うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『追わば』




「あ」

しまった、と土方は寝不足の頭の片隅でぼんやりと思った。
近藤が溜め込んでいた今日提出の書類をパトカーに積み、出かけた最中のこと。

目の前に飛び出してきたものを轢いてしまった。
白っぽい何かを。
ハンドルに額を乗せ、眼を閉じる。

そうして、恐る恐るパトカーを降り、前を確認した。


「げ…」

パトカーの前に男が一人グッタリと横たわっている。
外傷は特に見当たらない。

ただ、土方が濁点のついた音を出してしまったのは、轢いてしまったらしい男が
顔見知りであったからだ。
かぶき町に居を構える坂田銀時。
知人というには接触が何かと多く、友人と呼ぶにはいささか諍いが絶えない仲。

(幸いというべきか、不運というべきか…)
土方は、ひとつ大きなため息をついて携帯電話をかけ始めた。

「山崎、パトカーに傷が入った。ちょっと三丁目のでにいず前まで来い」
「轢いた人間より、パトカーの心配ですか?!」

途端にガバリと、坂田が怒鳴りながら起き上がってくる。

「ほら、大丈夫じゃ…ねぇ…か?」
「あれ?あなた…警察の方なんですか?ボク…轢かれた?」
土方はニヤリと笑いかけたが、坂田の様子に言葉に身を強張らせた。

「は?」

(あなた?ボク?)
聞き慣れない単語が、坂田の口から紡がれる。


「テメー、なんの嫌がらせだ?」
「は?いえ、嫌がらせとかとんでもない。というか、あなたボクのことご存知なんですか?」
手と顔を左右に振りながら、オロオロと坂田は否定してみせる。

「ふざけんな。万事屋」
「ふざけてなんかいませんよ…万事屋って誰ですか?って…あれ?」

そして、坂田銀時の顔をした男が至極真面目な顔で土方を見つめた。

「あの…ボクって誰ですか?」

もう一度ふざけるなと怒鳴りかけ、いつもと確かに違う気もしないではないと目を眇める。



「で、何二人で見つめ合ってんですか?」
にょっと、いつの間にか真選組監察が現れていた。

「見つめ合っちゃいねぇよ!万事屋がおかしいだけで」
「旦那がおかしいのは今にはじまったことじゃ…」
「あんた、地味なくせにいうことひどいこと言うヒトですね」
「あれ?」
山崎もその言葉に異変を悟ったのか首にかかった後ろ髪を撫でつけながら、じっと坂田の顔を見つめた。
小さな異変を見逃すような男であれば、内偵に使うことなど出来ない。
いつもミントンばかりしてサボりぎみの山崎ではあるが、監察としての能力は土方も買っているのだ。

「なんか…前に記憶喪失になった時の旦那みたいですね」
ほら、いつもの死んだ魚みたいな目じゃなくなってるでしょ?と人差し指で眉間を擦って見せる。
土方ももう一度坂田を見た。
至極真面目な顔つきをした男に気だるさは感じられない。
こうしてみれば、顔の造作は決して悪くないのだとよくわかる。

逆に、別人だと考えられなくもないが、こんな身なりしてるこんな銀髪はそうそういるものでもないとその可能性を捨て、視線を山崎に向け直した。

「あ゛?記憶喪失だぁ?」
「ほら、局長と一緒にマムシの工場で…また、頭でも強く打ったんでしょうか?」
「…パトカーで轢いた」
強い衝撃と言えば、差し当たり、それくらいだと説明すればわざとらしく山崎は肩を落として見せた。

「はぁ?アンタ何、サラっとやってくれてんですか?!」
「いや、だからテメー呼んだんだろうが。書類持ってかなきゃなんねぇし。
 コイツ任せる」
「副長!!」
コレが『坂田銀時』であることが間違いないならば、ちょっとやそっとのことでは壊れはしていない。
だが、このような異常な状況の中、仕事をあくまで優先させようとする上司に更に深く地味な監察は頭を抱える。

「書類は俺が届けます。副長が責任持って旦那看てくださいよ」
「はぁ?なんで俺が?」
山崎は黙って、パトカーのバンパーと銀時を交互に指差す。

「う……」
「じゃ、俺行きますんで」

山崎のくせにと、拳を振り上げかければ、大慌てで自分の乗ってきたパトカーに逃げ込み、そのまま、猛スピードで走り去ってしまった。

溜息をつき、横にぼんやりと立つ銀時を渋々見遣れば、いつものへらへらとして気の抜けた笑いではないニコリと例えるのが一番近い笑顔を向けられ、少し目を見開く。

「と、とりあえず、パトカーに乗れ。病院に行くぞ」
坂田が土方にそんな微笑み方をするはずはない。
無駄に上がってしまった己の心拍数と、穏やかな坂田に事態の異常さを改めて認識し、
大江戸病院へと向かったのだ。



病院につくと常連らしい坂田はすぐに顔に傷のある主治医が対応してくれた。
医師は「また坂田さんか」と苦笑しながら、検査を手慣れた様子で行う。
待ち時間に万事屋に電話をかけてはみるが、メガネの従業員もチャイナ娘も外出中のようで連絡が取れない。
仕方なしに、一通り、CTやMRI等が終わると土方も共に医師の説明に立ち会った。

「大変珍しいことなんですけどね。検査の結果はなんともないんです。
 ま、坂田さんだから癖みたいになってんだと思うんですよ」
「先生…癖ってギックリ腰とか脱臼じゃないんですから…」
医師の言葉に土方は眉をしかめる。

「ま、今回も日にち薬、もしくは何かのショックで戻ると思いますから」
「ショック…」
もう一度、衝撃を与えてはだめなのだろうかと土方が拳を握って見せれば、不穏な空気を察したのか医師は慌てて、原因が分からない以上止めていた方がいいと土方の案を却下した。
「気長に様子を見てください。ただし目は離さない方がいいかもしれませんね」
「気長に…」
坂田はただ静かに医師の言葉を復唱した。


診察室を出て、再びパトカーに乗り込みながら、土方は正直な所、途方に暮れていた。
入院するほどでないと診断されてしまえば、連絡はつかないものの万事屋に送っていくしかない。
しかし子どもたちに事情を説明し引き渡すまでは、この居心地の悪い坂田とまだ時間を共にしなければならないのだ。

坂田の事は認めている。
大した男だと。
強い男だと。
出会い方、立場がなければ、もう少し穏やかに接することが本来ならできる男だと。
ただ、それが出来ないのは、意地張合いだとかそう言ったものだけではなく、心の何処かで魅かれる自分を抑止している作用なのだと自覚もしている。

(自覚しているってだけで本当はアウトなんだろうが…)

自覚はしても認めてはいけない。

そんな相手がいつもと違い穏やかに土方に付き従い、はんなりと笑いかけてくれば、どんな態度で応じればいいのか困惑するのだ。

落ち着こうと院内で吸えなかった煙草を手に取れば、おずおずと言った様子で坂田は声をかけてきた。

「あの…ちょっとよろしいでしょうか?」
「あ゛ぁ゛?」
少し控えめに助手席の坂田が手を挙げる。

「あなたはボクとどういった間柄だったんでしょうか?」
「…腐れ縁?犬猿の仲?」
「それだけですか?」
ズイッと坂田の顔が土方に近づく。
まるで、心のうちを読まれたかのような質問だが、記憶のない今の坂田に他意はないはずだ。
それでも、柘榴色の瞳に射すくめられ、動揺した。


「な…にを…」
「あなたを見ていると、こう…落ち着かなくなるんですが…」
「いやいや!おかしいだろ!この距離!」
狭いパトカーだ。
後ろに下がっても知れている。

「顔、赤いですよ?」
「いやいや!ちょっと目と眉が近づいてるだけで、万事屋だろ?お前らしくねぇだろ?!」
「らしい…と言われても、ボクは自分の事がわからないので…」
少し物悲しい表情に土方も一瞬黙り込んだ。

「さっき自分のプロフィール聞いただろうが…
 俺よりも万事屋のガキどもの方がテメーのこと知ってるから…
 だからっ近いって!」
ずいずいと顔を寄せてくる万事屋を手で押しやりながら、土方が制止の声をあげる。
しかし、原因が自分であるゆえに、あまり無下にもしづらい。

「あなたはボクというか、『坂田銀時』という人間のこと、どう思ってたんですか?」
後ろはもうない。
両頬を包まれ、いつもより煌めいた目で覗きこまれる。

「どうっていわれても…」
「好き?」
んぅと空気が変な器官に入って奇妙な音をたてる。

「好き…とかそんな間柄じゃねぇ…っうお!?」
ガクンとシートが倒され、更に覆い被さるように、坂田の身体が近づいてきた。

「じゃ、嫌いなんですか?」
耳元に低く囁かれ、土方は混乱する。

「…嫌い…じゃねぇ」
「それって好きってことですよ?多串くん?」
「?!」
坂田の唇が土方のものにつきそうになった時だ。

「は〜い。旦那ぁ。時間切れでさぁ。それに踊り子さんに手を出さないでくだせぇ」
のんびりとした声がかかり、パトカーのフロントから沖田が覗き込んでいた。

「総梧!誰が踊り子さんだ?!ゴラァ!それに!万事屋!テメッ嵌めやがったな!」
我に返った土方は坂田の胸倉を締め上げる。

「なんの…」
「とぼけんな!今『多串』って呼んだだろうが!」

「ほらほら、旦那。賭けは俺の勝ちですぜ」

沖田が坂田に向かって手を出すと渋々懐から紙切れを渡す。

「チッ」
「舌打ちすんじゃねぇ!」
土方の拳は平等に坂田と沖田の頭にゲンコツを落とす。

「で?テメーら何賭けてやがった?」
「「時間内に好きだというかどうかに焼肉食べ放題券」」
ドSコンビが声を合わせて返事を返した。

「誰が誰に?」
「土方さんが旦那に」
「は?」
「だから、旦那が土方さんに本音をいわせてみせるって。3時までに」
車内の時計を覗けば、確かに午後3時を4分ほど回っていた。

「は?」
「だ〜か〜ら〜旦那がぁ〜」
「沖田くん?俺の負けでいいから!そこまでにしておこうな!」
雲行きの怪しさに、坂田の表情が強張る。

「旦那は土方さんのこと脈ありだとどさくさまぎれに口説いてたんでさぁ」

「あ゛?」

そぅっとそぅっと…
坂田がパトカーから抜け出す気配がある。

「焼肉食べ放題券だぁとぉ?言うに事欠いてテメーは!」
「いや!そこ?気になるのそこなのぉ?」
「そこになおれ!叩っ斬ってやる!」

ぶんっと抜刀すると土方は坂田を追いかけはじめた。



「あ〜なんだかねぇ。馬鹿っぷるなんだか、天然なんだか…砂を吐きそうだぜぃ」
二人がいなくなった公用車に若き1番隊隊長は乗り込み、愛用のアイマスクを降ろす。

「さて、今度この券でチャイナを喰い比べにでも誘ってみるかね…」

のんびりとした秋の午睡を貪るために二人のいなくなったパトカーに乗り込み
、シートを倒して瞳を閉じたのだ。




『追わば』 了



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