うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『秋風』





するり。

今日も朝日が昇る前に、男は情人の家から帰るために、重たい体を床から抜け出した。



足音を家主は背で聞く。
汗ばんだ身体をシャワーで清めてから、去っていくつもりらしい。



万事屋坂田銀時と真選組副長土方十四郎は、世間一般で言うところの所謂『お付き合い』しているらしい関係ではある。
こうして、身体をつなぐようになって、既に両手では足りないくらいの夜を過ごしているのにもかかわらず、ともに朝日を眺めたことはない。


そっと、夜の帳が落ち切った頃に時を重ね、月が去るまでには離れていく。


話合ったことはないが、暗黙の了解。
万事屋に土方が訪れようと。
連れ込み宿に文字通り連れ込もうと。
たとえ、次の日土方が非番だろうと。
外泊はしない。



太陽の下で向かい合うことのない関係。



それは百も承知だ。
恋人(だと銀時は思っている)の抜け出した、布団の上を指でなぞりながら、銀時は苦笑する。


承知していることと、欲するところは決して同一ではないともわかっている。


衆道というものに、寛容な風土を持つこの国ではあるが、
それは秘されるべきのものであったし、
お互い、いい歳をした大人でお互い護るモノもあるのだから
べたべたとした付き合い方を今更するつもりもなかった。

お互い(そのほとんどは忙しい土方の都合であったが)時間が取れる時に会い、
体を結んで、また別れる。



そんな関係を真選組を第一に考える土方はそれを望んでいるのだと、銀時は思っている。



だが…





「は?」
「だから、トシお前明日休みな」
ある日、巡察を終え屯所に戻った土方は、局長である近藤の自室に呼び出され、そう告げられた。
「いや、わけわかんねぇし。無理だし」
確かに、明日提出の書類はないが、だからといって仕事がないわけではない。
「大丈夫。俺がやっとくから」
「いやいや、それが一番心配なんだけど?近藤さん」
大将としての器は計り知れないが、いかんせん近藤の事務処理能力を土方は信用していないのだ。

「大丈夫大丈夫」
ほらほらと無理やり今度は土方の自室に追いやられて、私服である黒の着流しを押し付けられた。
「約束があるんだろう?外泊許可は受理しとくから。友達は大切にせんとな!」
「は?友達?外泊??」
ガハハと相変わらずの大きな声で豪快に笑って近藤が出ていくと、入れ替わりに山崎が入ってきた。
「あれ?まだ着替えてないんですか?」
「いや、だからなんなんだ?一体」
渋々と流されるように、着替えていると、手際よく、山崎が荷物を纏めている。
「何して…」
「はい!旦那が表で待ってます」
「は?」

今度は背を押され、屯所自体から追い出される。
「なんなんだ!一体!!」




「よぅ」
屯所の門前に相変わらずのゆるい調子で銀時は土方を待っていた。
「どういうことだ?説明してくれるんだろうな?」
銀時はぼりぼりと天然パーマを掻きまわしながら、愛車の後部座席を指さした。

「連れてきたいとこあんだわ。ちょっと付き合ってよ」



銀時のバイクが快適に風を切る。

先日、こうして二人乗りで遠出をしたのは、もっと熱い夏の日であった。
あの日も、そういえば、突発的にこうやって連れ出された気がする。

まだ、若干の気温を残すものの、随分と気候はよくなってきた。
機嫌よく走るバイクは、やはり江戸を出て、郊外へと向かっていく。

蝉時雨の声は、ほとんど聞かれることがなくなり、代わりに田舎の路肩からは鈴虫だろうか、涼やかな音色を奏でていた。

土方もすでに2度目ともなると、半ばあきらめも入っているのか、
大人しく後部座席に収まっていた。



やがて、ブレーキがかけられたのは、月も昇りはじめた頃であった。

「ほい、到着」

そこは、一軒の古い民家だった。

「…今日はガス欠しなかったな」
さすがに、大柄な男二人が長時間二人乗りで走るのはキツイ。
土方は、身体を思い切り伸ばしてほぐす。

「それ、言わないでくれる?」
この間は、ほんとに思いつきだったからガソリンのことなんて考えてなかったんだよねと苦笑いで答えた。

「で?ここなのか?」
「そ、話つけてあるから、自由に使える」
鍵を開け、銀時は土方を家の中へと導いた。

民家は、古いながらも手入れの行き届いていた。
三和土を上がり、磨かれた廊下を歩き、勝手知ったる様子で銀時は奥へと進んでいく。

やがて、庭に面した廊下の前で、立ち止まり立てかけてあった梯子を指さした。
「?」
「登ってて」

背を押され、土方は梯子を登り、屋根へと上る。


屋根の上に上がると、一面のススキ野原が広がっていた。


夏と違って陽が落ちるのも早くなってきた。
風の匂いも変わってきている。
庭からは涼やかな、鈴虫の声。
茜の光は、瞬く間に薄紫色、そうして群青へと姿を変えていく。

一足、あとに梯子を登ってきた銀時はその手に盆を持っていた。
「すっげえ眺めだろ?」
自身も、どこまでも続いていそうなススキ野原を見やる。
大きめの盆には酒と団子の山。

「そうだな…」
どちらともなく、並んで腰を下した。
そうして、
無言のまま、小さなガラスの器に入れられた酒を二人は口に運ぶ。

群青色の空は、時を置かずして闇色に変わり、煌々と光る月を配置させる。
ざわざわと秋風にゆれるススキの穂は、やがて青白い月に照らされて輝くように光っていた。


「…急に悪かった」
ようやく沈黙を破ったのは、銀時であった。

沈黙だけではない。
これまで暗黙の了解にしてきた約束事も破ってしまいたかった。

そのために、家主が売りに出すために修理の依頼をしてきたこの家を、
半ば強引に今晩だけ借り受け、近藤を丸め込み連れ出したのだ。


先日のような突発な行動ではない。
だから、用意は万端だ。

「望月…か…今日は」

土方がため息をつく。
現れた月は、恐ろしくなるほどの存在感を備えた満月。

「そ、お月見日和だろ?」
「酒のツマミが団子ってのは、どうかと思うんだがな…」
盆の上に盛られた月見団子を指さす。

「だってお月見だもん。銀さん、兎さんだからね。月見団子必須」
「だもん、いうな。気色わりぃ…って、兎ってなんだよ。配色か?」
「いんや、土方が構ってくれないと淋しくて死んじゃうって話」
「なんだ?それ…」
「だから…さ、銀さん束縛する方だからね。束縛するためなら結構手段選べねぇから」
こういう拉致紛いの行動もとっちゃうからね?と低く笑う。

「……」
それから、にじり寄るように銀時は土方に近づくと、そっと口づけた。

「おい…ここ、野外だぞ?」
「いいじゃん。誰もいねぇよ?」

ざわざわとススキが風に揺れる以外に辺りに気配は感じられない。

「お月さんが見てるじゃねえか」

「言ったろ?兎さんは月の眷属だから…銀さんの味方」
「なんだそりゃ?」

くつりと土方は笑い、今度は、どちらともなく唇を重ねる。

秋の澄んだ空に、どっしりと満ち足りた月が座し、静かに二人を見守っていた。




『秋風』 了



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