うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Sweeteners』




「土方さん!辞めるって本当ですか?!」
ロッカールームについた途端、地味な部下が詰め寄ってきた。

「は?」
寝耳に水だった。



ここは、「CafeSamurai」
小売りのケーキから、ウェディング用の引き出物、ネット販売受注まで手広く請け負う洋菓子店。
土方はここで、副店長として勤めてきた。
基本的にパティシエ兼任だ。
製菓学校を卒業後、修行と称して、フランスやイギリスへも行っていたことがある。
腕前もさることながら、その涼やかな容姿で、厨房が垣間見える構造に作られたカフェスペースを飾り、売り上げを伸ばしていることも要因だ。

「とうとう、味覚音痴が妙な物でも作りやしたか?」
遅れて入ってきた茶髪のウェイターがニヤニヤと笑いながら、声をかけてきた。

「うっせぇよ。俺の味は完璧…なはずだ」
唯一、土方に欠点があるとすれば、多少変わった味覚障害があること。
味覚障害といっても、味かわからないわけではない。
味はわかる。
ただ、美味い、まずいがわからない。
正確になんの味だか分析出来はするが、それ以上はわからない。
唯一、舌先を刺激することができるのが、マヨネーズの味だけだ。

だから、プライベートではこれでもかというほど、マヨネーズをかける。
何故なら、自分の好みなどではなく、一般的に美味しいと評価される感覚の商品のみを意識して作っているのだから。


「トシ」
今度は神妙な顔をして、店長である近藤がロッカールームに入ってきた。

「近藤さん、どういうことだ?」
特に解雇される覚えはない。

「すまん。とっつぁんがなぁ…」
「松平社長?」
松平はこの店の経営者だ。
近藤を引き抜き、帰国した土方を迎え、その手腕で店を大きくしてきた。
強面の外見からは想像もつかない様な、繊細な根回しと経営ノウハウを持つ強者だが、唯一の欠点は娘の溺愛ぶりと、女遊び…
そして、ギャンブル。

「どなどなどな〜うられてゆくよ〜」

背後で沖田の不吉な歌声が低く聞こえてきたのだった。







「ここか…」
土方は近藤に渡されたメモと店の名前を見比べる。

夜の街、かぶき町の一角。
指定された時刻は午後5時であったから、辺りは既に薄暗く、ネオンの明かりが強調され始めていた。

シンプルな店だった。
カフェというよりも、バーという風な作り。
木目で作られた看板には、『じゃすたうぇい』の文字。

松平が、かぶき町に根を張るお登勢と賭けをして負けたらしい。
理由を聞くのも馬鹿らしくて聞いていないが、
賭けられたものは松平の経営する『CafeSamurai』の副店長とお登勢がもつかぶき町の物件…
そして、松平は負けた。

景品にされた土方は、今度お登勢が開店予定だというカフェバーに引き抜かれることになったらしいのだ。



そっと土方は扉を押し開く。
「すみません…松平より言い遣ってきました土方ですが…」

店の中も薄暗かった。


開店はまだ先だと聞いている。
今日は店長になるらしい男と顔合わせをするようにいわれてここへ赴いてきたのだが人の気配はない。

室内灯が一部はつけられているし、何よりカギがかけられていない。
土方は店内に入ってみる。

落ち着いたウッド調の店内は、やはり本来バーとして使われていたものだろう。
営業時間や客層を考えると、お持ち帰り用の菓子類とツマミになりそうな軽食がメインになるのだろうか。
贔屓のキャバクラ嬢やホステスへの手土産として、家族へのゴマスリ用の品として。
かぶき町だからこそ、遅くまで営業している店舗も必要とされる。

いや、意外にコンビニのスィーツが持て囃されている今日だ。
がっつり深夜甘味を出しても需要があるのかもしれない、そんなことを思い描く。

「なるほど…」
経営については頼りない店長の代わりに切り盛りしてきたので、理解できる気がした。
「さすが、四天王ってことか…」
当たれば、なかなか利の出る商売ともいえる。


相変わらず店内は静かだった。
喧騒にあふれるこの街で、これだけの静寂を保てるというのも、大した設備なのだろう。
静かなクラッシックをBGMに据えてもいいが、ジャズやピアノの生演奏というのも有だと思う。

自然と足は厨房へと向かう。
覗いた新しい戦場は、真新しい機材にあふれていた。
一通りの製菓に必要な道具と、厨房器具は揃えられている。
綺麗に整理された皿の類は、基本洋食器が多かったが、和物も一揃えは用意されていた。
しかも、決して安くはない品ばかりだ。

冷蔵庫を見て、ふと思い出す。
手土産とばかりに、新作のケーキを何種類か持ってきていたのだ。

(取りあえず、仕舞っておくか?)

約束の時刻はとっくに過ぎている。
書き置きをして、今日は引き上げるべきかもしれない。

そう思って、冷蔵庫の取っ手に手をかけた時だった。

「折角だから、それサーブしてくんない?」
緩い口調に振り返ると、蛍光灯の下で、派手に輝く銀色の天然パーマが立っていた。
着崩した、ギャルソンのような恰好をしている。

「アンタ…ここの人か?」
「そ、アンタを貰い受けたの俺」

その言葉に目を見張る。
女帝寺田綾乃オーナーにと選んだ男だ。
まさか、自分とそう年端の変わらぬ、例えるならば死んだ魚のような瞳をした奴が出てくるとは。
それだけの実力が目の前の男にあるのか?

「アンタ、喰えねぇもん、あるか?」
相手が首を横に振るのを確認して、土方はスーツの上着を脱いだ。







「こんなもんかな」
カウンター席に待たせていた男の前に、給仕をする。

最初は、カナッペ系でつまみとも思ったが、夕刻時だし、相手は自分と変わらぬ背格好の成人男性だ。
厚切りのトーストをクロックマダムにして、厚切りベーコンとクレソンを添える。
コールスローはベースに昆布茶を使ってあっさり目のものに。
紅茶は無難にキャンディを選んだ。

デザートは、敢えて、茶系の和食器にチョコレートベースのものをのせて、シンプルにバニラアイスとイチゴだけで飾った。
生クリームなどでコテコテと飾るのも良いが、店の雰囲気からすると、それは避けたほうが良いと思えたのだ。

「いただきま〜す」
黙々と男は口に運ぶ。
見ていて気持ちが良くなる食べっぷりだった。
ただ、何も言わない。
ケーキを食べ終わった、口元をナプキンで拭っても何も言わない。
酷く落ち着かない気分にさせられ、土方は惑った。

「口に合わなかったか?」
「いや…」
男は、少し考え込むように瞳を臥せる。
そのまつ毛さえも銀色であることに気が付き、銀髪は自毛なのかと感心した。


「『商品』としては完璧なんだろうけどね…」
それ以外に何が…と眉をつい潜める。
店に出す以上、日によって味が変わってはならない。
多少、その季節、気候に応じた変化はつけるべきだろうが、ムラは無いに越したことはない。

「不合格ってことか?」
「いや、そういうことじゃなくてよ」
ぐしゃぐしゃと自分の髪をかき混ぜながら、男は困ったように笑う。

「こうさぁ。ケーキとかさ、もうちょっと甘ぇ感じで…」
「あぁ、もっと糖分強調した方がいいのか?」
「いやいや、その『砂糖』の甘さじゃなくてよ」
向かい合うようにバーカウンターの内側に立っていたのだが、ちょいちょいと手招きされるので男の隣に並んで腰かけた。
すると、男は逆にたちあがり、土方の両頬を掴む。

「へ?」
生暖かい物が唇に触れる。

それが、男の舌だと気が付いた時には、するりと口内へとそれは侵入してきていた。

「え…ちょ…」
声も飲み込まれる。
歯朶をなぞり、土方の舌を探るように捉え、絡め、甘く噛まれる。

そう、甘い。
調味料の甘さでもなく、果物の酸味かかったった糖分の甘さでもない。
でも、甘いと感じる。

「…ん…」
いつの間にか、口の端から零れ落ちるほどの唾液が注ぎ込まれ、思わず嚥下する。
この男の唾液が甘いのか。

それも何か違う気がした。

この甘さなら、味覚障害の土方でも、どこか理解できる気もした。
だから、無意識のうちに貪るように享受する。

「な?こんな甘さがオメーには足りねぇよ」
少しだけ、離した唇から、かすれた声で男は嗤う。

「これを…出せってか?」
無茶な注文をしてくれるもんだと、睨みつけた。
二人の唇は今だ銀糸でつながれたままだ。

「できんだろ?」
先程の緩い顔つきは何処へ隠したのか、野心いっぱいの顔で赤い瞳が細められる。

「上等だ」
やってやろうじゃねぇかと強気に笑い返し、銀糸を乱暴に手繰り寄せて今度は土方から噛みつくような口づけを仕掛けた。


(そういや、コイツの名前も知らねぇな)
なんでこんなところで、しかも男相手になにやってるんだかとくつくつと笑った。




銀色の派手な頭の店主兼ギャルソンと目元涼しげなパティシエが経営する新しいカフェバーがかぶき町に開店するのは数か月後のお話。

人気メニューは、甘くもありながらスパイスも効いたとびきり大人な味のスィーツ。





『Sweeteners』 了





2014/10/26

※マダムクロック→クロックマダム

管理人のミスです。
お詫びのうえ訂正させていただきました。
ご指摘ありがとうございましたm(__)m



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