うれゐや

/ / / / / /

【短篇】 | ナノ

『Story without the name−autumnal tints−』




「先生!今日誕生日でしょ?」

朝のHRの為に入ってきた担任に向かって同級生が詰め寄っていた。
文字通り、ぐいぐいと全身を寄せる猿飛あやめを坂田銀八がぐいぐいと遠ざける。

銀魂高校3年Z組では見慣れた光景。

土方十四郎は自分の席で近藤達と雑談していたのであるが、思わず振り返った。
日常茶飯事な出来事の筈。

「プレゼントはワ・タ・シでいいわよね?」
「いらねぇいらねぇ!何度でも言ってんだろうが!
先生は積極的なドMは苦手なんだって!
それに生徒に手ぇ出すほど、腐ってねぇよ!」
「禁断の愛ね!良いわ!燃えるじゃない!高校教師と美しい女子高生!
 手と手を取り合って…」
「勘弁しろっつーの!」

PTAあたりに知られたならば、問題になりそうな会話ともいえるが、如何せん積極的なのは猿飛の方だけで銀八が時に手を挙げてまで容赦なく拒否していることを皆が知っているので気にするものは誰もいない。

けれども、ここのところ土方の胸はざわりざわりとざわめく。

そよ風が葉を涼やかに鳴らす音ではない。
台風前のわくわくするような音でもない。
緑色であった葉が日に日に元気を失い、地面に落とされて踏みしめられたような、
そんな音。

「そんな冷たい態度を取ってもわかってるんだから!大丈夫!」
「大丈夫じゃねぇ!テメーは!んなことよりも進路調査票書き換えて来い!」
「何がいけないの!?」
「現実不可能なこと書いてんじゃねぇよ!誰がオメーみてぇなメス豚嫁にもらうかぁ!」
「先生の誕生日に入籍しようって言ったじゃない!」
「言ってねぇだろうが!!」

いよいよ腹に据えかねたのか、暴走を止めたいと思ったのか銀八が引き剥がすのに蹴りを使った。

「いいわ!そういうプレイなのね!サプライズのつもりだったのね?!
 益々踏まれても蹴られても興奮するじゃないぃ!」
「あーもうっ!どけっ!」




「モテモテですねぃ。旦那」
「あ?」
近藤たちと話をしていた筈であるのに、意識の半分以上を銀八と猿飛のやり取りに持って行かれていた土方は沖田の声で我に返った。

「旦那でさぁ。モテねぇモテねぇ言ってやすが、
 あれでも男性教諭の中じゃ若いほうですからね。
 それなりに女生徒にも人気があるんで」
「そう、なのか?」
「えぇぇぇ?総悟君!それ本当なの?
 銀八はモテない男連中のキャプテンだと思ってたのにぃ!」
「近藤さんより、モテることは確かでさぁ。誕生日とバレンタインの日には
 それなりにプレゼント持っていくメス豚が猿飛以外にもいるみたいなんで」
「誕生日…」

そういえば、先ほど猿飛もプレゼントがどうのと話をしていたなと銀八がでていった扉に視線を移す。

「旦那の誕生日、土方さんも何か贈るんですかぃ?」

なんで、俺が、と言いかけて止める。
沖田たちに話した覚えはないが、確かに誕生日に偶々寄った学校で銀八にプレゼントをもらった。
鞄に付けたマヨリーンのストラップ。
懸賞の賞品で非売品のソレは土方も実は応募したものの外したものだった。
大量に消費するマヨネーズの応募券を葉書に貼って送り続けたのに落選して残念におもっていたプレミアもの。
それを銀八はくれた。

一教師から一男子生徒に。

深い意味はなかったと思う。
これが女子であれば、へんな期待をさせたり贔屓だと言われる可能性もあるから銀八は贈ったりしなかっただろう。

たまたまゴールデンウィークに、
たまたま学校にきた誕生日当日の受持ちの男子生徒、
たまたま当たった景品をマヨネーズ好きの子どもに。

それだけだったとはわかっているが土方は嬉しかった。

もらった当初は諦めていた「マヨリーン」が手に入ったことを純粋に嬉しく思っていた。
それが徐々に、「先生がくれたマヨリーン」に変化し、
「先生がくれた誕生日プレゼント」になってしまっていることに気が付いたのは極々最近のことだ。

教師なんて大人の代表であるべきなのに、大人らしからぬ大人。

それでも「大人ってなんだろう?」という問いに
「他人に迷惑かけねぇで生きていけるようになったら」と答えた銀八はやはり大人なのだと改めて感じた。

距離を感じた。
子どもを突き放すような答えではなかった。
真面目に答えてくれた。
でも、自分が「子ども」なのだと突きつけられた気がした。

それを哀しいと、悔しいと思う自分はやはり「子ども」なのだろう。


5月に一つ追いついた年齢も、10月にまた一つ突き放される。
永遠に追いつけない。

自分が経験したことのない事を当然のように銀八は感じて、乗り越えてきている。

夏休み前もそうだ。
自分でも気が付いていなかった。
まさか熱中症になりかけていたなんて。

情けないと思い、早く大人になりたい。

そうして、気が付いた。

なぜ大人になりたいのか。

最近の思考の流れは「銀八」に追いつきたい。
「銀八」に認められたい。

そこから発生して、そこに帰っている。

憧れではないと言い切れる。
目標であるはずもない。

ならば何故だと自問し、いつも行き詰ってしまうのだ。

「土方さん?」

今度は山崎がヒラヒラと自分の前で手を振っていた。
そんな様子にムカついて、無言で取敢えず殴っておく。

「なんでもねぇよ」


職員室、もしくは国語科準備室にプレゼントや手紙をもって訪れる少女たちの姿を思い描き、下唇を噛んだ。

気にしているのは土方ばかりのようで、教室の空気は変わらない。
猿飛が静かになれば、それが合図だとばかりに、何もなかったかのように各々の席に戻っていく。

土方もそれに従いながら、自分がわからなくなっていた。

担任が、誰からプレゼントを貰おうと知ったことではない。
表面上、誰からももらっていない風を装っているが、学校を一歩でたところの銀八のことなど何も知らないのだ。
基本情報以上のものを何も持たない。
よく喋り、生徒とも気さくに話すように見えて、自分の話題に関しては一線をひいて踏み込むことが出来ないと意識させる前に煙に巻いてしまう。
そのことに最近気がついた。

もしかすると、『カノジョ』がいてもおかしくはない。
結婚しているとは思えないが、土方よりずっと長く生きているのだ。
好きな人がいたり、約束を交わした人がいても。
苦しい。
苛々する。

自分の感情の方向が、
向かう先がわからない。
わからないまま、拳を握る。

突如、前の席の原田が振り返り口をぱくぱく動かしながら土方を指差してきた。

(なんだ?)

「今日の日直は誰だ?手ぇいい加減に挙げろ」
「あ!」

日直が、つまりは自分が呼ばれていたことにようやく気がついて、挙手ではなく、慌てて立ち上がってしまった。

「なんだ、土方なのか?一回で返事しろよ。無駄な体力使わせるな」
「二回呼ぶくれぇ大した違いはねぇだろうがっ!」
「とにかく帰りまでに模試の申し込み、日誌と一緒に集めてもってこい、準備室の方な」
「…わかりました」

ぼんやりしてたのは確かに自分が悪いのだが、腹は立つ。
腹が立つと同時にまた胃のあたりにジリジリとした熱を感じて思わず、そこを擦りながら腰を下ろしたのだった。





模試の申し込み、とは言っても進学を希望する生徒の少ない3年Z組では半数を切っている。
最初から自分で集めてくれればいいのにとも思いつつも、土方は日誌をかきあげ、国語科準備室のある別棟へと足を向けた。

職員室なら教室棟の1階に設置されているから下校と共によればいい。
けれど、銀八が指定した教科準備室は渡り廊下を渡った先、さらに4階に位置しているためやたらと遠く感じる。
近藤たちに先に帰っていてくれて構わないと頼んで、ぼちぼちと廊下を歩いた。

おしゃべりに花を咲かせながら下校する生徒の声。
運動部のランニングする掛け声。
放課後とはいってもそれなりに校舎には音が、声が響いていた。

あと半年。
ここで生活をする。

大学という場所がどういう所なのか土方には今だ想像がつかない。
真面目に勉学や研究に励むところ。
それだけではないことぐらいはわかっている。

4年間、今志望している大学は県外にあるため、合格すれば必然的に一人暮らしになる。

未知の世界だ。
今まで母に頼ってきた家事も自分でせねばならない。

不安と期待。

それから…

まただと土方は首を左右に振る。
銀八のいない空間から出ていくことに何故これほど苛立ちを感じるのか。

学校生活を銀八に頼ってきたわけではない。
むしろ、世話になった記憶の方が少ない。

目の前に迫ってきた目的のプレートを前にして、もう一度首をふり、ノックをして引き戸を開けた。



担任は机に向かっていた。
カシカシとボールペンの後ろ側で頭を掻きながら集中しているのか、顔をあげる風にはない。
横顔に息を詰める。

教室でみせる死んだ魚のような眼でもなく、
破天荒なクラスメートを温く見守る顔でもない。

自分の責任を、仕事をこなす大人の男の顔だった。
見慣れぬ坂田銀八という男の顔だった。


「お…悪ぃ。待たせた」

土方の気配に気が付いてはいたのか、銀八が動いた。

「男」の顔から、いつもの「銀八」の顔に。

その変化は大きなようで、小さかったのかもしれない。
だらしのないふりをして何だかんだと皆が信頼を寄せるだけの根拠を見ただけなんかもしれない。

差し出された掌の大きさにまた自分が子どもなのだと思い知らされた気がする。

「ん?どした?」
「あ…え、と…これか」

掌は土方の集めてきた申込書と日誌を求められているのだと気が付き、慌てて自分が握りしめていたものを載せる。

「土方?」
「なんでもね…え」

机の端に駄菓子が積まれているのをみつけたのだ。
20円だか、30円だかの小さな菓子。
裸のものが殆どだったが、可愛らしい袋に入ったものもある。

「あ、これか?酷ぇだろ?誕生日に売店のチロルって小学生でも今時喜ばねぇってーの」
「誕生日…」

何の情もない教師なら誕生日だろうと、クリスマスだろうと皆贈りやしない。

「今日も近藤たちと一緒に帰んのか?」
「いや、今日は先に帰ったから…」

なら時間あるなと銀八は事務椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。
いつものようにボリボリと後頭部を掻きながら、コーヒーメーカーまで歩き、脇に置いてあったマグカップに注ぐ。

ふたつ。

ゆっくりと注いで、一つには砂糖をスプーンで山盛り3杯入れ、一つはそのまま持って戻ってきた。

「ん」
「え?」
「ブラックでいいんだろ?」

自分に入れてくれたのだと、押し付けられるカップの熱さが物語っていた。
受取り、指差されたソファーに荷物を置き腰を下ろす。

銀八はまたデスクに向い、ボールペンを手に取った。

話があって、呼び止められたわけではないらしい。
一口、茶色い液体を含み、銀八の背を見上げた。

ずっと、ここにあるであろう背中。
何人も、何百人もの生徒を迎え、送りだしていく背中。

肘が鞄に当たり、視界の隅でマヨリーンが揺れた。

振り返らない銀八を確認して、そっと鞄を開く。

皆のように菓子なんてものは持ち合せていない。
でも、何かなかっただろうか。

指先が鞄の底にたどり着き、そのままスライドさせれば固い小さな物に触れる。
引き出してみれば、煙草を買った時についてきたライターだった。

煙草のパッケージをそのまま小さくしたデザインでキーホルダーになっている。勿論ライターとして機能するから、もしもの時ように鞄に忍ばせていたのを思い出した。

試しに数回付けただけで真新しい。

きゅっとそれを一度握り、土方は飲み終えたマグカップを流しに置き、銀八の背後に移動した。

「ごちそうさまでした」
「あ?飲み終わったのか?」

声をかければ、少しだけ目を細めて銀八が顔を上げる。

ん、と手の甲を上に向けた状態で拳を突きつければ、きょとんと首を傾げられる。
そんな様子はちっとも大人っぽく見えない。

「ん」

もう一度言えば、先ほどと逆で何か土方が渡そうとしているのだと察したらしく掌を土方の拳の下に差し出してきた。

拳を開けば、土方の掌でも収まっていたキーホルダーが転がり落ちる。
銀八の掌では更に小さく見え、また悔しくなって唇を噛んだ。

「え?くれんの?」
「俺は貰ったのに、何も返さねぇってのは腹立つ」
「腹立つって…気にしなくていいのに」
「知らなかったから。アンタの誕生日。そんなのしか今持ってねぇけど」

銀八はシルバーのライターを反対の手で撫でて、ほんのりを笑ってくれた。

「オメー迂闊だなぁ…」
「なにがだよ?」
「煙草、吸ってますって言ってるも同然だろうが、コレ」
「あ…」

笑い、白衣から煙草を取り出し、早速先に火を灯した。

「他の先生の前では気をつけろよ」

悔しくなって、鞄を引っ掴み、出口へと向かった。
ふんわりと煙が広くはない国語科準備室に満ちていく。

「大事に使うから」

呟くように溢された声を背中で聞きながら、土方は急に息苦しくなって走って帰ったのだった。





『autumnal tints 紅葉・秋の色』







(49/85)
前へ* 短篇目次 #次へ
栞を挟む

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -