うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『熱風』







「俺と逃げてくれる?」

突然、巡察中に背後から声をかけられた。
振り返るまでもなく、誰だかわかってしまう自分が嫌だと土方は苦笑した。

「敵前逃亡は士道不覚悟なんだが?」

ゆるりを首を巡らせれば、予想を裏切らぬ銀髪が、愛車と共にそこにいた。
久々に、姿を見た気がした。
万事屋坂田銀時と真選組副長土方十四郎は、世間一般で言うところの所謂『お付き合い』している関係…らしい。
男同士、それは秘されるべきのものであったし、お互い、いい歳をした大人であったから、べたべたとした付き合い方はしていなかった。
時間がお互い、(そのほとんどは忙しい土方の都合であったが)時間が取れる時に、会い、体を結んで、また別れる。

そんなドライな関係。
面倒事を嫌う銀時はそれを望んでいるのだと、土方は思っていた。


「敵から…ってわけじゃねぇから、いいんじゃね?」

そういって、彼は土方に自分のヘルメットを被らせる。

「おい!俺はまだ巡察ちゅ…」
「大丈夫だって。沖田君が続きやってくれるよ。…たぶん?」
「いや、無理無理。総悟が…ってなんで今日総悟と組んでるって知ってんだ?」
「さっき、本人から聞いた。で、予告したから…」
「だから、何を?!」
知ってはいるが馬鹿力な銀時は、同じような体格である土方を少し、抱え上げ、強引に後部座席に座らせる。

「う〜ん、かけおち?」
「は?」
素早い動きで自分もまたがると、スクーターを急発進させた。




ぐんぐんと風を切って、スクーターは舗装された道路を駆けてゆく。


途中までは、バイクの後ろで「降ろせ」だの「クソ天パ」だの「ニート」だのと悪態をついていた土方であるが、いつしか、諦めて周りの風景に目を向けていた。



少し、走らせるだけで、江戸の町並みが変わってくる。
昔ながらの民家、農家がのこり、田畑が連なっているのどかな風景。
空は高く、夏の日差しは強く、大地を焦がしていた。


「なぁ…」
熱い向かい風にのって、小さな万事屋の声が聞こえた気がした。
「俺にとって…」
続く言葉は風にかき消されて、土方の耳に届くことはなかった。


スクーターは急に減速を始める。
「?」
「あちゃ…」

ぽすんぽすん

間抜けな音がスクーターから発せられ、やがては完全に止まってしまった。

「ごめん。ガス欠…」
へらっと銀時は土方を振り返りながら、そう言った。

「テメ・・・」
なんて間抜けな…怒り狂う気力も失い、がっくりとうなだれる。

江戸をでてから、1時間ほどしか経っていないというのに、一昔前にタイムスリップしたような田舎道だった。
舗装されているとはいえ、あたりに民家らしいものは見当たらない。

「どうすんだ?コラ。大体!テメーは何がしたかったんだ?一体」
「何がしたいかと問われると痛んだけどね…何がしたかったのかなぁ?銀さんは」

ガシガシと頭をかきながら、よくわからないと首をかしげている。
いつも、何を考えているかなんて、わかりにくい男ではあるが、途方に暮れたような情けない様は何だか、見慣れないもので、土方は言葉を逆に失う。

携帯を開いてみるが、あいにくと圏外らしい。

「帰っぞ」
とにかく、来た道を戻るしかあるまい。
土方は意を決して、歩き出す。
すると、銀時も慌てたように後を追ってくる気配が後ろからした。

手元のタバコは残り3本。 
バイクで携帯の圏内にさえ入れば、誰か迎えを来させることができる。
それまで、この貴重な煙草をもたせなくてはなどと考えながら歩いていると、
後ろから歩いていた男が声を発した。

「なぁ…」
「あんだよ?」
「なんかさ、こうやって二人で歩くのって初めてじゃね?」
「いや、あんだろ?」
「いや、ないね。こんなお天道さんの真下で、二人でなんて…」

(あぁ、なるほど、そういう意味でなら)

確かにそう言われると、そうかもしれない。
日の高いうちに出会うときは、誰かしら、お互い連れがいるであろう。
たとえ、二人が昼のうちに待ち合わせる事があろうとも、隠さねばならない間柄だから、引き摺り込まれるように宿や万事屋になだれ込むことが常であった。
そうして、時間を惜しむかのように、体をつなげ、貪るだけ。

「っ」
追いついてきた万事屋の指先がそっと、土方のそれをゆるく握った。
遠慮がちなその行動は、手をつなぐといえるほどでもなく、そっと指先を摘まむような感触。
バイクを右手で支え、押しつつ、左手のみの軽い接触。

「なにしてんだ?」
けして、怒りをにじませているわけではないのだが、声色がどうしても低くなってしまう。
「ん〜、折角の逃避行だからね…少しくらい良いでしょ?」
口元だけは笑っているかのように見えるが、目元には小さな光が見え隠れする。

(相変わらず読めねぇ奴…)


冗談なのか、本気なのか

「逃避行って、テメー駆け落ちのつもりだったのかよ?」
「そういったでしょ?最初に声かけた時」

『俺と逃げてくれる?』
『う〜ん、かけおち?』

途端に言葉の意味を理解して、土方は途方に暮れる。


「お互い、結局、こうして逃げ出せないモノ抱えて、あの町で生きてる。
 それが、悪いとか不満とかあるわけじゃもちろんないんだけどね…」
困った顔の土方の様子から、悟ったのか、銀時が自嘲気味に話し始める。

「ただ、ちょこっとだけ、こんな時間を、オメーをつなぎ留めてみたかっただけ」
顔を土方から背けつつ、小さな声で話す銀時の耳は、大変珍しいことに真っ赤に染まっている。

(なんだ、そんなことか)

するりと触れられていた右手を引き抜くと、銀時の身体が緊張するのがわかり、
おかしかった。

「タバコ」
「あ?あぁ」

煙草に火をつけ、ライターを再びポケットに戻しながら、そっと携帯に触れる。
画面をのぞくと、電波が、十分届く距離に入ったようだ。
だが、そっと、電源を落とした。

「…このまま歩いて帰るしか仕方ねぇよ」
右手を元の位置に戻し、あたりに人気がないのを軽くみわたしてから、ギュッと銀時の手を握ってみる。

「逃避行とやらは、一人前に稼げるようになってからにしてくれや。
 夏休みの小旅行にもなってねぇぞ?」

にやりと笑う土方に、銀時は一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐに復活して笑い返してきた。


「おう、今の言葉忘れんなよ? 旅行確定な!」
「は?何、都合のいいとこだけ、拾ってやがる?!」
銀時から手を離し、ふわふわの銀髪を殴っておく。

江戸の町まで、まだまだ時間がかかりそうだ。



暑い夏の日。
一日だけの、世間から、家族から、旧友から、仕事からのエスケープ。

二人だけの逃避行。

田舎道を熱いけれど、気持ちの良い風が吹いていた。






『熱風』 了



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