『天然パーマの憔悴 ストレートヘアの憂鬱』「銀ちゃん。髪ふくれてるアル」 突然、ソファで今週何回目かのジャンプを読んでいるところを、従業員の少女にわしっと髪を掴まれた。 「いや、伸びてるだけだから。天パが湿気で膨れているわけじゃないから」 「でも銀さん、この間切りにいきませんでしたっけ?」 余計なことばかり覚えているメガネがボソリと会話に加わる。 確かに、先日報酬が入った時点で久々に床屋へと出かけた。 ただ、出かけたのではあるが、それを元手に一攫千金…を狙ったがためにたどり着けなかったのである。 通算すれば、ひと月半ばかりの放置。 そろそろ襟足あたりも頭頂部も膨れに膨れ、鬱陶しい状態になっていて、自分で適当に切って調整できるという段階はとうにすぎていた。 7月に入り、日に日に気温は上がる一方。 (次の仕事入ったら、今度こそ、床屋いかねぇとな…) とりあえず、ゴムで小さなしっぽを作ってその場逃れをしてみながら誤魔化すように新八に会話を振った。 「ところで、新八は何作ってんだ?」 床に積んだ薄い紙の束を何やら指で細工し続けている。 その手元には小さな紙縒りが大量に出来上がっていた。 「これ、姉上に頼まれたんです。もう少しで七夕でしょ? お店に飾り付けるらしいんで、僕たちのも書かせてもらおうかと思ってるんです」 なるほど七夕かと思い出す。紙縒りを作らされているらしい。 神楽も流れ作業で色鮮やかな短冊に穴をあけ、紙縒りを通していっていた。 「銀ちゃんも書くよろし」 「ん〜俺、あとでいいわ」 よっこらしょとオヤジ臭い掛け声を発しながら、銀時は立ち上がった。 「あれ?お出かけですか?」 「髪結んだら、気合入ってきたからよ。 勝利の女神さまが微笑んでくれそうな気がしてきた。来るよ、これ。 それ出来たら、すまいる持って行くんだろ?後で合流するわ」 よっしと勢いをつけ立ち上がり、小舅の罵倒を背に出掛けたのだ。 しかして、勝利の女神は銀時に微笑まなかった。 「お、万事屋じゃねぇか」 パチンコ屋を項垂れて出てきたところで、銀時に声がかかり振り返れば見知った顔が並んでいた。 大きな黒い服を着たゴリラと、お揃いの黒い服の飼育係。 「ゴリ…」 「近藤さんはゴリラじゃねぇ」 銀時が全て口にのせる前に飼育係・土方十四郎がぴしゃりと言い放つ。 「いや、銀さん、まだゴリラとか言ってないしー。先に言っちゃってるってところで、オメーのがゴリラって認めてるんじゃねぇか」 「ウルセェよ。このクソ天パーが」 「パーって伸ばすなって。なんか違う意味みたいになっちまうだろうがっ」 条件反射のように口から出るのは憎まれ口。 別段、土方という男を嫌いなわけでも、疎んでいるわけでもない。 それでも、これがデフォルトなのだから、どうしようもないなと銀時は心の中でため息をつく。 「相変わらず仲が良いなぁ」 「「あ゛」」 のんびりした声に銀時と土方は、ほぼ同時に近藤を睨みつけた。 「「んな訳あるかっ」」 「ほら、息もぴったり」 「「違ぇ」」 「シンクロしてんじゃん」 銀時と土方はまた悪態をつきかけ、お互いの顔を伺った。 口許は二人とも「う」の形。 その様子を見て、またガハハと近藤は豪快に笑い、 勘弁してくれと、土方は深いため息をつく。そうして煙草に火をつけた。 「また、パチンコか?」 一人マイペースに近藤は話をすすめる。 「勝利の女神はなかなか気難しいわ。お陰で短冊に書く願い事決ったけどよ」 「他に無ぇのか。この無職が!」 「無職じゃないから。自営業ですから」 まあまあと近藤が慌てるでもなく2人の間に割って入り、土方の肩をたたけば、何やらまだ不服げでは渋々といったように黙り込んだ。 「万事屋にも笹を飾るのか?」 「いんや、うちじゃなくてお妙の店で…って」 「すまいるで、飾り付けするのかっ?!」 答えるよりも早く「お妙さ〜ん。今お手伝いにあがりま〜す」と叫びながら、近藤は走り去って行ってしまった。 「仕事してくれよ…近藤さん…組にも笹あんだろ…」 「本当に傍迷惑なゴリラだな…」 唖然と見送る銀時と頭を抱える土方の二人ではあったが、お互いに思い描くに今晩の近藤の惨状が一致しているらしいと、また重たいため息をついた。 「ところで、銀髪、そのしっぽどうした?」 「しっぽ?あぁ、これ?」 暑いからね…とピコピコ手で結んだ小さな毛束を振ってみせる。 「そういう、土方もずいぶん切ってないんじゃない?」 よく見ると、土方の髪もずいぶん長めになってきている。 銀時と違い毎日多忙な土方であるから、散髪に出向くタイミングを一度外せば、銀時以上に大変なことは分らなくもない。 けれど、近藤の指摘通りシンクロしているようにも思え少し思歯がゆい気持ちになって、大袈裟に眉をしかめて見せた。 それに気が付いた風でもなく土方は前髪を指先で摘まんでみせながら、煙草を口元で揺らす。 「捕り物が落ち着いて俺に時間出来たら、今度はタイミング悪いことに 山崎が出払っちまって」 「はい?なぜジミー?」 「俺の髪、大抵山崎が切ってる」 (なんだそりゃ?) 秘かに想いを寄せている人の、いつも触ってみたいと思っている羨ましい限りのストレートヘアに、あの地味な監察が公開プレイのようにさわっている?と聞いてじりりと喉の奥が急に乾いていく。 嫌われている自分にかなうはずもない。 「いや、税金泥棒は金もってるでしょ?床屋行けば?あ、オメーも結んだら?前髪なげーから、ピンで留めるとか?」 気持ちがあふれ出ないように、いつものような緩い口調を心掛けてみる。 「床屋は床屋で今流行りの髪型がどうだのうるせぇから出来たら行きたくねぇ。 かといってピンの類は、とまんねぇし、 整髪剤だとかなりガチガチにしねぇとなんねぇんだよ」 「自慢ですか?コノヤロー。どれっだけサラサラって言いたいんだ!」 「いや、少しっくらいクセってねぇと。だからと言ってテメー程重力に逆らったクセっ毛はいらねぇが」 手ぐしで前髪をかきあげてみせられるが、指を離せばすぐに滞ることなく元の位置に戻っていく。 「やっぱり自慢じゃねぇか。俺だってストレートならもっとモテるはずなんだよっ」 「いや、バカだろ。テメー。本当に好きな奴以外にモテてもしょうがねぇだろが」 「あり?副長さんにはイイヒトがいるのかな?」 土方はずいぶん短くなっていた煙草を携帯灰皿に押し込み、視線を逸らした。 「…いてもいなくても嫌われてりゃ…」 「はい?なんだって?」 ぼそぼそと土方にしては歯切れの悪い呟きに聞き返すが答える気はないらしく新しい煙草を取り出してそっぽを向く。 それを見計らったように携帯の呼び出し音が響いた。 「山崎か?よし、わかった。3番隊と6番隊動かせ。俺もすぐ戻る」 地味な監察から、何か動きがあったとの報告らしく、土方の瞳孔がさらに開いていく。 (あらあら、アドレナリン分泌しまくってるよ) 苦笑しながら、仕事中の横顔を眺める。 パタンと携帯が閉じられ、土方は、すっかり仕事モードで、挨拶もなしに駈け出そうとするのを、慌てて、銀時は呼び止めた。 「おい、さっき何て言ったんだよ?」 「なんでもねぇ!」 すこし、後ろ姿から垣間見た耳が赤く感じたのは気のせいだったのだろうか? (ま、とりあえず、ジミーは次にあったら、憂さを晴らそう) タイミングの悪い電話と、副長の専属散髪… ニヤリを黒く笑いながら、銀時は新八たちと合流するためにスナックすまいるへと向かった。 「銀ちゃん、何お願い事するアルか?」 「そりゃ、商売繁盛だろ…一攫千金だろ…糖分だろ…」 「銀さんらしいですね」 予想外さない答えで新八と神楽はやれやれと肩をすくめる。 「あ、あとこれな」 『黒髪サラサラストレートが欲しいです』 銀時の書いた願い事。 一方、真選組の屯所でも、巡察から戻ってきた隊士たちによって、願い事が笹に結ばれていた。 当直の隊士以外、すっかり寝静まった頃、そっと、副長も一枚を結ぶ。 年に一回しか会えない神さまへ。 星に願いを… 『天然パーマの憔悴 ストレートヘアーの憂鬱』 了 (35/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |