うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『異議あり』





土方は困っていた。

明日は非番だから、一杯…と思って入った飲み屋で酔っ払いに絡まれているのだ。

「だからさぁ〜聞いてる〜?」
「聞いてますって」
「ホンット、厭になるよ。アンタんとこも大変だろーけどさぁ」
酔っ払いは、奉行所の佐嶋筆頭与力だ。

基本的に武装警察真選組と奉行所とはあまり仲がよろしくはない。
元々、線引きが難しい業務だ。
縄張り争いだったり、現場の指揮権の争奪だったり…。
だからといっても、同じ警察組織。
共闘体制をとることも少なくない。
そういった理由から、土方は、この酔っ払いをあまり無下に出来ずに、
適当に相槌を打ち続けていたのだ。

(俺に絡むくらいだからよっぽど頭にきてんだな…)

佐嶋は駅構内で痴漢行為をした男を起訴したらしい。
しかし、ヤケに口の回る弁護士に検事はやり込められ、結局、不起訴処分決定。
検事局からかなりお小言を喰らった…という話を聞かされ続けている。

酔っぱらいの話は永遠ループだ。

「しかし、あの破賀検事を丸め込むとは、なかなか弁のたつ奴ですね」
(少し話進めてくれるか、終わらせてくんないかな)
土方はあくびを噛み殺し、話の流れを変えようとする。

「そうなんだよ。土方ちゃ〜ん」
酔っ払い特有の馴れ馴れしさで肩を抱かれ、酒臭い息が頬にかかる。

「その弁護士ってさ〜見た目も銀髪に臙脂色のスーツ、しかも『糖』って入った扇子持っててさ〜悪趣味だよね〜」
ん?土方の中で何かひっかかる。

「検挙したの入国管理局の長谷川元局長でしたっけ?」

長谷川…銀髪…糖…弁(口)がたつ…

(なんか分かった気がする…)

頭を抱えかけて、嫌な気配を背後に感じ頭が痛くなってくる。
佐嶋は土方の肩に置いていた手を捩り上げられ、視線を上げた。

「それは私の事でしょうか?」

「「出た〜!?」」

「それはまたお言葉ですね?土方副長まで」
土方は唖然として声の主を改めて、みた。

予想していたとおりの人物・坂田銀時で間違いなかったが、様相が違う。
今日は佐嶋の話通り、臙脂色のスーツにイエロー系のシャツ、
ネクタイもド派手な上にプラスチックフレームの眼鏡をかけ、
手には『糖』と書かれた扇子。
左手の扇子で口許を隠し、右手で佐嶋の腕を捻りあげ、喋る口調にも違和感がある。

「佐々木課長、あまりベタベタと触るのはいかがでしょう?不快さを相手に与えると、男性相手でもセクシャルハラスメントで訴えられますよ?」
「いや、これは…なぁ土方くん」
一度放された手でまた土方に触ろうとしてぴしゃりと銀時に叩かれる。

「佐嶋さん…相手が悪い」

佐嶋は一瞬言葉を失い、土方と銀時を見比べた。

「知り合い?」
「こ…」
「腐れ縁!」
銀時の言葉に被せるように土方が大声で返答する。

「そ、そうなんだ?」
昼辛酸を舐めさせられた弁護士のただならぬ殺気と土方の声に、
佐嶋は一気に酔いが醒めたのか、慌てて席を立つ。

「佐嶋どの、伝票お忘れですよ」
有無を言わさぬ口調で土方の伝票も合わせて渡す。

「じゃ、また現場で」
あわあわと佐嶋はそれだけ土方に声をかけると脱兎のごとく去っていった。


「テメーが、なんでそんな格好してんのかは佐嶋さんに聞いたが、
 詐欺じゃねぇか、それ?」
「そんなことはないですよ?
 誰も弁護士バッチ、本物か尋ねなかったでしたから」
クイッと中指でフレームを持ち上げてみせる。

(詐欺の手口だろ…それ…)
眼鏡の奥で笑っているのは、いつもの紅い瞳な筈なのに、
一瞬別人に見えて土方は目を逸らした。

「何です?見惚れちゃいました?」
「その喋り方止めろ。気持ち悪い」
意味深な笑い方で笑われ、土方は面白くなかった。


「結局、佐嶋さんに奢らせた形になっちまったか」
まだ残る冷酒を自分の切子のグラスに注ぎ足す。

「土方検事、異議を申し立てます」
「なんだよ検事って?しかも、異議ってなんだよ」
銀時は注いだ酒を横から掻っ攫い、一気に飲み干した。

「セクハラ、パワハラにはきちんと対処していただきたい」

「…なんだそりゃ…ヤキモチか?」
ヒクリと銀時のコメカミに青筋が浮いた。

「誰がヤキモチ?その根拠を提示下さい」
「根拠を提示って…」
「ただの腐れ縁に何故私が嫉妬しなければならないのか、ということです」
扇子を閉じたり開いたり、その手で弄ぶ。
日頃と違う、凛とした口調と不敵な笑い顔。

「反証できませんか?」
「………」
あくまで『坂田弁護士』として振る舞うつもりらしい。
いつも通り怒鳴り返そうかとも思ったが、土方は意趣返ししてやることにする。

「反証の必要を感じないだけですよ。坂田弁護士」
「?」

土方は席を立ち上がった。
「『そう』であって欲しいと思った『私』の希望的観測ですから」

出来るだけ高慢に、高飛車に聞こえるように言葉を紡ぎ、足早に店を出ていった。
思いがけない返答に、ワンテンポ遅れて、銀時も我に返る。
慌てて、席をたち、土方の後を追った。





<おまけ>

「土方検事〜」
直ぐに土方の後ろ姿を見つけ、銀時は捕まえた。
「誰が検事だっ阿呆が」
「たまには、そんなプレイも楽しくね?」
「この変態っ」
「その変態の下で気持ち良くアンアン言ってんのは土方くんだから」
「ウルセェ!」
絶対ぇ『坂田弁護士』が格好良かったなんて言ってやらねぇ…土方はぐっと拳を握り締めるのだった。





『異議あり』 了




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