うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『薫風』




「菖蒲や菖蒲や、しょうぶやしょうぶや」


世は黄金週間とやらに入っている。
空は快晴。
澄み渡る青空に節句を祝う鯉のぼりがあちらこちらで棚引いていた。

初夏と呼んで差支えないほど、今日は陽が燦々と舞い降り、じっとしても少し汗ばむ陽気。

そんな中、本日かぶき町で何でも屋を営む一行はリアカーを引いて行商の真似事にいそしんでいる。


「菖蒲や菖蒲や、しょうぶやしょうぶや」

掛け声をかけながら、道往く人々に青々とした細長い葉を10本ほどを束ねたものを勧めてながら歩く。

「本日は端午の御節句ですよ〜、菖蒲湯のご用意はお済ですか〜」
「血行促進、腰痛、神経痛、冷え性にその他諸々、効果抜群アルヨ〜」

大抵の菖蒲売りはもう二、三日前に商いを始めているから、出遅れているのは明らかだが、それなりの売り上げが出ている。

ただ、午後に入り足を止めて、万事屋一行を呼び止める声は急速に減ってはきていた。

「銀さん、どうしましょうか?」

新八が残りの束を数えながら、尋ねる。
リアカーにはまだ30セット程の菖蒲が残されていた。

銀時は頭に巻いていた手拭いを外して、汗をぬぐいながら陽の位置を確かめた。
自由になった天然パーマが薫風に揺れ、汗ばんだ地肌を心地好く通り抜けて行った。

単純に考えて30軒分、日暮れまでになくなるとは考えずらい。
元手はタダなのだし、廃棄しても構わないといえば、構わないのだけれども出来るならば売り払ってしまうにこしたことない。

「お」

視界に真選組の地味な男が映り込んできた。
『30軒』ではないにしても、『広い風呂』であればいいのだ。
大人数が入る大浴場であれば、一度に使う菖蒲の数も必要になる。

「山崎さん!」
新八も同じことに気が付いたのだろう。
銀時は何て名前だったかと、少し間を置いて考えている間に、走り寄っていった。

地味なモノ同志通じ合うところがあるのか、変な連帯感があるらしい。
穏やかに言葉を交わし、話が付いたのか振り返って、大きく手を振ってくる。

「銀さん!買ってくれるそうです!」
「おぅ!毎度あり!」

良い商売になったな、と笑いながらリアカーごと山崎に近づく。

「うわ、結構ありますね。屯所の方に運んでもらえます?俺まだ戻れそうにないんで」
「そりゃ構わねぇが、ほら…代金とか、受け渡しとか誰にすりゃいいんだ?」
「あ…と、じゃあ…」
「副長さん?」
「いえ、副長は今日明日非番なんです、多分屯所は追い出されている筈だから…あ、ちょっと待ってくださいね」
銀時に説明しながら携帯をかけ始め、電話の先の相手に菖蒲を届ける旨を伝えている。

「吉村という男を訪ねてください」
「フクチョーさん、非番なの?いいご身分だね?」

山崎がすこし困ったような顔をして、先ほどの銀時同様に屋根の上の鯉のぼりを見上げた。

「副長、今日誕生日なんです。だから、局長が無理やり」
「あ?アイツ子どもの日生まれなの?」

イメージでなんとなく、もっと厳しい季節の生まれのようなイメージがあった為に聞き返してしまう。
そうなんです、似合わないでしょ?と地味な男は眩しかったのか、身内の話でくすぐったい気持ちになってでもいるのか眼を細めて応えた。

「へぇ…」

銀時も目を細めた。
ただ、それはあまり良い感情でない事は銀時自身がよく理解している。

(面白くねぇ)

単純にそれが一番最初に浮かんだ感情だった。

坂田銀時と土方十四郎はお付き合いしている仲だ。
新年早々、始まった関係であるから、まだ漸く5か月を超えたばかり。
五か月といえば、今だ蜜月と言いたいところであるが、忙しい恋人との逢瀬は同じ江戸の空の下にいるにも関わらず、なかなかままならない状態にあった。

目の前の地味な男に告げられた情報に少なからず銀時は苛立ちを感じずにはいられない。
恋人の誕生日といえば、一大イベントではないのだろうか。
爛れた恋愛とも呼べないような付き合いばかりしてきた銀時ではあるが、それくらいの知識も甲斐性もなくはない。

ただ、困ったことに、己のすでに出来上がった素直だとは言い難い性格と、
それまで喧嘩相手、いがみ合う仲というスタンスがあまりに長かった関係のために、今更相手の誕生日について尋ねることなど出来るはずもなく、
また、逆もしかりで、恐らく何処か同じような性質をもつ土方だからこそ、尋ねることも教えてくることもありはしなかった。

それはそれで仕方のないことだとも、いい歳した男が誕生日を祝うというのもどうなのだろうという感覚から気が付いていないフリをしていたのではあるが、
今、土方が大切にしている『真選組』の『腹心』とも呼べる『山崎』の口から教えられること、

そして、繰り返してみる。

「非番?」

連絡はなかった。
予め決まった休みについてはぶっきらぼうな口調ではあるが土方から聞いている。
それがドタキャンされることも決して少なくはない。
それでも教えてはくれていたのだ。

「銀さん?」

新八が菖蒲の束を掴んだまま、動きを止めた銀時の顔を覗き込んだ。
子ども達は銀時たちの関係を知らない筈だ。
土方が微妙な年ごろの子どもたちに、良い影響があるとは思えないと二人がいない時にしか万事屋を訪れることはなかったし、外で会う回数の方が多かった。

「なんでもねぇ。じゃあ、その樋口だとかいうやつに渡しゃ金もらえんだな?」
「吉村です!じゃ、お願いしますね!」

バタバタと本当に用があったらしい山崎は背を向ける。

「おい!山本くん!」
「山崎です!っと名前覚える気ないですよね!」
「副長さんって、朝から出掛けてんの?」
「…え?はい、そうですけど?」
呼び止めてまで尋ねられた内容に驚いたのか、分かりやすいようで、実は感情を隠すことに長けている監察が素で目を見開いていた。

こんな『誕生日』に、しかも連休を取らされながら、何処に行ったというのか。

「外泊届けは出てましたけど?」
「ふぅん」
土方が自らプライベートを話しているとは思えないが、明らかに銀時とのことは察しているのだろうと苦く笑う。

「じゃ、旦那俺、マジでそろそろ時間ヤバいんで!」
そう言い置き、地味な男は慌てて走り去ってしまった。



屯所に菖蒲を届け、一応とこっそり土方の私室を覗いてみるが、やはりそこに人影はなかった。
整理整頓された副長の執務室兼私室。
文机の上には決裁済みと未決裁を分けるための箱が置かれ、決裁済みの方がやや山を高くしている。
外泊するために、おおよそ昨夜まで根を詰めて仕事をしていたであろう姿が容易に想像出来た。

銀時への連絡はない。
以前、逢瀬のために使えないものかと休息所を持っていないのかと尋ねたことがあったが使う時間など然程ないのだから無駄なだけだと鼻で笑われた。
第一、そんな私邸を持っていたならば、年末に武州に帰っているフリをするために宿屋を探そうとしたり、居酒屋に居座ったりしていたはずもなく、またそうなれば銀時が自分の気持ちを自覚することもなかったのだろうが。

(なんにしても、どこに行きやがったんだか…)

誕生日、土方が生まれ落ちた日。
銀時に母の記憶はない。
だから、『母』というものを一般的な定義でしかしらない。
それでも、生物が子孫を残すために、母という生き物が出産というものにかけるリスクと強さは知っているつもりだ。
銀時の母も、土方の母も、当時まだ攘夷戦争がはげしい中、子を一人で産み落とすという行為は己の生死をも左右する作業だったであろう。

土方を生んでくれてありがとう。
十四郎生まれてきてくれてありがとう、と。

そんな風に素直に考えられるのは養父のお蔭だ。
少なくとも、そうやって人と人が細くも強く張り巡らされた縁でつながれ、生きていくと思う。
その中で、己の大切な人の糸を選び出し、引き寄せ、糸をより強固なものに補強していく。
そうやって、切れないものになっていけばいい。
歳を重ねる度に。
共に過ごす時間を増やすたびに。

初めての『イベント』だ。

(ちったぁ、空気察しろっつうんだよ)

普段の雰囲気も何も気にするでもなく、照れと意地で下ネタについつい走りぎみな自分が言うものなんなのだが、そう悪態をつきたくなる。

屯所の玄関の方から、いつの間にか消えた銀時を探しているらしい新八と神楽の声がした。

「うーい!今いく」

廊下に戻りながら、一度だけ振り返れば、文机に飾られた紅紫の花菖蒲が風で少しだけ揺れた気がした。





結局のところ、朝から山に入り込んで沼地から頂いてきた、言ってみれば元手がただの菖蒲がお宝に化け、珍しく潤った食卓になったのではあるが、銀時の気分はどこか未だ晴れずいた。
もちろん、外見からそんな感情の流れを見せるようなヘマをするつもりはなかったのではあるが、多少、隠すことも億劫になったこともあり、神楽は新八のうちに泊まりに行かせることしてしまう。
そうして、見送りがてらお登勢の元に家賃を持って行った時だった。

「「お」」
スナックのカウンターに黒い着流し姿の男が座っていた。

「おや。鼻が随分と効くじゃないか」
いつも通り、煙草を吹かせながらお登勢が口から煙をなびかせながら、掠れた特有の声でフンっと笑った。

「家賃払うのやめっぞ」
「何、馬鹿なことお言いだい?支払うのは当たり前のことだろう?ねぇ、副長さん」
「そうですね。馬鹿ですから」

ちびりとガラスに入った器に入った酒を口に運ぶ男の表情は穏やかだ。
逆の穏やかでないのは銀時の方で、どかりとわざと勢いをつけてその横に腰を降ろす。

「なになに?フクチョーさんてば、いつの間にババアんとこの常連さんだったわけ?つうか、鼻が効くって何?それに、オメー何フツーにここで寛いでるわけ?」

茶封筒に入れた家賃をんっとお登勢に押し付けるように渡しながら、一気に捲し立てる。

人がどれほどヤキモキしたと思っているのだと腹さえたってくる。

「なんだい、みっともないね。銀時。悋気かい?」
「り…んき?んなんじゃねぇ!ただ、銀さんはなぁ…」

すっとカウンターのウチから手がのびて、土方が飲んでいるものと同じデザインの器を置かれ、それにやはりガラスの徳利から酒が注がれた。

「副長さんはそいつをうちにもおすそ分けしに来てくれただけだよ」
変哲もない日本酒に見えたが、口元に寄せると、すがすがしい香りのする。

「これ…なんだ?」

どこかで嗅いだことがあると、記憶をたどる。
すると、店の端に飾られた花菖蒲の花が目に留まった。

「花菖蒲?」
指差して問えば、何故かお登勢と土方は顔を見合わせ、呆れたような顔でほぼ同時に銀時を見る。

「な、なんだ?」
「確かにそいつぁ。銀時、アンタ今日菖蒲売って回っているってガキどもに聞いたけど、まさか花菖蒲のほう、売って回ったわけじゃないだろうね?」
「あ?花菖蒲も菖蒲湯の菖蒲も一緒だろうが?」
引き続き、呆れられている声色は変わらず、さらに追い打ちをかけるように土方まで言葉を重ねてくる。

「違ぇよ。花菖蒲も菖蒲も、おなじ呼び方するアヤメも違う植物だ」
「へ?花が咲いたら花菖蒲で咲いてない葉っぱだけを菖蒲っつうんじゃねぇの?」
「花菖蒲とアヤメはアヤメ科の花で、あんな風に立派な花びらをつけるが、菖蒲はサトイモ科だからな。もっと地味な蒲の穂みたいな花しか咲かねぇよ」
「で、大丈夫なんだろうね?」
お登勢の視線がじとりと冷ややかだ。

「多分…一緒に取りに来てた地元のジイさんと同じの取って帰ってきたから」
「そうかい。で、そのお人は地主さんだったのかい?」
「………」
「テメーは…」
無断で誰の所有地だかわからない土地に入り込んで、取ってきたのは事実であるから答えようがない。
幕府の管轄かもしれないし、地主がいるのかもしれない。
呆れたように息をつく土方にむっと腹が立ってくる。

「で?この酒、オメーが持ち込んだんだって?」
「あぁ、姉がな…、持たせてくれた。柏餅もなんだからってな」

年末に帰らなかったことが、近藤にバレたと、苦笑しながら、またちびりと菖蒲の香りづけを施した酒を土方は口に運ぶ。

(そうか…帰ってたのか…)

それならば仕方もない。
土方のなかにどういう心境の変化があったかまでは分かるはずもないが、墓参りに行っていたのであれば、銀時に口を挟む余地はない。

(寂しい…っていうのも、なんか違ぇしな)

外泊届を出して、朝から武州に戻っていたというのに、今ここに戻ってきていることで良しとすべきなのか。

「それじゃ」

何事もなかったかのように、土方は器を空にすると立ち上がり懐から財布を取り出した。

「いいよ。こんな御節句のおすそ分けいただいてるんだ。その代わり、寄っておくれ」
「…じゃあ…次は必ず。ごちそうさまでした」
言い淀み、そしてほうっと大きく息をついて土方は珍しくはにかんだように笑い、出口に向かってしまう。

まるで空気のような扱いに、やや慌てて銀時は席を立った。

追う銀時の後ろでお登勢の忍び笑いが聞こえた気がしたが、かぶき町四天王に今更事を隠せているとも思いはしないから小さな舌打ち一つだけ。
そう言えば、いつの間にお登勢と土方は行き来を作っていたのだろうかと、考えながら、振り返りも、それ以上悪態をつくこともせず、黒い背を追って店を出た。



「土方!」

呼べば、いつも通り、口端に煙草を咥えたまま振り返った。

「テメーんとこ用の菖蒲酒もお登勢さんに預けてる」
「直接、持ってくりゃいいだろうが」
「あ?ガキどもが驚くだろうが。ちょっと迷ったんだが、縁起ものだからな」
端午の節句に菖蒲酒を飲み、邪気を祓う。
武骨な武装警察の恐持てどもを従えて、生涯バラガキと走る男であるのに、そんな古風というべきか、風流というべき行事もさらりとこなす。

「神楽…さっき、新八んとこ行かせたからよ」
寄って行けと親指で上の階を指示し、銀時は足を踏み出す。

「どうせ、屯所には帰れねぇんだろ?」

本当は一応は武州に顔を出したのであるから、今日は帰れないことはないのだとは分かっているし、年末の反省に宿を取っているかもしれないが、敢えてそう聞いた。

まだ、色々と言い訳が必要らしいツンデレな恋人のために。

「…今日は…」

予想通り、土方は言いかけて口を閉ざす。
そうして、ゆっくりと頭を振って二階への階段へと歩みを向け直した。

「仕方ねぇな」
「そ、いうことにしとけ。折角の悪ガキの祝いだろ?」

二段ほど、踏み出した足が停まった。

「テメ…」
物言いたげな顔が銀時を見つめてくる。

背中をバンっと誕生日の日付を教えてくれていなかった悔しさを多少こめて強く叩くと土方よりも階段を数段先に足を進める。

斜め後ろで舌打ちする音が聞こえたが、振り返りもせず2階部分まで登りきって万事屋の玄関を開けた。

「言ったろ?引き返さねぇって」

それって、『こういう時間』重ねていくってことだろうが?と多少小さな声になってしまったが、後から登ってくる土方の耳には確実に聞こえるであろう音量で告げ、家屋内に入った。

追ってくる足音に聞き耳を立てつつ、口もとに笑みを浮かべた。


戦争が終わり、かぶき町に流れ、いま、ここにいる。

また、新しい関係が動き出す。

この先何があるかなんてわかるはずもない。
あと、何回、生まれ日というものを一緒に過ごせるかもわからない。

それでも、『生きて』いれば、叶うものもある。
亡き師の面影が脳裏をかすめ、もう一度笑う。


そうして、登りきった足音の主を最後は強引に己の塒に引きこんだのだった。



『薫風』 了




土方さん!お誕生日おめでとうございます!
微妙に、一万打リクエストの『迷悟』の後日談です…






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