『追想』銀髪、柘榴色の瞳の少年は江戸の町を走っていた。 年のころは14・5歳だろうか。 複数の人間に追われていた。 「おい」 ぐいっと急に路地裏へ引っ張り込まれた。 少年、名を坂田銀時という。 銀時の養い人であり恩師でもある吉田松陽のお供で西国・萩より、江戸へやってきていた。 「少し、買い物をしてきますので、ここで待っていてくださいね」 上野の呉服店に入っていった先生を待っている間に7人ほどの人間に絡まれた。 毎回のことながら、この国の人間にしては珍しい銀の髪、赤い目は悪目立ちするらしく、絡まれるネタによくされる。 十代の子どもたちにとって、行き場のないエネルギーを発散させる格好の標的とされることが多かった。 (地元では、夜叉と呼ばれるほどの暴れっぷりが知られていることから、この年になって銀時にちょっかいをかけようという輩はいなくなっていたのだが) (松陽先生。怒ると怖いからなぁ) 相手は同じ年頃の集団。 銀時にとって容赦なく叩きのめすことは簡単なことであったが、江戸に来てまでケンカを買ったと知れた時には、二度と連れてきてくれなくなるだろう。 松坂屋の様子を伺うが、女将と話し込んでいるらしく、まだ出る気配はない。 (しかたねぇ。適当に撒いてくっか) 銀時はそういうわけで走っていたのだ。 しかし、思いのほか少年たちはしつこかった。 地の利、人手を生かし、徐々に回り込まれ、追い込まれていく。 (あぁ…めんどくせぇ) いっそ、ぶちのめしてやろうかと思い始めたころ、腕を掴まれたのである。 思わず、殴りかかろうとして、拳に急ブレーキをかけた。 そいつは真っ黒い豊かな髪をひとつに結い上げた奴だった。 「てめぇと追っかけている奴ら、知り合いか?」 発した声は、女の子にしては低めではあったが、男というには少し高かった。 身なりは大店の奉公人に見える。年の頃は、銀時より2から3歳は下だろうか。 「え…と女の子?」 「んな訳あるか!ボケッ」 腕を捕まえたままの状況だったのも手伝って、ボディブローがキレイに決まる。 「ぐ!!」 (ちくしょ。男か) 一縷の望みを賭けて聞いてみたのだが、やはり男だったようだ。 青灰色のキツメの瞳、羨ましいかぎりの黒髪ストレート、細い手首… (無茶苦茶ストライクど真ん中だったのに…野郎かよ) 「見つかったか?」 「こっちの方に追い込んだ筈なんだ」 銀時を追いかけていた悪ガキ達の声が近づいてくる。 「おっといけねぇ。こっちだ」 黒髪の少年は、銀時の腕を取り、路地裏へ更に引っ張りこんだ。 「だ、だから何なんだよ?!おめぇはっ」 「うっせぇなぁ。助けてやるって」 この辺りの地理に明るいらしく、迷う様子もなく進んでいく。 掴まれた状態では歩きにくくて、途中、手をつなぎなおした。 お互いに何もしゃべらない。 初めて会った相手におとなしく着いていく経験など、 先生に拾われた時以来だなと、銀時はぼんやり繋いだ手を見ながら思った。 「ほら、着いたぜ」 気が付くと、先生を待っていた松坂屋へと辿り着いていた。 「おい」 「あ」 怪訝そうな少年の声にやっと現実に引き戻された。 その手を離しがたく、握り締めていたのだ。 「あんた、なんで助けてくれたんだ?」 仏頂面だった少年は、はじめて笑った。 「お客さんに頼まれた。外で待っている銀髪の相手してやってくれって。 喧嘩っ早いんだって?」 眉間に寄っていたシワが解放された笑顔は、年相応のもので、花が綻ぶようだと銀時は柄にもなく思った。 「好きで喧嘩買ってるわけじゃねぇよ。見てくれで絡まれるんだから仕方ねぇだろ」 照れ隠しで銀時の方がぶっきらぼうになる。 「確かに見事な天パだな」 「そこぉ?色じゃなくて天パ?!」 生まれ付きの人とは異なる髪と瞳のせいで、散々嫌な思いをしてきた。 「いや、だってその色、自毛だろ?」 少年は銀時に握らせたままだった手をそっと解き、髪に触れた。 「自然な色だから違和感ねぇよ」 手触りが気にいったのか、くるくると指を絡めて遊びだした。 銀時よりも身長が小さいため、少年に下から見上げられる体勢になる。 (ちょっ!顔近いっ) 同じ男だとわかってはいるのだが、黒灰色の瞳にドキドキしてしまう。 「『お前』の色だから気にすることじゃねぇよ」 (なんで、こんな初対面のガキになぐさめられてるんだか) それでも、会ってどれほどの会話もしていない相手でも、外見を気にせず、 更に触れてくれる人間もいる事実が、銀時を温かくしていた。 店の中から年配の女の声が聞こえる。どうやら少年を呼んでいるらしい。 「あ、女将さんだ。てめぇのお連れさんも終わったようだぜ」 「あぁ」 今度は頭から離れていく手が名残惜しい。 しかし、あっさりと離され少年は踵を店へ向ける。 思わず、のばしかけた手を、結い上げられた黒髪が離れる少年の動きに合わせ、サラサラと掠めていった。 「じゃあな」 少年はもう一度、ほんの少しだけ、口端を持ち上げて笑う。 入れ違いで松陽が出てきたため、その場かぎりとなってしまった。 (あ、礼言ってない。この店で働いてるなら、江戸に来りゃ会えるか…) しかし、その後、(無理矢理)江戸に上るお供を買って出ること数回、 少年は店から姿を消していた。 そして、十数年の歳月が過ぎた。 今、銀時は住まいを江戸かぶき町に構えている。 相変わらず、だらりとした体勢で社長椅子に座って一枚の写真を眺めていた。 「あれ?銀さん。なんの写真ですか?」 掃除をしていたメガネの従業員が声をかけた。 「ん〜。初恋の人?」 「えぇ。爛れた恋愛感しかない銀さんでも、そんな時期あったんですかぁ?!」 「だから新八はダメガネアル。 初恋でコテンパンにやられたから爛れたに決まってるヨ」 どれどれと大喰らいの少女も写真を覗き込む。 「うわ。綺麗な人ですね」 「銀ちゃん。相手にされなかったネ?」 「うっせぇよ」 写真には、豊かな黒髪を高い位置で一つに結い上げたキツメの眼差しをした人物が写っている。 年は二十歳前後。 「年上だったんですね」 「んにゃ、年下。ほれ、もういいだろ。そろそろ行くぞ」 写真は懐にしまい、立ち上がる。 今日は久しぶりに仕事が入っていた。 依頼人は真撰組局長・近藤勲。 新八の姉お妙に求愛中の近藤は『未来の義弟』の職場を心配して、庭の剪定を依頼してきていたのである。 (さて…) 真撰組の屯所に向かいながら思案した。 ほんの一時間にもならないような短い会合であったが、確かにあれは『初恋』だったと銀時は思っている。 あれから攘夷戦争等で混乱した時代が続き、名前さえ知らない彼を見つけることは叶わなかった。 だが… 「旦那、珍しく定刻じゃねぇですか」 ちょうど、屯所から出てきたのは、真撰組のサド王子だった。 「総一郎くんじゃん。ちょうど良かった。これ、あんがとね」 「総悟ですって。もう、いいんですかい?これで土方の野郎で遊ぶんじゃなかったんですか?」 意外そうな顔で銀時が差し出した紙を受け取る。 「そのつもりだったんだけどさ。別件の方… もしかしたらって思ってたこと、確認できちゃったから、もういいや」 同行の神楽と新八が状況が分からず、顔を見合わせる。 沖田が受け取ったのは、先程見せられた『初恋の人』の写真。 「さぁ、仕事すっぞ」 珍しいことに、銀時一人が張り切って、真選組屯所の門をくぐる。 新八と神楽、沖田の三人が残された。 「旦那がやる気たぁ、嵐でもくるのかね」 沖田までが呆気に取られて見送った。 「初恋に浸って、益々おかしくなったアルか?」 「チャイナ、今なんていった?」 「お前には関係ないアル」 沖田に問われ、にべなく返答した神楽を取り成すために新八が間に入った。 「その写真の人、銀さんの初恋の人なんだそうなんです」 1番隊隊長は押し黙り、まじまじと写真をみつめた。 「その人、沖田さんとお知り合いなんですか?」 「知り合いもなにも…」 今度は新八の問いに、沖田が、先ほどの写真をくるりと二人の方へ向け、一言。 「こいつは江戸に出てくる前の土方さんでさぁ」 「「ええぇぇぇ」」 辺りに万事屋の子どもたちの声が大音量で響き渡ったのだった。 「ひっじかたく〜ん」 「この腐れ天パ〜!」 屯所内では土方の怒声が鳴り響いたのはほんの数分後。 『追想』 了 今回は少し言い訳… 元々は史実土方さんが江戸の松坂屋に奉公に出てたところからの捏造話でした。 ただ、バラガキ篇が描かれた後となってはちょっと時間系列が微妙(^_^;) 気持ちとしては、 家を飛び出すまでの間に奉公に行っていた、 もしくは飛び出してから近藤さんに会うまでの間、食いつなぐため…のどちらかな。 前者の方が強いとは思うですが… 懲りずに、 薬の行商設定も組み込みたくなる…史実好きとしては… ぬるい二次創作ってことで見逃してくださいませm(__)m (18/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |