うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『The ghost at midday』




幽霊話。怪談。

古今東西、そういった類の話は尽きないものである。
特に学校という施設では…
口伝を主な媒体として継続されていく怪談は各学校、各世代によって、多少のアレンジは異なるが、おおよそ同じようなものだろう。

多分に漏れず、土方十四郎の通う高校にも存在した。
化学室、生物準備室、音楽室、滅多に使われない最上階隅の女子トイレ…
そして、図書室と土方がこの春から使っている2年Z組の教室。
通常人気のない薄暗い空間がそういったものを呼び込む。

だが、珍しいことに、現役で使われている教室にも噂があった。
日当たりの良い教室、元気に走り回る高校生の教室。
怪談に似つかわしくない部屋にある、たったひとつの不思議。

それは、だれも使うことのない机と椅子の存在だった。
クラスメイト32人分+1
進級した先輩達の時にもあったらしい。

そして、机に付随する銀髪の少年の噂。
夏の頃になると夕暮れ時、いつのまにか、そこに座っているらしい。
彼は、同様に図書室の書架の合間でも目撃されている。
誰に話かけるでもなく、ジッと辺りを紅い瞳で眺める銀髪。

そういう怪らしい。

らしいと表現するのは、その怪談を当時、土方は知らなかったからである。
もともと、あまり噂話に聞き耳を立てたり、積極的に会話に加わるほうではなかった。
どちらかと言えば幽霊の類は苦手だから、無意識下で耳を塞いでいたのかもしれない。

だから、知らなかった。

知らなかったから、だから、すごく顔色を悪くしたクラスの女子に、夏休みの間だけ、図書係を代わって欲しいと頼まれても、何か用事があるんだろうな、ぐらいにしか思わなかったのだ。

そうして、土方は夏休みの毎週水曜日の午後、利用者のほとんどない図書室の当番を引き受けることになった。

図書係なんてやったことはなかったが、最初だけ司書の先生にやり方を習いさえすれば、なかなかに楽な仕事だった。

基本的に、来室者はほとんどない。
生徒は、そのほとんどが冷房が効いて、しかも蔵書が揃った付属大学へ行く。

ここの蔵書は創設者の意向でとても偏っているのだと、司書の桂も苦笑いしていた。
それでも、ごくたまに現れる閲覧者の対応をし、自分も課題を進める。
苦手な人もいるだろうが、土方は、この少し薄暗い、独特の古い紙の匂いが充満する空間が嫌いではなかった。
だから、気がつくと、自分のどうしても外せない日以外は、当番でなくても図書室で時間をすごすようになっていた。



カタン

(あれ?)

今日は水曜日。
自分が当番であるし、桂先生も職員室で選書中の筈だ。
しかし、音は明らかに書架の方から聞こえた。

「誰かいるのか?」
自分が気がつかないうちに誰か入り込んでいたのだろうか。

コトン

やはり本を棚に入れる音がする。

書架で作られた通路に一人の青年が立っているのが見えた。
確かに制服をきているが、何か違和感がある。

「あんた…誰?」

初めて見る顔だ。
しかも、天然パーマなのか、無造作に跳ね回った銀色の髪は重力を無視している。
特徴的な風貌に、更に違和感が募る。

(こんな目立つ奴なのに校内で見たことがないとかありえねぇ)

「あんた、何してんだ?」
言外に部外者だろ?と伝わるよう睨みつける。

「オメー、俺が見えるんだ?」
「は?」
少し俯いて男は呟く。
角度が変わって、逆光になり、表情は影で隠された。


ガラリと図書室の引き戸が開けられた音がする。

「おい、土方いるのか?」
桂が受付にいない土方を探している声。

「またね、多串くん」


「土方、書架か?」
「先生、ここに…」
話し声に気がついたのか桂が書架まで探しにきた。
呼びかけに応え、一度銀髪から視線を離す。
再び振り返った時には、その姿は煙のように消えていた。

「え?」

残像のように、紅い瞳だけが、土方の黒灰色の目に留まり続けていた。




「何かあったのか?」
「いま、ここに人が…」

あぁと司書教諭の桂が納得した。

「銀時か…」
「銀時?銀髪の?」
桂はジッと土方を見つめた。

「お主、うちの図書室の怪談しらないのではあるまいな?」


「え?そんなもんあるんですか?」
呆れたような顔をされて、土方は羞恥心を煽られる。
知らないことが、異様だという目で見ないで欲しい。

「あれは、銀時はここに固執しておる。悪さはせんから無視しておけ」
「……まさか、『アレ』が怪談本人なんですか…?」
桂は苦く笑う。

「怪談本人といえば、そうだな。フラフラと落ち着きのない亡霊のようなものだ」
「………」
亡霊…嫌な言葉だ。

「なんだお主、恐いのか?」
「そんなことないです!」
図星をつかれ、必要以上に大きな声になってしまう。
「ならば、問題ないな」
「………はい」

よくない、本当はものすごくよくない。
形のないもの、殴れないものは対処しようがないではないか。

「明日から俺は研修に一週間ほどいないから、何かあれば服部先生に言いなさい」
「えぇっ」

(どうすんだよ?コレ?
そういや、あいつ『またね』とか抜かしてなかったか?おい〜)
「おぉ時間ではないか。後片付けして帰っていいぞ。明日から頼むな」
(とりあえず…山崎辺りに怪談の事調べさせるか…)
帰り道、やたらと情報通の地味な後輩にメールを送りつつ、土方は重たいため息をついた。




数日は、静かな日々だった。
正直な話、幽霊、お化けの類は苦手だ。
しかし、『銀時』はあまりおどろおどろしさがなかったためか思っていたよりも冷静にすごせている。
山崎は少し嬉しそうに引き受けてくれたが、まだ連絡はない。

「はーい、お元気ですかぁ?」
突然、ゆるい声が聞こえ、顔をあげると銀髪が立っていた。
「あんた…え…と銀時…さん?」
「あれ?名前知ってた?」
「桂先生が」
ふーんと近づいてくる。

土方が陣取るカウンターに頬杖をついて、まじまじと遠慮のない瞳が値踏みするように眺める。
「多串くんさぁ」
「多串じゃねぇ!土方だっ」
「じゃ、土方」
「おう」

「俺の噂聞いてないの?」
「図書室と2Zに現れるゆうれい」
「怖くねーの?」
「別に」

怖さ半分好奇心半分。
真昼の幽霊。
一見、普通の人間と変わらない身体。
特異なるは銀髪と紅い目だろうか。
フワフワした銀髪は綿菓子のようにみえる。

「オメー、ここ好き?」
「ん?まぁ落ち着く」
日に焼け、黄ばんだ背表紙、古い紙特有の匂い。
それらに囲まれていると、確かに落ち着く。
ここは特殊な空間だ。

「そっか。それならいい」
何が良いのか、わからなかったが、それまで、やる気のなさそうな顔だったが、急に煌めいて見えたので、黙り込んでしまった。

(でも、やっぱり怖くねぇな…)
「なぁ、そんなに銀さん見つめないでくれる?」
照れるじゃない、と困ったような顔で笑われた。

「いや、アンタ幽霊ぽくねぇなと思って…」
「そりゃね…」
バタバタと廊下を走る音が、無人に近い校舎に響いてきた。
しかも、それは真っすぐこちらに近づいてきているようだ。


ガラリ
勢いよく、図書室の扉が開かれた。

「土方さんっ無事ですか?!」
「は?」
足音の主は後輩の山崎退だった。

「無事って何なんだよ?」
「図書室の幽霊ですよ。調べろっていったでしょ?取り殺されてないかと…」
「コイツそんな…あれ?」
そんな人を呪うような気力なさそう…と、先程まで、銀時が立っていた場所に目を戻すが、すっかり消えていた。

「まさかとは思いますが、アンタ名前教えてないでしょうね?」
「なんか悪いのか?」
あちゃーと山崎は天を仰ぐ。
「不味いです。なんでも呼び掛けに答えちゃうと、一人で淋しいからって連れていかれてしまうって噂があるみたいですよ。あ、これ、女子達の裏の情報ですけど」
「そういや、テメー、そうやって女子の中に溶け込むスキル持ってるクセに、彼女いねぇな」
「ほっといて下さい。土方さんだって、彼女いないじゃないですか!いや、そうじゃなくて!どうなんです?」
「いや彼女なんか面倒臭いからいらね」
「じゃなくて!ボケんで下さい。呼び掛け…」
「答えた」

「は?」
「そりゃ呼ばれたら答えんだろ。普通」
土方は妙なところで納得した。

だから、最初に見かけたときに銀時は『見える』かどうか聞いたのだ。
きっと、噂を知っていた者は、見えてはいても、返事なんてしないだろう。
土方のように彼の話を知らない者以外は。

「うわ、どうしたらいいのかな?お祓い?」
「いや、別にいいや」
「土方さん?」
「ま、様子見るから」
「えぇっ?!」
山崎がまだ何が喚いていたが、土方の意識は少し淋しげな銀時の紅い瞳に飛んでいたのである。





それから、数日おきに銀時は図書室に現れた。
決まって、土方一人の時に現れ、日がな一日楽しそうに世間話や本の話をする。

いつしか、それが日常になっていたし、土方は待ち遠しくさえ感じていた。
夏休みも終盤のある日、銀時はいつものように、ふらりと現れたが、様子はかなり違っていた。

「土方、おれさ…そろそろ行かなくちゃならないんだ」
「…?」
「お前のこと、連れてきたいけど…出来ないんだ」
そうしたいのは山々なんだけどね…と妙に大人びた表情で淡々と語る。

「…いやだ」
「土方?」
「テメー、名を取った人間、連れ去っちまうんじゃなかったのかよ?連れてけよ!」
「!」
突然の土方の言動に銀時が硬直したのが分かる。

「俺と来てくれるの?」
「あぁ」
この古めかしい、閉ざされた空間で過ごした日々。
愛おしそうに古典文学の森を眺める銀時。
時々垣間見た、物憂げな横顔。

「連れてけ」
「土方…今は無理だけど、あと少しだけ待って」
「どれくらい?」
「春まで…」
「本当だな?一度成仏したら戻ってこれないんじゃないのか?」
「成仏って…そうじゃなくて、とにかく、待ってて。土方」
初めて、銀時が土方に手を伸ばした。

そっと頬を包み込まれる。
「いいっていうまで目閉じてて」
土方は見納めになるかもしれない大好きな紅い瞳をもう一度自分の目に焼き付けて、瞼を降ろした。
その瞼に、頬に、唇に
やさしくキスを落とし、ゆっくりと離れていく気配。

「またね、多串くん」
最初に出会った時と同じ台詞を残して、土方十四郎の夏は幕を降ろしたのだった。



それから、幾つかの春は過ぎていった。

今だ、土方の心はあの高校2年の夏に置き去りにされたままだ。

「土方…」
司書の桂がぼんやりと母校の図書室に座る土方に声をかける。
あの夏に、どんな約束が交わされたか、桂が知るはずもないが、こうして卒業した今も入室を許可してくれていた。

「お邪魔でしたか?」
「いや、本当はここも、経費削減で取り潰されるはずが急に中止になったとはいえ、利用者も相変わらず少ない…問題はない」
「すみません…」
土方自身もそろそろ断ち切らなくては、と思ってはいる。
真昼に現れる図書室の幽霊の側にいたくて、進学もそのまま付属の大学に進んだ。
ただ、あまり、卒業生とはいえウロウロしていいはずもない。

「もう少しだけ…」
この桜の時期を過ぎたら、消し去ることができるだろうか?
ひと夏の記憶を。
書架の森を散策しながら、瞑目する。
今や、ここは土方の庭だ。

カタン

音は明らかに近い。
今日も土方一人のはずだ。
「誰かいるのか?」
自分が気がつかないうちに誰か入り込んでいたのだろうか。
コトンとやはり本を棚に入れる音がする。

書架で作られた通路に一人の青年が立っているのが見えた。

「あ…」
天然パーマなのか、無造作に跳ね回った銀色の髪は重力を無視している。
ゆっくりとその青年は視線をあげた。

忘れられなかった紅い瞳。

「あんた…誰?」
あの日を再現するような情景。
しかし、違和感。
相手も自分も少し大人びたからだろうか。

(?相手も?)
幽霊も成長するのか?
目の前の銀髪は、記憶よりも幾分、完成された大人の身体つきであったし、細身のスーツを品よく着こなしていた。

「あんた、何してんだ?」
何者だ?とばかりに睨みつける。
「オメー、俺が見えるんだ?」
ニヤリと返ってきたのは、あの日と同じ答え。

土方の黒灰色の瞳から頬に一筋、雫がこぼれ落ちた。

「改めまして、この春よりこの学園の理事長を引き継ぎます、坂田銀時です」
男は真っ直ぐにこちらに向き直り、妙に真面目な顔で何か言ったのだが、
土方の頭はすぐにその言葉を咀嚼できない。

「は?」
「あれから、死ぬ気で頑張って認められて戻ってきました」
「おま…幽霊…じゃ…」
「あれ?まだそんなこといってんの?」
唖然と状況についていけない土方を引き寄せ、腕に閉じ込める。

「幽霊ならこんなことできません」
「だって…」
「いや、あれは理事長のどら息子が、夏休みだけ留学先から帰って、お気に入りのここと校内我が物顔でうろつくから出来た噂話で…」

「あ…」
確かに、桂先生も『幽霊みたいな』と称したし、本人も肯定したことはない。

最後の日と同じように頬に手を添えられた。

その瞼に、頬に、唇に
同じ手順。
やさしくキスを落としていく。

「ただいま、土方」

止まっていた、土方の夏が一気に動き出した瞬間だった。




『The ghost at midday』 了




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