掌を握り込んで、しばし考える。

「まぁ…アイツも怒りゃしねぇか…銀さんがツッコむ方だけどアイツはコッチの指」

銀時の指はゆるりと動いて、小指ではない指が立てられた。

「「え?」」

詰め寄り息を飲んで銀時の言葉の行方を待っていた少年少女の動きがその途端一斉に止まったのだった。





江戸はかぶき町で万事屋を営む坂田銀時と従業員である新八、神楽は初詣をすべく神社に訪れていた。
勿論お参りする気も三人には十二分にあり、元よりその予定ではあったのだが、銀時の告白の後となった今では、銀時が時折二人で逢っている、所謂お付き合いしているという相手の顔を、真偽を確かめる為という目的にすり替わっていた。

とうに時計の針は零時を廻り、お参りの人の波は溢れんばかりの状態。
人に揉まれている状態では分かり辛いのだが、冷たい風が足元から這い上がり身体の芯は冷やしつつある。
だか、それに頓着することなく、神楽は銀時の腕を引いて歩き、新八ははぐれないようにその後を付いていく。

面倒臭そうな顔をしつつも屋台の内容を横目で見ながら気だるげに歩く銀時だけがいつもと変わらないように見えていた。

「あ!」
神楽が小さく声を上げた。
警備に引っ張り出されているのか、黒い洋装が側道に見えたからだ。

隊服は武装警察・真選組のもの。
二人が呆気にとられて、すぐさま信じられなかった相手は「気がきく、面倒見の良い女性」でもなく、「詐欺目的の女狐」でもなく、否、女性ですらなかった。

顔を合せれば、嫌味の一つも交わし合い、触れることがあれば殴り合い、斬り合いすら勃発させかねない男性。

水面下で互いに認め合っていることは周囲も気が付いてはいるが、けして本人たちがそれを認めているとは思えない態度を貫き通している人間。

武装警察真選組副局長である土方十四郎と去年の暮れから深い仲であると語られた日にはどうやって納得すればよいのか。

そう思って二人は真選組が夜通し警備しているというこの社に赴いてきたのだ。


「アイツに聞くアル」

ずんずんと少女は人の波を押し渡って、確かに真選組の隊服を着てはいるが顔見知りではない男に近づいて行った。

「ちょっと!オマエ!そうオマエアル!オマエんところのボスの所に連れて行くネ!」

神楽の声に男の肩が揺れ、緊張した目が三人に向けられた。

「コラ!神楽ちゃん!ボスだなんて言い方…僕たち怪しい者じゃないんです。
 お仕事中申し訳ないんですけれど、ちょっと確認したいことがあって…
 今日、指揮されてるひ…」

土方はどの辺りにいるのかと尋ねる新八の補足の言葉は最後まで相手の耳に届かなかった。

「待ちやがれっ!」
「え?」

男は明らかに動揺した様子で、走り出し始め、それに気が付いた銀時と神楽が後を追う。

神楽の身体が宙を舞い、男の後頭部に回し蹴りをヒットさせ、吹き飛んだ身体の上に、銀時が仕上げとばかりに洞爺湖を打ち込んだ。

「ちょっと!アンタたち何してんですかぁぁぁぁ?!」
「いや、なんとなく」
「逃げるから悪いネ」
「過剰防衛だろうがぁぁ!どうすんですか?コレぇぇ?」

完全に地面に延びている隊服姿の男を指差しながら、新八は辺りを見渡す。
苦労性の少年の頭の中には無意識に目撃者がいないなら、このまま何事もなかったかのように逃げ帰ってしまえるかどうか、図太く計算できるように鍛えられてしまっていた。

しかし、ざわざわと大勢の野次馬が指さし、視線を向け、その合間を縫って黒い隊服の塊が走り寄ってくる様子が伝わってきて、肩を落とす。

暴行を加えた張本人は別段気にした風もなく、むしろこっちこっちと手を振る始末だ。

「お!土方丁度よかった、あけおめー」
「テメーら、また何しでかしてくれてんだゴラァ!」

走ってきた真選組の先頭は探しにきた人物その人だった。
呑気に挨拶する銀時に対して、キツイ視線で睨み返す土方の様子に普段と変わった様子は見受けられない。

「そんなこと言うなよ。謝礼くれ謝礼!」
「あ?何寝ぼけたこと言って…」
「な?これ、オメーんとこの人間じゃねぇだろ?」

地面に転がった男を顎で示せば土方の表情は更に厳しいものになった。

「原田!」
「ですね。見かけねぇ顔だ。こりゃ」
「近藤さん!俺だ。隊士に紛れ込んでやがった。今どこだ?拝殿はもう出たんだな?
 これから検問を…って何だ!クソ天パ?!」
銀時が携帯で近藤に連絡をとる土方の肩を叩き、木刀で転がっている隊服のポケットからはみ出した封筒をつつく。
それを察した原田が手を入れて、中から辞世の句らしき書面を取り出した。

「藍流党みたいですね。なら爆弾の恐れはないでしょう」
「近藤さん、聞こえたか?あぁ、総て刀で排除しようって思想の輩だからな。
 油断は禁物だが、火薬類の可能性は低くなった。
 あぁ、どっちにしても長居無用だ。予定より早いがそのまま早急にお帰り願ってくれ」

部下の言葉に軽く頷き、煙草を咥えながら土方は会話を続ける。
所在なさげに、立ちすくむ新八に見かけよりも気さくな十番隊の隊長は肩をすくめてみせ、会話の矛先を銀時に向けてきた。

「ところで万事屋の旦那方はなんでコイツ取り押さえたんです?」
「いや、なんとなく?まぁコイツ、声かけた時、すげぇ挙動不審だったからな」
「助かりましたけどね…」
「ならいいじゃん。それよりもちょっとお宅の副長さんと話あったら席外してくんね?」
「副長っすか?寝不足で機嫌良くないから、あんまり怒らせないで下さいよ」

小さくため息をつくと、禿頭の男はまだ近藤と話をしている土方にジェスチャーで攘夷浪士を先に連れていくと伝え、部下ともども、その場を離れた。


そして動いたのは神楽だった。

「トッシー」
「トッシー呼ぶな」
丁度、話も終わったのか、律儀に土方は少女に返事を返した。

「じゃ、マミー」
「ま、マミー?」
脈略が掴めず、困った土方に今度は新八が補足をかねて会話に加わった。

「あの…土方さん、一昨年の暮れに万事屋に来られました?」
「あ?一昨年?」

土方の顔が今度は銀時に向かった。
しかし、拝むようなポーズを返され、全てを察したのか一気に顔が真っ赤に染まる。

「え?ひ、土方さん?」
「銀ちゃん?」
「も、もういいだろうが!」

その土方の急速な変化に新八は動揺し、神楽は神楽でまるで伝染したかのように真っ赤になっていた銀時に目を見開いた。

「もうひとつあるネ!トッシーは銀ちゃん見捨てないアルカ?」
「神楽?」
「あの、な…」
言葉を詰まらせて、少し舌で唇を湿らせてから土方は静かに笑った。


「後悔することはあるかもしれねぇが、引き返すつもりもねぇよ」
「わかったネ!」

後悔ってなんだ!コノヤローと喚く銀時を置いて、少女は軽い足取りでまた参道へと戻り始めた。

「神楽?!」
「お参りいくアル!銀ちゃんがトッシーに見捨てられないようにお願いしてくるネ!」
くるりと跳ねるように走る少女のマフラーが動きに合わせて揺れた。

「土方さん、あんな人ですけどよろしくお願いします!」
続いた少年の羽織も翻り、側道から参道の明るい照明に下に躍り出た。

「ちょっ!」
「仕方ねぇ奴らだな」
「仕方ねぇのはテメーだ!なんでこんな状況になってんだっ!クソッ!」
悪態と共に、銀髪の上に拳骨が落とされようとしたが、それを避けてニヤニヤと銀時は嗤った。

「ま、いんじゃね?遅かれ早かれあいつらに知られねぇでてのも限界きただろうしよ」
「チッ」
舌打ちする土方に再び神楽の元気な声が降ってきた。

「マミー!後でお年玉待ってくるヨロシ」
「マミー、呼ぶな!」
土方の声が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
応えはそれ以上ないまま、完全に人込みに人影は紛れていってしまった。





人込みに紛れ込んだ神楽に新八は穏やかに尋ねる。

「気はすんだの?神楽ちゃん」
「イイもワルいもナイネ。銀ちゃんの顔、見たアルカ?」
「そうだね…銀さん、見たことのない顔、してたね」
思い出しながら、顔を見合わせて二人は声を挙げて笑う。

「いい歳したオッサン気持ちわるい顔してたアル。
 それでもトシちゃんが良いっていうなら、野暮なこと言えないヨ」

少なからず、土方の人柄も知らないわけではない。

「それに…」
「それに?」

似た者同士。
良くも悪くも自分たちが慕う人間に良く似た人物。

「なんでもないネ!」
「そ?」
新八はそれ以上、問い詰めることはなかった。


「オメーら、ちっとは待てよな」
銀時が二人の予測より早く追い付いてきた。
新年早々の恋人としてはあまりに短くないだろうかと新八は心配したが、本人はいつも通りのやる気のない顔で返してくる。

「あれ?もういいんですか?」
「仕事だかんな」
「そうネ!しつこくしたら嫌われるヨ」
「ウルセェよ。大丈夫だよ」

だってよと、一旦言葉を止めた万事屋の主人の顔は俯きがちで二人の従業員から全体を見ることは叶わなかったが、今年最初の日の出が口元だけはしっかりと照らし出してくれた。

「言ったろ?アイツも引き返さねぇって」

だから、大丈夫だろ?

一歩先を歩き始めてしまった男の顔は今度こそ全くうかがえなくなったが、無理にそれを覗き込むこともせず、新八と神楽はもう一度だけ顔を合せて笑う。

そうして、後を追った。




小さな出会いが、
小さな偶然が、
積み重なって、捩れて、強まって、

そうして、
また、新しい一年が始まり、新しい関係が動き出したと
誰かも静かに心の中で笑った。



『新禧―しんき=あたらしきよろこび―』 了 


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