うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『cause to work』






爽やかな秋晴れの朝。

ゆりかごから戦闘機まで幅広い分野でその社名を轟かせる総合商社・松陽。
その本社ビルの最上階。
重厚な扉が強く弱く二度ノックされた。


「おはようございます」
到底、事務仕事をするには向いていないクッションの効いた椅子に埋もれるように銀髪の男が座っていた。
その死んだ魚のようだと評される目が声の主へゆらりと上げられる。

「社長。本日の…」
「嫌だ」
青灰色の強い眼光をシルバーフレームと長めの前髪の奥から放つ凛とした雰囲気の男・土方十四郎は構わず続ける。

「本日のスケジュール…」
「だから嫌だって!」
「いい加減にしろよ!こんの天然くるくるパーが!」
土方は、二回目の拒否の言葉にそれまでのいかにも秘書の鑑のような態度を一変させ、チンピラのような凄みをきかせながら、デスクを手帳で殴り付けた。

「ひどっ!仮にも雇用主だよ?俺!しかもオメーの上司なんですけど?」
銀髪の男・坂田銀時はわざとらしく、肩を竦めながら、揺れた机の振動から守るようにマグカップを引き寄せる。

「働かねぇ、動かねぇ、我儘ばっか言ってる糖尿、腐れ天パには丁度いい扱いだろうが?」
「糖尿じゃねぇよ?まだ」
マグカップには桃色がかった乳白色の液体をちびりと飲んでみせる。

「阿呆。この間の健康診断、要再検査だったんだろうが?」
「げ!ばれてた?」
「ほんっと!テメーは馬鹿だよな…社員の健康診断の結果、確認すんのも俺の仕事だろうが!それが社長であってもな」
「仕事熱心すぎ…」
バリバリと跳ね回った髪をかき混ぜて銀時はため息をつく。

「と、言うことで坂田社長、本日は朝10時から…」
「だ・か・ら!今日ぐらい休ませて!」
容赦のない言葉に三度抵抗を試みた。

「駄目だ。今日は10時から新商品のプレゼンと12時には寺田社長との会食がある!」
「うへぇ…ババアとかよ…」
「そうだ。あんだけ世話になってて、サボるわけにはいかねぇだろうが」


坂田銀時がこの会社を引き継いで、そろそろ五年になる。
社会貢献のためなのか、ただの子ども好き、人間好きが高じた結果なのか先代は身寄りのない子どもを数名引き取っていた。
銀時もその一人だった。
その養父の突然の死。
降ってわいた後継者への指名。

大企業を大学を出たばかりの青二才がいきなり回せるはずもなく、古参の経営陣や関連企業に助けられてきた。
寺田綾乃もその一人。

「後が怖ぇか…」
「そういうことだ。しゃきしゃき今日も働きやがれ」
「鬼…」
容赦がない秘書をそう詰れば、一向に気にした様子もなく返してくる。

「鬼で結構。それが秘書の俺の仕事だからな」
遠慮がないのは嫌いではない。
会社のトップに立って、いやと言うほどお為ごかしは見てきて、聞いてきた。

「で?」
「あ?」
ちょいちょいと手招きすれば、有能な秘書は上司のすぐ側に寄ってきた。

「ただ今9時すぎ。プレゼンまで1時間弱」
「それまでに資料を…って、うお!」
タブレット端末を起動させようとした腕を銀時は掴んだ。
資料のかわりとばかりに広いデスクの上に土方の体が乗せられる。

「もっと有効なことに使いたいんですけど?」
顔を寄せて、押しかかり耳元で囁けば銀時の下で敏感な身体は、ぶるりと震えた。
「…朝っぱらから盛るな…」
「エロい土方君がいけないんですぅ。あ、でも古今東西秘書ってのはエロいもんか」
れろりとワイシャツの襟元にそって舌を這わせればすぐに白い肌が朱にそまった。

「どうして、そう親父趣味何だか…」
「なんとでも?俺趣味悪くねぇもん…」
「だから!やめろ!」
その台詞ほどには強い抵抗はない。

「折角の誕生日なんだからさ、朝から幸せにしてくれてもいいじゃん」
「ったくどうしようもねぇ社長だな」
ただ呆れたふうに天井を仰ぎ見るので、お許しが出たと判断して眼鏡の弦を一度指でなぞってから引き抜いた。

「歳を重ねるごとに銀さんの銀さんはスペック上げてくからね」
顔をそっと寄せ、唇を舌でノックする。

「頭ん中は成長しねぇのか?」
「どうやって土方啼かせようかってことは日々学習してるつもりだけど?
 ところで十四郎?」
秘書と社長の情事だなんてAVの世界だけかと思っていた銀時だが、本気ならば、恋人と公私でともにいることの出来るなかなか良いポジションだと思う。

「プレゼントは?」
ただ、その特典をツンが99%な土方が自分から行使することはほとんどないのだが。

「昼から週末までの休暇」
「は?」
そう思っていた彼が発した言葉だとは思えず、しばし沈黙してしまった。

「………マジでか?」
「半期決算の結果が良かったからな」
(よっしゃあ!キタキタキタ、デレ発動!!)
内心、ガッツポーズをしながら、それでも土方が弱い低めの声を意識して耳元で囁く。

「…もちろん、有能な秘書殿も一緒に休暇にはいるんだよね?」
「そこは、社長次第だな…」

「十四郎…」
ここで一回くらい今から致しちゃっても…と掴んだままだった腕を離し、ベルトに手を伸ばそうとした。

「と、いうことで!まずは働けや!」
浮かせたために出来た身体の隙間からするりと土方は抜け出し、先ほど机に叩きつけた手帳で今度は銀時の頭を殴りつける。
お蔭で銀時の身体は再び椅子に沈み込んだ。

「ぶ。ちょっと!!大事な旦那さまの頭脳になんてことすんだ!オメーはっ!」
「誰が旦那だ?!腐ったぬるぬるの頭ん中のくせして!」
「いいんだよ。どうせオメー専用なんだから」
「っ!」

ビーっと内線が鳴り、恐る恐る秘書室の山崎の声が電話機のスピーカーから社長室聞こえてくる。
「あの…お取り込み中すいません…」
「「なんだっ?!」」
「そろそろ…」
時計の針を見ると、移動時間を考えるとそろそろ出なくてはならない時間。

「邪魔すん…」
「今行く!!」
銀時の声にかぶせるように土方が怒鳴り、眼鏡をかける。

「では、坂田社長」
「へいへい。働かせていただきますよ」
土方の手が延ばされて上司のネクタイを引っ掴み、乱暴に椅子から無理やり立ち上らせた。

(働く理由は人の数だけ、生き物の数だけたくさんあるけれど)
銀時は苦笑した。

「お誕生日おめでとうございます」

こうして、結び目を締め直しながら、鼻先を寄せてニヤリと色の漂う声で土方が囁いてくれている誕生日。

(こんな毎日のために、また一つ歳を重ねるために働く…っていうのも有かな)

そんなことを考えながら、坂田銀時社長は2012年の誕生日を迎えたのだった。



『cause to work』  了

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