うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Skyshine』




skyshine : 地上の放射線源から上方に放出された放射線のうち、大気により散乱され地上に戻ってくるもの



「坂田ってどいつ?」
昼休み、2年Z組の教室の入口で何だか横柄に尋ねる声が聞こえた。
「銀時、貴様に客なようだぞ」
幼なじみが興味深そうに声をかけてくる。
その声色には少し非難めいた響きが込められていた。
また、どこぞで喧嘩買ってきたのだろう?そう言外に言われているようだ。

(面倒くせぇなぁ)

生まれついての銀髪のせいで何かと絡まれやすい環境にある銀時だが、
最近ではこれでも買う喧嘩は選んでいたつもりだ。
入口から、たまたま出てきていた女子に聞いたのか、不躾な視線で自分を睨みつけている男子生徒。
銀時とは対照的な真っ黒なストレートヘア。
整った容姿は容易に女にモテそうなことが想像できる。
だが、彼に喧嘩を売った記憶はない。

「誰かと思えば土方か」
「知り合いか?」
「俺と同じA組だ。俺には劣るが、文武両道、品行方正な男だな」
桂がそう言うのなら、かなり出来る奴ということで間違いないだろう。
桂小太郎という男は理想が高い分、人への評価は厳しい。

A組なら、特進組。
そんな奴との接点なんて思い付かなかった。

「あ〜なんか俺に用?」
のろのろと揺るがない視線の主に近づいた。

「ホントに死んだ魚みてぇな目してやがるんだな」
「は?開口一番それですか!?そんな瞳孔開きまくった多串くんに言われたくねぇ!」
「誰が多串だぁ?!ゴラァ」
「ひ、土方君…」
突然、喚き出した二人に、坂田を教えた女子が青くなる。
「あ、すまねぇ。案内ありがとな」
我に返り、礼を述べてられ、あっという間に顔面が青から赤に変わった。

(マジなんなのコイツ。ストレートはモテるっていいたいんですかっ。ムカつく)

「おい、テメー」
「俺ら初対面だよね?やっぱ喧嘩売ってんですか?!コノヤロー」
A組の優等生クラスにしてはガラ悪い。
綺麗な顔だけに険がのって凄みが増している。
「ウルッセェなぁ。ぎゃーぎゃー騒ぐな。クソ天パ」
「天パいうな。人の気にしてることを!」
「そりゃそうだな。そんだけ可哀相な散らかり具合なら、気にするか。悪りぃ」
「何、これ。謝られてんのに、すっげえ屈辱」
「で、本題だ」

(何なんだコイツ!頭のいい奴はやっぱ一本ネジ飛んでんのか…?)
ちらりとZ組に遊びに来ていた、ネジ抜けの代表・桂をのぞき見る。

「テメー、志村妙と付き合ってんのか?」

「はぁ?」
言葉の意味を捕らえ切れずに銀時は固まった。
「違うのか?」
固まったまま、返答出来ないでいると、少し心配そうな顔で銀時を土方は覗き込んできた。

(う゛)

小首をコテンと傾ける様に(どこの乙女ですか〜?!)とツッコミたくなる。

「いや、違うけど違わない」
(男相手にかわいいとかありえねー。溜まってんのか俺ぇ)

「なんだ、それ?ハッキリ言いやがれ」
(コイツ、妙が好きなのか?)
確かに銀時は先週から、妙に付き纏っているゴリラストーカー避けに『そういう役』を引き受けていた。
だが、ストーカーを避ける為であって、ほかの出会いを排除すべきではない。
ましてや、メスゴリラを好きになりそうな奇特な人間は希少だと思う。

(ガラは悪りぃがゴリラよりコイツのがマシじゃね?)
ここで、逃したら妙にフルボッコにされかねない予感に正直に答えることにした。

「ここだけの話な。俺はフェイク」
「そうか」
土方は急に眉間のシワが消え、花が綻んだかのような笑みを浮かべた。
「ありがとな」
ブンブンと上下に激しく振って握手される。
そうして、あっさり自分の教室に帰って行ってしまった。
(なんだ…コレ?)
妙と土方の仲を推奨して、答えた筈なのに、本当に嬉しそうな土方の顔をみたらムカムカしてきたのだ。

(?)
握られた手も見つめながら、銀時の中に、何か納得出来ない感情が発生していた。




次の日
「ぎ〜ん〜さ〜〜ん」
「あ、妙?」

「何してくれてんじゃ、われぇ!」
「ぶへら!?」
いきなり強烈なアッパーカットが飛んできた。

「何なんだいきなりっ」

とりあえず、心当たりはない…筈?。

「ゴリラによ〜く〜も〜ばらしてくれたわねぇ?」
「あ?いや、別に俺は…」
出会ったばかりの土方ではあったが、言い触らして回るタイプには見えなかったのだが。

「銀さん、土方さんに話したそうじゃないですか?」
「あれ?新八も知り合い?」
助け舟とばかりに妙の弟・志村新八も会話に参加する。
「剣道部の副主将ですから。顔見知り程度には」
「あれ?確かに剣道部の主将って…」
「そうです!あのストーカーゴリラよっ!」
まだ怒りが治まらない妙が銀時の胸倉を締め上げた。

(あちゃー)
どうやら土方は妙のストーカーをしているゴリラに(名前は覚えていない)
頼まれただけだったらしい。
(妙が好きな訳じゃなかったのか)
そう思って、妙には悪いがホッとする自分がいる。
その一方で、あの晴れやかな笑顔がゴリラの為のものだともわかり、胃が痛んだ。
(あれ?)
変な感じだ。
(いや、これはあれだ。面倒なことに巻き込まれたから痛いんだ)
そう思うことにした。


その日の昼休み
たまにしか学校に出てこない、もう一人の幼なじみが登校してきていると聞いて、彼の定位置・屋上にやってきてみた。

「あれ?」
目撃情報通り、彼高杉晋介はそこにいて、フェンスに寄り掛かりながらタバコをふかしている。
それ自体は、予期していた光景。
悪い奴ではないのだが、人相と口の悪さであまり人付き合いは良くない高杉が、
珍しく穏やかに隣に座り込みタバコを吸う人物と談笑している。

それだけでも珍しい光景であるのに、相手が土方であることに二度驚いていた。

「よぉ、銀時じゃねぇか」
高杉が手を挙げて、声をかけてくる。
土方も釣られたように顔を上げ、目を少し見開いただけだった。
(テメーのせいで妙に酷い目に合わされたつーのに)
あまりのリアクションの無さにイラッとする。
冷静に考えれば、土方は友人の為に人肌脱いだだけであり、銀時自身が勘違いしたのだが、その時は(ムカつく)という感情だけが占めていた。

「意外な組み合わせだな」
「そうでもねぇよ。常連さんだ。ケム友?」
「ん、そんな感じだな」
気持ちよさそうに青空に喫煙組は煙を吐き出す。

「じゃ、俺そろそろ教室戻るわ」
一息に吸い込み、あっという間に短くなったタバコを携帯灰皿に押し込みながら、土方は立ち上がる。

(あれ?避けられた?)

「まだ、時間あんじゃねぇのか?」
高杉も怪訝そうにする。
「顧問に呼ばれてんだ。あんまりヤニ臭せーまま行けねぇだろ?ガム購買で買ってから行こうかと思って」
「しっかし優等生は大変だなぁ」
「部活、大会出場停止にするわけいかねぇからな」
苦笑してはいるがその表情は柔らかだ。

そして、そのまま、屋上から立ち去ろうとして、出入口に立つ銀時のすぐ側を通った。


「なんだ?」
何故だか、目が離せず凝視してしまったらしい。
打って変ったようなキツイ眼差しが銀時を射抜く。

「いや、なんか…」
「ハッキリ言えや」
「多串くんてさ、何なんだろうなって」
「多串じゃねぇって」

ギッと音がしそうな瞳で睨まれる。
真っ直ぐな真っ直ぐな目。
その奥に見える色香はなんだろう?

「オメーのせいで俺朝からヒデー目にあったんだからな。責任とれよ。コノヤロー 」
まだ赤みの取れない顎を指差してみせる。

「は?」
「だから、志村妙の件で俺がシメられた」
「知るかっ。テメー近藤さん応援するために教えてくれたんじゃねーのかよっ?!」
「違ぇよ!なんで俺がゴリラ応援しなけりゃなんねぇんだ?!」
「近藤さんはゴリラじゃねぇ!じゃ、なんで教えたんだよ?」
「う、それは…」
それを突っ込まれると痛い。

「答えらんねぇのか?クソ天パ。やべ、ほんとに時間無くなってきた」
土方はドヤ顔のまま、屋内へと入り、階段を降りて行こうとする。

「おい!まだ話は…」
「これ以上何を…」
思わず、土方を掴む。
が、その腕は振り払われた。

「「あ」」

勢いがよすぎたのた、踏み外された階段。
スローモーションのように下降する土方の体。

(本当に映画か漫画みたいなことがあるんだな…)

再び、伸ばした腕は辛うじて届くものの、同じような体格の男を完全に引き止めることなど出来るはずもなく…
転がるように二人の身体は半階分の高さを共に、落下した。



「いってぇ…おい、大丈夫か?土方」

思い切りぶつけた、頭を押さえながら、横に転がる男に声をかける。


「……ねぇ…」
「あ?何だって?」
「大丈夫じゃねぇって言ってんだよっ」

土方は右足首を押さえてうずくまり、返答してくる。

「見せてみ?」

そっと足を持ち上げる。
ゆっくり前後左右に動かすと、土方から小さな呻き声が洩れた。

「折れちゃいないみたいが、かなり捻ってるみたいだな。保健室いくぞ」
「クソ」

痛みを我慢しているのか、目元を朱く染め、睨んでいる彼はやけに煽情的に映る。

(うわっエロ…ってないない)

「おい、オメーら、いちゃついてねぇで、早く冷やしに行けや」
「「イチャついてねぇっ」」

高杉のツッコミに二人は同時に喚き散らした。



「トォシィィィィ〜」

保険医の坂本に足を見てもらっていると、何処からともなく絶叫が聞こえてくる。

(ん?どこかで聞き覚えのある声…)

バンっと引き戸が開かれて、入り口には高校生にしてはやたらと体格のいいゴリラが、息をきらせて現れた。

「あ、近藤さん…」
「あ、ストーカーゴリラ…」
土方の顔が少し嬉しそうに、そして申し訳なさそうに変わる。

「階段から落ちたって?」
「すまねぇ。帰りに整骨院に寄って帰るけど、来月の試合までには何とかするから」
「何とかって、いやいやトシ…絶対安静にしといてくれよ。無理ならいいから。
 部の方は何とかするから。お前すぐ無茶するんだもん。
 お医者さんの指示には従って、ね?」

「近藤さん…」
すっかり二人の世界に入り込んでいることに銀時は固まった。

その空気を破ったのは、保険医の坂本だった。

「アハハハハハ。ゴリラ君は土方君のことよーっくわかっとるぜよ」
「先生!ゴリラじゃありません!」

そーかそーかとマイペースな保険医は土方の反論も気に留めない。

「ま、所見じゃけれど、全治2週間ってところじゃろ。
 その間、もちろん部活も停止。
 試合までに本気で治す気があるなら、素直に言うことは聞いておいた方がいい」

「…はい…」

「俺が副将を引き受けてやりますから、心置きなくそのまま引退してくだせぇ」
ずいっともう一人保健室にやってきて、話に加わった。

「総悟っ、いてっ!」
どうやら土方の捻って腫れている足を思いっきり握ったらしい。

「こんなに腫れてちゃ役にたたねーだろぃ。このまま死ねひじかた」
「死ぬか!これくらいで!訳わかんね」

保健室の隅には、ぽつんと銀時と高杉が手持ち無沙汰で立ち尽くしている。

そんな銀時を突然坂本が呼んだ。

「おぅ、金時」
「金時じゃねぇ、ぎ・ん・と・き」
ゴールドじゃねぇ、シルバーだっつうの、と呟きながら、中心へと寄って行く。

「おや、旦那。なんでこんなとこに?」
そういえば、あとから入ってきた茶髪の小柄な男は見覚えがある。

基本的に男の名前も顔も覚えるのが苦手だと自覚はあるが、たしかに見覚えが。

(あ、神楽といつも廊下でバトってる奴か)

うっすらと記憶に浮かんでくる。
たしか、同じドSの匂いがする…沖田くん?だっけ?

「俺は…」
誰かと思い出そうとして、少し返答に間を開けてしまっていたら、すかさず高杉が口を挟んできた。

「こいつら二人でいちゃつこうとして、階段から落ちやがった」

「「はぁ?」」

銀時と土方の素っ頓狂な声が保健室中に響き渡る。

「そういうことでしたか。旦那おめでとーございやす。末永く監禁でもなんでもしてやってくだせぇ」
「「はいぃぃ?!」」

ドS王子は、ニヤニヤとチシャ猫のような笑いを浮かべ、危険極まりない言葉を発射してしてくる。

明らかにネタにして、遊ぶ気満々である。

「そ〜う〜ご〜」
「じゃ、近藤さん。土方さんは彼氏さんが病院でも、家にでもホテルにでも、どこでも送ってきやすから、俺らは真面目に部活いきましょう」
「「だ〜れ〜が〜彼氏だ?!ゴラァ」」
聞き捨てならない言葉を並び立てられ、本来静かなはずの保健室に怒声が起こる。


「それはいい考えじゃ。その足じゃ自転車もよう、漕げん。仲良うな」
「なんで、俺が?!大体チャリどうすんだよ!1台余るだろう?置いて帰れってのか?!」
「一人で帰れます!」
「金時、土方君の怪我の責任はおんしにもある。
 自転車は校内の駐輪場じゃ、置いて帰ったところで問題ない。
 明日も一緒に登校すればええ」

「えぇ?!朝夕送れってか?マジかよ」
「こっちこそ勘弁だ」

銀時と土方は牽制するようにお互いをにらみ合う。

「金時!責任は取らんといかんぜよ!」
「トシ!大事を取れ!」

しかし、結局は周囲の更なる威圧に押し切られ、流されたのだった。

ニヤニヤと見送る高杉と沖田の視線、あっけらかんとした坂本と近藤の視線、それぞれを背に感じながら、ふてくされたまま二人は駐輪場へ向かった。


「で、オメーの家はどこら辺?」
「A駅の表口近く。大江戸マートが目印」

「は?俺んちA駅の東側にある公園のすぐそば。意外に近かったんだな」
「確かに徒歩圏内だな。今まで鉢合わせなかったのが不思議なくらい…」

同じ学年、共通の知人もいるのにもかかわらず、今まで見事のすれ違っていたらしい。

「「奇妙な感じだな」」

また、被ってしまい、お互いに吹き出した。

(あ、わらった)
銀時に、ほんのり暖かな気持ちが沸き起こる。

「あー…足のこと、気にすんな。テメーのせいじゃねぇ」
バツが悪そうに土方が言葉を紡ぐ。

基本的に意地っ張りな性格も自分たちはよく似ているのか、ぶっきらぼうだ。

「そりゃ、銀さんのせいじゃないけどさ」
「んだと、テメー身も蓋もねぇ言い方だな。コラ」

土方が食って掛かろうとするのを手で制す。
もっと、彼のことを知りたいと思うのについ憎まれ口がたたいてしまう傾向が自分にはあるらしい。

「折角、近いんだし、これも何かの縁だからさ、アッシーくらい完治するまでは付き合ってやるよ」
一瞬土方が何か言い返そうとして、そして、やめた。

それを了承を見なして、話を意図的に変える。

「なんか、オメー甘いもの持ってねぇ?」
「なんだよ?突然。腹減ったのか?でも甘めぇものとか…」
「えー、人生には糖分必要だよ? ないと銀さんエネルギー切れで動けません」

そんなことを言ってみる。
反応やいかに…

と思っていると以外にも土方はガサガサと鞄を漁り、奥の方から夏季限定の溶けないチョコを出してきた。

「燃費わりーなぁ。こんなんでもいいのか?」

「もらっていいの?」
「だって、俺甘いの駄目だし」
貰い物だから処分に困っていたようなことを言う。

それはそれで、なぜだか複雑な気分になるが、貴重な糖分には違いない。

「じゃ、帰るぞ」
ぽいっと一粒口にチョコを放り込むと自転車に跨る。
土方も荷台に乗った。

「出発〜」
勢いよくペダルを踏み込む。

ぐんっと加速した車体に荷台の端を軽く握っていただけの土方はバランスを崩し、慌てて銀時の腰につかまった。

「!」
「あ、わり」
びくんとした銀時の体に気が付いたのか、反射的に土方が謝罪を述べてくる。

「ま、男に抱きつかれても嬉しかねぇけど、落っこちるよりマシじゃね?
 今んとこ捕まってろ」
「俺だって、男に引っ付きたくねぇよ」
「我慢してんのは俺の方だっての!」

そういいながらも、背中に感じる土方の体温が外気よりずいぶんと熱く感じて、心拍数をあげている気がする。


初日はそうやってぎゃーぎゃーと騒ぎながら、家路へと自転車は駆けていった。





結局、土方の足が完治するまでの間、送り迎えをすることになってしまった。
朝、銀時が自転車で土方の家に迎えに行き、帰りもまた、送り届けてから、帰宅する日課。
道すがら、糖分摂取をするために途中のコンビニに寄る、それも定着。

いつしか、校内でもつるんでいる時間が長くなっていた。

「オメーそれ何聴いてんの?」
「これ」
土方が自分のプレーヤーを片耳分銀時に差し出す。

「なに?映画音楽?…しかも『シャレード』とか、渋っ」
「よく分かんな…てか、すぐわかるテメーに言われたくねぇ」

「まぁ、とりあえず手当たり次第見てるから」

「ふーん」
「でも、この間みたフランス映画の日本リメイクは俺は駄目だったね。悪いとは言わないけど、元のイメージが強すぎるわ」
「俺は最初からイメージ壊れそうでリメイク作品ほとんど観てねぇ」

「それ正解。なぁ、今度シネマGで『死刑台のエレベータ』のリバイバルやるらしいけど行かない?」
「あ、あそこいいよな。流行ものやんねけど、厳選されてるってか。地味に賞取るような作品、引っ張ってくるってか」

「そうそう」
古い映画の話、音楽の話、行きつけの店、なぜ今まで遭遇しなかったのかと不思議に思う。

「おや、デートですかい?」
いきなり土方の背後から沖田が現れた。

「デートって、なんだそりゃ?」
「最近のあんたら、付き合い始めのバカップルみたいですぜ?砂吐きそうでさぁ」
「は?」

考えたこともなかった。
2人で顔を見合わせる。




そろそろ、共に通学を始めて、1週間がたつ。

坂本の見立て通り、2週間ほど足はかかる予定だが、今週から、リハビリもかねて筋トレを土方は始めていた。

その間、銀時は律儀に教室で寝ていたり、ジャンプをよんで大人しく時間をつぶしていた。

行動だけ見てみると、これが男女であればそう見えないこともない行動パターン。


「おいおい沖田君。気持ち悪いこと言わないでよね?
 これ以上女の子離れていったらどうしてくれるんですか?コノヤロー」

軽口で返すが、内心穏やかではない。

実際問題として、この1週間、確かに『そんな気分』になりかけている自分のブレーキをかけてきたのだから。

「大丈夫でさぁ。旦那なら、その気になれば雌豚の1匹や2匹、土方の2匹や3匹すぐに調教できまさぁ」

「ちょ、ちょっと、なんか著しく銀さんのイメージおかしくない?ドSなのは認めるけど。こうなんていうの…M女を調教っていうより、少しSっ気ある子を屈服させる?みたいな方が好みなんですけど!」

「だ、そうですぜ?土方さん」

ドSコンビの掛け合いについていけなかったのか、土方はぼんやりと外を眺めていたらしい。


「…俺には関係ねぇ」
「そうですかい?」
土方の顔をわざわざ覗き込みこんでから、もう用は済んだとばかりに出入り口へと足を向ける。


「ま、あと1週間、よく考えなせぇ。旦那方」
サディスティック星の王子は爆弾を落としていく。

「なんなの?あれ?? 意味深なこと言いやがって…土方わかる?」
「いや、わかんねぇ。あいつのこと、テメーの方が理解できそうな感じもすっけど?」
土方の口調がやけに冷たく変化した。

機嫌がななめ、というか何かにイライラしている…ような気がする。

心当たりが思い浮かばず、とりあえず、沖田が乱入してくる前に話を戻す。


「で、映画どうする?」
「考えたら、俺週末はちょっと…無理」
「じゃ、来週?」
銀時は喰い下がってみる。

「来週からは、もう一緒じゃねぇだろ?」
「あ…」
そう、完治してしまえば、もともと接点がありそうで接触してこなかった二人だ。

会う機会なんて、ずっと減るに決まっている。

そして、今の土方の様子では、このまま「知人」としての枠さえ危ういのかもしれない。

遠くで授業開始のチャイムが聞こえた。

「おい、坂田?」

呼びかけに答えるでもなく、銀時は言葉を失ったまま、自分の教室へと戻って行った。






それから、さらに1週間がたった。

今、剣道部ご用達の整骨院の前に銀時は立っていた。
土方は、院内で診察を受けている。
予定通りの回復であれば、今日が最後の診察になるだろう。

(治らなきゃいいのに…)
そんな、不謹慎なことを考えてしまうのは、先日の土方の言葉からだろうか。
きっと、部活馬鹿な土方は足さえよくなってしまえば、あっという間に元との生活に戻っていくだろう。


「…糖分不足だ。きっと」

どうせ、まだ、時間がかかるだろうと、自転車は整骨院に残したまま、徒歩でコンビニに向かう。
暑い最中であるから、定番のガリガリくんを齧りながら、足取り重く、来た道をもどる。


間もなく、土方の姿が路面に見えてきた。

「あ、いやがった。メールぐらい入れとけよ」
「ワリ、まだかかるかと思ってさ。終わった?」

「おう、今日で終了。世話になったな」
「…そっか」


予定通り。

ただ、それだけ。
それだけなのだが…

「テメー、一人でそんなもん喰ってんのか?俺のは?」
手に持ったままだった、ガリガリくんの存在を思い出す。

「どれくらいで終わるかわかんねぇオメーの買っても溶けるだけだろ?あ、やべ、これも溶けてきた」
「もったいねぇ」
土方の手がひょいと伸びてきて、銀時の左手を取った。

ぺろり

「冷てぇ。甘ぇ」
手にもたれたまま、一口齧られる。

「う…い…」
「なんだ?うい?」

「いやいや」

そんなことされたら、

「だからなんだ?」
「いやいやいや」

停まんないかも

「テメーさっきから『いや』しか言ってねぇぞ。そんなに喰われたのがショックだったのか?」
「んなことはねぇ!」
いきなりの大声に土方が手を離し、後ずさる。

「土方…オメ…」

銀さん、これ、無理だわ

「あんだよ?」
「直撃です」
あ〜銀さんの銀さんにヒットだわ。
うん、お年頃だからね。

「はぁ?」
「やっぱ、映画いこう」

まずは『オトモダチ』から?

「はい?」
話の展開についていけず、土方の瞳孔が珍しく閉じ気味になっている。

「部活、土曜午前だけだろ?迎えにいくから」
「だから、なんで急にその話?」
「いや、俺が行きたいから」

「高杉とか桂とは行かないのか?」
「俺は土方と行きたいの!」

悪友たちといくのとは、意味ちがうからね。コレ。

「いい…のか?」
「いいって?」

何が?
「足のことで、テメー拘束してたから、これ以上は迷惑かと思ってたんだが?」
「は?」

何言ってんの?
「良心の呵責で無理やりつきあってたんじゃねぇのか?」

だから、何故にそう思うんだか?
「あのね、土方。俺、実はオメーのこと好きみたいなんですけど?」
「そうか、なら良かった」

は?いいのか?おい?
銀時の頭は半ば飽和状態に陥りかけている。

「じゃ、結果報告しに、学校戻るから。土曜、部活終わったら連絡する」

颯爽と立ち去って行く後ろ姿を見送りながら、空を仰ぎ見た。

燦々と夏の太陽が強い光を放っている。

「なにが『なら良かった』なんだ?コノヤロー」
肝心なところは曖昧なまま。

天然なのか、小悪魔なのか?


Skyshine―地上の放射線源から上方に放出された放射線のうち、大気により散乱され地上に戻ってくるもの


放った言葉、気持ちが散乱されても戻ってくれば良いのだけれど…

茹るような高温の中、錯乱した坂田銀時・高校2年の夏であった。



『Skyshine』了



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