うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Startline』






「かんぱーい」
幹事の音頭でグラスが持ち上げられる。
「じゃ、自己紹介から…」
サークル間の交流と銘打たれた大学生同士の合コン。

「じゃあ〜」
今日は隣の地区にある女子短大の剣道同好会とのセッティングだった。
女子の方も、場慣れした様子で端から自己紹介を始める。

普段こういった集まりに参加しない土方だったが、今日はどうしても面子が足りないからと、所属する剣道部の主将と幹事に泣きつかれての出席だった。

基本的に土方の見目は良い。
目つきこそ悪いが、スラリと均等のとれた肢体に、すっとのびた鼻筋、厚くもなく、かといって薄くもない唇。
控えめな黒く真っ直ぐな黒髪。

いわゆる『キレイな』青年だといえた。

「次、土方さんですよ」
「あ?あぁ、土方です。副主将やってます」
そして、こういった会を苦手とするためか、無駄に開かれることのない口元。

一通り自己紹介が終わり、一杯目が飲み干されると、、元から賑やかな居酒屋の一角だ。無礼講のように、思い思いの相手と接触に動きはじめた。

幹事の山崎の予想通り人気は土方に集まったが、集中しすぎる人気株は自然と分散し、他の部員達にへもやがて向かうだろう。

客寄せパンダにされていることに土方本人も気がついてはいるのだろうが、敬愛する近藤のためか、最低限の愛想とマヨネーズの量は保っていた。

「土方さん、メアド教えて」
「あ〜ズルイ!抜け駆けなしでしょ?」
「あ〜トシズルイぞ!お嬢さんたち! ボクのアドレスをどうぞ!」
土方を囲むなかに目当ての短大生がいたらしく、主将の近藤が話に絡んできた。

「…別にいいけどメアドぐらい。だけど、俺たぶんメール返さないけど?」
面倒臭さそうに渦中の人間が携帯を取り出す。

一斉に色めき立って女子と一緒に近藤の携帯も出した。

「じゃ赤外線通信…」

そこへ誰かが頼んだ追加の生ビールがドンッと机に置かれた。

「あれ?坂田?バイトか?」
前掛けをして仁王立ちの店員は、同じ大学に通う坂田だった。

「土方、テメーほいほいメアド人に教えてんじゃねぇぞ?」
「あ゛ぁ?なんなんだ?俺の勝手だろ?」
「俺には教えねぇくせに、こんな初対面のオンナノコには簡単に渡すのな?このムッツリが」
「誰が、ムッツリだ!? ゴラァ!! 何言い掛かりつけてやがる! 
 大体いつテメーに聞かれたよ?」
土方と坂田は、同じ学年、同じ学部である。
履修している科目も被っていたから、坂田がバイトでサボらないかぎり、かなりの確率で遭遇する。
だが、そのほとんどの時間をこのような掛け合いで過ごしていた。

「付き合ってって告った時」
「はぁ?いつ誰が誰に告ったって?」
そんな坂田の突然な言葉に土方は固まる。


「は?先週、国際経営学概論の前に!俺が!土方テメーにだよ!」
「………」
国経概論…と土方は思い起こす。
ランチルームで食事をとった後、坂田に声をかけられた記憶がある。
かけられて、昼からの講義の課題について論議を吹っかけられた気がする。
あの時、他に坂田はなんといったのだったか?
確か…

「何だよ!この沈黙は!」

確かに聞いた気がする。
『付き合って』と。
アドレスも聞かれた。
ただ、それはその論議の検証の為に教授のもとへいう意味だと思っていたのだ。
だから、アドレスなんか授業の後にいけばいいことだから、必要ないだろうと教えなかった。


「いや…」
まさか、そんな方向の話だったとは。
明晰と呼ばれる頭脳も、兎角、恋愛といった方面にはまったくといって働いてくれない。

土方はゆっくりと周りを見渡す。
ポカンと土方と坂田のやり取りを見る剣道部の面々。
先程までとは少し温度の違う奇妙な女子の視線。

「よし!土方くんのアドレスげっとん!」

土方も、周りの人間も呆けている間に、発信したままの情報は坂田の携帯に受信されていた。

「てめっ勝手に…」
「これ売約済みなんでよろしくね」
坂田は土方の頬に音をたてて唇をつけると、短大生たちに手を振って厨房へと戻っていった。
途端に黄色い悲鳴があがる。
当の本人は頭が真っ白になったのか、瞳孔をいつもより見開き固まっていた。

「土方さん?」
「トシ?」
そっと、山崎と近藤が覗き込む。

突然、土方は物凄い勢いでゴシゴシと頬を擦りながら、立ち上がった。

「ゴラァ!坂田ぁ!」

「あの…もう行っちゃいましたけど?」
山崎が遠慮がちに声をかける。

図ったかのように、土方の携帯が震えた。
知らないアドレスからのメールが一件表示されていた。

『店の裏口で待ってるv』

「v…じゃねぇ!わりっ近藤さん!帰る」
「お、おぅ。また明日…」



そのまま、土方は店を飛び出して行ってた。

「まさか…ねぇ?」
普段、大学構内でも口論というか、口喧嘩ばかりしている二人だ。

だが、土方の耳まで真っ赤にした様子だけが、山崎の頭から離れなかったのだった。




『Startline』 了



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