うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『夜陰』




「土方」


低く、いつものふざけたものでない声色で呼ばれるだけで落ち着かなくなる。

飢え。

本能のままに
どろどろになって
意識を持っていかれるまで貪って
奪い合って

呼吸を重ねて
体液を交換する。

嫌になる。
自己嫌悪の嵐。

「そんな顔してんじゃねぇよ」

かしりと、耳朶を軽く噛まれる。
土方は背後から抱きしめられる形で膝にのせられ、あらぬところで、あらぬ相手と繋がっていた。
後ろからなのだから、今土方の顔など見えるはずもないのに、確信じみた口調なのが気に入らない。
そして、情けない顔をしている自覚があればなおさらだ。

鬼の副長なんて呼ばれる自分が、時間が空く度に、普段はいがみ合ってばかりいる男に貫かれて、翻弄されているなど。

この銀色の前でも、いや男の前だからこそいつだって、強く、まっすぐ、対していたいと思うのに。

『みんなの銀さん』
そんな風に呼ばれて、半ニートなマダオのくせに、皆に慕われている男。
いざという時には、ちゃんと煌めいて、銀の光で人を魅了する。

秘めやかに、こんな風に身を繋げる間柄になっても、男の考えていることがわからない。
流れる水のように、見えないわけではないのに、掴むことができない男。
なんの約束もない。

それなのに、嫉妬心を
卑屈な虚勢を
作りあげ、自分ばかりが囚われて、余裕がないでいることなんて、知られたくない。

「あ…うぁ…」
緩やかな、嬲るような動きでも、すでに数回上り詰めた身体は快楽を拾いあげる。


「なに考えてんの?」

別に嫌な訳ではない。
こうして、ひとつに繋がる行為は。
(自由な風を独り占めできたような気になれるから)

ただ、近藤の元に無心に剣を振るっていられたら、それでよかったのに。
(それならば、きっと、毎日心は静かだったろう)

誰かのものになどなるな。
そんな言葉を吐く資格もなく。
(それは、己の一番を相手に捧げることが出来ないという罪悪感をも引き起こす)

それでも、羞恥を伴いながらも行われるこの行為を止めることが出来ない。
この憂鬱を伴っても。


「なに…も…」

虚栄だと。
刹那だと。
自分に言い聞かせながら、時折男が見せる執着のようなものにこの関係の持続を、一縷の望みをひっそりと託すのみ。

これまでのことを忘れ、消し去ることが出来たら、楽になれるだろうか。

「嘘つけ」

器用に、楔を穿ったまま、対面を向く体勢に変えられた。
「く…そっ」
イイトコロを掠めて、悪態をつきながら、増した衝動をやり過ごす。

「土方」
今の無様な顔を見られたくて、すがるように額を相手の肩に押し付けた。

「なぁ」
「嫌だ」
「なにも言ってないだろ?」
「うわ」
身体の奥で急に動かれ、驚き、思わず銀時を睨みつける。

「土方」

柘榴色の瞳が、こちらを見つめていた。
まっすぐに、強い力が宿った瞳。

「お前…逃げんなよ?」
「…な…」
「今更、無しとかねぇんだよ」
心の中を読まれていたような流れに顔が強張る。


「土方…」
「?」
銀時の指示す先をみれば、ベットサイドの時計はちょうど日付が変わったところだった。
小さな音を立てて、額に、キスが降ってくる。

5月5日00時03分

「え?は?」
土方の口から、誕生日の話をしたことはない。
だから、4日の夕方、ふらりと巡察先で出会って、誘われたのは、たまたまなのだと思っていた。
大体、いい歳をした男同士で誕生日もへったくりもないと。

「お前なぁ…どんだけ俺がお前見てると思ってんの?」
呆れたように、笑われる。

「知るか」
強がりしか、やはり出てきてはくれない。

「土方」
甘やかな声が耳朶を擽る。
後はただ、重なり合う息と
鼓動。

「満たすから」

相手の言葉が心臓が脈打つ速度を上げていく。

去年の銀時の誕生日に孕め、芽吹けと言われ、思わず、心の器から表面張力を超えて溢れた想い。
それを暗に潜ませた言葉。

吐息と共に、身体が浮き上がるほど下肢を突き上げられ、
そうでありながら、強い腕が完全には抜け落ちることのない程度に上体を抱きしめてくる。

息を重ねて、
身を繋げて、
それでも非生産的でしかない。

生命として芽吹くことはない。
それでも、ここにいていいのだと。

祝いの言葉などそこになくても。
名という『呪』で縛るというのか。
「満たす」と応えてくれるのか。

同じ時代に、
離れた場所で
生まれ落ち
全く、異なる経路を辿って、
それでも今向かい合う。

「土方」

貪って
奪い合って

呼吸を重ねて
体液を交換する。


後はただ、名を何度も何度も……。



『夜陰』 了



2012年土方誕生日SS『呪縛』を加筆改題




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