うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『秋高し』




朝が来る。

万事屋の主人・坂田銀時はデスクの椅子から外を眺める。


朝焼け。
秋の夜明けは茜色が柔らかい。
そんな風に感じる。
春の霞んだ空とも、
夏の厚い層が沸きあがった雲空とも、
冬の澄んだ大気のなかに見る空とも違う。
流れるように、薄く長く青空に引かれた雲はやや梔子色。


一度立ち上がり、凝り固まった背を空に向かって伸ばし、結局鳴ることのなかった黒電話に小さくため息をついた。



今日は10月10日。
『坂田銀時』の誕生日。
本当にその日に生まれたかどうかなど、物心ついた時には戦場にいた銀時にわかるはずもないが、恩師が選んでくれた大切な日。

銀時に生誕日が出来てから、色々な日があった。
村塾で恩師や桂たちに祝ってもらった誕生日。
戦場を走っているうちに、終わってしまった誕生日。
居酒屋で一人、過ごす誕生日。
万事屋の子どもたちやお登勢と賑やかに騒ぐ誕生日。

銀時はもう一度、空を見上げ、その眩しさに目を細める。
家族だと言ってくれる人間と過ごす誕生日も悪くはない。
夕べは神楽もいつもならとっくに布団の中だというのに、わざわざ日付が変わるまで、目をショボショボさせながら待っていてくれた。



自分の生まれた日。
先生と共に始まった新しい日々。

『誕生日ってなに?』

そう先生に聞いてから、ずいぶん時がたった気がするが、祝われるといまだに、照れくさくって尻の穴がムズムズしてしまう。
それでも、大事な、大切なものには違いない。


銀時はこの季節が嫌いではない。
様々な生き物が競って、実り、次の世代へのステップを踏み始め、辺りを黄金色に染める。
暑くもなく寒くもない。過ごすに過ごしやすい季節。

通り抜ける涼やかな風。
朝日が、昇ったというのにまだ微かに虫の声が聞こえてくる。

我武者羅に、ただ、走ってきた十代の頃はそんなものに耳を済ませる余裕はなかったなと思い起こした。
しかし、積み重ねた一つ一つが今の自分のあり方を決めてきた自覚もある。

今だからこそ、厄介だと知りながら、関わりを絶ちたくない男ができたのだとも。

土方十四郎。
意地っ張りで、
折れることを知らない、不器用さと
それでいて、幕僚たちの狡猾さの隙間をぬって、真選組だなんて組織を護っている男。
同じ組織の人間に疎まれることも厭わない。

似ているようで、似ていない。
だからこそ、魅かれる。

歩く道が、方向が繋がっているようで、あまりにその先が朧げ。


土方は恐らく酔った勢いだったと思っていたようだが、そんなつもりはなかった。
少しずつ、野生の猫を飼い馴らすように、
急がなくていいから、
そんな考えたかが出来るようになったのも、重ねた季節のおかげだと。


(何してんだかな…)

そうして、ひとつため息をつく。

それでも少し、動いた。
そう思っていた。

5月5日。
土方の誕生日の日に、伝えた。

自分には何もない。
そう思っている男に。

近藤のような、人を惹きつける仁徳も。
沖田のような、天才的な剣のセンスも。
そして、坂田銀時のように、手の届く範囲を護ると誓えるほどの実力も。

羨ましがるでもなく、強がるでもなく。

土方の剣、そのもののように。

先を読む能力。
ずば抜けた反射神経。

それが、近藤のような大らかさでないところで組織を護り、
沖田のような俊足の剣筋を持たない部分を補完し、
自分のようなスタンドプレーだけでなく、組織の采配を振るうことができる。

でも、本人はそうは思っていない。

銀時からも、隊士達からも嫌われていると思い込んで、眼を閉ざして。

だから、敢えて、閉ざした瞳をこじ開けて、
求めていけないのではなくて、皆に求められているのだと。

「目、開けろよ」と。

伝えるために、
逆に銀時は口を閉ざし。

日も高い、かぶき町の、街路樹の下。
決して、ネオン瞬く時間でも、薄暗い路地裏でもない、そんなところで。
空は見事な五月晴れの下で、水音を立てるような深い接吻をして。
力強く、後頭部を抑え込んで、深く浅く、口内を蹂躙した。




そして、5か月と5日。

(少しばかり、進んだかと思ったんだけどな…)
バリバリともう一度、鳴らなかった黒電話をみて、ため息をつく。

祝いの言葉が欲しいわけではない。
でも、大切な日だからこそ、気に留めてほしかったのだと。

「こればっかは歳関係ねぇか…」

もう一度、背を伸ばすために振り上げた腕を止めた。



チリリと首筋を逆なでするような、
ひどく遠くて、もどかしい。
そんな感覚。

迷わず、玄関へと走り、その引き戸を勢いよく開いた。


「!」

万事屋へと導く階段の一段目に一歩足をかけた人影があった。
すっと、その左足が降ろされてしまう。

「あ…」
「なに…してんの?」
裸足のまま、階段をゆっくりと降りる。

「いや…たまたま…通りかかって…」
人影は普段のような、罵声も、怒号もなく、ただ、素で焦っているようだった。

「うん」
「いや…それだけ…」

「うん」
「………」
相槌だけ打っていると、とうとう土方は黙り込んでしまう。
とうとう、一番下の段まで辿り着いて、その腕を掴む。
いくら、秋口だとはいえ、その手はひんやりとしすぎるほど冷たくなっている。

「なんかしゃべってよ。見られるの嫌なら目、つぶってっから」
そう言って、銀時は掴んだまま、眼を閉じる。
一体どれくらい、ここに立っていたのか。
容易に想像がつくほどの、体温。

「別に…何も…」
「うん」
閉じた瞳に、徐々に高度を上げていく太陽があたる。

「ただ…」
「うん…」
ぽつぽつと語る、というよりも呟きのようなソレを聞き漏らすまいと耳を澄ませる。

「夕べから、大きな捕り物があって…」
「うん」

「それで…屯所に戻る前に煙草買って帰ろうと思ってパトカー降りた…」
「うん」
屯所の近くにもコンビニあったよね?
こんなとこで降りる必要なかったんじゃない?とは聞かない。
茶化さない。

「昨夜…電話しなかったから…」
「うん」
「ただ、それだけだ」
それで、お終いとばかりに声が聞こえなくなってしまった。
もともと必要とあれば語りも、主張もするが、基本土方は自分の事をあまり語る方ではない。
だから、もう本当に話は終わりなのだろう。

「そうかよ。じゃあ、とりあえず、朝飯喰って行けよ」
瞼をあげて、映り込んできた蒼色の瞳に思わず、緩む口元を必死に引き上げ、軽口に切り替える。

「…喰うもんあんのかよ?」
「あ〜、大奮発でたまごかけごはん?って卵あったかな…」
「あ?あんだ?そりゃ…さみしい朝飯だな」
「ウルセェよ」
漸く、クツクツと土方が口元に反対の手を当てて、忍び笑いを漏らす。

「チャイナ…」
「あ?」
なぜ、いきなり神楽がここに出てくるのかわからなかった。

「チャイナ起こして来い。ファミレス行くぞ」
それだけ言うと、するりと銀時の掌を擦り抜けて、歩き出して行ってしまう。

「おい?」
「この先のでに〜ず」

行先だけ。
それだけの言葉。

「神楽も…って…あ〜もう…」



『誕生日』について尋ねた時、先生は答えてはくれなかった。


その意味を、
その答えを探しなさい。
宝探しと一緒です。

答え合わせをしないまま、この年まできてしまったけれども、なにか今見えた気がした。



「おーい!神楽ぁ!メシ喰いにいくぞぉ」

階段を登りながら、押し入れで休む少女に声を張り上げる。

徐々に青が、占めていく空。
今日も高く澄み切った秋晴になるだろう。







『秋高し』 了






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