『徒花』「「あ」」 今夜も酔客で賑わうかぶき町で、ほぼ同時にお互いの姿を認め、二つの声が小さくあがる。 銀時は今日は西郷の『かまっこ倶楽部』でバイト中だった。 毎度のことながら、ブラックホール並の胃袋をもつ少女と溜まりに溜まった家賃の為に、パー子に扮している。 ちょうど、潰れかけた客をタクシーに放り込むため店外に出たところで出くわしたのだ。 真選組の副長に。 自分と恋仲な土方に。 土方は一人ではなかった。 隊服を着てはいるが、その横には女がいた。 女は、酔っているのかかなり上気した顔で、土方にしな垂れかかっている。 商売女らしく、キチンとメイクを施していた。 その華奢な身体を支えるように、土方の腕が腰に回されて。 (妙に扱いなれてる気がする…) 銀時は苦笑する。 いつも、自分の下で悦に流される姿ばかり見ているから、失念していた。 土方は本来ノーマルだ。 女を抱いても、おかしくはない。 (おかしくはないけどね。彼氏としてはムカつくんですけど…) 土方の仕事が忙しいからと、自分が最後に触れたのは3週間も前だというのに。 「どうかしたのぉ?」 銀時同様、立ちすくんでいた土方に女が甘ったるい声で問い掛ける。 「いや、なんでもない」 我に返ったのか、また二人は歩きだした。 (隊服だから、仕事だとは思うけど…) 早く店に戻らないとマズイことになるのはわかっていたが、銀時はパー子の恰好のまま二人のあとをつけはじめた。 土方達は、まだ開いている店を冷やかしながら、しばらく歩いていたが、不意に路地裏に滑り込んむ。 銀時は一拍を置き、そっと路地を覗った。 そこに二人の姿はなく、小さく燈る宿屋の看板だけ。 「マジかよ…」 万事屋の主人は、ふらりふらりと纏まらない思考のまま、かまっこ倶楽部へと足を戻した始める。 しかし、ものの何分も歩かないうちに、声がかかった。 「おい」 今、聞こえるはずのない声に、足は止めない。 宿に入ったならば、こんな短時間で出て来ることはないだろう。 「万事屋」 今度は強い力で肩を掴まれ、先程と幾筋か異なった路地に引き込まれた。 「あ゛?」 「あ゛じゃねぇよ。テメー、こんなトコで何してやがる?」 「土方くん?」 こちらの路地には何の明かりもなく、表通りから差し込む光で、何とか判別できる程度だ。 「相変わらず、ふざけた格好してやがる」 「仕方ねぇだろ。腹は背に変られません。じゃなくてオメーなんでこんなとこに…」 「仕事」 「………」 仕事で連れ込み宿に女と入んのかとか、あんなにベタベタ引っ付く必要があるのか、問い詰めたい気持ちもあったが、今ここに一人でいるということは、あながち嘘ではないのかもしれない。 「テメーこそ、質問に答えてねぇぞ?」 「………」 まさか、悋気を起こして後をつけていたなんて言いたくはない。 (いいたくはねぇが…) 自分自身も化粧をしているが、それとは違う白粉と甘い香りが土方からする。 移り香が付くほどの時間を先程の女と過ごしたのかと思うと、銀時の心中は穏やかではなかった。 「なぁ、シようぜ」 捕まれていた腕を逆に手繰り寄せ、耳元に低めの声で囁く。 びくりと土方の身体が跳ねた。 このまま、土方不足を解消しつつ、有耶無耶にしてしまうのがいいのかもしれない。 「こんなところで盛ってんじゃねぇよ。仕事中つったろ?」 「久々じゃねぇの…って、痛っ」 構わず、唇を土方の首筋に這わせると、ツインテールをわしづかみにされて引きはがされた。 「気持ちわりぃ」 「は?」 「ヌメヌメして、気持ち悪いから。だから、こっちな」 そう言ってニヤリと笑うと、銀髪を引き寄せ、口づけた。 土方にしては珍しいほどに積極的に舌を絡め、銀時の口内に侵入する。 (な、なに?急にデレ発動なの?!) しかも、土方の手がするりと銀時の中心を着物の上から撫で上げた。 「もう、こんなにしてんのか?」 「いや、お前ね。久々に会えたツン99%基本の恋人に積極的な行動とられたら、そうなんでしょ?」 「ふーん」 まるで人事のように土方は首を傾げ、音をたてて、バードキスをする。 「たまには、俺がしてやるよ」 「は?何を…?」 言葉による返答は返らず、代わりに、土方の手が女物の着物の裾を割った。 「ひ、土方くん?」 「ん?」 やけに男前な表情を崩さない土方に銀時は焦りはじめる。 「攻守交代って、俺のなかでナシなんだけど?」 「でも、テメー、こんな格好だし、案外、可能かも知れねぇぜ?」 楽しそうに、土方は手を下着の隙間から侵入させ銀時を刺激する。 指は器用にも後ろにも触れ始めた。 「いやマジ無理だから!」 予想外の恋人のリアクションに動揺する。 「じゃ、正直に言えよ。なんでつけてきやがった?」 「そりゃ…」 「ん?」 焦って、先ほどの勢いは何処にいったのやら、少し、角度が緩くなった銀時自身がいつの間にか外気に晒されていた。 「くそっ。あーそうだよ!浮気疑って、ヤキモチ焼いて、後つけたよ!これで満足ですか?コノヤロー」 「おう」 すとんと黒髪が銀時の視界から消えた。 「!」 ぴちゃ 女物の着物の裾から取り出されたモノが土方の口に含まれていた。 「何してくれてんですかっ」 閨の中でさえしてくれたことがないことを、薄暗く人気がないとはいえ路上で『あの』土方がいたしている事態に銀時は困惑する。 「あ゛?」 初めての慣れない行為に、眉をしかめながら、上目遣いで見上げてくる。 「ヤバいって」 「み゛でーだな゛」 技巧云々の問題ではなかった。 嫉妬から後をつけた挙げ句に、こんな路地裏で、という背徳感。 振袖の合間から、のぞく土方の白い顔と唾液に濡れそぼつ自身、そして黒い隊服、という倒錯的な光景。 ぴちゃぴちゃと聴覚は水音に侵される。 「イっちまえよ」 艶然と土方が笑った。 そんな土方の痴態に耐えられるはずもなく、どちらかといわれると達しにくい筈の銀時自身から白濁が零れでた。 そして、それを白い喉がゴクリと嚥下される。 「苦い」 「お前ね…」 感想に居た堪れなくなる。 見計らったように携帯の着信音が鳴り響いた。 スッと立ち上がり、昂揚していた顔が、あっという間に遠退いて、怜悧な真選組副長に戻る。 銀時も手早く、乱れた呼吸とはだけた裾元を整え、土方の様子をうかがう。 「そうか…よし…お勝にも礼金弾んどけ。俺も今から向かう」 お勝とは先程の女だろうか? どちらにしても、これから御用改めが入るらしい。 (それでテンション上がってんのかね。全く…でも、ここまでヒトのこと煽っておいて、勝ち逃げはさせねぇよ?) 薄暗い、路地裏で益々瞳孔が開いている気がする。 パチンと携帯電話が閉じられた。 「土方、倍返しだからな。覚えとけよ?コノヤロー」 「ばーか、返り討ちにしてやらぁ」 「お、言ったな?夜這いで3倍返し決定な」 「やれるもんならな」 お互いにニヤリと笑い、その場を離れた。 (さて…) かまっこ倶楽部を無断で長く離れたことの言い訳を考えながら、3倍返しの方法に思いを馳せ、にやりと銀時は、笑ったのだった。 『徒花』 了 (1/85) 栞を挟む |