『渇き』うだるような暑さだった。 夜半になって、少しは下がった気温だが、寝苦しさに銀時は目を覚ましてしまった。 障子を開け、風が通るようにはしているのだが、 どうやら、今晩は、風自体が止まってしまったらしい。 冷蔵庫を覗くが、生憎といちご牛乳の姿はそこになかった。 とりあえず…と生ぬるい水道水をあおる。 少しは潤った喉に二杯目は氷を浮かべようかと迷い… 迷ってグラスを置いた。 冷たく冷やされたペットボトルを思い浮かべてしまったから。 それを飲んだのは、前回の逢瀬の時。 普段の自分なら、どうせ金を出してまで飲むならば、 糖分たっぶりと入ったモノを選ぶだろう。 だから、ミネラルウォーターなんてものをワザワザ選ぶのは、頭にラブのつくような宿にいる時と決まっていた。 一度、記憶の淵に浮き出てくると、堤防が堰をきったかのように脳裡は一人で占められてしまう。 じんわりと上がってくる熱は気温とは別のもの。 白く艶かしい背が。 女の躰のように柔らかくはないが、しなやかな四肢が。 快楽から逃れようと頭を振るたびに、ぱさぱさと音をたてる黒髪が。 瞳孔が開いた青灰色の瞳が、悔しげに、それでいて艶を帯び、紅くなる様が。 組み敷いて、お互いの呼吸が自然と合わさる瞬間が。 そして、すっかり掠れてしまった声を潤す為の冷えたペットボトル、 その表面に浮かんだ水滴が。 熱は乾きをも呼び覚ます。 窓の外には細い三日月が弧を描いていた。 前回は月明かりが強かったから、満月か十六夜辺りだったのではないか。 そんな風に、呼び覚ます。 すっかり、目が覚めてしまったから。 「ちょっと贅沢してみっか」 いつもの大江戸マートのいちご牛乳ではない、大岩井のものを買うためだから。 下手な言い訳をしながら、 原付のイグニッションを回し、少し離れたコンビニへと向かったのだった。 「あ…」 黒い着流しが、丁度、店内から出てくるのが見えた。 「なに?買い物?」 「テメーこそ…なんでこんな夜更けに…」 酷く不機嫌そうな顔で、 酷く戸惑った声で、 男―土方十四郎は逆に問うてくる。 「たぶん…オメーと同じものを買いに?」 土方の手に下げられたレジ袋には、とても良く冷えていることがわかるミネラルウォーターのペットボトル。 こんな時、良く似た思考だと言われることの有難さと、 真っ赤な顔で自分の独りよがりでないと教えてくれた男に。 本当は戸惑っていることを悟られぬよう、いつものようにへらりと笑った。 うだるような暑い夜。 早く涼しい季節になって欲しいと思うけれど、 この渇きは、きっと秋になっても続いていくのだろう。 でも、今は目の前の渇きを解消させるのが先決だ。 焦っている様を見破られないよう細心の注意を払いながら、 銀時は、手を伸ばしたのだった。 『渇き』 了 拍手ありがとうございました!! (23/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |