『五月五日』「土方」 武装警察真選組の廊下にて土方は呼び止められた。 「坂田副長」 振り返らずとも、相手は解っている。 この屯所内で土方をそう呼ぶ人間は限られている。 「オメー、明日休みなんだって?」 「それがどうした?」 真選組には局長近藤勲の下に二人、副局長が据えられている。 一人は、近藤と共に真選組立ち上げ当初から組をまとめ上げている『鬼の副長・土方十四郎』。 真っ黒く、サラサラとして黒髪に黒曜石に青灰色の光を纏った瞳の規律に厳しい男。 もう一人は、近藤がスカウトし(拾っ)てきた『白の副長・坂田銀時』。 銀色の、自由気ままに跳ね回った天然パーマをトレードマークと、死んだ魚のような深い紅色の瞳を持つ、いつもやる気のないゆるい空気を身にまとう男。 それでいて、一度剣を抜き放てば、神業とも思える奇跡で敵を屠る。 『鬼と夜叉』 外見も、中身もあまりに対比的な二人は、同じ副長職についていながら、顔を合わせれば大概の場合において、口げんかをしていることが多い。 他愛もない意地の張り合いともいえるそれは、それでいて、根幹となるところで、とてもよく似ているためなのだと、二人を間近で見る者たちは評しているのだけれども。 一言でいえば、『犬猿の仲』。 そう見える関係。 「いや、なんか予定でもあんのかなって思ってさ」 「俺が休みだからこそと、テメーが代わりにしっかり働いてくれるなら教えてもいいが?」 「あ〜それは勘弁だけどよ」 首の後ろに手を当て、首の関節をコキコキと鳴らしながら、歯切れ悪く問う坂田に土方は軽く眉をしかめた。 「…なら、俺が休みの晩に何処に出かけようと関係ねぇだろう?」 「あ?やっぱ出かけんの?何?女?許しませんよ!俺というものがありながら!」 「また、そのネタかよ!いい加減にそのセクハラ発言やめねぇか!腐れ天パが!」 「天パ関係ねぇだろうが!大っ体!そろそろ信じてくれてもいんじゃね?銀さん、ものっそ土方見てるとムラムラしますって言ってんですけど!」 「はいはい、テメーの挑発には乗らねぇから!もう俺は出かけるから!」 相手にしていられないと、土方は無理やり話を切り上げ、自室へと戻って行った。 静かに夜が落ちる暁の九つ。 かぶき町など夜の街ではまだまだ、ネオンが煌々と瞬いてはいたが、一歩通りを抜けると、そこには重たい闇が横たわる。 その夜陰に溶け込むように、黒ずくめの男が歩いていた。 ほっそりとした長身を黒の洋装で包み、腰には脇差を履き、足音も最小限に進む。 武家屋敷と川沿いに植えられた柳の木の下を幽鬼の如く。 「奇遇だな」 その声に、闇色の男は目を眇めた。 「坂田…」 数メーター先の白壁にもたれかかるっていたのは、 昼も土方に声をかけた坂田銀時だった。 「なぁ、飲みに行こうぜ」 にやりと銀色が嗤う。 以前、やはり、闇夜の晩に一度だけ見たことがある本当の夜叉の顔で。 普段の死んだ魚のような目ではなく、朱く底昏い光を宿して。 「テメー…」 「おう、しっかり働けって言われたからよ。ちゃんと働いてきておいたぜ?」 そういって、男は土方に近づき、凭れていた塀の中を指示す。 そこは、本来、土方が真選組存続の為に引き受けている裏の仕事を、支援者に害為す者を排除する予定の場所だった。 黒の副長も歩を進め、白の副長に近づく。 男からは、血臭がかすかに薫っていた。 「これは俺の仕事なんだが?」 「今日は特別」 そういって、夜叉は鬼の腕を取った。 「特別?」 「そ」 何のことだか見当がついていない土方を引きづるように坂田は歩き出す。 「おめっとさん」 ぼそりと背を向けて、歩き出しながら土方の耳に入ってきたのはそんな言葉だった。 見惚れたはずの『白夜叉』の毒も確かにそこに存在させながら、 『坂田銀時』の姿もそこには確かにあった。 この男の横でなら、『鬼』でありながら、『土方十四郎』でもあり続ける方法を見つけられるかもしれない。 鬼は人に戻りながら、そんな予感に、小さく嗤った。 了 2012年5月3日無配コピー本より (65/85) 前へ* 短篇目次 #次へ栞を挟む |