うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『a forked road』








真夜中の歩道橋の上で缶ビールを煽る。
終電も既に終わってしまった。

9月に入って、少しだけ秋めいてきた風を肌に感じながら、銀時は夜空を見上げる。
薄く拡がった雲の隙間に月が顔を見せていた。



今日は所属する課全体で取り組んでいたプロジェクトの打ち上げだった。
支店長から出た金一封で大騒ぎをして、
今回部署は初めて仕事で組むことになった同期の土方と飲み比べをしたあげく、
寝落ちして気がつくと皆に置いていかれていたのだ。

「テメーのせいで電車なくなっただろ」
「終電終わっても二駅くらい歩けますぅ」
同じように置いてけぼりをくらった土方と店を出るとまた言い合いになってしまった。

「俺なんかまだ呑みながら5駅くらい平気なんだよ。バーカ」
「バカいうやつのがバカなんだよバーカ。俺だって飲み足りねぇってんだ」
「テメーの方がいっこ多くバカ言ってんだから、テメーのがバカなんだよ!
 しかし、上等だ。酒調達して歩いて帰ろうぜ」
「途中リバースしても、歩けなくなっても手ぇ貸さねぇからな」
「上等だ!」

そういってコンビニで缶ビールを調達し、二人でフラフラと歩いた挙句、
二人してこんな場所で立ち止まる結果になっていた。


「酔ったわけじゃねぇけどな」
「そうそ。ビールで腹一杯になっただけ」
歩道橋の手すりに座り込み、銀時の住処まであと15分もかからない場所だ。

「好きだ」

殆ど車の通りもなくなった、静かな歩道橋に肘をついた体勢で小さく口の中でつぶやく。

「あ?なんだって?」
歩道橋の柵に凭れて片手にビール、口元に煙草を咥えた土方が怪訝な顔をして
銀時の方を睨んできた。

「なんでもねぇよ」
どうせ、また悪口を言われたと勘違いしたのであろうが、
本音を告げるつもりもないので、
緩く首を振り、また喉を潤した。

銀時はこの男が好きだった。
どこがと問われても正直困る。
口は悪いし、妙に冗談も下ネタにも付き合わないし、眉間には深い皺が標準装備だし、仕事馬鹿だし、銀時と気のあうところなどないように思う。

だというのに、気になっていた。
絡めば、喧嘩というか低レベルの意地の張り合いにしかならない。
確かに男にしては整った顔をしているけれども、自分にそんな趣味はないはずで。

だというのに、
膨大な資料に向かう時の厳しい顔。
交渉相手に見せるしたたかな顔。
専門外の知識を銀時に尋ねねばならなくなった時の悔しげな顔。
入社前から付き合いがあるらしい近藤や沖田と接しているときの少し和らいだ顔。
一見あまり動かないと思っていた顔が実は瞳にいろんな表情を映し出していることに気づいてしまった。

甘党の自分には苦味の強いビールは基本的に合わないのかもしれない。
妙な具合に酔いが回ってきた気がすると今更ながらのように思う。

「そういや…」
酔いのせいにして気になっていた噂を尋ねてみた。

「オメー、このプロジェクト終わったら本社だって?」
「…それ、どっから聞いた?」

瞳孔がひらいた物騒な瞳が銀時を捕らえる。
その瞬間の蒼を見るのが好きだった。

「誰から…ってわけじゃなくて噂…みたいな?」
「そうか…」
少し考え込むように睫毛が伏せられる。
そんな仕草だけで、噂が根も葉もないものでないことがわかるくらい、目の前の男を観察していたのだなと自分に呆れた。

「まぁな…アレだ。
 次の本社の企画、プロジェクトリーダーが近藤さんに決まったからなんだが…」
「ご栄転ってこったな」
茶化して言ってみるが、けして栄転と言い切って良いのか微妙なラインだ。
二つ上の先輩社員は人柄も企画力もずば抜けていることは銀時も認めているが、詰めが甘い。
だからこそ、フォローに長けた土方も共に異動するのだろう。
土方は銀時の言葉に答えず曖昧な笑みを浮かべ、煙を肺から吐き出した。

「なぁ…」
「あ?」
「俺も異動願いだそっかな」
「…せっかく…嫌いな俺の顔、見なくて済むようになんのになにいってやがる」
今度は煙草の代わりにビールを口に運びながら、そんなことをいってくる。

「んなことねぇよ?別に…」
最初はそうだった。
自分の持たないサラサラストレートと涼しげな女が寄ってきそうな顔が苦手だった。

「そうかよ?テメーはいつだって人の面見るたびに突っ掛かってきてただろ?」
「それはオメーもだろうが?いっつも眉間にしわ寄せやがって」
いつの間にか、顔を合わせれば、軽口で済まないほどの大人げない罵詈雑言を
交わすのが当たり前で。

「そういや…こうやって二人で話すこと自体が初めてなんだよな」

二人だけで会う機会なんてもうこの先ないのかもしれない。

銀時は小さく笑う。

「なぁ…まだ残ってる?」
自分の缶を少し持ち上げて、ビールの残量のことだと示す。
「あ?もう少し…かな?」
ちゃぷちゃぷと水音がそれほど多くは残っていない液体を教えてくれた。

「じゃ、さっさとそれ飲んでしまえよ」

銀時の言葉に、心なしか土方の瞳が揺れた。
揺れた気がした。

きっと、悪態が返るとおもっていたのだ。

けれど、蒼の光は…

「ウルセェよ…」

言葉に覇気はなく、そして缶の淵に目を向けてしまった為に蒼の奥底は長いまつ毛で見えなくなったけれども…

何かを耐えるようにも見える動作で、土方はアルコールに口を付け、
そして、一気に咽喉へと流し込んだ。


手を延ばす。
横にいる土方へ。


からん
からん

空になった土方のものと、銀時が放り投げたアルミ缶がコンクリートの上を高い音をたてた。

黒く小さな頭を両手で掴み、ビールを摂取する。
今、含まれたばかりの土方の口から直接。

驚いて少し開かれた口元から吸い上げるように。
最期の一滴まで。
そんな気持ちで腔内を舌で弄った。

もともと銀時自身も同じ銘柄のビールを飲んでいたのだから、
違うはずもないのに、ずっと甘くなった気がして、ただ貪った。

抵抗されると思っていたから、土方の頭を押さえつけるようにして。

勿体ないとばかりに、口端から零れ落ちていた唾液だか、ビールだか
既に分からなくなった液体も舐めとる。

そこまできて、漸く解放された唇から声が零れ落ちた。

「な…んで…」
「これで…俺の方が量飲んだことになんだろ?」
もともと、これは飲み比べなのだ。
同じ本数しか買っていないのだから、どちらかが潰れるか、どちらかが無理やり相手の酒量を上回らなければ勝負はつかない。

そんな、
そんな屁理屈を押し付けて、
そんな酔っぱらいの皮を被って、
明日は休みで、
しかも相手が間もなく異動することを見通して

そんなズルい言い訳をしてでも…

殴られることを覚悟していたが、いつまでたっても衝撃は訪れず

「酷ぇ奴…」
土方は睨みつけてくる。
怒りでも、
呆れでもなく、
蒼の瞳には
驚きと
迷いと
仄かな熱が在った。

「おま…その顔反則…」
もう一度、顔を寄せ鼻を擦り合わせる距離で。

「なぁ…」
やはり、間近で見る灰色かかった蒼に魅かれてやまない。

「あんだよ…もうビールはねぇぞ」
「じゃ、俺の勝ち逃げってことで良い?」
重々把握している土方の勝気な性格を利用する。

「良いわけあるか!?」
「じゃ…どうしよっか?」
あくまで巫山戯たスタンスで。

突然、トンっと胸を押されて身体を離された。

「おい!土方」
宙ぶらりんにされて、思わず呼ぶ。
惑い、
距離感に慄き、
酒と思わず近づいたことで上がっていた体温が急激に冷えた気がしてぶるりと震える。


ニヤリと
男の口もとが引き上げられる。


「勝負…テメーんちで呑み直しすんのと、また近いうちに時間作るのと…」

どっちにするんだ?


瞳孔の開いた瞳がまるで自分の狡さをわかっているのだぞとばかりに
攻撃的な色を醸し出す。

「俺に選択肢を選ばせるか?…オメーは…」

何処か遠くでタイヤをきしませる車の音と、
街燈の電球がジジ…と特有の定周音のような音を聞きながら、
歩道橋の階段を下るべく、足を踏み出す。

少し汗ばんだ男の手を掴みとって。

雲間から覗いていた月はいつの間にか、またその姿を隠していた。




『a forked road』 了





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