うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Story without the name−fresh verdure−』




五月五日。


土方十四郎はひとり歩いていた。


幼馴染み主催の土方の誕生日にかこつけた馬鹿騒ぎは高校生活、最後ということもあり、四日の晩から明け方近くまで行われた。

騒ぎ、一人また一人と潰れ、昼前にようやく解散して、それぞれ家路についたのだ。

今年は旅行で家族はいない。

近藤の道場から自宅。
通いなれた道であるのに賑やかに過ごした後だけに何処か静寂さが心のうちに拡がる。

真っ直ぐに帰っても静かな家でこれといってすることなど思い当たらず、かといって寄り道出来る場所があるかと問われればコンビニだろうが特別買うものもない。
遠回りすれば、書店もないことはないのだが、微妙な距離だ。

(さっさと帰って予習…ってのもな…)

誕生日だというのに何とも味気ない。

来年、卒業して新しい土地で一人暮らしを始めることになれば、こんな感じなのだろうか。

『子ども』とも『大人』とも呼び難い狭間の季節。

その定義はあまりに曖昧だ。
その曖昧さが、土方は息苦しい。

一つ、今日歳を重ねたからといって、急に大人になれるわけでもない。
単純に生まれてからの期間だけをさして成長できたと言えるものでもない。

線はあまりに不明瞭で。

「そういや…」

ふと、土方はクラス担任のことを思い浮かべた。
国語科を担当教科とする坂田銀八は今だ少年漫画雑誌を愛読書とするような『心は少年』だと言い張る大人になりたくない人間の代表にも見える。
それでいて、彼は誰よりも老成してるかのような空気を時折見せるような気がしてならない。

(なんだかな…)

土方は何故かしら、『坂田銀八』という男が気にかかる。
2年から受け持たれることになった最初のころは志村弟同様、その教師らしからぬ緩い態度に、反射的に突っ込むだけだった。
それが、日を重ねるうちに、生徒を同じレベルに立っているように見えて、そうでないことに気が付いた。
本当に面倒臭がって、適当に済ませようとする部分もないとは言わないが、肝心な部分で手を抜くことはないのだ。
進路指導しかり、生徒同士の関係しかり、家庭環境へのフォローしかり。
ダラダラとしているようで、押さえるところは押えている。

同じ教室に居て、クラスメートに混ざって馬鹿を言っているくせに、どこか一歩距離がある。

大人のような子ども。
子どものような大人。

ますます、その線引きが分らなくなり、つい目で彼を追ってしまう。

そうして、土方の視線に気が付き、見返してくる銀八の目に動揺するのだ。

何か見透かされているようなそんな視線。
どこか好ましいものをみるような柔らかい色。

土方は頭をふり、携帯で時間を確認する。
まだ、午後2時を回ったばかりだ。

なぜか、学校に行きたいと思った。

火曜から、どちらにせよ行かねばならない場所ではあるのであるが、誰もいないであろう学校に行ってみたいと思った。

ゆっくりとジーンズの後ろポケットに携帯を押し込み、歩き出したのだ。



休日の学校は静かだ。

昇降口も正面玄関も全て鍵がかかっていて校舎に入ることは叶わない。

それでも土方はのんびりと校内を歩いて回った。

外から見上げる校舎には動く影はない。
窓も当然閉められているから、カーテンさえ風でたなびくはずもない。

渡り廊下に吹き溜まった枯葉がかさかさと音をたてている。

校庭から柔剣道場に、そして、また校舎と校舎の間にある中庭へと向かう。
鳥の声に視線を上げれば、非常口の軒下のツバメの巣が出来ていた。
雛が親鳥が持ち帰った餌を我先にとねだっているらしい。

そのまま、更に上を見上げれば、国語科準備室が見えた。

個性のつよい3年Z組メンバーは一癖も二癖もある。
だからなのだろうか。
担任の坂田銀八は土方にクラスの雑用を押し付けることが多かった。

だから、準備室も土方にとってはもはや馴染んだ場所といっても差し支えなくなっていた。


(ここに来年はいないんだな)

一時(ひととき)のみを過ごすことを許された社会へ出ていくための通過地点。

たった、3年しかいない場所なのにと、思いのほか感傷に耽っている自分に気恥ずかしくなってきた時だ。

何かが校舎の中で動いて見えた。

(え?まさか、こんな真昼間に…おおおおばけ?)

咄嗟に思ったのはそんなことだったが、考えようによっては、学校に悪戯しないように警備会社の人間が見回りをしていてもおかしくはないのだ。
どちらにしても、遭遇したくない類のものには違いない。

中庭と突っ切って、郊外へ出ようと動きだしたのだが、足音はひたひたとこちらに近づいてくる。

なんとなく振り返ってはいけないような気になり、走ろうかと悩み始めた。

(やっぱり走ろう…え)

ぐいっと二の腕と掴まれ、思わず土方はひっと奇妙な息が漏れた様な音を喉から発してしまった。

「そそそそ、そんなに驚くなよ!こっちのがビックリするわ!」
「ぎぎぎ…ぎんぱ…ち?」

土方の腕を掴む掌は少し汗ばんでいて暖かかった。

いつも通りの銀色の跳ね返った頭。
少し鼻先寄りにずれた眼鏡。

ただ、いつも白衣にだらしなく緩められたネクタイ姿ではなく、グレーのVネックのニットにチノパンという明らかな私服であった。
それは銀八から通常受ける年齢不詳というイメージをどこかにやってしまい、20代後半という年相応に見せる効果を齎していた。

「アンタ…なんでこんなところに…」
「俺は忘れ物取りに準備室に寄っただけだよ。オメーこそ、今日は部活も何もねぇだろうが?」
休日出勤するような真面目な教師ではない筈だと自分のことを棚に上げて尋ねれば案の定の質問が返ってくる。

「…俺も…忘れ物…でも、校舎しまってるから帰ろうと思っていたところ」
「ふぅん。真面目だねぇ。土方は」

そうは言いながらも何処か納得した風ではないのではあるが、今だ離されない腕を見つめれば、やけにゆっくりとした動作で腕から掌が離れていった。

「教室?」
「あ…うん」

一瞬、何を問われたのか分からなかったが、忘れ物といった後であるからそれを指したのだと慌てて取り繕う。

「あ〜俺、教室棟の鍵までは、ババアから預かってねぇから入れてやれねぇ」
「いや…時間あったから寄ってみただけだし、なかったらなかったで連休明けでも…」
「そ?わざわざ誕生日の日に学校寄るぐらいだから急ぐかの思った」

何でもない事のように、耳の穴を小指で掻きながら言われて土方は銀八を見返した。

「な…に?」
「何って…オメー誕生日だろ?今日」

ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、やや手垢で汚れたレンズの奥から困ったような顔が見つめ返してきた。

担任だから、調書云々で知っているのは当たり前なのかもしれない。

「そうだけど…」
「一人?」

夕べから近藤さんちで騒いでいて…そう説明しかけて、何故か口にすることが出来なかった。

「ひとり」

今は、一人。

「そ?じゃあ可哀想な土方くんに…」

土方のものよりもやや大きい節ばった指が動き、後ろポケットに入れていた携帯を抜き取り、ついていたストラップの一つを取り外した。

再び、携帯をポケットに戻すと、土方の手を左手で取り、ストラップを載せる。

「銀八」
「ん?」
「携帯持ってたんだ」
「そこ?そこかよ!持ってますよ!ただ不携帯なことが多いだけで!」

某マヨネーズメーカーの天使なのか親父なのか微妙なデザインのキャラクターだった。
ファンにとってはプレミアものともいえる限定盤。

「いいのか?」
「大したもんじゃねぇ。んで、アレだアレ!当ったから付けていたんだけど、オメーが持ってるほうが似合うだろと思って?」

誕生日を覚えていてくれていたことも驚きだったが、まさかプレゼントまで偶然とはいえ銀八からもらうことなど想定外もいいところだ。

ストラップから、再び視線を銀八に戻す。
そして何気なく尋ねてしまった。

「大人ってなんだろう?」
「…そりゃ…また難解な質問だな」

そうだよな、とストラップを軽く握りしめて笑った。

「まぁ…テメェのケツ、拭けるようになったら…
 つうか他人に迷惑かけねぇで生きていけるようになったら、じゃねぇか?」
「迷惑…」
「だな。『世話』じゃなくて『迷惑』な」

わかるか?と声には出さなかったが、珍しく緩い顔つきではない顔で土方に問うてきたので、たぶんと頷く。

「若いねぇ…コーコーセイは」

途端にまたふざけた声色に戻ってしまったが、どこか眩しそうに見つめられ土方は落ち着かなくなる。

いつもと違う装いの銀八はどこか、土方に近いようで、遠い。


「じゃ、帰る。ありがとうな」
「土方!」

どこか気恥ずかしい空気にも耐えられず、足を動かしかけて、また止められた。
掴まれた腕が先程よりももっと熱い。
普段は白衣姿で半端に隠れている銀八の腕が意外にも締まっていることが感じてとれた。急に自分の腕が発火したかのような錯覚に陥って咄嗟に振り払ってしまう。

「悪ぃ!」
「土方くんってば、過剰反だなオイ。小心者ぉ」
「ウルセっ!」

一瞬、銀八の顔に傷ついたような色が見えたのは気のせいだったのだろうか。
しかし、土方は自分の跳ね上がった心拍数の心配の方が先だった。

雲が日を隠し、校舎が大きな影を二人のもとに落とした。
自然と空を二人ともが見上げ、雲が流れていく様子を追う。

「また、明後日ね」

また日差しが中庭に落ちると銀八はそう言って準備室のある西棟へとペタペタと便所スリッパを鳴らしながら戻って行ってしまった。


「また、明後日」

高校生活はまだ続く。
土方が過ごすあと7か月の期間。

ついっと親ツバメがまた餌を調達に飛び立って行った。
彼らはまた来年、この場所に帰ってくるのだろうか。

土方は、否応なく『この場所』から追い出されるというのに。
『銀八』のいるこの空間から。

そこまで考えて、土方は頭を振る。

近藤たちと馬鹿をやって過ごす時間でもなく、
親に、学校に管理された生活のことではなく。

学校=銀八と考えたのは何故だろうか。

何故か。
それを考えてはいけない気がした。

掌に残された真新しいマヨリーンのストラップ。
そして、まだ掴まれた感覚の残っている手首。

いつまでも消えてくれそうにない銀色に舌打ちすると、もう一度、頭をふり土方は歩き始める。


ただ、漠然と、
もう少し土方自身が『大人』になれば、その答えが見えてくるような予感を持ちながら。



『fresh verdure』 了





 拍手ありがとうございましたm(__)m
 未満すぎる二人ですが、銀土だと言い張ります!
 
 
 土方さん!はぴば!

 そして、空知先生、
 十四郎さんを世に送り出してくださってありがとうございます!!





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