うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『七夕狂騒』




風のように自由で
水のようにとらえどころのない男だと思う。
何に囚われることのない自由な魂。

自分のようなガチガチに凝り固まった融通の利かない人間にとって、
時に羨ましい存在。
その魂に直に、触れてみたいと思い始めたのは何時の頃からだろう。

出会ったころは何かにつけて、顔を合わせれば、即座にお互いが抜刀、掴み合い。
そのうち、巡回中に道端で出会っても、悪態をつき合うことは変わらないが、お互いの破壊活動活発な子供たちの愚痴(自慢)を団子屋の長椅子で背中合わせに、零し合うぐらいの距離になって…

なぜ、俺はあいつに興味を持つ?
自分に疑問を持った。

奴のことを知りたいと思う一方、深入りすることへの躊躇い。
戸惑い。
嫌われているという確定要素。
好かれているという可能性の低さに唖然とする。

自覚した時から、成立しないことが決定した想い…。



巡回中に大きな笹を抱え歩く、銀髪頭を見つけた。
今日は万事屋の子どもたちの姿はなく、その代わりに小柄な女性が隣を歩いている。
煙草のフィルターを噛み、気が付かないふりをして、やり過ごそうかとしていると、
向こうから声をかけられてしまった。

「多串くんじゃん。今日も沖田君に逃げられたの?」
「ちげーよ…。その…彼女か?」
銀髪天然パーマ―万事屋・坂田銀時は上機嫌な様子だった。
「んー?そんな感じ?」
「やだ、銀さんったら」
女は真っ赤になってうつむく。

基本的に万事屋はモテないモテないと自分では言っているが、何人か想いを寄せている女がいるという情報では入ってくる。
ただ、とても個性的なメンバーも多いらしいが。

今日連れている女は、楚々とした感じの大人しそうな女だった。
既に嫌われているからといって、これ以上、デートの邪魔をして野暮な男だとは思われたくなかった。

大きな笹は、数日後にせまった七夕の飾りつけだろう。
今から、一緒に飾り付けるのかもしれない。
胸の内のドロドロとした感情を抑え込み、新しい煙草を咥えなおして、二人から無言で離れた。
珍しく、突っかかってこないことを不審に思ったのか、万事屋の訝しげな声がうしろでしていたが、気が付かないふりをして歩き続ける。

あいつに女がいたって、おかしなことはない。
元々、女好きを公言し、下ネタ、セクハラネタで絡んでくる奴だ。
わかってはいるのだが。

(情けねぇな)

予定の巡回コースをただ機械的に歩いていく。
意識してあたりを見回すと、あちこちの軒先に七夕用の笹が準備され、願い事がつりさげられていた。
しばらく、これを見るだけで苦い思いをしてしまうのだろうなと自嘲する。

彼は、銀時は何を願うのだろうか?


屯所に戻ると、表に黒塗りの車が止まっていた。
松平が来ているようだが、予定にはなかったはずだと首を傾げていると、局長の近藤自らが出迎え、局長室へと土方を招き入れた。

「とっつあんがトシに頼みごとがあるらしい…」
近藤にしては歯切れの悪い、バツの悪そうな顔に土方は嫌な予感しかしない。
どうあっても、今日は厄日らしい。
そう諦めるしかないようだと深い深いため息をついた。









カコーン

志士脅しの音。
整えられた日本庭園、しずしずと案内する料亭の女将。

(お約束すぎて笑えねぇ…)
土方は本日見合いの席に来ていた。
「こちらでございます」
通された間には既に他の者はそろっていた。
土方が最後のようだ。

「おぅ、やっときたか」
今回の仕掛け人、警察庁長官松平片栗虎が自分の隣に座るよう、指示した。
土方は軽く一礼をし、黙って、それに従うしかない。
部屋の中に、ホゥと吐息をつかれたのが感じられた。

「遅れて申し訳ない。これが、うちの栗子です」
松平はヌケヌケと紹介したのである。


今日の土方は、松平の愛娘・栗子の見合いの肩代わりをするのが仕事だったのだ。
(こんなデカくてゴツイ姿なら断ってくれんだろ)、
馬鹿らしいとは思うが、真選組を全面的にバックアップしてくれている松平の頼みとあっては断りきれなかった。
溺愛する娘に持ち込まれた縁談に松平は頭を抱えた。
先鋒も幕臣、しかもかなりの地位を持っていて、そう無下には自分からは断れない。
替え玉を用意する案をすぐに思いつきはしたが、なじみのキャバ嬢に頼むのも気を削がれ、いっそ、女装した男ならと真選組へ話を持ち込んだ。
ただ、近藤では体格と容姿から、男であることはどうやっても隠せなかったし、年齢的にも容姿的にも適任な沖田には性格の問題があった。

そこで、そこそこの体格、見目から土方に白羽の矢が立ったのだ。

土方はぼんやりと相手の男を見る。
体格は土方と同じくらいか、やや小さいくらいだろうか。
いかにもインテリ然とした嫌味な感じが鼻につく。
(とっつあんが嫌うはずだ)
まぁ、どんな男を連れてきても気には喰わないのだろうが。

(早く帰って、溜まってる仕事するか、一眠りしてぇ…)

女物の大振袖を着付けられ、短い髪に無理括りつ付けた髪と髪飾り。
この着付けの為に今朝はずいぶんと早くからたたき起こされていた。

「では後は、お若いお二人で」
(なんかマニュアルでもあんのかな?)
決まり文句に苦笑しながら、松平を盗み見ると、何を思ったのかグっと親指を立ててみせる。
(あとは適当にお茶濁せば、とっつあんがどうにかしてくれるってことか)

「では庭にでも…」
(あぁ、こいつも定番すぎ…)
土方は重たい諦めて、見合い相手の後に続いた。


「栗子さん。確か10代とお聞きしていたのですが、
 すごく大人っぽくて美しくていらっしゃる。びっくりしました」
歯の浮くような会話に土方は砂を吐きそうだった。
「いえ…」
出来るだけ、裏声で小さな声で答える。
しゃべったら直ぐに男だなんてばれてしまう。

うつむいて、やり過ごそうとしていると、突然、両手を掴まれた。
「あなたのような美しい方なら、私の隣に立って遜色ない。是非このお話すすめさせて…」
「はぁ?!」
今度は思わず素で声を出していた。

(どうすんだよ。とっつあん。
 相手から断ってもらう予定が、気に入られちまってんじゃねぇかよ。
 っていうか、こいつ目おかしいだろ?)
真選組の頭脳も、さすがにこの状況は予期していなかった。
手を握られたまま、相手は何やら賛辞らしき言葉をまくしたてているが、耳に入ろうはずもない。


ドォン

突然、地鳴りと共に爆発音があたりに響きわたった。
一拍おいて、2発目が放たれた気配がする。

(爆弾?いやバズーカーか)

「テロかっ?!」

私用とはいえ、幕府高官が2名も見合いの名目で揃っていて、
しかも通常より警備は薄い。
確かに要人暗殺にはもってこいな状況だ。
爆音は最初の2発で終わり、代わりにバイクのエンジン音と色んな物が倒されたり、割れたりする音が聞こえ、だんだんとそれが、こちらに近づいてくる。

「何事だ?!」
走り出そうとして、土方は自分の成りを思い出す。
帯刀はもちろんしていないうえに、大振袖で立ち回りは厳しい。

しかも、見合い相手は手を握ったまま、硬直してしまっていた。
舌打ちも止めようがない。


次の瞬間、爆音の主は日本庭園へと入ってきていた。

悲しい習慣か、一般人を守るという意味で土方は男の手を引きはがし、背にかばうように追いやった。


「あ?万事屋?」

しかし、目の前に突っ込んできたのはテロリストではなく、見慣れた銀色とその愛車だった。
いつものゆるい目をどこにやってしまったのか、気魄迫る形相でこちらへまっすぐスクーターを走らせ、砂利をまき散らしながらのUターンをかまし、その勢いを使って土方の腰を捕まえた。

「は?」
そのまま、フルスロットルで再加速する。
見合い相手はアワアワと、這って逃げようとする姿があっという間に視界から遠ざかって行った。

侵入してきた時と同じぐらいの勢いでスクーターは暴走、
日本庭園も門扉の半ば破壊しつつ、店を脱出する。


そのままひとしきり走りつづけたのだった。





見慣れた河川敷が現れたころ、ようやく、スクーターは停まった。

土方はやっと肩に担がれた状態から降ろしてもらえ、息をつく。
綺麗にセットされていた髪はバラバラと乱れ、着物も着崩れ、草履も片方をどこかに落としてきていた。

「何してくれてんだっ?!このクソ天パー!!」
とりあえず、殴っておく。
グーで。
スタンドを立てていなかったスクーターと共に万事屋が派手な音を立てて、
路面に転がった。

「いってぇなぁ。おい」
左頬をさすりながら、坂田はそれでもニヤリと笑った。

「拉致されて、手籠めにされんのには間に合ったようだな」
「なんだ そりゃ?」
手籠めってなんだ?土方の頭がクエスチョンでいっぱいになる。

「え?お前、幕臣に真選組の為に身売りされてんじゃねぇの?」
「はぁ?」
「だって、オメーそんな恰好して、黒塗りの車は勢揃いだし、最近元気なかったし…
 沖田君が囲われものになったら、自分たちでも1年は会えないなんて言うから。
 七夕に洒落になんねぇよって。
 あれ?もしかして、俺沖田君にはめられた?
 なんか恥ずかしいことしちゃった感じ?」
万事屋は心の声ダダ漏れでボリボリと後頭部をかきむしっている。

「やっぱ、あのバズーカーは総悟か…」
どうやら、万事屋を沖田が焚き付けて、この騒動を引き起こしたらしい。
総悟がやったことがバレなきゃいいが、と今から胃が痛い。

しかし、なぜ、面倒事を嫌う万事屋が出張ってきたのだろう?
総悟が依頼料でも弾んだのだろうが、片思いをしている身にとっては見当違いであったにしても助けに来てくれたのは、嬉しくも思える。
それを言葉にできるはずもないのだが。

「どうしてくれんだよ。とっつあんの計画、台無しじゃねぇか。
 こんな恰好で、戸外に出てきちまってるし…
 一体、どんな依頼のされ方しやがったんだ。このクソ天然パーが」
「パー延ばすなよ。なんかほんとにアホみたいだからっ!
 じゃなくて、依頼じゃないっつーの。ホントに心配したのが馬鹿みてぇ」
「やっぱ、馬鹿だろ。大体テメーが俺の心配って可笑しいだろうが!」

自分で言いながら、胸が苦しくなる。
銀時流の悪い冗談だ、冗談。
万事屋の言葉を鵜呑みにしてはいけない。そう言い聞かせる。
本気にしては茶化されるのは目に見えている。

「心配ぐらいすんだろ?
 最近は折角会えたって、直ぐに目は逸らすは、泣きそうな顔するは。
 フラフラした目してる上に、今日は他の男に手握られたまま、固まってるはっ。
 テメーらしくねぇだろう」
よっこいせと親父臭い掛け声をかけて立ち上がり、
銀時は土方の正面に仁王立ちになる。

「固まってねぇ…どう反応しようか考えてただけだ」
「いやいや、オメー俺が手でも握ろうもんなら、即座に右ストレートだろうが。
 それともあのメガネ野郎は好みだったって?」
「好みな訳あるかっ!
 大体論旨ずれてんぞ前提が間違ってるだろーが。
 テメーは俺のこと、嫌いだろうが!嫌いな奴の手わざわざ握る想定がおかしいだろ。
 どんだけ体張った嫌がらせ考えてやがる?
 総悟とドSコンビとか言ってるけど、実はテメーはMなのか?!」
一気に捲し立てながら、混乱し始めている自覚はあった。

苦しくて苦しくて…
自分の方が、この話から逃れたいのか続けたいのかさえ、分からなくなってきていた。

「いや…やっぱ銀さんは本質Sだからね。
 土方君のことは苛めたいっていうか啼かせたいっていうか…」
「は?またずれてきてんぞ?」
ずれてねぇよと万事屋は自然な動きで、土方の両手を取りあげる。

「オメーの想定こそ、基本的に間違ってんだよ。俺は嫌ってなんかねぇよ」
ちゅっとリップ音を立て、右の手首にキスをされた。

「な、なにしやがんだっ?!」
「消毒みたいな?」
さっき、よその男に触られていたから。

今度は左手首を痛いくらい強く吸われ、朱の花びらをつけた。

「で、これは、所有印みたいな感じ?」
「な…?」
おわかり?と口をつけたまま、首を傾げて尋ねられ、土方のキャパはパンク寸前になる。

「わかるわけねぇだろっ!
 そんなことより、何時までもこんなとこで、こんな恰好で
 立ってるわけにはいかねぇんだよ。さっさと、店に引き返しやがれっ」
無理やり、掴まれていた右手をまず振りほどき、そのまま、銀髪を掴んで左手から引きはがす。

「痛いって、ちょっ、ハゲるってば!一度死んだ毛根は戻ってこないんだからねっ」
「うるせぇ!ハゲ散らかしてしまえ。だいたいこの間の彼女はどうした?」
「彼女?…あ、あれ?依頼人。笹切り出すの頼まれた、幼稚園の先生」
にやにやとしたり顔で万事屋が笑う。

「ま、これから、お手柔らかに頼むわ」
「何、色々、まとめた感じになってんだよ?!俺はまだ何も言ってねぇぞ」
「こころの声、聞こえたから?」
「都合のいい電波拾ってんじゃねぇ!」
「もう、いいじゃん。はい今日は土方君は銀さんがお持ち帰りだから」
「人の話を聞けー!!」
散歩する人々が何事かと、二人の様子を呆れたように遠巻きに眺めていた。



そして、少し離れたところに止めたパトカーでも。

「あ〜、バカっぷる完成しちゃいましたよ?沖田隊長」
「土方さんが辛気くせー顔で、あたり散らかすのとどっちがいいかって話だろぃ」
「それは、そうなんですけどね…」
ドヤ顔の一番隊隊長・沖田と面倒臭そうな顔をする監察筆頭・山崎だ。

「俺はこれはこれで、色色揉めそうな気がせんでもないですけど」
「ま、そんときゃ、被害者は山崎だろうねぇ」
ギャーギャーと相変わらず、道端で恥ずかしい会話を繰り返している内に徐々に夜が降りてきた。

再び、銀時は馬鹿力にものを言わせて、土方を抱え、スクーターを走らせる。
ただし、行き先は元の料亭ではなく、夜の街・かぶき町へと。



願い事はなんですか?


今日は、かぶき町のいたる所で掲げられた笹の葉と短冊がさらさらと謳っていた。




『七夕狂騒』  了




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