うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『2双の気持ち』




「いいでしょ?万事屋、皆でお揃いネ!」


桃色の髪の少女に土方は足を止めた。
公園で友達に新しく買ってもらったらしい手袋を自慢しているらしい。


「副長?どうかされましたか?」
共に巡察していた隊士が
それに倣って足を止める。

「いや…なんでもねぇ」
ポケットに突っ込んだ手を握りしめ、また歩を進め始める。

ガサリとその拳の中で紙が潰されるような音がひそやかに鳴った。





昨年の師走のことだ。
警視庁長官松平片栗虎の独断でいつものキャバクラに将軍を連れて来ていた。
よりによって、街が浮かれるクリスマスの日にだ。

当たり前のことながら、真選組はその警護にあたる。
『スナックすまいる』内を近藤が、店外を土方がそれぞれ指揮していた。

(寒いな…)

吐く息が白い。

街はイルミネーションが瞬き、緑色と臙脂色に塗り分けられている。
悴んだ手をポケットから取りだし、擦り合わせてみるが大した効果は得られない。

「手袋、すればいいのに」
一瞬、店内の賑やかな音が溢れた後に、気だるげな声が聞こえた。

「手、冷たくねぇの?」

土方が返事をしなかったのは、まさか声の主が自分に話しかけているとは思っていなかったからだ。

「やっぱ冷てぇじゃねぇか」

そこで漸く土方自身に話しかけられているのだと気がつく。
外気で冷えた手を、室内から出たばかりの温かい手が握ったからだ。

「何しやがるっ!」
「やっとこっち見やがったな」
へらりと笑ってそこにいたのは『万事屋銀ちゃん』の主だった。

「テメーは大人しく店で飲んでろ!」
離そうとしない手を振り払おうとブンブンと振るが外れない。

坂田は一般人に混ざりたいという将軍の要望を叶えるため、
エキストラ役としてやって来ていた。
店で飲んで雰囲気を盛り上げることが仕事なのだ。

「ちょっと休憩。大丈夫だって。
 将軍今いつものもっさりブリーフ1枚で鼻の下伸ばしてっから」
「そうか」
将軍を囲んでというのは中々変な冷や汗と緊張感を伴うものだから、
息抜きというのもわからなくはない。
わからないのは、普段から顔をあわせれば喧嘩にしかならない土方に進んで話しかけ、あまつさえ手を握られているこの状況だ。

「何で手袋しねぇの?」
「…刀、握んのに邪魔だ」
あぁ、なるほどと漸く手を離し、自分のジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。
急速に冷えていく指が、手のひらが。

(何、欲張ってんだか)
そう土方は自嘲ぎみに笑う。

密かに想っていた。
目の前の銀髪天然パーマの男を。

強い剣の腕に、
緩い態度の奥に普段は隠された強い魂に、
憧れた。

憧れだったはずだ。

憧れていたからこそ、認められたいと思った。
自分という存在を。
『土方十四郎』という存在を。

だから、意地を張った。
様々なところで。
花見で。
馴染みの定食屋で。
サウナで。
屯所の幽霊騒ぎで。
ゲーム機の争奪戦で。
雪山で。

共に歩むのではなくとも背を任せる機会も増えてきて、
妖刀騒ぎで。
見廻組との一件で。
江戸城で。

いつしか、ふらりふらりとクラゲのように街を漂いながら、
人々に慕われ、何だかんだと面倒のいい男の視界に自分も入りたいと思うようになってしまった。

それでも、自分の想いは相手には到底理解不能なもの。
これまで通りで、犬猿の仲で、意地を張り合う仲でいいと思っている。

酔っているのであろう男の行動に翻弄されてるのはおかしなこと。


「ほい」

土方の想いを余所に再び暖かさに手が包まれる。
みると、左手だけ藍色の手袋が付けられていた。

「なんだこれは?」
「これは手袋といってだなぁ」
「んなことはわかってる!なんで俺に付けるんだ!」
ジャンパーから引っ張り出された手袋を何故自分なぞにつけるのかと。

「左手だけなら邪魔になんねぇだろ?つけとけ」
「んな問題じゃねぇ!気持ち悪いことすんな!」
「ひどっ!銀さん傷ついたよ!これ慰謝料もん!今日の報酬に上乗せしとけよ!コノヤロー」
「あぁ?テメーらしくねぇことしてんじゃねぇよ!調子狂うだろうが!」
正直な話だ。
いつも喧嘩、罵り合いがデフォルトの二人に気遣いは不自然すぎる。
何か裏さえあるのではないかと疑うほどには。

「まぁまぁ、こんな時は素直に受け取っておけ。まだ外で待機なんだろ?いざって時にかじかんでちゃ仕事になんねぇだろうが」
言うことがもっともなのがまた、腹が立つところだが、じんわりと指先に、顔に、火が灯ったように暖かくなってきたので、それ以上抵抗するのを止めた。

「あ、それ返さなくていいかな!安物だし!
 きっとマヨの酸っぱいのとヤニ臭いにすぐ染まっちまうだろうからな!」
「てめっ!ならもう片方も寄越せよ!右手だけ残してても無駄だろうが!」
「いやです〜!土方だって、左手しか使わないんだろう?もう片割れは銀さんのですぅ」
「語尾を伸ばすな!」

「銀さんんんんんこのマダオがどこに行ったんですかぁぁぁ」
メガネの少年が消えた坂田を探している声が店内から聞こえてくる。


「おっと、戻ろうかね」

同時に、開かれた扉の隙間から、松平の一際大きな声と、近藤の悲鳴らしきものが、外へと毀れる。
すまいるは予想通りの無法地帯らしい。

ガシガシと銀髪をかき混ぜながら、坂田は戻りかけ、ふと足を止めた。

「土方。メリークリスマスな」
「は?」

聞き間違えかと問い直す間もなく扉は再び閉じられる。

「な、なんなんだよ…」

残された片方の手袋。
銀時のイメージとは少し異なる深い藍色。

それを何もつけていない右手で包み込んで土方は白い息を大きく吐き出した。









そんなことが昨年のクリスマスにあった。
銀時とはその後も様々なところで出会っているし、
口喧嘩も、殴り合いも、意地の張り合いも相変わらずだ。

お互いに手袋の事には触れていない。

きっと気まぐれだったのだろうと思う。
なぜ、その場に持っていただろう右手の手袋もまとめて渡さなかったのかという疑問は残るが。

12月の頭に、チラシ配りをしているのを見つけた時に、銀時の手には手袋はやはりなかったから、今年、土方は用意した。

銀時の瞳のような深い深い赤の手袋。

偶然でも、このクリスマスシーズンにあの銀髪を見つけたならば渡してみようと思っていた。
銀時は覚えていないかもしれない。
それでも、意趣返しというか、言い訳にはなるかと思った。



けれども、聞こえてきたチャイナ娘の声。

「必要なくなったな…」

隊服のポケットの中に数日入れたままだった包装は少しくしゃくしゃになっている。

今年は久々に何もないクリスマスだった。
その代わり、きっとこれから年末から年始にかけて、慌ただしくなるのだろうが。
今晩は珍しく将軍も松平も攘夷浪士も騒ぎ出す様子はない。


通常通りの巡察。
近藤は、お妙へのクリスマスプレゼントがまだ決まらないと休みを取って買い物にでかけたままだし、
沖田は今晩はSMクリスマスパーティだと何かだ分らないイベントのために部屋いっぱいに悍ましい道具の数々を並べてブツブツ言っていた。
出かける前に、庭でミントンをしていた山崎は殴り倒してきた。

「おい!煙草買ってから屯所に戻るから、テメーは先に帰っとけ」

午後5時一応勤務時間は終了した。




師走の日の入りは早い。
多少の薄暗さを醸し出し始めていたので、ツレの隊士を先に帰らせ、土方はコンビニに立ち寄る。

レジでマヨボロをカートで頼み、ポケットのモノに気が付いた。

「あの、アンタ」
レジを打っていた草臥れたサングラスの店員に声を掛ける。

「これ良かったら使ってもらえねぇか?」
「え?」
濃い色のサングラスで表情は判りづらいが当惑しているのが伝わってきた。

「男もんの手袋なんだが、渡そうと思ってた奴、すでに買っちまったみたいでよ。捨てるのも勿体ねぇし…もしも…」
「え?でもいいの?そりゃ俺は有難いけれども!段ボールは寒い…し…」
男は一度伸ばしかけた手を止めた。
正確には、止められた。

「万事屋?」
「銀さん?」

差し出す土方の手首をいつの間にか現れていた坂田の右手が掴んでいた。

「長谷川さん。ごめん。これ銀さんのなんだわ」
「あ、そうなの?」
「ちょ!何勝手な事言って…」
いつも通りの文句を言おうとして、止まってしまった。

土方の手首をきりきりと掴む手には藍色の手袋。
レジ袋をもつ左側は素手だった。

「とりあえず、ちょっと来い」
訳が分からないまま、外へ連れ出される。



木枯らしが吹いた。
今晩は雪の予報は出ていなかったと思うが、空は重たい雲に覆われ寒さを強調していた。

ぐいぐいと引かれていくが、何処に向かっているのかも分からない。
暫くすると、前方に見えてきたのは『スナックすまいる』だった。

「おい!」
そこまで来て、ようやく速度を落とした坂田の背を反対の腕で小突く。

「それ」
「あ?」
「その手袋、俺になんだろ?何長谷川さんにあげようとしてんの?」
振り返った顔はいつも通りのやる気のない顔だったが、どこか拗ねた様な子どもじみた表情をそこにのせていた。

「テメーのじゃねぇ!」
「じゃ、誰の?」
「誰…、誰にでもいいだろうが!ってかテメー何開けてやがんだ?!」
パリパリと包装が開けられ、中から手袋が姿を現す。

「長谷川さんにあげるぐらいなら俺がもらってもいいよね?」
「テメーは、テメーんとこは万事屋は揃いの買ったんだろうが?必要ねぇだろうが!」
「あぁ、なるほどね。
 揃いっつってもマフラーと手袋と耳あての3点セット3人で分けただけなんだけど」
不機嫌そうな眉間が少し広がり、坂田の顔から少し険が消えた気がした。

「やっぱ、これ俺のじゃん」
さっさと銀時は土方の買ってきた赤の手袋を左手にはめてしまう。
そして、何を思ったのか、勝手に土方のポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。

「おい!」
「ほい、手貸して」
土方の手にも手袋を被せた。
新しい物と、土方が持ちあるていた去年銀時からもらった藍の手袋。

「ほら、ちょうどいい」

銀時の右手と土方の左手に藍色。
土方の右手と銀時の左手に赤色。

向かい合わせに左右の手をそれぞれ合せられる、

「な…」
状況が呑み込めず、言葉が出てこない。

「こっち、持ち歩いてたんだからオメーもそういうことだろ?」
な?ほら、言うことは?急かすように銀時が一歩前にでる。

去年この場所で、そういえば、銀時が言ったのは…


「め、メリークリスマス?」


一瞬、銀時の顔が引きつり、次に深く深くため息をついた。

「ま、いいことにすっか」


そうして、左右お互いの目の色を模した手袋を合わせたところで、
バンっとすまいるの扉が開かれた。

「もう来んな!ゴリラぁぁぁぁぁぁ」

勢いよく飛び出してくる黒い塊を二人は左右に割れて避けた。

「近藤さん!」
「ああ、もうゴリラはいいから行くぞ!」

「うお!」
土方の身体が半ば引きずられるように、動きはじめる。

去年とは同じようで、どこか違って見えるイルミネーションと、
緑色と赤のコントラストで彩られた街を
そうして、駆け抜けた。






『2双の気持ち』 了




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