うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『countdown』






師走

クリスマスというイベントも終わり、その年の締めの季節ともなると一気に世間は忙しなく動き始める。
勤め人は年末の休みに向けて、いかに仕事を片付け、お疲れ様でしたと忘年会に勤しむ。
学生達は期末テストさえ終わってしまえば、ずいぶんと差が生じる。
受験生にとってはこれからの将来を決める大切な時期であり、
お祭り騒ぎに乗じることもできずに、机に向かわねばならない。
家庭を守る人達においては、大掃除に年の暮れ明けに向けての準備に勤しまなければならない。
家事というものに決して終わりなどないのだ。
ましては、家族が一日中うちの中にいるようになると実はその負担は増すばかりだ。

御多分にもれず、ここかぶき町にも年の瀬は来る。



日本人には珍しい、銀色の髪に天然パーマというかなり目立ついでたちの男が一人、商店街を歩いていた。
両手一杯に、スーパーで買いこんだらしい食料品をぶら下げ、その死んだ魚のような瞳をぼんやりと、曇天に向けながら、ゆっくりとした歩調だった。
今にも雪が降りだしそうな曇り具合だ。

彼の目的地は商店街の中心部に設置された福引会場。

大量に買い占めた食料品のお蔭でかなりの引換券をもらうことができていた。

「お、あそこか…」

今一度、荷物の持ち手を握りなおして目的地へと少しだけ歩調を早めたのだった。





「あれ?」
「先生?」

さぁ狙うは5等のケーキ食べ放題券だと、草臥れたジャンパーの袖を捲し上げ、列の最後尾に並んだ時だった。

ふと、隣の列を見ると、銀八が担任をしている土方十四郎が並んでいた。
「なにしてんの?」
「先生…この列並んでて、何してるのか問われるとは思いませんでしたよ」
「うるせぇ。オメーみたいタイプが、こんな奥様ばっか商店街に並んでるたぁ思わねぇだろうが?なんだ?母ちゃんのお手伝いか?」
「地味にムカつくな。アンタ本当に担任かよ?」
ギッと瞳孔開き気味の瞳が睨み返してくる。

私服の土方を見るのは、いつでも新鮮だ。
成績優秀、スポーツ万能、ルックスだって悪くない。
いや、むしろ、そこらへんの女子より綺麗な顔をしていると銀八は思う。
その口の悪さ、融通の利かない負けん気の強い性格だとか、こっそり吸っているらしい煙草の匂いだとか、そんなものまで好ましいと思えてしまうほどに、実は彼のことを気にかけるのだが。

「なんだ、ご両親、まだ帰ってこねーのか?」
「まあな」
土方の両親は海外を飛び回る経済アナリストらしい。
年に数日しか日本へは帰ってこないから、担任である自分も、進級したばかりの5月に一度会っただけだ。

「十四郎のことは、十四郎が自分で選びますから」
そう、一見冷たいとも思える口調で土方の父は三者面談の席でそう銀八に言った。
本人の意思を尊重してるともいえるのかもしれないが、まだまだ不安定な十代後半の土方には早いゆだね方だと正直なところ感じなくもなかった。

だから、最初から気にはかけていた。
いつでもやる気のない風を装いながら、土方のことを見てきたのだ。

この3年間。
保護者のフォローをするつもりだった。
最初のうちは。
それが、いつのまにこんな気持ちにすり替わってしまったのだろう。

「先生?」
特別、懐かれているわけではない。
むしろ、やる気のないダメ教師をフォローしてやってるつもりぐらいに思っているのかもしれない。
急に黙り込んだ、銀八を不思議そうに覗き込む青灰色の瞳を見返しながら、思わず抱きしめてしまいたくなる衝動を抑え込む。

「いや…うん。糖分…欲しいなとか」
誤魔化すように、福引の商品がずらりと張り出された掲示板を指さす。

「アンタ、そろそろ糖尿やばいんじゃねぇの?」
くすくすと笑う、10歳も年下の男に、しかも教え子が欲しいだなんて。

「やばいかな…」
「え?マジかよ?糖尿?!」
「あ?いや、別の話!まだ糖尿じゃねえよ?尿に糖は混ざってっけど」
「いや、それ糖尿じゃねぇの?」

どんどんと列は捌けはじめ、徐々にガラガラとハンドルの回される音と飛び出す玉の乾いた音が近づいてくる。
「オメーは何狙ってんだよ?」
「あれ」
土方が指示したのは7等の『まよりーん』の特大人形だった。

「げ!あんなのが欲しいのかよ…犬の餌喰うやつは違うね。感性が…」
「いいじゃねぇか!かわいいだろ?」
もう一度、『まよりーん』の造形を確認するが、どう贔屓目にみても「かわいい」と評するには無理がある気がする。

そして、二人はほぼ同じタイミングで列の最前へと並び立った。

「「テメーには絶対に負けねぇ!」」

腕まくりをして二人はハンドルを握った。

ガラガラガラガラ…


勢いよく次々とくじは引かれていく。
だが、二人は全く同じように参加賞のティッシュの山を積み上げていく。
あっという間に引換券は最後の一枚となった。

「頼むぜっ!」

カラン

最期の一つが転がり出てきた。

カランカラン。

辺りを周囲に報告する鐘が打ち鳴らされる。


「「おめでとうございます」」

「7等の『まよりーん』人形です」
銀八の列を担当していた年配の女性が高らかに言った。

「8等の『大江戸ランド』のペアチケットです」
土方の列を担当していた中年の男性がにこやかに封筒を差し出す。

「あ」
銀八と土方はお互い顔を見合わせたのだった。



取りあえず、自分たちの後ろに並んだ人たちの邪魔にならないように、二人は商品を受け取り、列を離れた。

「多串くん」
ずいっと、『まよりーん』と差し出す。
「俺これ、家にあっても困るし、やんよ」
「マジか!いいのか?先生!?」
嬉々として銀八に詰め寄ってくる姿に思わず、頬が緩む。

「だって、こんなの20代後半の男の家にどんっとあったら怖いでしょうが?
 夜中にうっかり、目なんてあっちゃったら、ホラーだろうが?」
「ひでぇな!『まよりーん』こんなにかわいいのにホラーとかねぇよ」
銀八から受けとった1メートル近いサイズのぬいぐるみをぎゅっと抱っこする男子高校生の姿というのも、傍から見ると滑稽なのだろうが、可愛く見えてしまうところが、末期なのだろうかと苦笑いする。

「じゃ、先生、これやる」
突き出してきたのは、先ほど土方が引き当てた『大江戸ランド』のペアチケットだった。
「あれ?これ明日のカウントダウン限定じゃねぇか?」
「みたいだな。飯も付いてるみたいだし、先生行って来れば?」
「あのなぁ、それこそ、オメー何年俺の教え子やってんの?
 こんなん彼女でもいなけりゃ…」
そこまで言いかけて、言葉を止めた。

「多串くん」

よほどぬいぐるみが嬉しかったのか、今日は言葉の棘も少ない。
思い切って言葉にしてみる。

「一緒にいかねぇか?ご両親いねぇなら大晦日一人だろ?」
「・・・・・」
直ぐに応えはない。

ただ、黒灰色の瞳がじっと銀八の様子を見ている。
卒業してしまう前に、1回くらい土方とデートらしきものをしてみたいという下心がばれているわけではないと思うが、心に疾しい点があるためかとても落ち着かない気分になる。

「先生、彼女は?」
「は?」
「月詠先生といけばいいだろ?彼女なんだろ?」
「はぁぁぁぁ?なんで月詠先生?」
「いや、バイト帰りに高杉が、かぶき町を二人で歩いてんの見たって…」
同僚の月詠と二人だけで、出かけたことはない。

「それいつの話だ?」
「クリスマス・・・かな?」
「ば、馬っ鹿!それ、忘年会んときじゃねえか!付き合ってなんざいねぇよ!」
「ふ〜ん」
少し疑わしいような視線が痛い。
なぜ、そんな余計な情報を土方にふきこんでくれちゃってんの!高杉ぃ!!と頭を内心抱える。

「俺でいいの?」
「お前がいいの!」
動揺のあまり、素で怒鳴り返してしまって自分に更に動揺する。

「じゃ、明日5時に駅で!」
それだけ言い置き、土方はものすごい勢いで、巨大なまよりーんとマヨネーズの詰まったレジ袋を抱えて、走り去ってしまったのだった。






大晦日。
午後5時。

大体の場合において、待ち合わせの10分後にしか現れない坂田銀八は、天変地異の前触れかというほど早い30分前に約束の駅に着いていた。

ところが、銀八と真逆に大抵の場合において、集合場所に10分前には来ている土方の方が時間になっても現れない。

(まさか、なんか事故…いや、それよりも冗談を俺が間に受けただけだったのか?)

ぐるぐると不安が腹の底からじわじわとのど元に這い上がってくる。
携帯に連絡を入れるべきか、いや、本当は冗談だったとか言われたらへこむどころの話ではなくなる。
ディスプレイに表示した土方の携帯番号とにらめっこしていると、賑やかな足音が聞こえてきた。

「あ?」
「先生!走って!」
「うぉっ」
ものすごい勢いで構内へ土方は駆けこんできたかと思うと、銀八の腕を掴んで、ホームと引っぱる。
訳がわからないまま、銀八は共に走らされ電車に飛び乗ったのだった。


電車の中は、込み合っていた。
流石に、大晦日の夕方だ。
自然と体が密着してしまう。
まだ、完成しきっていない、銀八より少し華奢な体。
動悸がバレないことを、動揺を隠す為に
「で?一体何があった?」
ようやく息が整ったらしい、教え子に尋ねる。

「総悟が…」
「沖田くん?」
「カラオケ、みんなで行くっていうの断ったら…」
「あぁ」

納得だ。
土方の幼馴染であり、やはり受け持ちのドS属性の沖田総悟に二人で大江戸ランドのカウントダウンに行くだなんて知れたなら、どんなネタにされるか予想が付きすぎるほどついてしまう。

「良かったのか?」
事故なんかで、時間に遅れたんじゃなかったことに安堵しながら、近藤たちと共に過ごさなくて良かったのかと尋ねる。

「アンタの方が先約だろうが」
ぎゅっと先ほどから掴まれていた腕に力が入る。

(ちょっと!なにこれぇ!フライングのお年玉?)
普段、どちらかというと教師を教師とも思わない慇懃無礼な態度で銀八に接する土方が今日に限って妙に大人しい。
強気な瞳と芯の強さ、そして、どこか脆さを兼ね備えたこの少年に惹かれてやまない。
だが、それは教師として、男として、求めることは出来ないと思っていたというのに…

「期待しちまうだろうが…」
「はい?」
銀八の呟きは幸いなことに土方の耳には届かなかったようだ。

「なんでもねぇよ」
ドサクサまぎれに、身体を寄せ、自分でも変態だな等と苦笑しながら、土方の香りを吸い込みながら、目的の駅までの数分間、幸せな時間を過ごしたのだった。




冬の夜は長い。
あっという間に日は落ち、色とりどりのイルミネーションがパーク内を明るく、美しく照らし出していく。

大江戸ランドはものすごい人口密集状態であった。

鮮やかな照明の中、毎年恒例のカウントダウンのパレードに花火が次々と行われていく。
何をするにも長蛇の列に並ばなくてはならない。
しかし、福引のディナーはランド内のホテルのものだったから、予約の時間通り夕食にありつけたし、パレードも園内が見渡せるテーブルから見ることができた。

穏やかに、賑やかに、いつものように言葉の応酬を重ねながら、土方と銀八は時を過ごした。



やがて、12月31日もあとわずかとなってきた。
新年と共に打ち上げられる予定の花火を見るために、多くの人々が空を見上げ、残り時間をカウントする。

「まさか、先生とこうやって過ごすとはおもってなかった」
賑やかなBGM、人々の話し声、どこかで割れる風船、音の洪水の中で隣に立つ土方がぽつりと呟いた。
「そうだなぁ。ま、いいんじゃね?高校最後の思い出の一つになんだろ?同性の担任と二人でカウントダウンデートしたとかさ。普通ねぇだろ?」
忘れられなくね?と笑ってみせる。
高校を卒業して、より広い世界をこれから見に行く土方の記憶の一片に残ればそれで良い。

彼にとってこれは通過点にすぎないのだから。

「銀八…」
「ん?」
「来年も…先生に…いなかったら…」
ぼそぼそと話す土方の声は、いよいよ迫ったカウントダウンのコールでかき消される。

「あ?わり、聞こえねぇ」
少し屈んで耳を土方の元に寄せる。

「卒業しても…」
よく見ると、土方の顔が赤い。

「ん?オメー熱でも…」
「先生…」
ちょんと零コンマ何秒もない、羽が触れるような感覚が銀八の唇を通り過ぎる。

「へ?」
なにが起こったのか、状況が読めずにぐらぐらと地球が回ったような感覚に囚われる。

「来年も先生と来てぇ…」
すっかり俯いてしまったサラサラの黒髪。
「え?えぇぇぇぇぇぇ」
口元を抑え、動揺がようやく声に出る。
だが、声は人々の新年を叫ぶ声に紛れた。

「ちょっ!来い!」
手を引いて、とりあえず人ごみをかき分け、集団から離れる。

つないだ手が熱かった。

会場から少し離れた広場にたどり着くと、ようやく銀八は土方を見る。
土方は、なんとも情けない顔をして、俯いたままだ。
日ごろの強気さは何処にいってしまったのか。

「土方…」
「悪ぃ…卒業まで黙っとくつもりだったんだけど…」
ぎゅっと見るからに拳は固く握りこまれ、爪が食い込んでいるようだ。
その手を拾い上げ、ゆっくりと解きながらため息をついた。

「傷になる…こんなオッサン相手にオメーは何言ってんだか」
「仕方ねぇだろうが!俺だってわかってっけど!
 こんな機会二度とありゃしねーだろうし!」
ようやく上げた黒灰色の瞳は潤み、目の端が赤く染まっている。

「も、もういいから」
「よくねぇ…え?」

教師の体裁だとか。
土方の将来だとか。
男同士だとか。
そんな面倒なことこの上ない理由が頭の中で
浮かんでは消え、
最期にはどうでもよくなっていた。

「オメーがいいなら、それでいい」

腕の中に引きずりこんでしまう。

「銀八?」


胸に押し付けた土方から、くぐもった声が疑問形を口にする。

来年なんて、今始まったばかりの新年の前では遠い未来のことに感じる。
けれども、身体を少し離して顔をよせる。
瞳孔の開き気味の瞳を目いっぱい見開いて、銀八のキスを受けるこの子とここにこうやって二人で立つことができたなら。

賑やかな遊園地のBGMを遠くに聞きながら、銀八は願わずにはいられなかった。




『countdown』 了
 


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