うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『通り雨』





sideH



通り雨が、昼下がりのかぶき町を通り過ぎる。

つい先程まで、忌ま忌ましい程の光を降り注いでいた太陽は、あっという間に暗い雲に覆われてしまった。
程なく降り始めた雨粒は意外に大きい。

「ツイてねえ」
土方は今日も巡察中に沖田に逃げられた所で、この悪天候に見舞われていた。
本降りになってきた雨にため息をついて、茶屋の軒先に飛び込む。
「あれ?多串くん?」
軒先には、先客がいた。
同じように雨宿りする為なのか、濡れそぼつ髪をかきあげながら、先客―万事屋坂田銀時はゆるく声をかけてきた。
「チッ」
思わず、土方からは舌打ちがこぼれる。
(どうして、こうコイツと遭遇しちまうのか…)
土方は再度ため息をついた。

坂田と土方…
似ていないようで、似ているふたり。

土方は坂田が苦手だった。
嫌い、なのではない。
苦手なのだ。

けして、自分には出来ない『武士道』を持ち、自分の守りたいものを守りきる。
それだけの実力と矜持を兼ね備える癖に、普段ゆらりとした態度で、牙を隠す。
そして、惹かれている自分の感情が、もっと苦手だった。

「いきなり舌打ちって本当にチンピラみてぇだな」
「うるせぇよ。多串なんてふざけた呼び方する奴には充分だ。クソ天パ」

「オメーこそ、それ名前じゃねぇから」

困ったように返す坂田に土方は黙り込んで、煙草に火をつけた。
カサカサという音をたてて坂田も棒付きの飴をくわえた。

「あれ?得物が…違う」
数十秒の沈黙の後、不意に坂田が土方の腰の物を指差した。
「あぁ…研ぎに出してる」
「ふーん。妖刀もそんな時は離れるんだな」
「まぁな。テメーの木刀は、土産物か?通販か?」
会話の切り口がみつかり幾分ほっとして土方も口を開く。

「…なんで?」
坂田の顔が奇妙に歪む。
「あ゛?」
「なんで分かんの?」
「…昔は俺も木刀だったから?」
元々、土方は武州日野の豪農の出だ。近藤、沖田らと違い帯刀を許される身分ではなかった。
だからこそ、侍らしくありたいと願うのであろうが。

「対象的だよな」
「ん?」

屋根からの雨垂れから視線を外し、坂田が真っすぐ土方をみた。

「ストレートヘアと…」
坂田は土方を指差し、次に坂田自身を指し示すので
「天然パー」
煙草をくわえたまま続けてやれば、パーって伸ばすなと文句を言いながらも、珍しく土方に向かって、柔らかい笑みを浮かべた。

土方は複雑な気分になる。それに気がついているのかいないのか…坂田は更に続けた。

「昔木刀、今真剣」
「今木刀、昔真剣?」

「幕臣」
「ニート」
「いや、ニートじゃなくて、そこは社長」

「ワーカホリック」
「マダオ」

「ニコチン中毒」
「糖尿病」

「黒」
「白」

「やっぱ重ならねぇな、っていうか真逆じゃね?」
首筋に手をやり、こきこきと鳴らしながら、坂田は唸るように話す。
土方には話の意図が見えなかった。

「真逆といえば、真逆。対極っつーか。で?何が言いてぇんだ?テメーは」
土方の長めの髪から一滴、水滴が落ち、鼻筋を伝い落ちる。
それを、拭おうと持ち上がった土方の左手。
その行動は遮られた。
坂田に手首を掴まれたのだ。

「対極ってことは、そのまま下がり続けたら、いつか背中合わせになれることもあんのかもしれねぇな」
「地球一周してか?」

話が抽象的すぎる。
もともと哲学的な話は得意とするところではない。

「じゃ、銀さんは大急ぎで走ってみるわ。そうなれるように」

ぺろり
土方に、したたり落ちた雨水を坂田はなめた。

「オメー、あんなにニコチン摂取するくせに甘ぇのな」
そして、坂田はにやりと笑い、立ち去っていく。

「な?!なにしやがるっ!」
状況を少し遅れて把握した土方が坂田を追って軒先を出る。
しかし、どこに消えたのか、銀色の姿はすでにない。

いつの間にか、雨は上がり、雲間からは再び日の光が差し込み始めていた。

「なんなんだ!あいつはっ!」

そっと、唇に触れながら通りの真ん中で土方は怒鳴ったのであった。








sideG



通り雨が、昼下がりのかぶき町を通り過ぎる。



つい先程まで、忌ま忌ましい程の地面を焼いていた太陽は、曇った空の上に隠れてしまった。
程なく降り始めた雨粒は意外に大きい。

一雨ごとに秋になるのだ。





「ツイてねえ」

銀時は今日もパチンコ屋で軍資金をスッてしまい、店を出たところで、悪天候に見舞われていた。
まだ、もつかと小走りに万事屋へと足を進めたが、直ぐに本降りになってきた雨にため息をついて、茶屋の軒先に飛び込んだ。


いつの間にか蝉の鳴声も少なくなってきた気がする。
一向に止まりそうに、雨粒をぼんやり眺めていると、黒い塊がおなじ軒先に飛び込んできた。



「あれ?多串くん?」

二人一組の巡察途中な筈であるのに、男―土方十四郎はひとりであった。
おおよそ、サディスティック星の王子に逃げられたというところだろう。

銀時はゆるく声をかけた。

「チッ」
しかし、土方からは舌打ちがこぼれる。

(どうして、こうコイツと遭遇しちまうのか…)

土方のため息に銀時は苦笑した。



坂田と土方…
似ていないようで、似ているふたり。



坂田は土方が嫌いではなかった。
少し、苦手なだけだ。

自分のペースを崩されるから。



『真選組』…というよりも、近藤を大将とする田舎の道場を、武家の出身でもない土方が、その采配で今の『幕臣』と呼ばれる地位にのし上がらせたことは、驚きに値する。

けして、己を曲げようとしない、意地っ張り。

妖刀の呪いさえ、意思の力でねじ伏せてしまう精神力。
己の『武士道』を、生真面目に『法度』とし、荒くれたちを武士以上に武士たらせようと努力する。

そのくせ、ほんの一瞬、垣間見せる表情には、儚さを隠している気がする。


それに惑わされる自分の感情が、苦手だった。



「いきなり舌打ちって本当にチンピラみてぇだな」
「うるせぇよ。多串なんてふざけた呼び方する奴には充分だ。クソ天パ」



「オメーこそ、それ名前じゃねぇから」

嫌いではないから、喧嘩をしたいわけではない。
だが、決まってペースは、言い合い、怒鳴り合いの方向へ向かってしまうのだ。
土方は黙り込んで、煙草に火をつけた。

(落ち着け…糖分糖分)

カサカサという音をたてて銀時も棒付きの飴をくわえた。

雨足は変わらない。



「あれ?得物が…違う?」
沈黙を破ろうと会話を探していると、土方の腰の物がいつもと違うことに銀時は気が付いた。
「あぁ…研ぎに出してる」
「ふーん。妖刀もそんな時は離れるんだな」
「まぁな。テメーの木刀は、土産物か?通販か?」

土方も、ようやく、口を開く。

「…なんで?」
言い当てられて、銀時はバツが悪くなり、眉をしかめる。

「あ゛?」
「なんで分かんの?」

「…昔は俺も木刀だったから?」

土方と自分の『洞爺湖』を見比べた。
銀時自身は自分の出自を良く知らない。

養ってくれていた松陽が、武家であったために、その教育を受け、自然と帯刀もしていたが、本来土方は許されていなかったのだろう。



「対象的だよな」
「ん?」

屋根からの雨垂れから視線を外し、銀時は真っすぐ土方を見つめた。


「ストレートヘアと…」
銀時は土方の黒髪を指さし、次に自身の天然パーマを指し示し、先を促した。

「天然パー」
煙草をくわえたまま続けてくれる。

パーって伸ばすなと悪態をつけば、珍しく土方が柔らかい笑みを浮かべた。



銀時は複雑な気分になる。
この動悸は、一体何を示す?

ごまかすように銀時は更に続けた。



「昔木刀、今真剣」
「今木刀、昔真剣?」



「幕臣」
「ニート」
「いや、ニートじゃなくて、そこは社長」


「ワーカホリック」
「マダオ」


「ニコチン中毒」
「糖尿病」


「黒」
「白」


「やっぱ重ならねぇな、っていうか真逆じゃね?」
首筋に手をやり、こきこきと鳴らしながら、銀時は唸るように話す。



銀時自身、自分を整理するためにこんな言葉遊びのようなことをしてみたのだ。
土方が怪訝そうな顔をするのも無理はないと思った。



「真逆といえば、真逆。対極っつーか。で?何が言いてぇんだ?テメーは」
土方の長めの髪から一滴、水滴が落ち、鼻筋を伝い落ちる。

それを、拭おうと持ち上がった土方の左手。
その行動は遮られた。
なんの気負いもなしに、ただ、反射的に銀時は手首を掴んだからだ。

 

「対極ってことは、そのまま下がり続けたら、いつか背中合わせになれることもあんのかもしれねぇな」
「地球一周してか?」

近いのか、それとも遠いのか。
似ているのか、似ていないのか。
本当に自分は土方のことが苦手なのか?


背中合わせであろうとも触れてみたいと思わせるこの感情は?
「じゃ、銀さんは大急ぎで走ってみるわ。そうなれるように」

ぺろり

土方に、したたり落ちた雨水を銀時はなめた。



「オメー、あんなにニコチン摂取するくせに甘ぇのな」
そして、銀時はにやりと笑い、立ち去っていく。

あぁ、これが答え…と納得して。



「な?!なにしやがるっ!」
状況を少し遅れて把握した土方が銀時を追って軒先を出る気配が背後であった。

今、どんな顔で振り返れば良いのかわからないので、銀時は咄嗟に身を隠す。



いつの間にか、雨は上がり、雲間からは再び日の光が差し込み始めていた。


自分の唇に移った土方の水滴にそっと触れながら、銀時は緩く微笑んだ。



秋蝉がどこかで再び泣き始める。

また、秋に一足近づいたようだった。






『通り雨 』 了






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