うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『monochrome』




「あぁ、コイツ生きてる」

瓦礫の隙間から光が入ってきた。

殆どの機能は停止していた俺が本来感知出来るはずのない、明かりと声。
それが、白夜叉とよばれ数多くの天人を葬ってきた俺と土方十四郎との出会いであり、
明確な色のついた初めての世界だった。



サムライの国。
かつてそう呼ばれていた国はない。

宇宙から押し寄せる天人。
時代の流れ。
あっという間に世界は変わっていく。

天人を排除しようとするサムライ達と幕府・天人との戦争。
のちに攘夷戦争とよばれる戦いは長期間に渡り、国を蝕んでいった。

長期に渡れば、渡るだけ軍資金がある側に勝機はある。
武力事態にしても、数という点にしても。

明らかに不利な立ち位置にあった攘夷軍は一つの計画を生みだした。
総力でどうしても及ばない点を埋めるための策。

兵の総数で劣ろうとも、強力な精鋭を、『兵』を作り出せば良いと。

そして、実験に適合する子供たちが探され、兵器として作り変えられたのだった。




「そのうちの一人が…むぐ…俺なんだけど」

口いっぱいに生クリームを頬張りながらしゃべると目の前の『土方』はすこし困ったような顔をして、口端についたチョコを指で拭ってくれた。

「つまりテメーはその人間兵器ってわけか?カラクリ?」
「んー、どうなんだろう。難しいことはわかんねぇけど…
 そこの辺はアンタの方が知ってんじゃねぇの?これ本当に美味いな」

機械なのか、人間なのか。
定義が分らないから、答えようがない。

ほのかに残る記憶では、「先生」と呼ぶ優しい人と一緒に暮らしていた。
その人は親ではないようだったが、他に家族と呼べるような人間の記憶は破片もない。
自分がその「先生」になんと呼ばれていたのかも覚えていない。
その後の記憶は軍での訓練と、同じように訓練生として選ばれた子ども達とのやりとりがいきなり始まる。

俺たちは『兵器』として戦場を走り、天人を出来うる限り排除した。
それでも俺たちの力だけでは到底追いつくことも出来ないほどの戦力の差。

投入される以前から見えてはいたことではあるが、徐々に苦しくなる物資。
疲弊した味方。
下がる一方の士気。

終戦間際には俺たちのメンテナンスや部品にも影響がでてきていた。
粗悪になるパーツと少なくなる仲間。
最終的には天導衆とかいう集団に鉄くずにされてしまった。
頭部を引きちぎられ、胴体は吹っ飛び、スクラップにされて気が付けば15年。

また、世界の色は変わっていた。



土方と名乗る目の前の男はスクラップの山から銀時の頭部を見つけ出し、奇特にも技師に頼んで、胴体を付けてくれた。
そのジイさんと話したならば、俺の身体の状態も聞いているだろう。

それよりも、二つ目に取り掛かった『ケーキ』を味わう方が重要に思えた。
技師の工場から土方の塒に移動する最中に見つけた菓子屋。
見たことのない綺麗にデコレートされた生クリームや果物、甘いスポンジやシロップ。
あまりに興味津々でショーウィンドウにへばりついて見入ってしまった為に、土方が買ってくれたのだ。

軍ではけして口にすることなど無かった。

「そう…だな。
 源外のジーさんの話じゃ、吹き飛ばされて跡形もない胴体部分についちゃ分からねぇが、残ってた頭部には脳みそとカラクリ半分半分だったらしいな…」
「あ、それで思い出した!拾ってもらって、こんな体作ってもらっておいてアレなんだけど、俺金持ってねぇ。かといって軍も崩壊してるみてーだから…」
給料など与えられたこともなければ、軍籍さえあるかどうか不明なのだが、
どちらにしても持ち合わせもないのだから、大して変わりない。

「心配すんな。身体っつっても俺が気まぐれで拾って、ジャンクパーツで取敢えず見繕ってもらったんだから、払えとか言わねぇ。好きな時に出ていけ」
「俺、行くとこねぇんだけど」
「あ?もうオメーは自由なんだから好きなとこに行っていいんだ。軍の残党のとこでも、自分がしたかったことでもなんでも」
土方は煙草に火を点け、煙を細く長く吐き出した。

改めて土方を観察した。
黒い洋装にスカーフ。
黒く真っ直ぐな髪質。
前髪を上げた短髪。
身長は177センチ。体重は64キロ。
電脳になっている左脳が計算をする。
機械化されている部分はないと推測。
少し華奢と右脳が感じなくはないが、バランスは悪くない。
肌の色は白いほうだと思う。
黒く長い睫毛と切れ長の目。
少し瞳孔の開いた青みかかった瞳は深い色合いを湛えていた。

「軍は今更だしな…」
「そうか…」
土方が静かに立ち上がり、窓際の壁にひっそりと寄って周囲の様子を探っているようだった。
分析した表面上の情報からだけでは彼の職業は確証が得られない。
幾つかの可能性を弾き出しながら、本人に尋ねた。

「アンタ、なにしてるヒト?」

攘夷軍は崩壊し、世界は幕府に平定されたかのように思われた。
その安定した時間というものも長くは続かず、また動乱が始まった。
しばらくは繋がっていたネットワークで基本的な情報だけは流れてきていた。

攘夷戦争の後、一件平穏に見えてはいるが
水面下での天人と幕府との際どいバランス。

天人たちとの不条理な条約に疑問を持つ新しい力。
横行する天人たちの暴挙。
分裂し、細々と続けられる攘夷運動。


新しい形を探して、星は迷走している。

そんな中、土方は帯刀している。
『サムライ』の魂とも呼ぶこともある朱鞘の日本刀を。

「アンタ、幕府の人?」

まだ、珍しい洋装に刀という組み合わせ。
攘夷志士の恰好ではない。

土方の青灰色の瞳が俺を見返して、少しだけ細められた。
ゆっくりと頭を横に振り、口の形だけで、伏せていろと言った。

次の瞬間。
爆音と突風が窓ガラスを破る。

「元真選組副長土方十四郎だな?!」

忍び装束の男たちがクナイを片手に一気に押し入ってくる。

明らかに予期していた土方は黒い洋装の裾を翻しながら、一太刀目でクナイを叩き落とし、躍り掛かる。
体術に優れた忍びは直ぐに次の体勢に入ったようだが、それを許さず一人目の懐に刃を押し当てて、一気に引き抜いた。

「オイっ!」

身体が動いていた。
前の機械の時ほどの動きが出来るわけでもない。

『真選組』
自分が持つ情報の中で、その組織は幕府側が攘夷戦争後治安を護るために作った組織だ。
なぜ、そんな組織の副局長が明らかにテロ組織ではない忍びに命を狙われるのか。

敵が誰であれ自分を拾ってくれた男の手助けをしたいと思った。

手近にあった棒切れを掴み、地面を蹴る。
前に進む力、さらに遠心力を利用して棒で一人の喉を突き、反転する際に足でもう一人の腹を蹴り上げた。

「仲間がいるぞっ!」

舌打ちする土方の口元から咥え煙草が床に落ちる。
落ち切る前に俺は計算をした。
あと3人、外にいる。
室内に入ってきた残りの人間は土方に任せ、ドアに向かって走った。
行き成り内側から蹴破られるとは思わなかったのだろう。
木の棒一本でも、急所を狙えば十分な殺傷能力はある。

呆気なく、三人の暴漢は沈められてくれた。

「もういねーよ」
振り返りながら、棒で肩をたたく。

「オイ…足…」
「あ…ジョイントいっちゃったか…」
ジャンクパーツではオーバーワークだったのだ。
焦げ付いた匂いがし、動けば軋む音がする。

「テメー、分かっただろう?」
「ん?」
「俺はこうやって狙われる身だ。大将を、近藤さんを取り戻すまではまともな生活ができるとは思えねぇ。せっかく自由になったテメーがわざわざ…」
近藤、と口の中で呟き、情報を探るが、真選組の局長の名が『近藤勲』というゴリラである情報しか自分の中にはなかった。
オンラインに繋げなくなって以降、どう情勢が変わったのかこれから知らねばならないが、自分のこれからの行動だけは決ってきていた。

「でもさ、俺これしか出来ねぇ」
「あ?」
「ものごごろ付いた時には戦闘のこと叩きこまれていた。
 生身の記憶なんてほとんどねぇ。
 知り合いってのも軍の施設で同じように最終選考に残った3人だけだけど
 戦場に出てからは別々だ。自由って言われても…」
「なら、やりたいことを探せばいい」
短くなった煙草をもみ消し、新しい煙草をまた火をつける様子を見ながら、生脳には良くないだろうにとそんな感想を持つが、それは後回しだとライターをしまった手を掴んだ。

「うん。だから探した」
「探した?」
「アンタのそばにいる」
「は?」

剣を握った時には完全に開いていた瞳孔がやや落ち着いている。
嬉々としてアドレナリンを放出して、剣を振るってはいたが、『殺し』自体を愉しんでいたわけではない。
何より、今、さしこんでくる夕日に照らされていた返り血を頬に付けた横顔を美しいと右脳が思った。

「さっき思った。アンタの傍にいてぇって。初めてそんなこと考えた。
 …それに、アンタ、どうやって、あのスクラップの山の中から、俺を見つけたの?」

ずっと気になっていた。
情報屋もしているスクラップ屋に会いに来ただけで、スクラップを探しにきたわけではないと新しいパーツを作ってもらっている間に源外だとかいうジイさんと話しているのを聞いた。
なのに、土方の動きはまさに真っ直ぐだった。

「…それは…声が聞こえた…気が…して?」
「うん。だから、その奇跡みたいな確率に従いたい」
「奇跡?」
「だって、俺があそこに放置されていたの15年だよ?
 胴体ふっとばされて、生脳生かすギリギリのバッテリーで救助信号さえ出せなくなった 状態で。どんどん自分の上に積みあがっていくスクラップが突然、手で払われて
 アンタの声が聞こえたんだ」
「…そうか…」
しばし、何か遠くを見る様に土方は吹き飛ばされて見通しの良くなった窓の外を眺める。

深く深く煙をまた吸い込み、新しい煙草が一気に短くなった。


「テメーが行きたいところ見つけるまでだ」
「うん、取敢えず、それでいいよ…土方」
「なんだ?」

それほど多くの人間を知っているわけではないが、間違いなく『土方』という男は明らかに『他』と違う。
だから、彼に頼むことにした。

「名前を付けてほしいんだ」
「白夜叉…が本名、な訳ねぇか」
「本当の名前なんて、知らないから、アンタ、付けてよ」

土方はまた窓の外に目をやったように見えた。
ゆっくりと瞬きを数度繰り返した彼を照らす光の色が変わってゆく。
夕陽の茜色から急速に冷えた黄昏の藤色に。
モノクロだった世界が鮮やかに様々な色と付け始める。

「…銀時」

長い指が口元から煙草を引き抜き、床に落とす。
じゃりと靴底で火を完全に落とすと、ぽつりと音を紡いだ。

「…ぎ、んとき?」

それを一音ずつ、拾った。
どこか懐かしい響きを持った音の連なりだった。

「あぁ、テメーのその綿菓子みてぇな頭の色」
「綿菓子?それ食いもの?てか!色々助けてもらっておいてなんなんだけど!
 ついでにストパ―に出来なかったわけ?」
「外見については源外のジイさんに言え。どうせその膝、修理しに行くんだから」
「移動?新しい塒も探す?」
「探さない。他にも確保している家がある」

そう言いながら、さっさと土方は部屋から出ていく。
刀一本手に持って。
必要なものはそれだけというように。


きっと、この背は
ひどく不器用で、
ひどく孤高で、
ひどく痛ましい。

全部背負い込んでしまおうとする。
護ると決めたものの為なら。

自分は戦う、ということしか知らない。
息をすることと同義。
戦うことしかしてこなかった。

この背を護るのではなく、一人にしない。
そんな戦い方もあるのだということを知るのはもっと先の話ではあるが、
ただ、この時すでに漠然と共に在りつづけたいと、
そう思った。


「あぁ、それから、さっき何やってる人間か聞いたな?」

ドアの所で一度だけ振り返り、土方は笑った。
どこか悪がきを思わせる、そんな子供っぽい笑いだった。

「俺は今、別の街で万事屋って商売をやっている」

ま、どっちにしても裏稼業だけどなと付け足されるが大した問題ではない。

自分が打ち倒した相手を飛び越えながら、黒い背を追い、俺も足を踏み出したのだ。





『monochrome』 了




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