うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『雪の隙間 前篇』




前回までの話 ⇒『空の隙間』『天の隙間』
       




師走。
歳の暮れとは常に慌ただしいものだ。

真選組の後ろ盾になってくれる幕僚の一人の元に少々早い年末の挨拶に出向いていた土方は屋敷を辞す。
それなりに遅い時間となってしまったと夜空を見上げた。

空には灰色の雲が重たく横たわり、そこから落ちてくる水分はみぞれから雪に変わっていた。
地上は色とりどりのイルミネーションが飾り付けられ、天人が持ち込んだ文化(と呼ぶよりも祭りと呼ぶ方が正しいと土方は思っているのではあるが)である『くりすます』で浮かれている。
予想以上に早い速度で積もっていく白い結晶は、明々後日、大勢の人間を「ほわいとくりすます」だと喜ばせるだろう。

「今年も…終わるな…」

頬に落ちてきた雪が溶けてじんわりと冷たさをしみ込ませていった。

町は、この祭りを終えると足早に年始の準備を始める。

そんな町の様子に息を吐けば、白く色づいて、消えていく。

「副長、どうかされましたか?」
「雪が…」
「あぁ、本格的に降り出したからこりゃ早速積もりそうですね。
 予報が出ていたとはいえ、こんなに急に冬らしい天候になると交通網に影響が出るかもしれませんね」
「そうだな…交通整理は奉行所の管轄だが、とばっちり喰うかもしれねぇな」
地味な監察の言葉に小さく頷く。
寒空の下、渋滞やスリップによる事故で人を駆り出されることになるのは正直嬉しくない。

「パトカー回してきます」
山崎が離れた駐車場に一人走ろうとしたのを引き留めて自分も歩き出す。
こんな夜は皆家路に急ぐ。
普段よりはじっとこの場に佇んで待つよりは、共に行って乗り込んだ方が早いと思ったのだ。

へらりと地味な男は笑い、じゃあと広げた傘を差しだした。

「1本しかねぇのか?」
「それが折れちゃってたらしくて。副長使ってください」
「仕方ねぇな」

受け取り、共に入る様に手招きする。

「い、いいんですか?」
「いいも悪いもねぇ。駐車場までだ」
「なら、俺が持ちます。何か有った時には副長の方が…」

確かに、襲われた時手が空いてる方が動きは早いがそれほどの差はない。
けれど、ここは大人しく持たせておくことにして、土方は歩き出す。

雪は静かに降りしきる。
街路樹はすっかり薄化粧ではなく、ぽってりと白さを乗せて重たげに身を項垂れているようだった。

ざくざくと皮靴が雪を踏みしめ、白いカンバスに跡を残していくが、あと数時間も経てばまた綺麗に新しい雪で仕立て直されていくだろう。

雪は降っているが、夕べよりは寒くないなと自分で持つ時よりもやや低い傘からまた、空を見上げた。
雪よりみぞれの方が冷たかった。



夕べから今日の午前中まで土方は非番を取っていた。
取っていたのだが、外泊の予定で入れていた約束は白紙に返って、一人、夜道を屯所へと戻ったのだ。

約束をしていた人間との喧嘩はけして珍しいことではない。
元々、周囲から見ても相性の悪いと認知されているかぶき町の「万事屋銀ちゃん」の主・坂田銀時。
この数年来、土方の決まった相手に収まっている男。
互いに同じ性を持つというのに、まさか惚れた腫れたの関係になる日がこようとは思っていなかった。

互いに認める部分もあるが、たいていの場合意地を張り合うことの方が多い。
喧嘩だって一度や二度ではない。
これで関係は終いかと思うことも一度や二度ではない。
だが、たいていの場合、喧嘩の理由は馬鹿らしいことばかりで、謝る謝らないなどしないうちに、また次に顔を会わせて喧嘩をして、いつのまにか身を寄せている。

それが心地よかった。
銀時と張り合うことは嫌いではない。
おそらくじゃれ合いに近い、悪意のないものだったからだ。

しかし、今回は少々異なっていた。


久しく遭えていなかったから、無理やり調整した貴重な休暇だった。
土方は師走に入ってから、ずっとその日に合わせて走っていた。
普段よりも年末は各種締め切りの類が速くなる。
カレンダーの日付が増えるたびに、まさに駆け巡るように次々と問題も書類も増え続けていた。

そうして、時間の隙間をぬって出かけた21日の夜。

甘ったるい会話があるわけではないけれど、少しばかり張り切ったらしい酒とツマミ。
ほろ酔いで、いつもどおり薄い煎餅布団に縺れ込んだ。

着流しの帯が緩められ、顔に首に唇を寄せられた。
増えた傷を確認するかのように、唇はゆっくりと、しかし性急に手は動いていた。

そして、不意にそのどちらともが止まった。
代わりに酒精で上がっていた体温が急に覚めるには十分な冷たい視線が土方に注がれていた。

「これ…」

問われている傷については心当たりがあった。
直近で一番ついた背中の傷。

「大したことねぇ」

土方とて銀時に自分の知らないところで作り続ける傷について良い感情を持っているわけではない。
だから、わかる。
言いたいことも苛立ちの理由もわかる。

わかるが、言わないのが暗黙のルールだった。

それを銀時はこの日破り、土方は万事屋を出たのだ。

互いに譲れないものがある。
だからこそのルールだと思っていた。
守られないならば、これで本当に、終いかもしれない。

決めるのはどちらでもない。




「ヤマアラシ…か」
「はい?」
「いや、なんでもない」

ざくりざくりと足音が変わった。
人通りの多い道はすっかり踏みしめられて、氷になっている。

冷やされたつま先が痛い。

大人しく身を誰かと寄せ合う性格ではない。
近づき過ぎれば傷つけ、遠すぎれば恋しくて身を傷つける。

無意識に見出したルールは、沈黙はなんということはない。
それだけのこと。

「山崎…」
「なんです?」
「傍から見たら、滑稽なんだろうな」

隣にある気配が小さく身じろぐと同時に傘に積もった雪が滑り地面に落ちた。
前振りのない言葉であったが、きっと聡い部下はなんのことを指しているのかわかってるのだろう。

「俺は…」

そう山崎は言ったきり、黙った。

「俺はここにいますから」

屯所を出る時に言った言葉を再び口にされ、土方はまた白い息を吐きだす。

近藤勲が在ること。
自分と共に近藤を支える人間がいること。

男は自分に必要な言葉を常に用意してくれている。

「…当たり前だ」
だから、土方も同じ言葉を返す。

そして、生意気なんだよ山崎のくせにと、軽く拳を振り上げた。

「ちょ!ふくちょっ!」

振り上げた拳が傘に当たり、呆気なく宙を舞った。
黒い紳士物の傘がふわりと北風に舞い弧を描いて、雪面に転がっていく。


雪は止んでいた。
空には雲が変わらず横たわっていたが、一部風で流れた隙間から天が垣間見える。

「土方さん?」

転がった傘を拾い上げた山崎が眉を寄せて、空と土方を見比べた。

あと数メーター先の駐車場にパトカーが見える。
だが、何も言わず数メートル先の表通りに出ると空車の駕籠を1台呼び止めた。

「山崎?」
「運転手さん、かぶき町にお願いします」

山崎の冷たい手が土方の背を強引に押し、開けられた駕籠の後部座席に押し込む。

「山崎?!」
「『俺の副長』にちゃんと戻ってから、屯所に帰ってきてくださいね」

ばたんと自動ではなく、山崎の手で駕籠の扉が閉められた。

「土方さん、ヤマアラシはどんなに逆立ちしたってヤマアラシのまま、鬼も夜叉も然りなんですよ」

閉まる寸前に山崎の言葉が風にかき消されそうになりながら耳に届く。
駕籠は強力な暖房の為にひときわ高いエンジン音を立てながら、雪の道路を走り出したのだった。



折角乗った駕籠だったか、やはり今年初めての本格的な雪のせいで交通状況に支障をきたし始めて為にのろのろとした歩みに変わっていった。
先ほど濡れて冷えてしまった足先は、今度は暖められた空気でジンジンと痺れていく。

フロントに載った雪はワイパーで排除されては、見るからに硬そうな氷に変わっていく。
逆に土方が外をながめる窓枠に雪は積もっていく一方だった。

「お客さん。かぶき町のどの辺に降ろしましょう?」
「そうだな…」

問われて、改めて考える。

携帯をポケットから取出し、迷う。
電話一本もいれないで万事屋を訪れたことはない。

主だけではない。
あそこには通いとはいえ、少年一人と、住み込みで少女がいるからだ。
山崎に流されるようにかぶき町近くまで来てしまったが、本当に訪れることができるかと言えば別の話だった。
第一、こんなシーズンだから、ケーキ屋のバイトでも引き受けて出かけているかもしれない。
近藤のように、売り上げに貢献しろとすまいるに呼び出されている可能性もある。

踏み込むには躊躇する。
やはり屯所に戻るべきかと口に出しかけたその時だった。

急ブレーキに体が前のめりになった。

「なんだ?」
「すいません。前の車が急に…あー、なんだ?バイクが急に止まったから驚いたのか?
ガス欠ですかね…こんな雪の日に付いてない奴もいるもんでさ」
「事故、というわけじゃないのか?」
「えぇ、ほら、路肩に避けてバイク蹴ってますよ」

駕籠がのろのろ運転のまま、バイクの横を通り抜ける。
後部座席の窓は雪でほぼ埋まっていて、暖房で溶けたほんの一部からその様子が垣間見えた。




『雪の隙間 前篇 』 了




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