うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『時がたてば』







夜の蝶たちが乱舞するかぶき町の一角。
町の四天王と称される寺田綾乃が経営する「スナックお登世」では、この秋初めての試みを催していた。



「じゃ、あけるよ」
きゅっと樽の栓が主によって開けられ、グラスになみなみと一杯目が注がれた。
お登世が用意した切り子のグラスが赤紫色の液体で満たされる。
「よし!みんな行き渡ったね?じゃ、カンパーイ」
主人の掛け声に合わせて、常連客と、それに混ざって2階の万事屋の面々がグラスを掲げた。

「ぷは!これが『ぼーじょれーいぬぼー』ってやつか」
「いや、銀さん『ボジョレーヌーボー』ですって」
すかさず、新八が突っ込む。
さすがに、新八と神楽は葡萄ジュースを飲んでいた。
「いいんだよ!酒は飲めりゃ、なんでも!」
「銀時!そんな価値のわからない奴に2杯めはないからね!」
「いや〜〜うまいですって!冗談でしょうが!」
お登世の言葉にすでに空になったグラスを上に掲げながら、愛想を振り、樽へと近づいていく。
天人が江戸に降り立って、さまざまな文化が入ってきた。

この異国の酒もそうだ。
特産の葡萄を使用した新酒…
それを星が解禁日と定めたに一斉に出荷するのだ。

ここ数年、江戸でも11月の第3木曜日に解禁するイベントが当たり前のように開催されていた。

今年は、そんなヌーボー人気に影響されてか、お登世が樽で買い込み、振る舞うというドンチャン騒ぎが催されたのだ。


あっという間に時は経ち、
気が付くと、馴染みは全て帰り、新八とたまがカウンターやテーブルの片づけをしている。
銀時はカウンターに座ったまま、今だ、ちびちびと葡萄酒を飲み続けていた。

「じゃ、銀さん。神楽ちゃん、今日はウチに連れて帰りますよ」
片付け終わった新八が眠り込んだ少女を背負いながら、声をかけた。
「おぅ、頼むわ。ぱっつぁん」
銀時はグラスを少し持ち上げて、見送る。

この後、明日非番の予定の恋人との約束がある。
(待ち合わせの時間にはもちっとあるな…)
そう思いながら、もう一杯注ぐべきか考える。


「そういや、あんた」
カウンターの内側で、煙草をふかしながら、やはり葡萄酒を飲んでいたお登勢が思いついたように声をかける。

「例の兄さんとはまだ続いてんのかい?」
「ぶっ」
いきなりの質問内容に噴き出す。
正に今、その『例の兄さん』との逢瀬にニヤけそうになる頬を戒めていたのだから。

「なんだい。その様子じゃうまくいっているようだね」
「まぁね」
特に今お付き合いをしている相手について隠しているつもりはない。
かといって、おおっぴらに宣伝してまわるような歳でも、性分でもないからお登勢にも話したことはない。
さすがは、かぶき町四天王の一人といったところだろうか。

「正直続くとは思わなかったけどね」

『例の兄さん』とはかれこれ2年の時を迎える。
基本的に、色恋沙汰に銀時は淡泊な方だ。
確かに、特定の相手がいる間は、束縛したいとも思うし一緒にいたいと思わないこともなかった。
だが、同じだけの、もしくはそれ以上の熱をもって相対されると、途端に『執着』は失せてしまっていたのだ。

「まぁね。俺自身がびっくりしてるし」

珍しく続いている相手は、女ではない。
柔らかい身体も所作も気配りもない。

体格は自分とほぼ同じで、華奢な印象は見受けられない。
言葉よりも先に手が出るタイプであるし、自分に甘い台詞の一言だって返してもらった記憶はない。
いつも瞳孔を見開かせて、肩肘張って、「キッタハッタ」の世界で生きている。
そんな相手に惚れた腫れただの、誰が予測できただろう。

「まぁ、わからないでもないけどねぇ。アンタにゃ副長さんは勿体ない気がしないではないけど」
「ひでぇな」
世間からみれば、社会的地位的にも男前度もあちらが上だろう。
けれど、二人だけの時の顔は自分だけが知っていれば良い。

「いいんだよ。俺らは俺らだし」
グラスに残った液体を少し持ち上げて眺めて、続けた。

「新酒にも新酒の味わいがあるが、年代物になるまで寝かせんのも悪かねぇだろ?」
「おやおや」
お登勢は目を眇めて、気負いなく、珍しく饒舌に語る目の前の男を見る。
「ま、ババァんとこみてーなオリの溜まりまくったヴィンテージもどうかたぁ思うけど」
「うるさいよ」
銀時は、臙脂色の液体を一気にあおり、カウンター席から立ち上がった。

「じゃ、ごちそっさん」

「銀時」
「あ?」

ゆっくり紫煙を吐き出してから、かぶき町の顔は笑う。



「今度連れてきな」

銀髪の男は少し驚いた顔をした後、黙って店を出ていく。
その後ろ姿から微かに見えた真っ赤な耳にお登勢は、くつくつと忍び笑いを漏らしたのだった。




『時がたてば』 了




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