うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『a sweet scent』




【注意】
ちょっと、ひどい坂田さん(彼女有り)と、ちょっと変な土方くんがいます。







「なにやってんの?」


練習も終わり、皆下校した、
静かな、静かな剣道部の部室。
突然かけられた声に銀魂高校1年の土方十四郎は身を強張らせた。

「坂田…先輩?」
「それ…俺の道着だよね?」

2年の坂田が指さしたのは、土方の手元にある剣道着だった。

「あ…ハイ…あの…」
土方は紺色の道着を抱きかかえるような体勢でぺたりと畳の上に座り込んでいる。
そんな状態から恐る恐る坂田を見上げた。
「今、それ持って…なにやってた?」
普段は、死んだ魚のような目が鋭く細められた。

「いえ…なにも…お、落ちてたんで…あの…」
土方にとって、坂田は雲の上の人だった。
坂田の剣は、水のようだ。
捉えどころがなく、ゆらりゆらりとしているくせに、一瞬を逃すことなく濁流のような勢いと力強さで相手を制圧する。
昨年のインターハイで1年生ながら、上位に食い込み、その実力は証明済みだ。
その試合の様子をみて、土方はこの銀魂高校を選んだといっても過言ではなかった。

「うん。忘れてたの思い出したから、取りに戻ってきたんだけどさぁ」
「………」
まだ、憧れの人と話を二人きりで話したことはなかった。
幼馴染の沖田辺りは、坂田と気が合うのか気楽に『旦那』と呼んで絡んでいるようだったが、もともと、土方は口が達者な方でもない。
だから、歓迎会と称した集まりの時も碌に話などできはしなかったし、入部したばかりの新入生は基礎ばかりで、経験者であろうと、まだ、手合せなどさせてもらえるはずもない。

「ダンマリかよ。それ臭ってたよね?お前」
「?!」
臭っていたと言われたら、そうなのかもしれない。
たまたま、掃除で残っていた部室に落ちていた道着。

「臭ったら、誰のだかわかんの?」
「は?あ…いや、そんなわけ…」
道着に縫い取られた名でそれが少しでも近づきたい存在が纏っているものだと知った。
つい握りしめて掻き抱くような形になってしまった上に、自然と香った坂田の匂いが鼻腔を満たしていたのは事実だが、故意ではない。

「じゃ、誰のだかわかっててやったの?」
「す、すいません…べ、別に他意は…」
そう言いながら、慌てて、道着を差し出したが、それを受け取るでもなく、
なかった?本当に?と座ったままの土方の耳元に坂田が身をかがめて囁く。

「土方、俺のこと好きだろ?」
「な!?」
好きかと問われたら、確かにその剣筋に魅せられていたから否定できない。

「オメー、練習中も、ずっと俺みてんだろ?そんなに俺のコト好き?」
「そりゃ、先輩すっげぇ強いから…」
日本人には珍しい、銀色の髪。
面の間から見える、赤みがかかった瞳。
攻撃に転じるその瞬間だけ、一瞬煌めくその様。

「うん。そだね。でもそれだけ?」
「他に何が…」
今の坂田の瞳は、その一瞬の光をちらつかせている。
なぜだろう。
その目で見られると、必要以上に動悸が増していく。

「そういった意味で、好きだから、こんなとこで、俺の道着抱き締めてくんくんしてたんだろ?」
「?!」
そういった意味とは『恋愛』対象という意味で言われていることに漸く気がつく。

「ねぇの?俺なら、するけど?それが好きな奴の匂いなら嗅いでみたいけど?」
「え?」
坂田の低い声が、息が耳にかかり、背筋にぞくりと何かが這っていく。

「土方は違うの?」
「い…や…違うくね…って!何誘導尋問してやがるんですか!」
「誘導尋問ねぇ?誘導されたら、拙いことでも口走りそう?」
「んなことねぇ!」

「本当に?こんな汗クセェ道着嗅いで、興奮するとか、土方って変態」
「だから!ちげぇって!」
確かに、男臭いくせに何処か甘い匂いに興奮していなかったかとは言い切れないことに戸惑った。

「そんな赤い顔して、こんな状態でいわれてもなぁ」
「……!」
すっと坂田の素足が土方の袴を軽く踏む。
膝から内股、そして中心へと進めながら酷薄な笑みを浮かべられ、初めて自分の状態に気が付いた。
完全ではないにしろ、反応を見せた土方自身に愕然とする。

「ま、俺も、可愛い女子マネにされてたら、くらっときちゃうかもしんねーけど、野郎にされてもキモいだけだわ」
「あ…」

そうだ、坂田には彼女がいたのだと自覚しかけた想いはあっけなく萎んでいく。
男同士。
拒否されることは想像に易い。
そして、気持ちの悪い思いをさせてしまったとあれば、この先顔を合わせ辛い。
唖然と言葉を失うばかりの土方にかかったのはあまりに暢気な声だった。

「つーことで、道着、オメー洗って着てくれる?」
「は?」
動揺して、坂田の言葉が耳に入ってこなかった。
なんと言った?

「今日から、ウチの親、留守なんだよね。だから洗ってこい」
「な…んで俺が…」
「見逃してやるから」
これは、坂田なりの譲歩なのか?
それとも、丁度良いパシリが出来たとでも思っているのか?

「に…に…」
「に?」
「匂われて気持ち悪いとか言ってるくせに、そんなやつに洗わせんのかよ?
 つーか、大体!匂ってねぇし!こここれは別に匂ってのが原因じゃなくて…」
弱みを握られたと思いたくはなかった。
まだ、土方自身が今気が付いたばかりの感情を坂田が確信しているわけではない筈だ。
冗談じゃない。

「はいはい。じゃあ、まぁどっちでもいいからよ。ま、頼むわ」
「彼女にでも洗ってもらえよ!」
都合の良いように使われるのも。
こんなことぐらいで、剣道を止めるつもりもなかった。
かといって坂田のご機嫌取りをするのも嫌だった。
好きだと自覚したからこそ。

「あの女、そんな臭いもん自分で洗えっていいやがった」
「え?ちょ、ちょっと先輩!?」
坂田は有無を言わさず土方に無理やり押し返してくる。

「いいじゃん。一枚も二枚も洗うの一緒だろ?
 オメーの道着いつもいい匂いなんかするしさ。俺の、オメーの香りにしてきてよ」
「は?」
「じゃ、頼むから」

いい匂い?
いや、俺のも十分汗臭いと…

そう言いかけたのだが、さっさと坂田は部室の扉を開けて、立ち去っていく。


「薄情なあんな女、そろそろ、潮時かなぁ」
ぼそりと呟いた言葉は、他の生徒が帰宅する声にかき消されかけたが、土方の耳にしっかりと届く。

「!?」

茜色に染まった部室に再び静寂が落ちていった。

坂田のコトバをどう捕らえるべきなのか。
土方は頭を抱えたのだった。




『a sweet scent』 了




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