うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『怪物』




何かが心の中に巣くっている。

じわじわとそれはいつか食い破って出てくるのだろうか。

白夜叉と呼ばれていた頃、
白い髪と赤い眼で、
異形だと、
化け物だと言われていた時だって
そんなものは、心のうちに住んでいなかった。

松陽先生が連れて行かれた時にも、
次々と倒れていく仲間たちの躯をそのままに戦場を駆けた時にも

感じたことのない化け物が
どんどん、この胸の奥深くに巣くっている。

絶望という名の闇が身を沈めようと手招きするのとも異なる。

これまで感じたことのない違和感に、
俺の脳はどう対応していいのかわからない。


こんなことはなかったのだ。
こんなどろどろとした感覚なんて。



団子屋で晴れた空を、流れる雲を
行き交う人々の群れを眺めながら、
正体のわからないモノの正体について考える。

解っているのは、
それが蠢くのは一人を見つめる時。
それが胸を腹を食い破って出てこようとするのは、一人と言葉を交わす時。





雑踏の中に、彼を見つけた。

相手の瞳が俺を捕らえて、声をかけられる。

万事屋、と。
名前ではなく、屋号で問題の彼が俺を呼ぶ。

だから、半ば意地のように知っているくせに彼の名を呼んではやらない。
多串くんじゃないのと。
そう、返事をする。

すると、彼は真っ直ぐにその瞳孔の開いた瞳を
挑むかのように、自分に向けてくれるのだ。

だから、軽口をたたく。

声が返ってくることを、楽しいと思いながら、
内容が己を罵倒するものだと分っていながら、

そして、最後には胸が締め付けれるような痛みの襲われることを知りながら。


今日は、くだらない内容で言い争っている最中に彼の携帯が鳴った。

己の認めた大将が一番の土方。
自分の居場所だと決めた茨の道を歩もうとする土方。

真っ直ぐに伸びた背筋を、
睨むように強い視線を、
そして、その生き方を、美しいと人は言うだろう。

電話を取って、部下からの報告に眉を顰める横顔。

数日ぶりに会えたというのに、今日の時間はお終いらしい。

ぱちんと閉められた携帯電話にフリップ音にまた腹の中で何かが蠢き、
その違和感に、
その痛みにブーツの靴先を睨みつけることでやり過ごす。

これを、
この化け物を外に出してはいけないと、
それだけは本能のレベルで解っていた。

きっと、『コレ』の暴走を誰も止められなくなる。
腹の中を食い破り、出てくるのか、
臓腑を通り抜け、口から出てくるのか、わからないけれども。

出てきたモノは、
律儀にもテメーも働けよと言い捨て、この場を離れた彼をきっと追う。

いつだって、『コレ』のベクトルは彼に向いているのだから。






日差しが正面に立った人で遮られ、自分に顔に陰が落ちてきた。
顔をあげると、そこに一度走り去ったはずの彼がそこにいた。

どうやら、様子がおかしい自分を、
犬猿の仲の自分を案じて思って戻ってきたらしい。

素っ気なく物騒に見える男だが、実は人が良い。
誰にでも、そうやって気をかけることのできる男なのだ。

そう思い、またしくりと痛みが全身を駆け巡る。

なにか声を掛けてくれているようだが、耳に入ってはこない。

どうぞ、そんな優しさの欠片を自分に触れさせないで。
きっと、それを突破口にこの化け物は出てきてしまう。


彼の手が、何も答えない自分の肩を掴んだ。

「土方…」

珍しく正確に名前を呼んだ為か、相手の眉間にいつも以上の皺が刻まれた。

「すまねぇ…」

何かが心の中に巣くっている。
その化け物の正体を知ってしまった。

それはいつか食い破って出てくるだろう。
きっと、近い将来。

その時はごめんなさい。
どうか、俺と一緒に食われてやってくれないだろうか。

そう考えて、ようやく俺は気が付いた。


すでに遅かったのだと。
共に喰われることを、
共に堕ちてくれることを願っている自分。

得体のしれないそいつはすでに己の中を支配してしまっていたのだ。

「すまねぇ…」

もう一度、詫びを口にして、心配そうな顔をする男の腕を掴んだのだ。


這い出てしまったモノの正体に
俺は、名を付けてしまったから。






『怪物』 了





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