うれゐや

/ / / / / /

【短篇】 | ナノ

『万聖節前夕』




「とりっくおあとりーと!」

パチンコ屋を項垂れながら出て、万事屋へ戻る途中のことだ。
くいくいと着流しの袖を引く手に出会う。

振り返るとそこにはお化けの仮装をした子どもがいた。
すっぽりとかぶった白い衣装。
顔は見えないが、大きさから察するに5歳ぐらいだろうか。

「とりっくおあとりーと!」

銀時が何も反応しないからなのか、子どもはもう一度言った。
ここ数年の急速な天人文化の浸透は目覚ましく、10月は『はろうぃん』なるものが横行し始めている。
なんでも、天人の聖人をお祝いする日だとか、秋の収穫を祝い故人を偲ぶ祭りだとか、起源はいろいろ聞かれる。
しかし、江戸では、子どもたちがお化けの恰好をして、近所の家々を「Trick or Treat(なんかくれ!さもないといたずらするぞ)」と言いながら、菓子をねだり歩く行事、もしくは大人たちが思い思いの仮装をして、どんちゃん騒ぎをする口実にする行事だと銀時は認識している。


「お菓子をくれないといたずらするぞ!」
気がつくと、色とりどりに仮装した子どもが、わらわらと集まってきていた。

「糖分なら俺が貰いたいぐらいなんだけど?」

パチンコ屋でチョコのひとつも糖分が確保出来なかったのだ。
まぁ、本来本日稼ぎたかったのは、久々に夜訪れる恋人との逢瀬の為の軍資金だったのだが。

「とりっくおあとりーと!」

「お菓子をくれないといたずらするぞ!」

差し出されたかごには、すでに何処かで手に入れてきたらしい、はろうぃんカラーにパッケージされた甘味の数々が入っていた。

「なんだ?くれんの?」
ニヤリと笑うと銀時は、小さなオレンジ色のチョコレートをつまみあげ、子ども達に見せつけるように、口に放り込んだ。

「あぁぁ!」
まさか食べられてしまうとは思っていなかったのだろう。

一斉に非難の声を上げるが、どこ吹く風で銀色の男は、子どもたちに言い放った。

「油断大敵ってな。 世の中そんなに甘くねぇんだよ?」
じゃあなと後ろ手に振り、万事屋へ帰ることにする。

その背に、子どもたちの大きな声が投げかけられたのだった。

「お菓子をくれないといたずらするぞ!」






「え?来れない?」

パチンコで稼げなかったが、元々今晩は、自宅でのんびりすごすつもりであったから、うまい物でも作ろうかと腕まくりをしたところで、事務所の黒電話が鳴った。
そして、相変わらずというか、またかとしか言えない予定変更の電話。

「オメー何回目だ?ドタキャンすんの」
大人げないと思いつつも、あまりに頻繁であると嫌味の一つも言ってやりたくなる。
電話の向こう側で、恋人(銀時はそう思っている)の深い深いため息が聞こえた。
恋人―土方十四郎は真選組副長なんて難儀な商売についている。

「しかたねぇだろうが…ちょっと…都合が悪くなったんだよ」
「ふ〜ん…都合ねぇ?」
恐らく、仕事ではないだろう。
仕事であれば、こんな風に言葉を濁すことはない。
どうせ、近藤辺りを引き取りに、「すまいる」にいかねばならなくなったというところか。
「ゴリラ殺す…」
ぼそりと呟いた声は、幸いなことに土方の耳には届かなかったらしい。
「で?遅くなっても来れるの?」
「たぶん無理だ」
「は?」
ゴリラを速攻引き取りに行って檻(屯所)に放り込んでくればいいだけだろ?
「とにかく今日は無理だ!」
「いや!ダメだと思ったところから勝負ってのは始まってんだよ!ぜっ〜〜〜ってぇ来いよ!」
がちゃんと叩き付けるように黒電話を切ってやった。

怒りに任せたものの、ヤキモチをまき散らしたことが、徐々に恥ずかしくなってきてソファーにふて寝をしてしまっていた。





数時間はたっただろうか?
玄関戸をとても、遠慮がちにたたく音が聞こえる。
時計を見やると21時を少し回った時間。
依頼人が訪れるにはいささか、遅すぎる時刻だ。

今日は無理だと言ったもののドタキャンを心苦しく思った土方が時間を調整してきてくれたのかとも思ったが、彼であれば万事屋の玄関は開けっ放しであることを知っている。
黙って、猫のように忍び込んでくるであろう。

では誰だ?

そっと、覗くと小さな影が扉越しに見える。
はろうぃんの菓子をねだりに子どもが訪れるにしてはおかしい。

少しだけ引き戸をあけて、銀時は絶句した。

そこには一人の少年が立っていた。
つややかな黒髪に、青みがかった瞳。
特徴的な前髪…
だぼだぼの真選組の隊服を織り上げてきているその姿はまるで土方が少年に戻ったようだった。

「万事屋…」

そして、彼はそう銀時を呼び、困ったように笑ったのだった。





「ひ、ひじかた?」
ちんまりと、見た目5歳から6歳くらいだろうか?
「うん…」
いつものドスの効いたハスキーな声ではなく、子どもらしい高いトーンで返事をして、上目づかいで銀時を見ている。

(うわ!何これ!)
近藤あたりからだっただろうか?
以前見た古い写真の土方はそれはそれは天使のように可愛いと聞いたことがある。
羨ましいやら、悔しいやらで記憶の隅に追いやっていたのだが、確かに…

(かわいい…)

「いやいや、いくら土方だっていっても、これ犯罪だから!銀さんショタじゃないから!」
「なに言ってんだ?ショタって?」
バリバリと両手で頭を掻き毟って、冷静になろうと努めるが、心の声はダダ漏れだったようだ。

「い、いや!なんでもありませんっ!なんでもないからね!だ、だいたい!オメー!な、なななんなんだよ!沖田君あたりに薬でも盛られたか?!」
「わかんね」
「わかんねぇってオメー」
「はろうぃんのお菓子、あげなかったからかな?」
「は?」
ぽつりぽつりと少年になってしまったらしい土方が話始める。

町を歩いていると、お化けの仮装をした子どもたちに
「いたずらするぞ」
「銀色のおじちゃんのかわりにお前がうけろ」といった趣旨のことを擦れ違い際に言われたこと。
屯所に戻って、うたたねから目を覚ますと体が子どものものになっていたこと。

「銀色…って」
昼間、チョコを取り上げた子どもたちが報復に出たというのだろうか?
ただの子どもたちに、そんな力があるとは思えないが…

「心当たりは?」
つぶらな瞳で尋ねられると黙るしかない。

「俺はずっとこのまま?」
「え…と…」
それを銀時に尋ねられても返答に窮してしまう。

「すまねぇ…」
それしか言えなかった。

自分のイライラを子どもたちに、ぶつけてしまったために、(その方法はわからないが)仕事中毒の恋人にしわ寄せが行ってしまったのであれば、それしか言えない。

「俺はどうしたら…」
今にも泣き出しそうな土方の様子に、心臓がぎゅっと痛む。
何か、解決策を探さねば。
そう思いながら、もし、このまま土方が子どもから元の姿に戻らないならば…
それはそれで…

「俺が護っから」
ぎゅっと小さな体を抱きしめる。
普段は自分と大して変わらない体格の土方が、すっぽりと収まり、いつも鼻腔をくすぐる煙草の香りもしない。
小さな小さな土方。

「大丈夫だ。俺が一生…」

ガシャン
玄関扉が勢いよく、打ち壊される勢いで開けられる音がする。

「あ?」

次に視界に入ってきたのは、青筋を立てた土方とその後ろでニヤニヤと笑う沖田の姿だった。

「なにやってんだ!この腐れ天パ!」
まぎれもなく、目の前にいるのはいつも通りの鬼の副長…

「あれ?」
腕の中には小さな土方は消えてはいない。

「トシ!こっちこい!天パがうつるぞ!」
「え?天パやだ!」
呆気ないほどの素早さで『トシ』と呼ばれた子どもは土方に駆け寄っていく。

「なに!その離れ方!」
「旦那ぁ。いつのまに少年趣味に走ったんで?」
「いやいやいや違うからね!そんなんじゃないからね?どうなってんのこれ!」
「テメーがトシを拉致したんだろうが?」
「は?何でそんなことになってんの?」
状況を飲み込めず、オロオロとしてしまっていたが、かみ殺すように笑うドS王子の顔に予想を付ける。

「だから!違うから!この子うちまで自力で来たから!大体この子どちら様なの?」
今の最後の言葉聞かれていなければいいのだが…それを誤魔化すのに必死だった。

「コイツは俺の甥っ子だ!屯所から抜け出したからずっと探し回ってた!」
あぁ、それで、急に来れなくなったの…
確かに公私混同を忌む土方だ。
きっと隊の力を借りず、山崎あたりと二人で江戸中さがしまわっていたのだろう。

「お、沖田君だろ?黒幕は?」
「違いまさぁ。俺はここへ入っていく子供の姿みたって報告しただけですぜ」
澄ました顔で返事をしてくる。

「オレ…」
土方にひしと抱きついていた『トシ』がそっと口を開いた。

「友達に頼まれたんだ」
「何を?」
「ここにきて、いたずらしてきてくれって」
「「はい?」」
「十四郎兄ぃのフリして、万事屋さんを困らせて来いって」
一同は顔を見合わせる。

「トシくん?お友達ってどんな子?」
昼間の子どもかもしれないが、土方と銀時の関係を知っているとは思えない。

「白いおばけの恰好した子。今日遊んでもらったんだ」
ここに来る前に「シシャノクニ」の扉が閉まるからって帰ったけど…
にっこりとあどけない顔でトシは笑った。


もう一度、顔を見合わせ、大人二人と大人に片足をつっこんだ一人は背筋を凍らせたのだった。





おまけ

「で?」
「で…って?」
一度、トシを上京してきていた姉夫婦のもとへ戻し、土方は万事屋を訪れていた。
「テメー、少年趣味があったのか?」
「は?なにそれ?」
「俺が一生…なんだって?」
「そ、そそそンな事いう訳ねぇだろ!き聞き間違いにきまってっだろ!」
ぶっと土方は吹き出し、煙草に火を灯しながら、恥ずかしい奴だなとかすかに微笑んだ。




『万聖節前夕』 了




補足…
タイトルは無理やり中国語表記…横文字を原作設定では使いたくないというだけなんですが…

ほんとに無理やりです。
11月1日万聖節の前日ということで…
(25/85)
前へ* 短篇目次 #次へ
栞を挟む

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -