うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『五月晴れ』




高く澄み切った五月晴れ。

紫煙を口元から吐きだしながら、男は空を見上げ、その眩しさに目を細める。
公園や行楽地には子供連れが溢れかえり、
花のお江戸に観光目的で押し寄せていた。

人、人、人。
だれもが、浮かれる皐月の黄金週間も終盤。

男―武装警察真選組・副長土方十四郎は町を巡察に回る。

真選組にも休みがないわけではない。
皆、隊士たちも交代で連休を謳歌する。
シフトを組む立場である土方は、まず隊士たちの希望、力量、配属を考慮して休みを入れていく。
そして、『余裕』があれば自分の分をあてがうのだ。
だが、今年はその『余裕』がなかった。

「すまん。トシこんな日なのに」
「…別に予定なんかねぇんだから」
近藤が、本当に本当に済まなそうに詫びをいるのを聞いて、ようやく思いだしたぐらいだ。

今日が自分の生まれた日であることを。

近藤は何かと祝い事をしたがる性質だから、今晩は宴会だとかなんだとか言っていたが、それは明日からの隊務に響くからと断った。
第一、普段から厳しいことばかり言う鬼の副長の祝いの席など隊士たちもただ疲れるだけだろう。


風薫る五月。
新芽があらゆるところに芽吹き、萌黄色一色に染まる。

土方はこの季節が苦手だった。
嫌いだとは言わない。
ただ、苦手だった。

生命力にあふれた、この新緑が。
賑やかな街中の、
街路樹の木陰で、少しだけ瞳を閉じて、ぼんやりと思う。

バラガキとよばれるほど、我武者羅に、ただ真っ直ぐを目指して、走ってきたつもりだ。
別に今の自分のあり方に後悔などない。

自分の出自を恨むつもりもない。
自分が生まれてきたこの日に、何か感慨があるわけでもない。

閉じた瞼の先に木漏れ日があたる。
そろそろ、初夏の強さをもつ光は強さを持っていた。

変わらない。
武州にいる頃から、この季節の空は。
相変わらず、無駄に清々しい。


「銀ちゃん!さっさと行くアル!」
通りの反対側から少女の声が聞こえた。

ひときわと、賑やかな、気配が4つ。
年若い、奇妙な訛りのある天人娘の声と、
大きな4本足の生き物の息遣いと、
気の毒なほどツッコミ体質が身についている地味な少年。
それに、すこし遅れて気だるげに、ついていくブーツの音。

かぶき町名物万事屋御一行の気配。


「そうですよ!久しぶりに入った依頼料なんですから!少しでも有効に使わなきゃ!」
「あ〜、まだ特売開始まで時間あんだろうが!」
「ないですって!アンタが面倒臭がってなかなか腰上げないから!」
「銀ちゃん!ついでに酢昆布買っていいアルか?」
「1箱だぞ?米もそろそろヤバいからな」

別に気配を消していたわけではないが、木陰でじっと、黒い自分には気が付かなかったようだ。
そのまま、賑やかな声と気配が離れていく。
3人と1匹でどうやら買い出しに行くらしい。


(何してんだかな…)
そうして、ひとつため息をつく。

騒がしく、いつでも賑やかに、
人が万事屋・坂田銀時の周りには人が集まる。
普段は、怠惰を具現化したような態度を取りながら、
自分の信念は貫く、侍の魂を忘れていない男なのを知っている。
大勢に囲まれて、笑ってるのが、よく似合うと、土方はそう思うのだ。




「なんなんだ…」
今度は声に小さく出してみる。
そうして、くしゃりと長めの前髪を掴んだ。
顔にあたっていた木漏れ日が手で遮られ、目の裏の模様が変化する。


土方と万事屋坂田銀時は時折、閨を共にする仲であった。

最初はたぶん酔った勢いというか、酔って、妙な意地の張り合いをしている内にそういうことに及んでしまったのだったのだと思う。
その後は、偶然飲み屋で遭遇して、気分がのれば身を重ねるという『爛れた』もしくは『後腐れのない』関係を、犬猿の仲という表向きの関係の裏で続けていた。

しかし、なぜ、あの男は、自分のような何の取り柄もない男と寝るのだろう。
土方には理由など思い当らなかった。


自分には何もない。
近藤のような、人を惹きつける仁徳も。
沖田のような、天才的な剣のセンスも。
そして、坂田銀時のように、手の届く範囲を護ると誓えるほどの実力も。

羨ましい訳ではない。
強がりではない。

自分には自分の役割がある。
局中法度など作って田舎侍の体裁を強行に整えてでも、
汚れ役を、嫌われ役を買おうと、
それでも、それは土方が選んだ茨の道。

そんな何の特出するものを持たず、柔らかさも、華奢さもない、器量は悪くないといわれはするが、決して中世的な容姿でもない自分。

普段、街中で会っても、万遍なく、へらりと周囲に向けられる表情が土方に対しては打って変ったようにしかめ面と、悪態に変わる。
そして、それに、子どもと同じようなレベルで張り合うことしかできない自分。

それが基本であるにもかかわらず、
本当になぜ、そんな男を抱くなんて酔狂なまねを繰り返すのか?
性欲の処理というよりは、お互いを食い尽くすような、喧嘩の延長のような行為のつもりなのか。

(不毛なうえに、非生産的だな)

凡庸とした自分と閨を共にするのはやはり、気まぐれ、もしくは嫌悪だと考えるのが妥当だろうか。


これ以上なにも見ない。
求めてはいけない。
余計なものを視界に入れない。


既に、瞼にあたる日光は暖かいと通り越して、やや暑くなってきていた。


喧騒の中で、自分だけが個。


周囲が、浮き足立てばたつほど、心のうちは静かで。
やけに冷静に自分を自己評価して、
そして、迷い込むスパイラル。


近づけたと思ったら、突き離され、
では…と間合いを取れば、不意に懐に飛び込んでくる。

全く性質が悪い。

(いや、性質が悪いのはアイツでも、なんでもなく俺自身か)


閉じた瞳の中で、『期待』してはいけないと、自分に言い聞かせながら。
それでいて、薄目でつい周りを覗きたくなる。
本当はどんな風に自分は思われているのだろう。
それは、銀時の中においても、
隊においても。

「情けねぇな」

こんなに自分は弱かっただろうか。
嫌われ役には慣れている。
その筈であったというのに。

掴んだままだったV字前髪を手から解放すると、陽の光が瞼へと再び落ちてくる。


強い光。
春のような柔らかさも、
夏のような攻撃的な力も持たず、
それでいて、澄み渡り、広がっている。

空、空、空、空。
そして、色濃い、どっしりとした雲。
容易に予測できて、泰然と広がる五月晴れ。

「五月晴れがいけねぇのか」


やはり、自分の生まれた、この季節が苦手だと思い、苦笑を漏らた。




「土方」

声がかかる。
それは、
今、脳裏に描いていた男の声だった。
今度は気配に気が付かなかった。

他の気配はないから、おそらく坂田だけが戻ってきたのだろう。
だが、目は開けない。

「目、開けろよ」
普段のふざけた物言いでも、からかう様な響きも感じられなかった。

なだれ込んだ安いリネンの上で聞くような声。
街路樹の下で、こんな日の高いうちに聞く声じゃねぇなと、思い薄く笑う。
大体、なんで戻ってきたのだろう。
買い出しに行ったのではなかったのか?
やはり分らないことだらけだ。

「うるせーよ」

それだけ返事する。
いつも、無駄に深読みしそうになる言い回しは今は勘弁願いたい。

「今晩暇?」
へらりと笑う空気が零れる。

「生憎、そんな気分じゃねぇ」
「そんな気分て、どんな気分だよ?フクチョーさんてばエッチ」
言葉の最後の方は耳元でささやかれ、思わず顔に朱がのぼりかける。

「黙れ」
決して、静かな男だなんて思わないが、今は少し口を閉じていて欲しかった。
どれほど、その言葉に声に惑わされているかなんて、知られたくもないし、知りたくもない。

(あぁ、やはり、俺は怖いのか?)

「なんで、さっきから目閉じてんだよ?」
「だから、黙れ」
ただでさえ、ささくれていた心を悪化させるような言い争いを、せめて今日ぐらいはしたくない。

(本当はこんな男に惚れているなんてな)
銀時が土方と身を重ねる理由は理解できなかったが、自分の内側は明白で。


「わかった。黙るからよ。代わりにオメーは目をあけて、こっち見ろよ」
ボリボリと跳ね返った髪を掻く音が聞こえる。

何を持って、『代わり』などという言葉を使うかは不明だったが、一体なにを見ろというか、その誘惑に勝てず、そっと、開いた。
瞳はいきなり大量の光を収集してしまい、直ぐに焦点を結ぶことができなかったが、やがて、目の前にいる男の表情が写りこんでくる。


「なんかあんのかよ?」

問うが、こちらが黙れといったこともあってか、今度は銀時がだんまりを決め込んだようだ。
何があるわけでもない。
ただ、目の前に、銀時がいるだけ。

「用がないなら、もう行くぞ」
そういって、巡察に戻ろうとしたが、腰を引き寄せられ、止められる。

「だから!」
なんだっていうんだ?という言葉は銀時の口に吸いこまれる。

「お…い!…こ、こ…何処だと!」
「誰に何されて、誰に睨まれてるかよく見とけよ?」

日も高い、かぶき町の、街路樹の下。
決して、ネオン瞬く時間でも、薄暗い路地裏でもない、そんなところで。
空は見事な五月晴れの下で、水音を立てるような深い接吻を施されるなど。
力強く、後頭部を抑え込まれ、深く浅く、下が口内を蹂躙し、眩暈に襲われそうだった。

しかし、そんな中、ちりりと、首筋に何か感じる。

(これは…怒気?殺気とまではいかねぇが…あれ?)
まき散らす感情の視線は、一人のモノではなかった。

あちらこちらからのそれを、視線だけで探せば…

(あいつら…?)
私服姿ではあるが、どう見ても真選組の隊士から発せられるもので。

「そ、大事な大事な副長さんに変な虫がついたら困るって、みなさん張り込んでらっしゃるみたいだぜ?」
少しだけ、唇を離し、ささやくように銀時がそう説明する。
その間も、二人の唇は銀糸でつながれたままだ。

「まさか…」
「そのまさか。折角夜、お迎えに行こうと思ってたのによ。昨日からああやってガードされてちゃ、銀さん近寄れねぇよ」
「なんだそりゃ…」
銀時の言葉に、また、首を傾げる。
昨日は確か、屯所で一日内勤だったのだ。
まさか、屯所に顔を出したということなのか?

「やっと一人でいるオメー見かけたから、、神楽たち言いくるめて戻ってきたってのに
 なんだか置いて行かれた子犬みたいな顔してるし、
 その癖構ってくれるなオーラバンバン出してるし…
 どうしてくれようかと途方に暮れるだろうがコノヤロー」
「万事屋?」
唇を摺り寄せるように、近づけながら、ぼそぼそと話すものだから、逆に赤みかかった銀時の瞳の色にばかり、目にはいる。

「目を開いて回りを見て見ろよ。オメーは結構大事にされてるんだぜ?」
「…テ……」

(テメーはどうなんだよ?)
それを言わせてみたい衝動に襲われるが、それは飲み込む。

「だから、頑なに目ぇ閉じんな。周りの気持ちにも気づいてくれや」
「……解りづらいんだよ…」

隊士たちも普段は恐恐とした視線を土方に寄越す。
銀時にしても、無駄口ばかり、本当に欲しい言葉など、寄越されたことなどない。

(あぁ、やばい)
その思考流れでは、自分があたかも勝算があるような、期待を持てるような方向に向かってしまう。
必要以上に言葉を発する口からは、刃のような言葉しか、紡がれることはないというのに。

「銀さんがドSだから。口を開いたら苛めるような言葉しか土方くんに対して出てこないの。どこの中学生かと思うんだけどね。自分でも」
まるで、土方の思考を読み取ったような言葉が戻ってきた。

「じゃあ、黙ってろ」
「お、言ったな?不言実行しろってか?」
少し身をかがめたかと思うと、膝裏あたりからよっこらせと土方を持ち上げた。
バランスが悪く、まさに肩に荷物のように担ぎ上げられたような体勢にされ、思わず銀色の天然パーマを引っ掴む。

「いてっ!ちょっと!コラ!大人しくしなさいってば!」
「何すんだ?!下ろせ!」
「何って、夜まで待ってやれねぇから、お持ち帰り?」
何でもないことのように、不穏な言葉を銀時は口に出す。
そして、口をパクパクさせて、まだ平静に戻れないらしい隊士たちの前を悠然と歩いて抜ける。

「どこ行くんだよ?!」
「二人で祝えるところ。あ、黙れって言われたんだっけ?」
くすりと笑い、銀時は再びだんまりを決め込み、歩き続ける。
銀時に土方の生まれた日を教えたことはないはずだ。
だというのに…

「くそっ」
男の肩に担がれて、いつもよりも空が近い。


風薫る五月。

土方はやはり、春でも、夏でもないこの季節が苦手だと改めて思う。
皐月特有の白く、大きな雲。
苦手だけれども、目を閉じずに見上げた。

広い空には、たくさんの飛行機雲と、機影。
そして、五月晴れ。

変わらない日。

一つ年を重ねる今日の日をこうして過ごすのも悪くない。
腰に回された腕の強さ。
サボリ確定となるだろう事態に苦笑し、土方は身体の力を抜いたのだった。




『五月晴れ』 了





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