うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Out of Control』




「せんせぇ」
べたっと背後に園児がひっついてきた。

「銀時?」


ここは私立の幼稚園。

この秋より、土方十四郎は幼稚園教諭の資格をとるために、ここへ研修に来ていた。
研修で園長や理事長の受けが良かったのか、そのまま卒業後はこの園に就職するよう声をかけてもらっている。
おかげで就職活動をするまでもなく、内定が貰え、大学の講義がない日は勉強も兼ねて園にボランティアで来ていた。

今日は、年中クラス・とら組の補助に入っている。
とら組はひと癖もふた癖もある園児が集められたクラスで、担任がいつもそのエネルギーをもてあまし気味なのだ。

その中でも、ひときわ変わった園児が今土方の背中に張り付いている、この坂田銀時だ。
日本人は珍しい、銀色の髪。
重力を無視して跳ね返った天然パーマ。
お遊戯などのカリキュラムなど、興味のないものの時には、死んだ魚のような目でぼんやりとあくびをするだけで突っ立っている。
そのくせ、入園時の知能テストの結果は、素晴らしかったらしい。

やろうとさえすれば、大概の事は卒なくこなしてしまう、天才肌というか、教師としては扱いにくいタイプの子供だった。
なまじ、この年にしては弁もたつものだから、容姿のことで他の園児にからかわれるということも今のところ、あまり見かけていない。

担任が持て余していた銀時だったが、なぜか土方にはべったりと懐いていた。


「なんだ?今日も延長か?」
「おう。銀八のやつ、今日は職員会議がながくなりそうなんだと」
背後から、正面に回り込み、抱きついてくる。

「テメー、親のこと呼び捨てにすんなってあれだけいってんだろうが」
「だってさぁ。あいつのせいだ。このへんちきりんな髪の天パ!」
「あぁ、なんか父さんもそんな髪なんだってな」
ぷうっと頬を膨らませる様は、普段のふてぶてしさを幾分緩和させ、年相応に見せている。

この園ではワーキングマザーでも通わせやすいようにと、最長19時まで預かり保育を行っていた。

銀時は父子家庭だ。
銀時が生まれて、間もないころに母親は病気で他界。
幼稚園と同じ系列の高校教師である父親がひとりで銀時を育てているらしい。
銀時いわく、「いざとなったら、ババアが手伝ってくれっけど」とのことだ。
ババアといっても、祖母というわけでもなく、血のつながりない遠縁の女性のことらしい。

「土方先生」
ひょこりと先輩教諭が教室を覗きに来た。

「悪いんだけど、今日引き続き延長のほうまで、お願いできる?
 もちろんバイト代だすって松平園長も言ってるから」
「俺は構いませんよ」
延長保育まで残るのは初めてのことだ。
基本的にはシフト制で教諭が残ることになるのだから、今のうちに経験しておいて損ということはないだろう。

「えぇぇっ!せんせい残ってくれんの?まだ一緒にいられんの?」
再びべったりとひっついてくる銀時に苦笑しながら、土方は一度引き剥がした。

「そういうことになるな。
 いい子にしてねぇと父さんに日ごろのテメーのセクハラ具合話すぞ?」
「う…」
ちょっと変わり種の銀時は、女性教諭ではなく、男である自分にスキンシップをとろうとする。
それ自体は何の問題もないし、懐かれて嫌なわけはない。
だが、最近徐々に銀時の接触は度を越し始めている気がするのだが。
先輩たちに相談しても、これまで誰にも懐かなかった銀時のことだから、
よほど、土方に心を許している表れだと相手にしてもらえない。

「セクハラって言わないでよ。愛情表現って言って?」
「はいはい」
苦笑いしながら、土方と銀時は他の延長で残っている園児たちの教室へと移動していった。



預かりの最終時刻19時を時計の針はまわった。
だが、銀時の迎えはまだ来ていない。
そんなことはお構いなしに銀時は一人、帰り支度を始めていた。

「お前、どうするつもりだよ?」
「ん〜大丈夫大丈夫。いつものことだから。高等部棟の辺りで銀八待ってっから」
12月ともなれば、日が落ちるのも早い。
外はすっかり暗くなっていたし、気温もぐっと低くなってきていた。
この寒空のしたで待つというのか?

「俺が残ってるから、ここにいろ」
鍵は松平園長の自宅に直接返しに行けばよいし、先輩には先に帰ってもらって…頭の中で算段を付ける。


「いいの?」
「子どもが遠慮するな」
「子どもじゃねぇよ!銀時だ」
「はいはい」
くしゃくしゃと柔らかな天然パーマをかき混ぜてやると、照れたような少し赤い顔になるのが微笑ましい。

「先生。待っててくれよな」
「ん?」
「俺、すっげぇ頑張って早く一人前になっから!」
ずいっとこぶしを突き出してくる。

「おう、待ってる待ってる」
「だから、予約」
「予約?」
銀時につられて出した手のひらから小指をつながれた。

「先生をお嫁さんにする予約」
「は?」
5歳児にはまだ性差がはっきりと理解できていないのだろうか?
どう返してよいやらと自分の半人前具合に頭を抱えていると、指切りをいつのまにか切られ、にやりと笑われる。
頭を切り替える間もなく、ちゅっと音をたてて口に銀時の小さな唇が当たっていた。

「これ、誓いのちゅうな」

「ちょっ!」
「なにやってくれちゃってんですか!コノヤロー!」
突然背後から、声がかかった。

あわてて振り返ると、銀時をそのまま成長させたような20代後半の男性が立っている。
どう見ても、その特徴的な銀色の天然パーマが遺伝子的な繋がりを示している。

「おう!銀八!紹介するわ。このひと、将来のお嫁さんになる土方先生」
「銀時!お前の話してた土方先生って男性だったのか?!」
「おう!男だけど、美人だろ!」

「すっすみません!ちょっとふざけてただけだと思いますんで!」
ドヤ顔で紹介する銀時に圧倒されてしまったが、父親の言葉で土方はあわててフォローを入れる。

「いやいや!どうせ碌でもないこと言いだすのはコイツですから!
 むしろ先生は被害者だってわかってるんで」
銀八は、銀時の頭を無理やり下げさせると、こちらも慌てふためいている。
二つ並んだ、大小の銀色のふわふわが同じように揺れる様子がおかしかった。

「邪魔くせぇなぁ!だから銀八に先生会わせたくなかったんだよ」
「どういう意味だ!コラっ」
「あ、あの坂田さん!きっと銀時にも何か事情が…」
父子家庭で本当は寂しいのだとか、構って欲しい病なのだとか、
ありきたりな理由がいくつか浮かんでは消えていく。
なんだか、銀時に限ってはどれも、当てはまらない気もしたのだ。

「そうそうジジョー!おれ本気だから!銀八オメ―には、やんねぇからな!
 取んなよ!」
「なに訳わからんことを!すみません。また改めてお詫びにきますんで!今日は…」
「あ、はい。お気をつけて」

賑やかに立ち去っていく親子のそっくりな後頭部を見送りながら、土方は溜息を吐く。

「さて、片付けるか…」

もっと、園児の心理を学ばないといけないな…
そんなことを改めて思い知りながら、戸締りに園舎をまわり始めたのだった。





『Out of control』 了



すいません。
もしかしたら気が向いたら続きを…(^_^;)
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