うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『四月一日』




『今、テレビを見ながら歯磨きをしている銀髪天パなてんびん座の貴方。
今日の恋愛運は今世紀最高です。意中の相手に告白するなら、
これほど適した日はありません。
ラッキーアイテムは旧友からの贈り物。
但し、素直になればなるほど、事態は混乱するでしょう』

結野アナのブラック星占いは上々。
しかし、但し書きになんだそりゃと首を傾げながら銀時は歯を磨く。

まさに自分のことをピンポイントで指した内容である。

「銀さん。坂本さんから荷物届いてますけど」

あまりにタイムリーな展開にますます首を傾げた。
よく当たる天気予報と占いがシスコン陰陽師の全面バックアップでなされていると知った時にはがっくりきたものであるが、効果について疑うつもりはない。

「ラッキーアイテム…ね」

今回の荷物は小さい。
開けてみれば小さな薬瓶が2本入っていた。

『金時くんへ』

相変わらず真っ当に人の名前を覚えようとしない坂本に
悪態をつきながら読み進める。

『金時くんへ』
『商いの途中に面白いものを見つけましたんで、お裾分けに送ります。
 自白剤とかそういうものではないのですが、
 何でも、相手の本音を聞くことの出来る便利な薬だそうです。
 素直でない金時くんもきっとこの薬で幸せになれることでしょう。
 遠い宇宙の海から金時くんの想う人が股を開いてくれることを祈っています』

「また怪しげなもん寄越しやがって」

瓶にはトロリとした桃色の液体が入っているが、ラベルも注意書も貼っていない。
手紙を隅々までみるが、紛らわしい追伸も補足も見当たらない。

「何でした?」
「相手の考えてことがわかるようになる薬?」
「えぇぇぇ?また怪しげなものを…」

新八も同じことを感じたらしく、そうだよなと蛍光灯に瓶をかざしてみる。

「さて、どうすっかな」

本音を聞きたい男がいる。

嫌われているのか、そうでないのか。

それさえもわからない。
普通であれば、そう通常であれば銀時は人が自分をどう思っているかなど、
然程気にする性質ではない。
人間であるから、良く見られたいとは思わなくもないが、
特段己を飾りたててまで良く見られようという欲求は薄い方だ。

だが、一人の視線だけが気にかかる。

会えば、
顔を合わせれば、
視線が合いさえすれば二言目には悪態しかつくことの出来ない相手。

悪態しかつけない。
悪態しか思いつかない。
共通の会話なんて思いつくわけもなくマトモな会話などしたことはない気がする。

それでいて、その男の生き方を、
その男の立ち姿を好ましいと思っている自分がいる。
その男を護りたいとは思わないが、手を掴みたいとは思う。

相手は立派な、銀時と体格も変わらない成人男性。
目つきは悪く、瞳孔は開き気味。
さらさらとした真っ直ぐな黒髪を俊敏な動きに合わせて揺らしながら、
武骨な太刀を振り回すバラガキ。

自分に衆道の気があるとはこの歳になるまで思いもよらなかったが
それはそれで受け入れられないことではない。

女とずっと添うという自分はもともと想像が付かなかったし、
口でいう程、性欲が強い方ではない。
どちらかというと淡白な方だ。

けれども、己の気持ちは整理できても一歩をむやみやたらと踏み出すことができるほど若くはない。

だから、相手の気持ちの片鱗でも知りたい。

同じように街中で会えば喰ってかかってくるのは、
同じように何を会話としていいのかわからないための所業なのか。
それとも本当に毛嫌いされていての反発、悪態なのか。

ちゃぷんと手の中で液体が揺れる。

「結野アナを信用しますか」

瓶の蓋がかちりと音をたてて開封されたのだ。





「で?」

土方の視線が痛い。
薬は飲んだものの特段体に異変はなく、傍にいた新八や神楽の考えてることが伝わってくるわけでも、聞こえてくるわけでもない。

これはもしかして、相手に直接尋ねなければ意味がないのだろうかと町に繰り出してみれば、本当にどこぞの陰陽師が糸を引いているのではないかというほどのタイミングで巡察中の土方を見つけることが出来た。

有無を言わさず、「話がある」と路地裏に引き込んでみたのではあるが、
何も聞こえてこない。
坂本の半端な説明を心の内側で詰りながら、後ろ頭を掻き、どう切り抜けるか言葉を探した。

「あの…よ」
「あぁ」

土方の応えは低い。
それはそうだろう。
嫌われているにしても、いないにしても、仕事中に無理やり引き摺り込まれたならば気分は良くないに違いない。

『自白剤』ではないのであれば、尋ねたことに素直に答えるという代物ではないと予測を立て、もっと簡単に触ったらだとか、近寄ったら、解るモノなのかと思っていたのだ。

「あのよ…」
「だから、何だ?」

(取敢えず、パフェ奢れだとかで茶を濁して…)

体勢を整えることにしようと、へらりといつものように笑おうとして失敗した。
顔の筋肉がうまく動かない。
そして、自分でも思いもよらない言葉が滑り落ちた。

「あのよ、オメー俺の事どう思ってる?」
「は?」

唖然とした。
目の前の土方も同様だが、銀時が一番驚いて、口を阿と開けたまま固まってしまった。

「テメー、そりゃどういう…意味でだ?」
「そりゃ、オメー」

口もとに咥えていた煙草を噛みしめたのであろう、くいっと上に持ちあがる。
軽く睨んではきたが、動揺を隠そうとしての表情にも見え、銀時の判断を鈍らせるが、やはり自分の予想外の言葉が零れたことで少なからず動揺してその場を逃げ出したくて堪らなくなっていた。

「土方のことが好きだから」
「「え?」」

聞き返す声は土方のもののみではなく、銀時の物も同時だった。
がばりと口を手で押さえ、銀時はしゃがみ込む。

「ななななななな…なん…ちょ!これは…」
また飛び出してしまった言葉に更に混乱した。
確かに、間違ったことは言っていない。
土方に惚れているから、その気持ちを出来る事ならば知りたい。
自分と同じ気持ちを少しでも抱いてくれているならば嬉しいと。
そうは思って薬をあおったのだから。

「へぇ…」

座り込んだ頭の上で静かな声が響く。

思わず顔を上げれば、穏やかな、それでいて悲しみを含んだ顔の男が新しい煙草に火をつけていた。

「へぇ…って…驚かねぇの?」
「驚くも何も…こりゃ罰ゲームか何かか?」

ご苦労な事だなと白い煙が銀時に吹きかけられる。

「罰ゲームってなんだよ?俺は…」
「今日は何月何日か」
「あ?ふざけんな!知らねぇ訳ねぇだろうが!四月つい…あ?」
いつものように激昂するわけでもない口調に土方が『嘘』だと端から思っていることを知る。

「そうだ。四月馬鹿っておちょくろうとすんのはテメーだけじゃねぇんだよ」
「そうじゃねぇって!偶々俺は…」
「あ?なんだ?ばれちゃマズイとかあったのか?」
ハンっと鼻で笑われ、さすがに銀時もカチンと頭に血が昇りかけた。

「違うっていってんだろうが!人の話に耳貸しやがれ!」
「ふざけるな!
 冗談で済む話とそうでねぇ話との区別もつかねぇ奴の話なんざ聞けるか!
 あぁそうか!返事を持って帰れとでも相手に言われてんのか?」
視線はそらされたままだ。
いつものように、真っ直ぐに挑む様に向けられる瞳孔の開いた瞳はこちらを見ない。

「聞けよ!俺はオメーに惚れて…」
だから、両手を掴み、顔を覗き込もうとして動きを止めた。

「嫌いだよ!テメーなんざ!これで満足だろうが!」
「!」
銀時は言葉を失った。
確かに予測はつけていた返事だった。
もしかしたら、そう思っているかもしれないからこそ、ひっそりと気持ちを知りたかった。
本当に嫌われているならば嫌われているで歩み寄りを考えようと。
だが、こうまではっきりと言葉に出されたならば、修復しようがない。

だから、言葉を失った。

「総悟の方がまだ過激だがマシな嘘つくぜ!よおく分かったそんなに俺の事嫌いな…」
「だから!俺は四月馬鹿の行事に乗っかったつもりはねぇんだ!
 本当はこんなストレートにいうつもりもなかった!
 こんなに素直に言ったって信じてもらえねぇのは俺が一番よくわかってら!
 どんだけオメーのこと気にしてたと思ってんだコンチクショウ!
 ってか!俺どんだけ口今日軽いんだ!?
 なんだ?なんでこんなにボロボロ言うつもりのなかったこと…あ?」
そこまで一気に怒鳴りあげ、ようやく気が付いた。
懐から坂本からの手紙を取り出し、再読する。

『自白剤とかそういうものではない』
『相手の本音を聞くことの出来る便利な薬』
『素直でない金時くんも』

まさかと銀時は自分の喉に手をあてる。

もしかすると、この薬は自分が『聞く』為に飲むのではなく、『相手に』飲ませて『言わせ』るものではなかったのだろうか。
もしくは素直に相手に伝えれられない場合に『伝える』為に飲むのでは。

自白剤という単語に惑わされたが、今の銀時の症状から考えると『本音』しか話せなくなる薬な気がしてくる。
黙ろうと思えば黙ることは出来るが、答えようとすれば嘘はつけない。

「…んだ…」
「万事屋?」
「あんんの黒もじゃ野郎!!紛らわしい事してくれてんじゃねぇぇぇぇぇ!」
思わず宇宙に向かって叫んだ。

「黒?もじゃ?」
「土方!今俺薬使われてて!ホントのことしか言えねぇ身体だから!」
掴んでいなかった、もう片方も拾い上げ、壁に縫い付けるようにして視線を固定する。

「薬?なにやってんだ!?テメーは!」
「嘘じゃねぇから!待ってるから!」
「な…なにを?」
「オメー、俺の事嫌ぇなのはわかったけど、俺はオメーが股開いてくれ…あが!」
最後までは言わせてくれなかった。
壁に縫い付けるように両手を塞いでいたために、足が来た。
銀時の股に膝が撃ち込まれ、地面にのたうつ。

「ちょ!銀さんの銀さんが遣い物にならなくなったらどうしてくれんの!」
「アホか!この…この…」

ふるふると拳を握り土方は俯いて肩を震わせているのを地面から見上げる。

「あ…れ?」

その顔があまりに朱く、口元が固く結ばれているにも関わらず、
最初に『好きだ』と言ったときのような絶望したような色は観られなくなっていた。

「毛玉なんざ好きになるわけねぇだろうが!
 今日が何の日がよっく考えておととい来やがれ!」


四月馬鹿に銀時が便乗したのだと思い『嫌われている』と傷ついてくれた土方。
四月馬鹿に便乗して、銀時に『嫌い』だと返した土方。

ただ、四月一日というお祭り騒ぎにのせられただけでは通じなかった。
ただ、そこにひとさじのトラブルのエッセンス。
自惚れでなければ、今度こそ『読み違い』はないはずだ。


「わかった。明日、会いに行く」

明日には薬の効用は切れてしまって、今度は素直に話せなくなっているかもしれないけれど。
薬はあと1本残っている。
次こそは土方に飲んでもらおうとほくそ笑んだ。


去っていく黒い隊服の後姿を見送り、ごろりと路地裏に仰向けに寝そべった。

何はともあれスタートラインとしては上々だ。
「さすが、結野アナ」と自分に都合の良い時だけ礼を言いたくなる。

建物の隙間から見える春の空を見上げて、最初のデートは花見がいいかもしれない。

何処かで啼いた鳶の声に、そんなことを考えたのだった。





『四月一日』 了





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