『a quirk of fate 0』side G 運命というものは本当に存在するのだと思った。 寺田法律事務所に所属する弁護士坂田銀時は裁判所へと出向いていた。 受け持ちの案件があったわけではない。 ただ、たまたま事務を一手に担う眼鏡が、その日に限って追っかけしているアイドルのライブがあるとかで休んでいた為に渋々、外向いただけであった。 「お、坂田久しぶり」 野太い声が背後からかかった。 振り返ると、同期(とはいっても司法試験を通った歳が違うので、相手の方が年上なのだが)の近藤が、ゴツいながらも、人の良さそうな笑顔で手を振っている。 ゴリラのような外見の近藤は検事の道を進んでいた。 基本的に事務所の中でも民事裁判をメインに受け持つ銀時は、あまり検察とぶつかることがない。 だから、同じ所轄にいるにも関わらず、久々の再会である。 しかし、銀時の目はその隣に釘付けになっていた。 時間が止まったかのように、息をすることさえ一瞬忘れていた。 大柄なゴリラの隣に立つ為か幾分華奢にみえるが、銀時と大差ない体格の男がいた。 黒曜石のような瞳は、青みかかった瞳孔がやや開き、やはり驚いたように銀時を見ている。 初対面だ。 いや、初対面なはずである。 男の顔など覚える気がないためか、なかなか覚えておくことのできない銀時であるが、こんな印象的な黒い男を忘れる筈がないと思った。 ただただ、相手から目が離せず、坂田銀時は立ち尽くししていた。 「坂田?」 「あ…?ゴリラ?」 固まる銀時の目の前に近藤が立ち塞がり、ひらひらと目の前で手を振る。 視界から、相手が消えたことで、銀時は現実に引き戻された。 「近藤さんはゴリラじゃねぇ」 低く声が響く。 柄が悪い言葉遣いと低くドスの効いた声に一瞬誰が話したのかわからなかった。 しかし、この場にその声の主は目の前の黒しか行き当たらない。 「あ、トシ、紹介しとく。 こいつは寺田法律事務所の坂田銀時弁護士。同期なんだ。 坂田、こっちは俺の幼なじみで土方十四郎。 明日から急遽うちの東京地検に配属になったんだ」 ヒジカタトオシロウ 小さく舌先に音をのせてみる。 自分の銀髪天然パーマとは対照的な、さらさらした黒い前髪の間からは強い視線が自分に向けられている。 すっきりと着こなしたダーク系のスーツは決してブランドものではなさそうであるが、お仕着せられている感はなく、年に似合わぬ貫録と、独特の雰囲気を醸し出している。 青灰色の挑戦的な視線がノンフレームの奥からビシビシと銀時を差していた。 それを独り占めしたいという衝動。 もともと男女の性差について特に偏見はない。 運命というものは本当に存在するのだと、 銀時はその時かなり本気で思っていた。 side H 運命というものは本当に存在するのだと思った。 東京地検に異動が急遽確定した土方十四郎は明日からの当庁を控え、事前に先輩であり、幼馴染である近藤とともに、各関係機関へとあいさつ回りをしていた。 そして、裁判所に入ったところで、近藤が前方を歩く、銀髪に声をかける。 土方は司法試験を4年前、大学在学中に合格し、 その後尊敬する近藤勲の後を追うように検事への道を歩き始めた。 だが、入庁直前、暴力事件に巻き込まれてしまった。 予定されていた東京地検への配属は取り消され、地方の検察庁に配属されていたのだ。 先日、やっと当時の事件が冤罪であったことが判明し、 急遽時期はずれな異動が内示されていた。 官公庁では、異例なことではあったが、 そこには近藤の助力と松平検事正の後押しがあったからに他ならない。 そんな、異例配属の前日に土方はその男に出会った。 「お、坂田久しぶり」 近藤が声をかける。 銀髪が振り返る。 裁判所には浮いた派手な銀色の髪。 おしゃれメガネといえば、そうとも言えるが、この業界では珍しい太めのフレーム。 そして、その奥から紅色の瞳が真っ直ぐと自分を見据えた。 土方の眼も、銀色の男に釘付けになっていた。 時間が止まったかのように、息をすることさえ一瞬忘れていた。 初対面だ。 いや、初対面なはずである。 どこかであったであろうか? 記憶をたどるが、思い出せない。 ただ、懐かしいような、魂を揺るがせる何かを男から感じている事実が土方を混乱させる。 瞳孔開きぎみとよく言われる目で相手を観察してみる。 目つきが悪いだとか、柄が悪いだとか、よく言われてしまうが、かなり視力の悪い土方にとってはやむを得ないことであった。 ただただ、相手から目が離せず、土方十四郎は立ち尽くししていた。 「坂田?」 「あ…?ゴリラ?」 土方は恩人に対する無礼な呼びかけに現実に引き戻された。 「近藤さんはゴリラじゃねぇ」 低く声が響かせる。 坂田と呼ばれた男がきょとんとしたのがわかった。 意外に若いのかもしれないと思う。 「あ、トシ、紹介しとく。こいつは寺田法律事務所の坂田銀時弁護士。同期なんだ。坂田、こっちは俺の幼なじみで土方十四郎。明日から急遽うちの東京地検に配属になったんだ」 サカタギントキ 小さく舌先に音をのせてみる。 自分の黒髪ストレートとは対照的な銀髪が重力に逆らって、奔放に跳ね回っている。 弁護士と言われたら、そうなのかもしれない。 クライアントによっては、その外見の親しみやすさから、その派手な一歩誤るとカジュアルと見えなくもないスーツ姿の方を好むのかもしれない。 自分を見つめる視線の時はわからなかったが、少し呆けたような状態をみると死んだ魚のような目といえなくもなかった。 ただ、寺田法律事務所はかなりヤリ手の弁護士事務所であることは地方から戻った土方の耳にも届いている。 実力はあるのだろう。 法廷でやり合ってみたい。 どんな、論法で、どんな論旨で戦うのだろう? 心躍るような高揚感は、これからの法廷への予感なのかもしれない。 これは好敵手だと本能が告げている気がしていた。 運命というものは本当に存在するのだと、土方はかなり本気で思っていた。 『a quirk of fate 0』 了 『a quite of fate』=運命のいたずら (80/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |