うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Effect of the toy』




「お前は俺の何?」
「…俺はお前の玩具です…」

呟かれた言葉に、
与えられる快楽に、
横たわる利益に、
男は笑みを浮かべるのだ。





かぶき町は日本有数の繁華街だ。

水商売というものはいつでも流行り廃りの激しい商売。
当たり外れ。
景気の、世の中の、タイミング。
そして、その水を泳ぎきるための才覚と、度胸。

坂田金時もその水に浸り、泳いでいる一人だ。
金時はその名の通り、生粋の日本人であるが、
どこで祖先返りしたのか、見事な金髪天然パーマをトレードマークとするホスト。

このホストという商売について、もう何年になるだろうか。
それなりの経験と、手管を覚え、うまく渡ってきたつもりだったのだが、
時代の流れが、彼に突然そっぽを向いた。


あっという間に、それまで金時がトップを張っていた店は閉店に追い込まれ、路頭に迷うことになる。



そんな時だ。
彼に一人の男が声を掛けてきた。

「こんなところで燻っているのならば、俺が拾ってやろうか?」と。

尊大な男だと思った。
かぶき町に新しく乗り込むために手段を選ばなかった。
後ろに怖い人たちが付いているとは聞いたことがないが、かなり有力な資金源を持っていることは確かだ。

だが、そんなことは金時には関係がない。

男が、
その土方十四郎という男が、
自分の積もり積もっていた借金を精算したこと。
彼の要求する接客手法に多少の無茶があろうと、確かに集客が、売り上げが上がるということ。


男は言う。
ホストは客の欲求を、満たす玩具。
客が求める優越感与えるための。

一昔のように、決して景気のいい時代ではない。
ただ、容姿を、甘い言葉を売りにしていれば良い時代は終わったと。

客層は富裕層から、キャリア層に変わったのだと。

皆が一様に、男女平等の雇用を高らかにうたいながら、
覆すことの出来ない性差、
婚姻、出産という時間の制限。
それに関するプレッシャー。

加えて、立ちふさがる経済の波。

だからこそ、彼女たちを癒やすことのできる商売が必要なのだと。

彼女たちの自尊心を脅かさない接客と言葉遣い
―それを満たすために徹底的な研修を受けさせられる。

彼女たちを満足させることのできる会話の内容。
―それを可能にするために新聞を隅から隅まで読み込まされる。

彼女たちが与えることのできる程度の贈り物を促すだけの手腕。
―高級車やマンション等ではない小遣い程度のおねだり。
彼女たちが負担にならない程度の価格、流行りのブランド品。
シリアルナンバーなど入らない直ぐに『売り』に出すことの出来るもの。

彼女たちが個々が大切なのだと思わせるためのアフター。
―時には、所謂枕営業というものさえ推奨する。

徹底的なホストという『商品管理』を男は求めた。




「愛を、己を切り売りするホストは客の玩具、愛玩物だ」
土方は言う。

土方の過去は誰も知らない。
端正な顔立ち。
日本人にしては青みが強いやや灰色の瞳。
陶器のように白い肌。
金時とそう変わらない二十代後半に見えるが、言動、物事を動かす『力』からは意外に年を重ねているかのようにも思われる。

違和感なく禁欲的に着こなされたデザイナーズスーツ。

慇懃な物言いをするかと思えば、
急に店に休んだホストの代打を柔らかな物腰で熟していたし、
クレームをつけてきたその筋の男には凄みを効かせ、相手以上のチンピラのような啖呵で叩き出していたのを店の裏で見たことが金時はある。



金時はこの男が嫌いだと思った。

押し付けられる『課題』も。
自分たちを『玩具』だと見下した瞳も。

自分はストイック然と高みにいながら、自分たちには客に夢を見せるために春さえ売れと釣り上げる口元も。





そして…

鍵を回し、重たい扉をゆっくりと開く。

金時のマンションの一室で。
金時が嫌いな土方が、そこで待っていた。

独り掛けの象皮のソファに座らされた男。
両足を肘掛けに拡げた形で両手と共に固定されるスーツ姿。
目隠しをされ、その体内からは鈍いモーター音が漏れ聞こえる。

「ただいま」

金時の声が届いたのか、噛みしめていたらしい形の良い口元からうめき声のようなものが落ちる。

「キツい?」
目隠しを外すと、そこから青灰色の瞳が瞳孔を開かせながら金時を捕らえる。

耳に指をなぞらせると、それさえも刺激なるのか荒い息が吐き出された。

「どうしてほしい?」

耳朶を甘く噛み、甘く囁く。
店の客にするように。

「早く…」
土方はぎりりと睨みつけながらかすれた声で答える。

「早く、取りやがれ」
「可愛くねぇなぁ。ちげーだろ?取ってください、だろ?」
キチンと着せられたままのワイシャツとネクタイに上着。
それでいて下肢には何も布を纏っていない酷く倒錯的な姿。

睨んだまま口を閉ざした土方にぞくりとさせられながら金時はポケットに入っていたリモコンを押す。

震動音が大きく響き、土方の上体が大きくのけぞった。
他人が、いや本人ですら触れることのなかったであろう後ろの孔から除くグロテスクな道具。
バイブレーターになったそれが大きくうねり、土方の一点を刺激したようだった。

とぷりと僅かな先走りが先端から溢れる。
快感に耐えるように寄せられた眉が金時の劣情を煽る。
きっと吐き出したくてたまらないのに、コックリングがそれを押さえていた。

「まぁ、金さんは見てるだけでもいいんだけれど?」
金時はぐりぐりとバイブを動かす。

溜息のように、息を大きく土方はまた一つ吐き出した。

「は…やく…取って…く…ださい…」
「何を?」
一度離れてスーツの上着をゆっくりと脱いでから小さく嗤う。

「…い…ぶ」
「聞こえない」
「…バイブ……」
「それだけでいいんだ?」
「違っ!」
金時は自分の前をくつろがせ、すでに立ち上がりかけた自身を取り出す。

「先にこれどうにかしてくれたらね」
頭を両手で持ち、きっと雄の匂いがきついであろう己れを、
白い頬に、真っ黒い髪に、押しつける。

そして、柔らかな唇に押し付けると、先端でなぞりながら
ほら、言って?と言葉を強要する。

「お前は俺の何?」
「…俺はお前の玩具です…」


恐る恐るという風にそこは開かれ、ちろりと赤い舌が金時自身を舐めあげ始めた。





土方の経営に口を挟む気も、店を辞めるつもりもなかった金時ではあるが、
ある日、高飛車な態度を崩さない土方という男に尋ねてみた。

自分たちが客の『玩具』であるならば、金時自身の欲求はどうしたらよいのかと。

そんなものは自分でどうにかしろと言われるだろうと思いながらの質問だった。

ただ、戯れに、
愛を売れをいうならば、自分たちはどこで愛を買えばいいのかと皮肉っただけ。

だから、土方の答えは予想外だった。

「玩具のメンテナンスは所有者の責任だからな…」
事務所のデスクに深く腰掛け、挑発するような物言いで男は続ける。

「坂田、お前は俺にどうして欲しいのか?」と。

だから、金時の答えも衝動のままのものだった。


「お前をおもちゃにして、ぐちゃぐちゃにして、啼かせたい」と。

土方が驚いた表情を見せたのは一瞬だけ。
深く、煙草の煙を肺に吸い込み、長い指をした手を差し出し嗤った。

「いいぜ?こんな身体で役に立つなら」





それから、奇妙な契約関係が続いている。

日によって、金時の気分によって遊び方は違っているが、
今日は閉店のあと、一度このマンションに戻り、土方を拘束してから外出していた。

3時間ほどアフターに付き合って、今、土方の身体を嬲るように犯している。

バイブを半分だけ抜きだし追加でローションを振りかけてから、前立腺を狙って深くかき混ぜた。
放置され、精を吐き出すことをせき止められていた身体は敏感に蠢く。

自分の身体を金時に差し出すほどであるから、さぞや遊び馴れているだろうと思った男の身体はあまりに真っ新でありながら、それでいて、金時を煽る術を知っているようだった。

「どうされたいの?土方?」

金時によって開発された姿態は、快楽によって全身を震わせているにも関わらず、
いまだに歯を食いしばってあられもない声を上げることを拒否していた。

「どう…した…い?坂田こそ…」

目元を赤く染めあげながら、土方がいまだに強気にそんなことを問うてくる。

無言で足と手を拘束していた紐をほどき、バイブも一気に引き抜く。

「!!」

そして、間髪入れずに金時で貫いた。
衝撃で空イきしたらしい身体がきゅうとうねるのがダイレクトに伝わってくる。

バイブが床に転がり、震動しながらフローリングの上を動いていた。

拘束を逃れたにも関わらず土方の手はソファーの肘かけを握りしめ、
両ひざは大きく肘掛けの載せられてすべてを金時の前の曝け出したままだ。


金時はひざ裏から腕を差し込み、突き上げる。

「ん…ぁああ…」

反らした喉に、
シャツに隠されたままの細やか乳首に、
形の良い鎖骨に歯を立てる。

何もかもが想定外。

『土方十四郎』という人間に出会ってから。


だから、金時はこの男が嫌いなのだと思った。


自分たちを『玩具』だと見下しているようで、
己も『玩具』になることを否とは言わないその潔さを。

ストイック然と見えていた身体が、自分の手で快楽に溺れていく様を。

それでいて、何者にも侵されそうにない魂を

見せつけられながら、
魅せられる。

新しい一面をクリアするたびに次の一面を探してしまうコレクターの心理の如く。


(こんなメンテナンス…他の奴にもやってやってんの?)

つまらない独占欲さえ、産みだしている。
この事実が酷く金時を苛み始めていた。


「十四郎」

名を呼ばれて、びくりと土方の身体が緊張した。
とぷりとまた亀頭から体液があふれる。
透明な色に少し白いものが混ざりはじめていた。

「…きん…くるし…たの…む…」

呼び方が変わったとほくそ笑み、リングを外す。

自分が昇り詰めるために、パンパンと乾いた音が響くほど激しく腰を叩き付け、
土方の尿道に爪を押し込み、
その唇に舌を捻じ込む。

どくんと
心臓が、
呼吸が、
土方の中心が脈打って、弾けていく。

金時に纏わりつく壁が、同時に狭まり、意思を持ったように締め上げ、絞り上げる。

それに逆らわずに精を解き放った。


くふっと息が土方の喉から空気の塊が吐き出され、ソファに身体が沈み込む。




身体を離しかけた時だ。
金時は一度ぐいと胸元を引っ張られ、どんっと押された。
斜向かいに置かれた二人掛けのソファの方に身体が背から沈む。

「うお!」
すかさず、その上に土方が跨ってきた。

その蕾から白濁が大腿部を伝い落ち、暗色のスーツに滴り落ち、
淫靡に、また金時を煽る。

「まさか、これで終わりじゃねぇよな?」
痺れていたらしい手首を数回くるくるとストレッチさせると、
土方は金時の中心を数度刷り上げ、片手で支え、自らに再び接合させた。

「金時…」
「ん?」
土方が、金時の上で妖艶に哂い、そして問う。



「お前は俺の何?」
「…俺はお前の玩具です…」


呟かれた言葉に、
与えられる、与える快楽に、
横たわる利益に、

二人の男は笑みを浮かべたのだ。




『Effect of the toy』 了





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