うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『願い』




ガランガラン


社頭の鈴が鳴らされる。

土方十四郎も、拝殿の前に立ち静かに手を合わせた。
銀魂高校3年Z組に所属する土方は受験生だ。

今日は気心の知れた同級生たちと初詣に来ている。
有名どころの神社ではなく、鄙びた小さな神社だ。

今回は何故か同級生でもあり、幼馴染でもある近藤がこの神社を強く勧めたためだった。

受験生が人込みでインフルエンザも貰ってくるという可能性もあることではあるし、もともと神頼りするような人間は周囲にいなかったので、特に反対もなくこの場所に決まった。


『願い』
合格成就
心身健全
就職成就
家内安全
病気平癒

(人の数だけ、いや、それ以上、願いなんてものはあるから、神様も大変だなと)

拝殿で手を合わせて、到底思うことではないのだが、そんな風に土方は思い、口端をほんの僅かに上げる。

ちらりと横をみると、近藤がやたらと眉間に皺を寄せてブツブツと願い事を捲し立てているようだった。

(願うこと…なんだろう?受験勉強なんて己の力でなんとかするもんだしな…何を…)

ちらりと頭の隅に思い浮かんだ人物がいた。

『恋愛成就』

確かに、これは土方の場合、神頼みでなければどうしようもない気がする。

容姿が整った方だと皆が称賛する土方は、女子からの告白は絶えない。
時としては校外からも声をかけられることさえある。

だが、当の本人には想い人がいるから、そんな声に反応したことが無かった。

選り取り見取りだと言われても、その想い人は自分を振り返る可能性などないのだから、宝でもなんでもない。



相手は、高校の担任教師だった。

国語担当のくせに何故か白衣を着て、
教室でもぺろぺろキャンディだとか、煙草だとか常に咥え、
教科書の下に週刊少年漫画を潜ませて授業をするような、
いつも死んだ魚のような濁った眼をしたやる気のない教師。

しかし、クラスの皆が知っている。
むちゃくちゃな、雑然とした問題児ばかりの3年Z組の皆が知っている。

やる気のない風をみせて、いつでも担任はさりげなく自分たちを見ていて、
問題があればそれとない軌道修正を。
本当にどうしようもないトラブルの時にはいつもの気だるさをどこかに追いやって、走って来てくれることを。

坂田銀八という教師はそんな男なのだ。



ただの憧れだと思っていたかった。
だが、銀八に告白する女生徒の姿を見た時、恋情であるのだと理解させられた。

自分には彼女のような告白は出来ない。

銀八は女生徒の決死の告白を受け止めたうえで、するりと断った。

そのことに腹の奥が、胸の中が、掻きまわされ、
頭が脳震盪を起こしたかのように揺れた。

女生徒を受け入れなかったことへの安堵。
その上で、断られ、逆に涙を浮かべながらもすっきりとしていたその子の顔。

自分には告白という手段すらない。

どう考えても、男同士だ。
どう考えても、巨乳が好きで、お天気おねえさんのフィギュアを所持していて、ナースのAVの話題でクラスの男子を盛り上がる自分より10近く年上の成人男性が、
大人の骨格、完成間近な男子生徒に告白されても引くだけだ。

恋心は、叶えられることもなく、
認められることもなく、
今この場で消し去ることも土方には出来ない。

このまま、卒業して、時が霧散させてくれるのを待つしかない。

(この恋心を消してくれ…なんてな…)

隣の人間が入れ替わった気配を感じて、結局何を願うでもなく、瞳を開く。

視線を感じて隣に何気なく目をやれば、先ほどまで思い描いていた銀髪が立っていた。

「よぉ」
「せ…せんせ?」

私服の教師はいつもとまた異なって見えた。
派手なスタジャンに、ビンテージジーンズ、首にはグルグル巻きの赤のマフラー。
マフラーで跳ね返る呼気の所為で少し曇った眼鏡の奥で赤みかかった瞳が笑っていた。

「何、そんなに一生懸命願ってたんだ?」
「いや…それが…」
何も思いつかなかったと正直に話そうかと思っていた言葉を飲み込む。

「ん?え?まさか、土方も叶わぬ恋だとかいうんじゃねぇよな?」
「へ?」
「だって、ここ恋愛成就で有名な神社だろ?」
「え?そうなのか?近藤さんが選んできたからよくは…」
それで、あんなに熱心に願っていたのかと、苦笑する。
共に参拝に来ていたメンバーは皆一足先におみくじを引きに行ってしまったようだった。

「あぁ。なるほどゴリラな。志村姉が女子大希望だから卒業までにって焦ってるんだろうなぁ」
こりゃ、ストーカー行為が3学期に更に激しくなるってことかよと、首の後ろに手をあててコキコキを捻ってみせる。

「先生こそ…なんで?」
この神社の御利益を知って参拝している銀八はなんなのだと、聞きたくて聞きたくない。

「あ〜、ここ、振る舞い酒、甘酒なんだよね。それがまた美味いんだ」
「そっか。先生らしいな」
甘党の銀八らしい理由に納得して思わず気が抜ける。

「で、土方は何をお願いしてたんだ?」
「ん…何も…何を願っていいのかわからなくって」
拝殿を見上げ、そして宮の奥を見つめる。

「神様が…恋愛の神様がいるなら、なんで叶えられないようなもんも放置するんだろうな」
「土方は…」
担任は隣で息を詰めたようだった。
何か気が付かれたのかもしれない。
それはそれで、もういいような気もした。

ここは神様も前だそうだから。

「本来な『お願い事』つうよりも、『誓い』らしいな。
 神さんも努力なしの奴は救う気がねぇ。
 努力と実践の誓いをすっから、見守ってくださいってな」
「誓い…」
「そ、だから、叶えられないかどうか最初から試合放棄するような奴は放置だろうよ」
納得できなくないが、『叶わぬ相手』から、『叶わぬ恋』については応援されても、と失望が胸で疼いた。

「新年早々、手厳しいな」
「ドSですから」
「そうだったな」

苦笑する土方の横で、銀八は財布から500円玉を取り出し、少し眺めてから賽銭箱へ転がした。
柏手を打ち、手を合わせる。

「今年が勝負です。無事に馬鹿どもが卒業させてください!」
大きな声で突然口にするから、驚いてその横顔を凝視する。

そして、続けて打って変った小さな声で呟くように言った。

「想い人が卒業までに振り返ってくれますように」

「それ…願い事じゃねぇか。普通に」
「ツッコむところソコか!そこなのかよ!」
土方の言葉にはじかれたように、銀八は手を合わせ俯かせて顔を上げると、土方の両肩を掴んだ。

「だって…」
そこしか突っ込めなかった。
『想い人がいる』という部分にツッコミをいれる勇気もなかった。
いい大人である銀八に恋人やその候補がいてもおかしくはない。
動揺していないわけではないが、何度も何度もそう言って自分に言い聞かせて、
何度も何度も想定していたのだから。

「違うだろ?前半は『誓い』後半は、『願い事』なんです!これは」
「そ、そうなんですか…」
覗きこまれる瞳に何故かうかがえる必死さに驚き、敬語になっていた。

「あれ?なに?先生の読み違いか?え?一人で浮かれてたの俺だけか?勘弁しろよ」
「なんなんだよ?アンタは?」
掴まれたときと同様のいきなりさで肩を離されると、俯いてしまった。

「いや、もういいわ…あ〜恥ずかし」
「オイ!気になるじゃねぇか!『誓い』は神様にするんだろ?じゃあ『願い事』は…」

一体誰にしたというのだ?


先に階段を降りていく、少し猫背ぎみの背を見おろしながら考える。

この場にいたのは神様と、銀八と、そして自分。



「先生!」

ちらりと恨めしそうな顔で担任が振り返った。

「俺!現代文得意じゃねぇの知ってんだろ?模範解答は?」
「自分で考えろ!冬休みの宿題だ!」

もう、銀髪頭が振り返ることはなかったが、どこか、顔が赤く見えたのは甘酒の性ではない筈だ。

「ま、マジで…?」

おみくじやお守りを買っていた近藤たちの呼ぶ声がする。
期待に緩む頬をぐいぐいと痛くなるほど擦り、その声の方へと走ったのだ。





『願い』 了




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